130 秋葉原A-POPフェス①
「水買ってきたけど飲める?」
ペットボトルの水をカナに渡す。
「ありがと」
受け取って、マスクを外して飲んでいた。ハンカチで汗を抑えている。
あいみんは確か、本番前、軽く音響やステージのチェックがあるって言ってたけど・・・。
カナのいる、ななほしⅥもなのか?
あと1時間で開場だし・・・。
「ふぅ・・・・もう、大丈夫。心配かけてごめんね。2人とも行かなきゃでしょ?」
「私たちは、ちょっと過ぎても物販間に合うよ。かななん、本当に大丈夫? まだ、顔色悪いけど」
「うん。ありがとう。本当に、ただの貧血なんだ。大げさにしちゃってごめん」
カナが帽子を深くかぶりながら、立ち上がった。
ペットボトルを持ったままちょっとくらっとして、壁に手を付いていた。
「このままじゃ、ステージで倒れるって? 手も震えてるし、マジで、無理するなって。かななんの代わりは・・・いないけどさ・・・。でも、なんとかなるよ」
「・・・・・・」
カナの代わりはいない。
ななほしⅥのファンの中には、カナの姿を見ようと遠征している人もいるんだろうから。
「・・・ははは、本当に大丈夫だから。私、絶対、ファンの前で具合悪いところ見せないんだ。アイドルだもん」
「・・・・・・」
「じゃあ、行くね。ありがとう。私の出番の時も、ちゃんと応援してね」
「あ・・・・・」
カナがマスクを直して、足早に改札を出て行った。
少しふらついて、人とぶつかりそうになっていた。
「全然、大丈夫そうには見えないけど・・・」
「あの状態でステージに出たら、いつ倒れてもおかしくないって。ななほしⅥの曲のダンスって結構ハードなんだろ?」
「曲によるけどね・・・でも、マネージャーさんとかスタッフさんに会ったらさすがに止められるんじゃないかな? あんなに具合悪そうなんだもん」
「だよな・・・」
勉強にアイドル、疲れもあるんだろうな。
駅に着いたら、顔を隠さないと、すぐにSNSで広まってしまうから神経も使わなきゃいけない。
「あ、私たちも急がないと」
結城さんがスマホの時計を見て焦っていた。
慌てて改札から出て、会場に向かった。
「ねぇ、見て見て。『VDPプロジェクト』のTシャツに着替えてきちゃった」
「いいね。りこたん色の青か」
「磯崎君はタオル買ったんだ」
「あぁ、アクキーとか缶バッチは結構持ってるからさ。マグカップとかは買わないつもりだったのに、ライブってなると、びっくりするほど財布の紐緩むな。来月から、死ぬほどバイト入れないと」
「私もだよー」
4人の絵があまりにも可愛くて、衝動的に買ってしまった。
バイトを入れまくって、まかないで食費を浮かせるしかないな。
スマホを確認すると、りこたんから、控室で緊張しているあいみんとゆいちゃの動画が送られてきていた。
「ゆいちゃ・・・朝は大丈夫そうだったのに」
「まぁ、ゆいちゃの場合、一過性のものだろうけどな」
2人とも人形みたいになっていた。
あいみんは最後のほうでお茶飲んだりしてたけど、ゆいちゃは40秒の動画で動かないどころか、瞬きすらしてない。
大丈夫なのかよ、これで・・・。
本番まで、あとちょっとなのに。
「いや・・・・うーん、ここまでなってると不安になるよな。ゆいちゃってソロ、結構あったよね? 歌えるのか?」
「どんな曲でも難しい部分はあいみんとゆいちゃが歌ってるからね。あ、でも、りこたんからリハのときはしっかりしてたから、大丈夫だよってきてる」
「そうか・・・まぁ、さすがにゆいちゃもステージでフリーズしたりしないよな」
「そうだね。ゆいちゃもプロだもん」
「・・・・・・」
言い聞かせるしかない。こっちまで、変な汗が出てくる。
「よくこの動画撮ってるのバレないな」
「あいみんとゆいちゃが、緊張で周りが見えてないんじゃないかな?」
りこたんとのんのんは冷静で、緊張している2人を隠し撮りしていた。
「この動画、加工して、ツイッターにアップしちゃおうかなー、だって」
「意外といたずら好きだな」
「ふふ、りこたんってそうゆうところも魅力的なの」
結城さんがりこたんに返信する文面を何度も書き直していた。
「席、意外と近かったね。りこたん見えるかな?」
「この席だったら見えるだろ。運が良かったな」
ペンライトの電池を入れながら、ライブが始まるのを待っていた。
『VDPプロジェクト』のファンも多かった。
Tシャツを着ている人もいれば、俺みたいにタオルを持っている人もいる。
あいみんのタオルにしようか迷ったけど、今日は『VDPプロジェクト』の4人を応援しないと。
「あっちのほうは、ななほしⅥのファンだね」
「すごいな。前のほうほとんどそうじゃん」
前方のほうのエリアの人たちが、ななほしⅥのマークが付いたグッズを持っていた。
「でも、他のアーティストのグッズも持ってるから掛け持ちなのかな? わっ、照明が暗くなった。いよいよだね。緊張して吐きそう」
「言うなって。俺まで緊張してきた」
「深呼吸、深呼吸・・・・」
客席が暗くなって、ステージに光が集まっていた。
ざわめきが静まっていく。
前のモニターでカウントダウンが始まった。
「20、19、18、17・・・・」
直前まであんなに具合悪そうにしていたカナは、ライブを欠席せざるを得ないだろうなと思っていた。
歩いてるだけでもふらふらしてるのに、無理してステージで倒れたら事故としてニュースで取り上げられてしまう。
楽しみにしていたファンは可哀そうだけど、ステージに立つのは、カナを抜いた5人だろうって思って・・・。
「みなさーん、こんにちはー。ななほしⅥです」
照明が一気に集まると、ななほしⅥの6人が立っていた。
真ん中には笑顔のカナがいた。
「このような素敵な場に呼ばれたこと、光栄に思います。みんな、ありがとうー!!」
客席に向かって両手を振りながら、叫んでいた。時折、配信カメラにもファンサをしている。
「・・・・かななん・・・」
結城さんが驚いて、ペンライトを落としそうになっていた。
「今日は、秋葉原A-POPフェスということで、数多くのアーティストさんと一緒に、ステージを盛り上げていきたいと思います」
「客席の方も、配信の方も、是非楽しんでいってください」
「応援よろしくお願いします!」
他のメンバーが次々にマイクを持って話していた。
「まずは、最初の曲、アニメ、アイドルストーリーから『ブースター・スタート』」
しんとなって、カナに照明が当たった。
赤い服、アニメと同じものだ。
『いつだって、どこだって・・・・』
歌いだし、カナのアカペラが響き渡る。
空気が変わった。鳥肌が立つほど上手かった。
ドラムの音が鳴り響くと、6人でフォーメーションを変えながら歌っていた。
踊っているのに、息切れもししていない。
自然とペンライトを振っていた。
カナが具合悪くてふらついてたなんて、思えないほどの迫力った。
マイクを客席に向けると、みんなが大声で歌っていた。
完全に客席を吞み込んでいる。
3曲歌って、ステージから降りるまでずっとアイドルだった。
「すごかったね。かななん・・・・あれ、かななんだよね・・・なんか、びっくりしちゃって」
「あぁ・・・プロってすごいんだな」
「うん、オープニングから目が潤んじゃった」
「・・・・・・」
結城さんも俺と同じような反応をしていた。
何万人もの中から、アイドルに選ばれるんだ。
ただ、可愛くて愛想がいいだけじゃ務まらないよな。
ファンが熱狂するのもわかる。
次のアーティストに移っても、ななほしⅥのパフォーマンスの余韻が消えなかった。




