143 波乱の文化祭④
アイドルは、プライベートがほとんどなかった。
ななほしⅥは今、人気急上昇のアイドルだからなおさらだ。
顔を隠していないと、すぐに見つかってしまうし、声かけられて嫌な顔をすればSNSで広まってしまう。あいみんたちも人気だけど、Vtuberだから一瞬でバレるということはない。カナと歩いていると、すぐに違いがわかった。
周囲には十分気を付けるようにって、鬼塚さんから言われていた。
確かにな。
カナが唯一羽を伸ばせるのは大学の敷地内にいる間なんだ。
文化祭にかける思いも、俺とは比べ物にならないくらい違っていた。高校の時の分も楽しむんだって、疲れてるはずなのにはしゃいでいた。
でもさ・・・。
「えっ、いいんですか?」
『もちろん。楽しそうじゃないか。あ、カナはね、もともと歌がうまいから、ゲリラライブとかやっても恥ずかしくないよ』
「いや・・・でも・・・ライブですよ?」
『ん? 予想外の反応だった?』
「まぁ・・・・」
嘘だろ。
絶対反対すると思ってたのに、マネージャーの鬼塚さんから秒でOKが出てしまった。
「その・・SNSとか、上がってしまうと思うし、危なくないですか? どんなこと書かれるかわからないし、大学にストーカーとか出るかもしれないし」
『ハハハハ、かななんの大学は公開されてるよ。自分の学校の文化祭で、ほんの数曲ライブするくらい全然いいし、もしバズったら、本人の自信にも繋がるでしょ。いいリフレッシュになるんじゃないかな。学生は学生らしくいなきゃね』
「リフレッシュ・・・・て」
『肩の力抜いて大丈夫だよ。じゃあ、僕、そろそろ行かなきゃいけないから。届け出はこっちで提出しておくよ。磯崎君も学生らしく楽しんでね』
「待っ・・・」
プツン
一方的に切られてしまった。
なんか芸能事務所って、もっと堅苦しいと思ってたんだけど、本人の意向を尊重するらしい。
鬼塚さん、仕事がうまくいったのか機嫌がよかったな。
「どうだった?」
「・・・いいってさ」
「やった。よかった、ほら、言ったとおりでしょ」
カナがメガネを少し上げて、嬉しそうに言った。
「つか、急にライブってできるものなのか? 事前準備とかさ」
「私、歌うまいし、最悪アカペラでもいけるから大丈夫。枠も、ギリギリ空いてたし、何歌おうかな? みんなも知ってる曲のほうがいいよね? リハは、明日の8時からだって、早起きしないと」
「あの・・・かななん・・あ、カナさん、すみません」
文化祭実行委員のカードを下げた女の子が、紙を持って近づいてきた。
「ん?」
「さっき、タイムテーブル書いた紙渡すの忘れちゃって。メールでも送りますが・・・」
「ありがと。もう出演者の名前書いてある。へぇ・・・」
「はい。カナさんで最後だったので」
女の子が少し緊張しながら話していた。
「び、びっくりしました。『VDPプロジェクト』もかなり驚いたのですが、まさかカナさんも出演されるなんて、文化祭実行委員も大慌てです」
「そりゃそうだよな」
「ゲリラライブってびっくりさせるのが楽しいの」
「・・・えっと、お隣の方も、出演者・・・とかですか?」
女の子が不思議そうな顔でこちらを見る。
「いや、違う違う。俺はたまたまサークルが一緒なだけで」
「磯崎君もあの踊ってみたで出ればいいじゃん。ふふふ、盛り上がるんじゃない?」
カナがちょっと笑い交じりに茶化してきた。
「大物2組が出るのに、俺が踊ってみたで出たら珍事だろ」
「楽しいじゃん」
「私、大学4年生なのでこれが最後の文化祭になるんですけど」
「?」
「一番盛り上がるゲストライブが急遽中止になってしまって、どうしようかって思ってたんです。今までお世話になった大学に、どんな文化祭を残せるかって考えてきたのに、仕方ないとはいえ、残念な気持ちにさせてしまうかなって」
「・・・・・」
4年生だったのか。自信なさそうだから、1年生に見えた。
「でも、カナさんが出てくれるって言ってくれて、本当に嬉しかったです。こんな急遽、出てもらえるなんて・・・。ゲストは当日まで内緒なのですが、実行委員ツイッターでは大々的に宣伝します!」
「ありがとう。文化祭、いいものにしようね。私も絶対盛り上げるから」
「はいっ」
「・・・・・・・」
カナが活き活きしながら女の子の手を掴んでいた。
あー、疲れた。
スーパーで格安になっていたプリンを買って、家に帰ろうとしていた。
もう22時。今日はあいみんの配信もないし、ゆっくり風呂入ってアーカイブでも見るかな。
「あ、さとるくん帰ってきました」
「本当だ。おーい」
「!?」
あいみんとゆいちゃが隣のアパートの窓から顔を出していた。思いっきり手を振ってくる。
あれだけ、身バレするから危ないって言ってたのに。
慌てて、階段を駆け上がってあいみんの家まで行く。チャイムを鳴らすと、すぐにあいみんが出てきた。
「あいみん!」
「上がって上がって、紅茶を入れたよ。さとるくん、お酒飲めないもんね」
可愛い。注意しようと思ったのに、癒ししかない。
「・・・どうしたんだよ。急に」
「ゆいちゃが、明日までかななんと一緒なんじゃないかって心配してて、待ってたの」
「あいみさん!」
「ずっとうじうじしちゃうんだから。でも、ほら、ちゃんとさとるくん帰ってきたじゃん」
「・・・そうなんですけど・・・・・」
ゆいちゃがちょっと隠れがちにこちらを見てくる。
頭を掻いて、絨毯に腰を下ろした。
「何度も言ってるだろ。推し変なんてしないって。カナは大学に友達いないから、適当に振り回されてただけだよ。しかも、急にライブに出るとかなったし・・・」
「でも、さとるくん楽しそうでした」
「目が悪いならメガネかけとけ」
「むむ・・・・」
「あはは、でも、まさか、かななんも文化祭のライブに出ると思わなかった。はい、これストロベリーティー、すっごく美味しいの」
あいみんが紅茶を注いで持ってきた。甘い香りがする。
「ありがと。帰りに、スーパーでプリン買ってきたんだ。食べる?」
「食べる! わぁ・・・ありがとう」
あいみんがにこっと笑ってプリンを取り出していた。
マジで可愛い。天使だと思う。
「かななんは一人で出るんですか?」
「そうらしいな。あんま興味ないけど」
「明日8時からリハって言ってましたね。なんか、かななんもいると思うと、だんだん緊張してきました。あ、プリンもらいます」
「どうぞ」
ゆいちゃがぺたんと座ってプリンを空けていた。
「それより、『VDPプロジェクト』のライブの準備は大丈夫なの? カナは身一つで出れば歌えるけどさ、そうゆうわけにいかないだろ?」
「秘策を考えてます」
「???」
「ふふふふふ」
ゆいちゃがにやりとした。
こうゆうときは、嫌な予感しかしない。
「プロジェクターで映像を映しながら、私たちは動物の被り物で出るの。私はね、ウサギだよ」
「マジで・・・・?」
推しのうさ耳。一眼レフカメラが欲しい。
「私はゴリラです」
「それは知ってる」
頬をぷくっとさせたゆいちゃを放っておいて、あいみんのほうを見る。
「どうしてそんなことになったの?」
「最初は私たちが出ていってーってのも考えたんだけど、2次元の私たちのファンもいるから、前のライブみたいな技術とか距離感がないとできないかな? ってなって」
「覆面で出ようと思ったのです」
ゆいちゃが自慢げに言ってくる。
予想外のところに行きついたみたいだ。被り物で成功してるアーティストもいるけどさ。
あいみんたちの場合どうなってしまうのかわからない。
ハラハラするな。特にゆいちゃが。
「はぁ・・・ゴリラの被り物は久しぶりです。もうしばらく被ってないので、さっき付けて練習してたんですけど、すごく馴染んでました。なんか、親友に会った気分です」
「そりゃよかったな」
「さとるくん、見にきてくれるでしょ?」
「もちろん。なんとしてでも行くよ」
「へへへ、2曲歌うの。ダンスも完璧だから楽しみにしてて」
あいみんがプリンにスプーンを入れながら楽しそうに揺れていた。
カナが被り物してパフォーマンスする4人を見たらなんか言ってきそうだけど・・・。
ま、推しは推しだし、何やっても尊いか。
 




