133 裏側って・・・
「これから会うのが、私たちのマネージャーの鬼塚さん。他のアイドルグループとも兼任していて、仕事を取ってくるのがメインなの」
「へぇ・・・」
「そんなに緊張しなくても大丈夫。優しい人だから」
「面接なら、ひとりで行けたのに・・・」
「いいのいいの。私もちょうど用事があったから」
授業終了後、カナに連れられて原宿のオフィスに来ていた。
壁中にアイドルストーリーのポスターが貼られている。
これが、アイドルの事務所か。
人の行き来も激しく、忙しそうだ。時折、アイドルらしき女の子が通っていったが、誰かまではわからなかった。
「失礼します。鬼塚さん、磯崎君、連れてきました」
「あぁ、入って入って」
カナがドアを開ける。
「失礼します」
ごちゃごちゃした会議室に通された。
小太りでメガネをかけた、いかにもドルオタって感じの人が座っていた。
俺も元ドルオタなんだけどさ。
「君が磯崎君ね。聞いてるよ、この前のライブ前にカナのこと助けてくれたんだってね。ありがとう。カナはたまに無理するから、あのまま駅で倒れてたら、ネットのニュースになるところだったよ」
「そ、そんなことより、磯崎君、気遣いできるし、適任でしょ?」
「んー、まぁまぁ」
なんか、カナが言ってたより、歓迎されてる感じがしない。
「とりあえず、そこに座って」
「・・・・はい」
口調が冷たく、少し怖そうだった。緊張しながら、パイプ椅子に座る。
なんか、居酒屋のバイトの面接とは全然違うな。
店長なんて、ほわーんとした感じでシフト聞いてきて、即採用されたのに
「これ・・・履歴書です」
「ありがと」
履歴書を受け取って、ぱっと目を通していた。
「あぁ、カナと一緒の大学に通ってるんだってね。これからする質問に、正直に答えてね。これでも業界人だから、その場限りの嘘は通用しないよ」
「はい」
向かい側に座って、ぎろっとこちらを見た。
息を呑む。
「君はななほしⅥのファンかな?」
「い、いえ・・・すみません。僕は、『VDPプロジェクト』のファンです」
「VDPプロジェクト? あぁ、Vtuberのね。この前のライブにいた子たちでしょ。歌もダンスも上手かったね。トレンドにも載ってたし」
「はい! そうなんです!」
食い気味に頷いた。
鬼塚さんは、浮かない顔をしていた。
正直にって言ったから、正直に言ったんだけど・・・。
ななほしⅥのファンじゃないと、悪かったんだろうか。まぁ、面接落ちたら落ちたで、別に構わないんだけどな。
「2次元アイドルか・・・。3次元アイドルって推してたことある? ななほしⅥは3次元アイドルだし、3次元推しのファンの心理とかわからないと色々と大変かもしれないなぁ」
「でも! 磯崎君は私と同じ大学ですし、パソコンも使えます。スケジュール管理とか・・・」
「わかったわかった」
カナが少し強い口調で入ってくると、鬼塚さんがなだめていた。
「正直だし、いい子なのはわかるんだけどねー。マネージャーとなると、ある程度3次元アイドルについて知らないと厳しいからさ」
「・・・・えっと・・・佐倉みいなってわかります?」
「!!」
鬼塚さんがぴくっと反応した。
「・・・・さ、佐倉みいな、ということはガールズドールのファンだったのかな?」
「はい。とはいっても、推してた期間は高校3年間で、電撃結婚してから止めたんですけど・・・・今は、Vtuber推しになっています」
「なるほど」
「佐倉みいなを推してたときは、本気でした。リアコと言ってもいいくらいで」
カナがちょっと引いているのが伝わってきた。
でも、正直に言ったほうがいいんだもんな。
「佐倉みいな・・いいね。君とは話が合いそうだよ」
「へ?」
鬼塚さんがメガネをくいっと上げて、いきなり声色が変わった。
態度が180度違う。
「僕もね、ガールズドールの佐倉みいなのガチ推しだったんだよ。もう、握手会だって何十回も行ってたよ。もう、発足当初から佐倉みいなは有名になると思ってたんだよね。まさか、結婚って・・・今思い出しても・・・ショックが・・・・1週間寝込んだよ」
「わかります。俺もそうでしたから」
「1周年記念ライブのときなんて、限定タオル当たったんだよね。それを握手会に持っていったら、ありがとうございますって笑顔で手を振ってもらえてさ・・・古参オタを大事にしてくれる子でさ・・・」
「はぁ・・・・」
堰を切ったように話し始めた。
「結婚で引退だなんて・・・佐倉みいなが幸せになったんだって思えば、落ち込むことなんてないんだけどさ。なんか、ぽっかり穴が空いたような感じだよな。俺と握手してた時も、彼氏がいたわけだし、キモいとか思われてたかもしれないって・・・1年くらい前から業界では男の噂が立っていて、俺は仕事に没頭するようになって、ななほしⅥを・・・・」
ものすごい早口で語りだす。
「鬼塚さん、鬼塚さん」
「あ・・・・・」
カナが止めに入ると、はっとして背筋を伸ばした。
「ごめんごめん、磯崎君ね。君は話が合うし、是非、ななほしⅥのマネージャー補佐として頑張ってもらいたいと思うよ」
「は・・・はい」
にこにこしながら話していた。
「まず、任せたいことはスケジュール管理ね。後はライブの手伝い、6人もいるから色々大変なんだよね。詳細は履歴書にあるメールアドレスに送っておくよ。まぁ、学業優先ってわかってるから」
「ありがとうございます」
「いいね。いい子が来てくれたよ」
カナがほっとしたような表情をしていた。
「お疲れ様でーす」
「あ、りーのん、お疲れ」
高校の制服を着たまま入ってきた。確か、ななほしⅥの緑担当のリノだな。
いつも笑顔でファンからは天使と呼ばれている・・・・。
「うわっ、え、誰? 学生?」
スマホを離して、俺のほうを凝視した。
「紹介するよ。ななほしⅥのマネージャー補佐の磯崎君だ」
「よろしく」
「えー、どうせ、またすぐ辞めるんでしょ? もういらないって、挨拶するのも、名前覚えるのも面倒くさい」
「どうせ・・・って?」
「前任者が女性マネージャーだったんだけど、1週間で辞めちゃって・・・」
「だって、うざいんだもん」
初耳だ。カナ、何も言ってなかったろ。
「はぁ・・・っ」
リノが椅子に座って足を組んで、息をついた。
「りーのん、ちゃんと挨拶しなきゃダメって言ったでしょ? そうゆう態度が、誰かを傷つけてるって怒ったばかりなのに」
「いいじゃん。今は、マネと赤の他人しかいないんだから」
「・・・・・・」
なんだこいつは。
顔に反して、性格がくっそ悪そうなんだが。
「ねぇ、マネージャー補佐っていつからなの?」
「一応、希望日は2週間後、でいいのかな?」
「・・・・はい。よろしくお願いします」
「お、さっそく握手会があるね。その前日に色々打ち合わせしよう」
鬼塚さんが履歴書を見ながらパソコンに入力していた。
「今は関係ない人なんでしょ? 部外者はとっとと帰ってくれない?」
リノがこちらを見上げて睨んでいた。
「私たち、忙しいから。アイドルなの」
「・・・・・・・」
マジで、こいつ・・・・年下だろ?
「あー、お菓子貰ったんだ。バウムクーヘンじゃん。もらっちゃおう」
「みんなが来てからって・・・」
「早い者勝ちだよ。ナナコとか、まだ来ないの? 寝てるんじゃない?」
「うーん、さっき電話したんだけど・・・」
カナとリノが話していた。
「あ、磯崎君ごめんね。バウムクーヘン、嫌いじゃなかったら食べて」
「いーよ。そいつにあげなくても」
「そうゆうこと言わないの。いい加減にして」
カナが怒ったような口調で言う。
「・・・・・・・」
愛想もないし、我儘が滲み出ている。
性格が悪すぎるんだが・・・・こいつ含めた6人の面倒見るのか。
頑張れる気がしない。
俺なんて、1週間どころか3日で辞めそうなんだけど。




