134 ラブコメの定番
「はぁ・・・・・・」
ぼうっとしながら、パソコンであいみんの配信を眺めていた。
課題がキリのいいところまでいくと、一気に力が抜けていった。
リノはぶっちゃけ、めちゃくちゃ性格悪かった。口を開けばうざいとか言ってくるし。
他のメンバーのラインIDを聞こうと思っていたけど、追い出されるようにして、聞けずに帰ってきてしまった。
というか、カナとリノにしか会っていない。他の4人がどんな子なのかも知らないんだけど・・・。
ネットで見る限り、問題ある子には見えないな。でも、ファンから天使とか言われてるリノがあんな感じだから、アイドルの裏側ってわからない。
気が重たくなる。時給のためだって、割り切るしかないんだけどさ。
今は、考えても仕方ない。スマホの画面をスクロールする。
鬼塚さんから来たメールを見ると、次の仕事は明後日、カナとリノとツカサの3人で、アニメ宣伝番組の収録だ。他の3人は新曲のスタジオ練らしい。早く終われば、スタジオ練に合流したいと書いてあった。
次の日も似たようなスケジュールだ。
思っていた以上にハードだ。カナはよく勉強と仕事、両立できてると思う。
追記で、スタジオ練もSNSにアップできるように撮ってきてほしいとラインが来ていた。
ななほしⅥはSNSでの宣伝が苦手らしい。
まぁ、これも健全な推し事ライフのためだからな。
あー、あいみん可愛い。癒される。
リノに会った後だと、なおさら癒される。
「おっじゃまっしまーす」
「おじゃまします・・・・」
元気よくあいみんが家に入ってくる。
後ろにゆいちゃがぴったりとくっついていた。
「あー、私の配信アーカイブ見てる」
「あぁ、課題溜まってて、リアタイできなかったからな」
動画の音量を下げていった。
ゆいちゃがもじもじしながら俯いていた。
「ゆいちゃを連れてきましたー」
「・・・・・・お、お久しぶりです、さとるくん・・・・」
消え入るような声で言った。あいみんの後ろからちょっと顔を出して、すぐに逸らす。
「ゆいちゃ、まだライブでのこと引きずってるのか?」
「だって・・・あ、あんなふうに失敗しちゃって、こっちに来るの恥ずかしくなってきて・・・配信も、もう止めたほうがいいんじゃないかって思って・・・」
「んなわけないだろ」
あいみんがゆいちゃの頭を撫でていた。
ゆいちゃだけ、2週間経っても、配信を休んでいた。
「失敗なんて誰にでもあるって」
「でも、絶対、失敗しちゃ駄目な時だったから・・・・あんなに、配信やライブの練習してきて、やっとステージに立てたのに。みんなに迷惑かけちゃって・・・応援してくれてる人たちも、私のこと嫌になったんじゃないかって」
「そんなことないよ。また、頑張ろうよ、ね」
「・・・・・・・」
あいみんの服をきゅっとつまんでいた。
「SNS見たか?」
ゆいちゃが首を振った。
「『VDPプロジェクト』のライブ最高だったって感想ばかりだったよ。そりゃ、アンチもいるかもしれないけどさ、自分に対してネガティブな意見ばかり検索したら誰でも出てくるって」
「・・・・・・・・」
「ものすごくよかったよ。『VDPプロジェクト』のライブ、どのグループよりよかった。トレンドにも載ってただろ? みんな『VDPプロジェクト』に注目したんだよ」
「はい・・・・」
ゆいちゃが少しずつ顔を上げた。
「きっと、あのライブでファンになってくれる人もたくさんいるだろう。SNSでも、ずーっと、ゆいちゃの配信が無いことを心配されてるしさ」
「・・・・私たちのライブ、よかったですか?」
「あぁ、すごく感動したよ」
あいみんが嬉しそうにほほ笑んだ。
「ほらほら、ちゃんと届いてるから大丈夫。ね」
「はい。そうなんですね・・・私、もっともっと頑張ります」
頬が緩んでいた。
やっと元気になったみたいだな。
「そうだ。今日はなんかお菓子あるんだよ。貰いものだけど、せっかくだから食べて行って」
「えー、珍しい」
冷蔵庫から、鬼塚さんから貰ったお菓子の詰め合わせを取り出す。
取引先からの貰い物で、消費期限が明日なのに、食べきれないからとのことだ。原宿の有名なお店らしい。こんなお洒落な包み紙、初めて見た。
あいみんとゆいちゃがにこにこしながら絨毯に座っていた。
お菓子をテーブルの上に載せる。
「わぁ、マカロン好きなんです」
このお菓子、マカロンって言うのか・・・。地元で見ないし、よくわからんが。
「嬉しい、ありがとう。これフランスに本店がある、有名なお店だよね? インスタで見たことがある」
「ゆいちゃの復帰祝いだな」
コップ2つに麦茶を注いで、テーブルに並べた。
「はい! 頑張ります」
お菓子の袋を開ける。甘くて美味しそうな匂いが部屋に広がった。
「今日は、来てよかったです」
「へへへ、ライブよかったって褒められるの、すっごく嬉しいよね。ねぇ、今度、ライブありがとうの企画配信しちゃおうか」
「それいいかもな。裏側とか、ファンも興味あるだろうし」
お茶を飲みながら言う。
「はい」
ゆいちゃが笑顔で頷く。
「ところで、さとるくん、どうして今日は家にいたんです? いつもだったら、バイトに入ってるのに」
「9月10月11月は閑散期らしくてさ、あまりシフト入れないんだよ」
「じゃあ、バイト何かするの?」
「えーっと、まぁ・・・・推し事のためだからな」
隠す必要ないんだけど。
ななほしⅥのマネージャー補佐って、なんか言いにくい・・・。
「ん?」
あいみんが畳んだ包み紙に小さい熨斗が付いているのを見つけた。
「このお菓子・・・『レインボーコレクション株式会社、ななほしⅥ様』?」
「え・・・どうゆうことです?」
「・・・・・・・」
秒で言わなきゃいけない状況になってしまった。
紙がくっついてるのなんて、気づかなかったし。
どうせバレることだしな。頭を掻く。
「ななほしⅥのマネージャー補佐やることになったんだよ」
「えーーーーーーー!?!?!?!?!?」
二人して、今日一番の声を出していた。
「どうゆうこと、どうゆうことなの?」
「そうです。さとるくんが、ななほしⅥのマネージャーって、どうゆう状況で?
どうしてそうゆう方向になったのです?」
ゆいちゃが、お菓子を置いて前のめりに聞いてくる。
「・・・ななほしⅥのカナから誘われたんだよ。同じ大学でさ、サークル一緒だから、たまーに話すことがあって、ちょうどマネージャー補佐に空きができたらしくてさ」
「えぇっ、推し変しないよね? 推し変じゃないよね」
「違う違うって」
あいみんが肩を揺さぶってきた。
「本当? 本当?」
「ただのバイトだよ。別にななほしⅥに興味があるわけじゃないし」
「そ・・・・そっか。そうだよね」
「そうですか・・・・・・・・」
ゆいちゃが少し黙っていた。お茶を一口飲んでから、息をついていた。
意外と大人だな。
もっとギャーギャー騒ぐと思ったのに。
「私が戻ってきて、その日にななほしⅥのマネージャー補佐やる報告するなんて残酷です! さとるくん、謝ってください!」
急に頬を膨らませて、怒りだした。
「は? だから・・・・」
「まぁまぁ、ゆいちゃ、落ち着いて」
「女子に免疫無く、ドル推しだったさとるくんは、絶対、ななほしⅥの中で好きな子ができてしまうのです。楽屋であんなことや、こんなことを」
「勝手に妄想を暴走させるなよ。マジで、興味ないって」
「そんなこと言って、本心は違うんです」
びしっと指をさしてくる。
さっきまでのしおらしいゆいちゃは、どこにいったんだよ。
「俺の本心がどうしてゆいちゃにわかるんだ?」
「ラブコメの定番なのです」
「俺はラブコメの主人公じゃねぇよ。漫画かアニメの見過ぎだ」
結局、ゆいちゃをなだめるのに、1時間以上かかった。
なんで俺がこんなにゆいちゃに責められるのかわからん。
まぁ、あいみんとゆいちゃの顔を見て、気が紛れてよかったけどさ・・・。




