129 ライブ前はどたばた
「そーっとそーっと、わっ」
「あ、あいみん!」
机でパソコンつけっぱなしで寝落ちしていると、あいみんが覗き込んでいた。
「ごめんごめん、起こすつもりはなかったの。明日ライブだから、意気込みとか語りたいなって思ってきたんだけど、寝てるのかな? ってちょっと確認したかっただけで」
「全然いいよ。課題終わってないから、起きなきゃいけなかったし」
「ごめんね。疲れてるのに」
あいみんがワタワタしながら話していた。
明日のライブTシャツを着ていた。ちょっとだぼっとしていて可愛かった。
「で、意気込みは?」
「ものすごーく頑張る!」
満面の笑みを浮かべていた。
「頑張りすぎないようにな。俺も結城さんも思いっきりペンライト振るから」
「ありがとう。私は楽しみと緊張で今日は眠れそうにないの。みんなにはちゃんと寝ようって言ったのに・・・全然眠れないかも」
あいみんが目をぎゅっと瞑ってから言う。
「初ライブだもんな」
「そうなの。記念すべき初ライブ! あ、今、ゆいちゃが配信ライブやってるよ。見て見て、ゆいちゃもすっごく緊張してるから・・・」
「へぇ、ゆいちゃが緊張って珍しいな」
「うん。いつもと違ったゆいちゃになってるから、面白いよ」
「?」
パソコンを起動して『VDPプロジェクト』配信ライブを映す。
コメント流れるのがものすごく早い。スパチャも入ってるし・・・。
「・・・・・・」
肝心のゆいちゃは・・・2分同じ姿勢だ。
「ゆいちゃ、硬直してるじゃん。これ、放送事故じゃないの?」
「あははは、緊張してるんだよ」
ゆいちゃが、あいみんと同じライブTシャツを着て、ペンライトを持って、コメントを見ながら固まっていた。
一瞬、画面フリーズを疑ってしまった。
「フェス前のライブ配信なのに・・・大丈夫なのか?」
「ゆいちゃのファンは個性的な人が多いから大丈夫。唯一無二のVtuberって紹介してる人もいたよ」
「唯一無二ねぇ」
目を細めて画面を眺める。
数分微動だにしなかったゆいちゃが、やっとぎこちなく動き出していた。
「たくさん練習したし、後はみんなの前で披露するだけ。わーって驚くような演出も用意してるから、期待してて」
「驚くようなってどんなの?」
「それはね・・・って教えないよ。ここまで秘密にしてきたのに、秘密の意味が無くなっちゃう」
あいみんがぶんぶん首を振っていた。
「ねぇねぇ、さとるくんたちは、どの辺にいるの?」
「Cエリアのどこかって書いてあったな。遠いかもしれないけど、すっげー応援してるから」
「うん。ありがとう」
あいみんが大きく頷いて、ほほ笑んだ。
「有名なアーティストや、人気アイドルグループもいるから、比較して下手だなって思われないようにしないと」
「大丈夫だよ。4人とも歌うまいし」
「・・・・・・」
あいみんがちょっと俯く。
「・・・本当に、そうなのかなって思っちゃって・・・今日前日リハでちらっと他のグループのパフォーマンス見たんだけどね。私たちと同い年くらいなのに、すっごく上手くて、びっくりしちゃった」
「他のグループって?」
「ななほしⅥって知ってる?」
「っ・・・!!」
お茶をこぼしそうになった。
知ってるっていうか、大学の同じサークルにいるんだよな。
「名前は・・・知ってるよ。声優アイドルグループだろ?」
「そうそう、6人いるんだけど、みんな踊ってるのに音程外さないし、声も通るし、ハモりも綺麗だし、すごいなって思っちゃって」
「そうなの?」
「うん。ちゃんと生歌だよ。本当にすごいの。誰一人、ミスする人が居なくて、圧倒されちゃって、少し自信が無くなっちゃった・・・かもしれない」
「あいみんはあいみんだよ」
「うん・・・」
かななん、か。あいみんが言うなら確かだ。
アニメのアイドルストーリーの延長線上で人気があると思っていたけど、ちゃんと実力があるんだな。
いや、俺も何目線だよって感じだけど。
「・・・・・・」
だから、ゆいちゃがこんなに緊張してるのか。
コメント読み上げていたが、間違えちゃいけないと思っているのか、かなりゆっくり話していた。
ずーっとこのままだと、リスナーの半分以上は寝落ちしそうだな。
「ん? さとるくん、どうしたの?」
「何でもないよ。とにかく、あいみんも上手いし、あいみんの声質すごくいいし、自信もって。マジで、俺の最推しなんだからさ」
「・・・最推し・・・そっか、最推し・・・」
あいみんが口をもにょもにょさせていた。
「そ・・・そうだよね。私のファンでいてくれる人もいるんだし。自信もって頑張らないと」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
「じゃあ、私戻るね。家に帰ってから柔軟して、お肌の調子も整えて、しっかりと睡眠取らないと」
あいみんが元気に手を振って、家から出て行った。
ペンライトも買ったし、あとは現地購入のグッズも・・・。
いよいよ、明日か。ついに『VDPプロジェクト』がライブに立つんだな。
実感がないけど、楽しみで仕方なかった。
「秋葉原ものすごい混んでるね」
「あぁ、みんなA-POPフェスに行くとしたらすごいな。年齢層幅広いみたいだし・・・」
「多分、みんな行くんだよ。だって、今日の出演者の缶バッチとか付けてるもん」
ライブのTシャツや缶バッチを付けた人でごった返していた。
結城さんがりこたんが持ってそうなワンピース着ている。
バッグにはりこたんの缶バッチやアクキーが付いていた。かなり、気合入っている。
「磯崎君は昨日眠れた?」
「2時間くらいしか寝れなかったよ。なんか、遠足みたいな気分だな」
「うん。私は徹夜なんだけど、目がギンギンに冴えちゃって、変なテンションだよ。朝、りこたんからDMもらうし」
「ツイッター見る限り、4人とも元気そうだったな」
「そうそう。ゆいちゃも思いっきり寝たって書いてたし。昨日の配信見て心配しちゃったよ」
「ゆいちゃは、心配しだすと本当、疲れるから・・・」
一応、DMしたら返信早くて、全然心配する必要なかった。
テンション高いのが伝わってくるような文面だった。
スマホであいみんのつぶやきをチェックする。
いいねが2000以上ついていた。引用RT、リプライも多いし、今日もトレンド入りしそうだな。
「いよいよだな。まずは、物販で『VDPプロジェクト』のグッズ買わないと」
「・・・ねぇ、あの子大丈夫かな? さっきから足元がおぼつかなくて」
「ん?」
ふらふらしながら歩いてる子がいた。
マスクをしてメガネをかけて、体調悪そうに端っこの壁に寄り掛かってる。
キャップを深々と被っていて、顔色はわからなかったけど、このままだと倒れてしまいそうだ。
「満員電車で体調悪くなったのかもな。声かけてこよう」
「うん」
結城さんと女の子の傍に駆け寄っていく。
「・・・・・・・」
「あの、大丈夫ですか? 駅員呼びましょうか?」
「・・・・ん?」
女の子がキャップをちょっと上げてこちらを見上げる。
「!?」
「磯崎君!」
ななほしⅥのカナだった。
顔色が真っ青で、俺のほうを見ると同時にふらっと後ろに倒れそうになった。
「・・・っと」
かななんの背中を抱き留めて、ゆっくりその場にしゃがませる。
「わ・・・私、駅員呼んでくる」
「大丈夫。ちょっと、眩暈がしただけだから」
カナが息切れしながら、結城さんの腕を掴んだ。
「たまに人混みで体調壊しちゃうんだ・・・今、駅員さんのところに行ったら、目立っちゃうし、ライブに行けなくなったら困るから」
「いいよ。無理してしゃべらなくて」
「ごめん・・・眩暈が収まったら、行く」
結城さんとカナを囲むように隠していた。
「あ、遅れる・・・って連絡しなきゃ」
スマホでLINE画面を開いて、震える手で文字を打っていた。
辛そうなのに、何もできないってもどかしいな。
結城さんと顔を合わせる。
誰かに見つかったら大変だ。時計を確認しながら、カナの様子を確認していた。




