139 ナツの冷やかし
「え!? さとるくん、ななほしⅥのマネージャーやってるの?」
「補佐だよ補佐。6人もいるから一人じゃ回らないんだって」
フライパンを動かしながら話していた。今日は低コストで早く作れる焼きそばだ。
「へぇ、あの、ななほしⅥねぇ」
「ご飯食べたら寝るんだから、長居するなよ。明日も文化祭で早いんだから」
「わかってるって、ちょっと推し語りに来ただけだよ。いいじゃん。せっかく、こっちに来たんだから」
「・・・・・・・・」
文化祭準備が終わって、帰ってくると、ナツが部屋に入ってきた。もう、出入り自由な家になってる。
「ななほしⅥにさとるくんが関わるなんて意外だね。今、アニメから急速に有名になってるアイドルグループだよね? 月間チャートにもランクインされてるし、テレビにも出まくってるじゃん」
「まぁな」
別にななほしⅥが有名になったところで、何の喜びも無い。
忙しくなるだけだ。
「すごいじゃん。良い経験になるって」
「バイト行くたびに、神経すり減らしてるけどな」
「あの6人って、仲悪いの?」
「険悪だよ。『VDPプロジェクト』がファンタジーに見える」
ソファーに座って、くつろいでいる。
文化祭準備と、他サークルの挨拶とかで疲れてるんだけど・・・早く帰ってくれないかな。
みんな、カナのことを素直で優しくて性格いいアイドルだと思ってるから、さらに疲れた。
「でさぁ、のんのんのことなんだけど」
「ライブで可愛かったって話だろ? もう、そのくだり、100回は聞いた」
「何回でも聞いてよ。さとるくんしか聞いてくれないんだよ」
焼きそばに味付けをしていく。結構、美味しい。
自炊も、かなり手馴れてきたな。
「ハルとかフユとかに言えばいいだろ」
「みんなに飽きたって言われるんだよ」
「・・・・」
俺だって、飽きたんだが。
「可愛かったなぁ・・・。歌って踊るのんのんを見られるなんて最高だった。俺、ちょうど舞台袖で見れたんだけど、本当可愛かった。衣装ものんのんが決めたんだろ? 本当センスいいしさ」
「わかったって」
「配信で見るのと、普段ののんのんと、ステージののんのんって全部違うんだよな。本当、めちゃくちゃ可愛いし、大人っぽくて、ファンサしてるのもいいしのんのんの人柄が出てるっていうか・・・」
ナツのリアコ推し語りが止まらない。
「また『VDPプロジェクト』でライブがあるらしいじゃん」
「えっ、何情報? それ」
ナツが背筋を伸ばして、前のめりになる。
「まだ、ツイッターとかでは出てないよ。りこたんから直接聞いたんだ」
「マジで? 俺、昨日のんのんと会ったけど聞いてないんだけど・・・」
「忙しかったんじゃないのか?」
火を止めて、適当に作った焼きそばを、皿に盛りつける。
カット野菜も肉も、消費期限切れ間近で安くなっていた。
20時以降のスーパーは最強だな。貧乏学生の味方だ。
「いつ? 来年?」
「12月のクリスマスライブにゲストで呼ばれたらしいよ。今回のライブを見た開催者から、誘われたんだって」
「うわ・・・予想外だった。仕事入れないようにしないと・・・いや、クリスマス・・・俺たちもライブなんだよな」
ナツが頭を抱えてスマホをいじっている。
「・・・休めない。イブにクリスマスライブが入ってる」
「へぇ、じゃあナツの分も応援してきてやるよ」
「うっ・・・・」
ナツもアイドル系Youtuber、XOXOのメンバーだ。
当然、ファンを蔑ろにはできないんだろう。
「はぁ・・・最近、歌い手ジャンルが盛り上がってきてるし、俺らもあまり胡坐かいてられないんだよな」
スマホを置いて座り直していた。
「そうなの? 相変わらず人気じゃん。俺の妹とか、すごいよ」
「ありがたいねー」
琴美からLINEが来ると、必ずXOXOのハルのラインスタンプが入っていた。
「でも、いつまでもこれで食えるとは思ってないよ。新人がどんどん出てきてるからな。飽きさせないように工夫しないと・・・って、ハルが言ってた」
「真面目だな」
「ハルとアキは真面目だよ。俺もさすがにライブは休めないな。もし、被ったら配信アーカイブに頼るか。配信無い・・・ってことは無いだろ。あぁ、のんのんのライブが見たい」
天井を見てため息をついていた。
「でも、さとるくんだって、ななほしⅥのマネージャー補佐だろ? クリスマスなんてイベントがあるに決まってるじゃん」
「っ・・・」
「どうすんの?」
触れられたくないところを・・・。
「はぁ・・・俺も日程被らないの祈るしかないよ。推しを推すためにバイトしてんのに、肝心の推しのクリスマスライブに行けないなんてな」
「それな」
焼きそばを食べながら息を付いた。
「で、さとるくんがななほしⅥのマネージャー補佐になることについて、あいみんたちは何か言ってなかった?」
「・・・まぁ、推し変を心配されたけどな。別に、ななほしⅥのファンじゃないし、居酒屋のバイトのシフト入れないから、仕方なく受けた話だし」
「そうなの?」
「この夏はお金使いすぎたし、バイトしないと推しを推せないよ。新しいグッズが出ると、買わなきゃいけない衝動に駆られるしさ」
ネットサーフィンすると、すぐあいみんの同人グッズを見つけてしまう。
クリスマスイベントでも、『VDPプロジェクト』でグッズ出すらしいし、絶対欲しくなる。
スパチャしてる社会人って、どんだけ金に余裕があるんだろうな。
「気持ちは、わかるけどね。俺も、のんのんに隠れて、グッズ買ったりしてるから出費が多いよ。マネージャー補佐のバイトは、大学で一緒の・・・かななんから誘われたの?」
「あぁ、まぁな。まさか、同じ大学にいると思わなかったけど」
「ふうん」
ナツが腕を組んでにやにやしていた。
「さとるくん、どっちを選ぶんだよ?」
「は? 何の話だよ」
「だって、マネージャー補佐をお願いするってことは、かななんもさとるくんに気があるからじゃないの?」
「んなわけねぇだろ。たまたま、タイミングがあっただけだよ。あんな我儘な集団の面倒みるとか、ぶっちゃけ居酒屋よりハードだし」
「そう?」
「そうだよ。あの実情見てないから、んなこと言えるんだよ」
マジでナツの言うような、ラブコメみたいなフラグは無い。
文化祭までカナと一緒とか、なんかバイト感が抜けないよな。
「今の俺には、あいみんの動画が毎日の癒しだよ。あいみんに生かされてる気がする。どんなに疲れてても笑顔でいてくれるし、推しって最強だよな」
アイパッドであいみんの画面を見る。可愛い。どこから見ても、天使だ。
「ん? ゆいちゃじゃないの?」
「ごほっごほ・・・・」
野菜が喉に詰まりそうになった。
「ど、どうして、急にゆいちゃが出てくるんだよ・・・」
「なんとなくさ」
「・・・・・・・・・・」
水を飲んで、流し込んだ。ナツってたまに変なとこ突いてくるんだよな。
「ははは、動揺してる?」
「してないって。それより、ナツは文化祭とか無いの?」
「こっちみたいな、大勢で模擬店出したりステージしたりってのは無いんだよ。文化祭か、いいな。こっちの世界だと、青春っぽいことするんだろ? 文化祭で告白したら付き合えるとかさ」
「どこの世界の話をしてるんだよ。漫画の見過ぎだろ」
高校に文化祭はあったが、いい記憶が無い。
完全な雑用に回っていて、人と話すこともあまりなかった気がする。
「現実は全然違うからな。ただ疲れるだけだ。勉強してたほうがいい」
「まぁまぁ、文化祭楽しんでよ。かななんと一緒なんだろ?」
「一緒だから、全く楽しめる気がしないんだって」
焼きそばに青のりをかける。
「いいじゃん。恋愛相談でも乗ってもらったら? 同性の意見って大事だって言うだろ?」
「なんだよ、恋愛相談って・・・」
楽しそうに冷やかしてきた。
自分がのんのんが好きだからって、俺まで巻き込むんだよな。
推しは推してるけど、恋愛とか・・・別に好きな人いるわけじゃないし。




