141 波乱の文化祭②
推しに会いたくない、会いませんようにって願って歩いてたんだけど・・・。
「へぇ、さとるくん、文化祭までかななんと一緒なんだ」
「びっくりしたね」
「どうせ、あの女から付いてきたんだしょ?」
「さとるくんから誘ったんですか? その辺、はっきりしてください」
「どうなの?」
ゆいちゃとあいみんが詰め寄ってくる。
「・・・・・・」
部室に向かう途中、お手洗いに行ったカナを待ってると、『VDPプロジェクト』の4人と会ってしまった。こんな大勢の人が文化祭にいるのに。
まさかの遭遇だ。
今年の運は『VDPプロジェクト』のライブチケットで使い果たしたんじゃないかって思った。
「すぐ答えないところが怪しいです」
「・・・だから、サークルの模擬店の買い出しで・・・」
「スーパーから出てきたときに、もう楽しそうでしたけど」
会ってしまったっていうか、後を付けられていたみたいだ。
全然気づかなかった。何でこう、運が悪いんだろうな。
カナと『VDPプロジェクト』のみんなが、仲良くできる気がしないし。穏便に穏便に、事が運ぶことを祈るしかない。
「とーっても楽しそうでしたね。本当は模擬店名目で、2人きりになりたかったんじゃないですか?」
「はっ、2人きりで部室・・・」
あいみんが頬を抑えた。
「なっ・・・さとるくんがそんな非紳士的なことするわけじゃないでしょ」
「わからないわ。文化祭って青春っぽいアクシデントがつきものだって言うし」
「青春っぽいアクシデントってなんだよ」
「さとるくんからウキウキが伝わってきます」
「全然してねぇって」
ずっと、周囲を気にしていたけど、幸いこの棟は文化祭の対象外だから人がいない。
この状況では幸いかはわからんが・・・。
「磯崎君、ごめんごめん」
カナが小走りで駆け寄ってきた。マスクを着けなおしている。
ゆいちゃがぱっと離れた。
「ん? 誰?」
「な・・・ななほしⅥのかななんですね?」
あいみんが戸惑いながら前に出た。
「あれ? その声は・・・どこかで聞いたような」
「私、『VDPプロジェクト』のあいみんです。ここにいる3人もメンバーです」
「あぁ!」
カナがぽんと手を叩いた。
「Vtuberの! へぇ、2次元なのに3次元みたいな、あのキャラって本人そっくりに作られてるのね」
舐めるように見ていた。
「本人なので」
「そっか、キャラ設定は大事だもんね」
カナは絶対、敵対意識持ってる。あいみんがむむっとしていた。
「磯崎君、自分の最推しと知り合いなんだ」
「ま・・・まぁ」
「ふうん」
全員を見てから、袋を一つ持った。
「じゃあ、行こう。早くしなきゃ、文化祭見回れなくなっちゃう」
「待ってください」
ゆいちゃが俺とカナの間に入ってきた。
「何? 急いでるんだけど?」
「えと、かななんも『VDPプロジェクト』のこと知ってるんですか?」
「そうそう、この前のパフォーマンスすごいなって」
「ありがと。そりゃ、知ってるよ。ツイッターのトレンドに上がってるし、この前のライブにだって出てたでしょ。でも・・・・」
カナが髪を耳にかけて、目を細めた。
「顔出しNGの2次元キャラのVtuberと、普通のアイドル活動してる私たちじゃ全然違う。知ってても、気に留めたことない」
「え・・・・?」
あいみんが唖然としていた。
「カナっ」
「だって、本当のことだし」
ツンとしながら言う。
鬼塚さんが最初のころに言ってた、カナは同業に厳しいって言葉を思い出していた。
かといって、Vtuberとして頑張ってるみんなの前で言うことじゃないだろ。
「あのライブの演出だって、中途半端に2次元と3次元行き来したりして、どうしてこの子たちと一緒のステージに立たなきゃいけないの? って思ってた。他のアーティストは一流ばかりだったのに」
「そんな・・・私たちはファンのために一生懸命・・・」
「綺麗ごとばっか。配信とSNSでしかファンとの交流ないからそうゆうこと言えるんだよ。ファンのためとか言って、全部自分たちのためでしょ?」
「っ・・・・・」
「ちょっと、ひどいんじゃない? 会って早々こんなこというなんて」
のんのんがふるふるしているゆいちゃの横に立った。
「そうよ。一方的な考えを押し付けないで」
「私、ファンのため、とか言って、配信者で一般人なのにアイドル気取りしてる子が嫌いなの。もっと、現実見たほうがいいわ」
「いい加減にしろって。何、喧嘩売ってるんだよ」
「ふん・・・・・」
強く言うと、カナがみんなから視線を外した。
「早く行きましょ。平澤さんたちが心配しちゃうから」
「・・・・・・・」
あいみんたちのケアをしたかったが・・・『VDPプロジェクト』は仲がいいし大丈夫だろう。
ゆいちゃも泣きそうになっていたし、これはあんまりだよな。
「あんな言い方しなくてもいいだろ?」
「同じライブに出るってなったときから、ずっと思ってたの。よくわからないVtuberと一緒にステージに立つなんて、言いたいこと言えてすっきりした」
鼻歌を歌いながら、エプロンを着けていた。
「性格悪いな・・」
「アイドルって性格悪くなきゃ務まらないんだよ」
可愛い顔で悪魔みたいにほほ笑む。
「あいみんたちが頑張ってるのは本当なんだから、勝手な主観押し付けるなよ」
「あんな、がたがたのパフォーマンスで?」
「・・・・・・・」
この前のライブは、たまたまゆいちゃがフォーメーション間違っただけで、いつもはちゃんとできている。
「本人も反省してるって。それに、あれで、離れて行ったファンはいないし・・・たぶん」
「その考えからして、二流なの。常に一流のものを届けるのは当たり前のこと。ファンからは、それだけの対価をもらってるんだから」
カナがちょっとイラつきながら言う。
「素人に毛が生えた程度でライブのステージに立つなんて、信じられない。私たちだって最初はアイドルストーリーっていう、声優アイドルからのスタートだったけど、3次元アイドルとして活動するようになってからは、全然違う。人の視線も自分たちの意識も変わった」
「・・・・・・・」
「Vtuberは卒業って言って、ファンの前からいきなりいなくなることができるでしょ? でも、顔出ししてる私たちはできない。根本から違うんだから、同じステージに立ちたくないって思っただけ」
カナがキャベツを洗いながら話していた。かなりきつい言葉だった。
卒業って言葉にズキンと胸が痛む。
「磯崎君は、『VDPプロジェクト』推しだからひいき目に見てるだけ。それにしても、推しと知り合うなんて、どうやって知り合ったの? 随分仲良さそうだったけど」
「・・ぐ、偶然だよ・・・んなことどうでもいいだろ」
「偶然、そんな神がかり的な偶然なんてあるんだ」
まさか、隣の家が推しの家だなんて言えないよな。
4人がみらーじゅ都市とこっちの世界を行き来してるって言っても、信じないだろうし。
てか、俺もいまだに信じられないし。
「磯崎君が私と歩くのを頑なに嫌がってた理由はコレだったんだー」
「・・・・・・・・・」
「明日も一緒に回ろうね?」
「いや、明日は・・・」
「『VDPプロジェクト』がファンの子と繋がってるって言いふらしてもいいんだけどー。りーのんに言えばすぐ広まるかな」
「!?」
まな板を落としそうになった。
一番、突かれたくないことを・・・。
「・・・・わかったよ」
「じゃあ、明日もよろしく。ふふ、文化祭って楽しいね」
意地の悪い顔でこちらを見上げた。絶対、悪意しかない。
マジで本性現してきたな。どうしてこんなに性悪な子に、ファンがたくさんついているのかわからん。
どうして、よりにもよって俺がななほしⅥのマネージャー補佐になってるんだろうな。
「キャベツは・・・あまり切りすぎちゃうと余っちゃうかな。ほどよく残ってる感じがいいんだよね。あっ、もうこんな時間、早くしないと」
カナが時計を見て、慌ててキャベツを持ってくる。
「文化祭の夜のステージ見れなくなっちゃう」
「・・・・・・」
カナは性格が悪い。それだけは確かだ。
決して擁護する気持ちなんてないけど・・・。
まぁ、カナの立場から『VDPプロジェクト』を見たら、批判的な気持ちになるのも、わからないでもないのが悔しいところだ。
カナがアイドルとして、大変なのもわかるからさ。




