128 美味しいたこ焼きをつくる
「あのさー磯崎君」
「ん?」
平澤さんから部室で、熱烈なたこ焼きを焼く指導を受けていた。
たこ焼き器を取りに平澤さんが出て行って、しばらくカナと二人きりになっていた。
「ん? じゃなくて」
キャベツをみじん切りしていると、急にカナが話しかけてきた。
「なんか私のこと避けてない? 今だって、ずーっと無言の時間だったじゃん」
「・・・・別に避けてないよ」
「嘘、絶対避けてるでしょ。アイドルって偏見持ってるの?」
「そんなことないって」
避けてるつもりはなかった。苦手って感じなだけだ。
普通に接しているつもりだったんだけど、意外と気づかれるものなんだな。
「別にいいけど、作業には支障ないようにしてねっ」
ツンとしながら言う。
「・・・ごめん・・・・」
「ほら、避けてるって認めた!」
生地にラップをかけながら強い口調で言ってくる。今のはちょっと理不尽な気がする。
「本当にそんなつもりないって。ほら、来週、秋葉原A-POPフェスがあるんだろ? 練習とかしてるの?」
全力で話題を逸らした。
「もちろん。次の日、朝から握手会だからスケジュールはハードなんだけどね。フォーメーションもステージに合わせて少し変わる部分あるから、明日からまた練習するの」
「今日はよかったの?」
「今日は学業優先の日」
アイドル活動忙しいんだら、休学でもいいような気がするんだよな。
多分、このまま時間が経てば、ガタがくるんじゃないだろうか・・・。
「へぇ・・・そんなに詰め込んで大変じゃないの?」
「大変だけど、毎日充実してるからいいの。そういえば、『VDPプロジェクト』も出るんだよね。中の人に挨拶してくるよ。中の人って言っちゃ駄目なんだった? ふふふ」
いたずらっぽく笑った。
「まぁ、あいみんはあいみんだから」
「そうだよねー」
やり返してるつもりなんだろうが、あいみんは隣の家に住んでるし、他のメンバーもしょっちゅう行き来してるし、中の人とかいないのを知ってるんだよな。
こっちの世界でもめちゃくちゃ可愛いあいみんだ。
「生地できた? あれ? ゆうたは?」
平澤さんがたこやき器を持って入ってくる。
「今日提出の資料を猛スピードで精査しているみたいです。期限が16時半までで」
「ほんまにギリギリやな。まぁ、そろそろ来るか?」
時計は16時20分を表示していた。
「ゆうたさんは、たこ焼き作りの説明受けなくてよかったんですか?」
「あいつは去年も出てるしな」
キッチンペーパーでたこ焼き器の埃を取っていた。
「去年もたこ焼きやったんですね」
「あ、私、文化祭来ましたよ。もしかして、手前のブースでたこ焼き出してました?」
「せやけど・・・」
「買っておけばよかったなー。全然、お腹空いてなくて、何も買ってなくて」
カナが冷蔵庫に生地を入れながら話していた。
いいよな、東京の人は。気軽に大学の文化祭とか行けて。
「マジで? 去年、かななん来てたの? もう、デビューしてたやん」
「はい。ハードでしたけど、志望校の文化祭だけは行きたくて、ほんの1時間だけ周ってたんです」
「相変わらず、ハードなアイドルやな」
「ありがとうございます」
カナがにこっと笑っていた。
ここまでくると、近づきがたいよな。
俺と同じ受験期があったはずなのに、色々と完璧すぎて、距離を置いてしまう。
「生地はほんまは、一晩寝かせたほうがいいんやけどな。まぁ、冷蔵庫外に置くわけにもいかんし、しゃーない」
「磯崎君、みじん切りするの手伝おうか? ってもう切り終わったの?」
「あぁ。大丈夫」
「へぇ、意外な特技やな」
「実家いたとき、たまーに料理してたんですよ。両親共働きで、長男だったんで」
まな板を斜めにして、ボウルにキャベツを移す。
バァン
「す・・・すみません、遅れました・・・ってえぇ!?」
ゆうたさんが勢いよく、部屋に入ってきた。
「ど、ど・・・どうしてかななんがここに? なんかの撮影?」
「ちゃうって。かななんは、今回の模擬店手伝ってくれるんや。信じられん話やけど」
「いや、俺、話の意味が分からないです。かななんが・・・?」
ゆうたさんがドアを開けたまま、固まっていた。
「こんにちは。お邪魔してました」
「言ってなかったんですか?」
ゆうたさんの反応を見た平澤さんが、楽しそうにしていた。
「どっきりしようと思って。驚いたやろ? はよ、入って来いって。人が通るやろ」
「すみません」
はっとして、慌てて入ってくる。
「驚き通り越して、現実かどうか疑うレベルですよ」
「私のこと知ってるんですね?」
カナが嬉しそうに声をかけていた。
「もちろん、アニメも見てましたし・・・アニメ後の雑談放送とかも毎回チェックしてたので。当然です」
「あの、アフタートークが面白かったんだよな」
「嬉しいです。あれ、シナリオとか無くて、毎回ノープランで進めてたんですよ」
「わかる。そんな感じがした」
なんか、知らなかった俺がおかしいみたいだ。このサークル内では、一般常識らしい。
推しには詳しいけど、アイドル全般の知識があるわけじゃないからな。
「アイドルストーリーええよな。2期とかやんの?」
「来春、続編が決まってますよ。また、忙しくなります」
「マジか・・・・」
ゆうたさんが近づいてくる。
「え、まさか、この、みじん切りも、かななんが?」
「いや、それは俺っす」
「・・・・そう」
「ハハハハハ、そんな、あからさまに残念そうな顔するなって」
平澤さんが肩を落とすゆうたさんを笑っていた。
「遅れた。もしかして、撮影とかしてる?」
がんじんさんが、ビニール袋にペットボトルを数持って帰ってきた。
「すみません。買い出しに行かせてしまって」
「いいよいいよ。俺はたこ焼きマスターしてるから」
俺が行くと、手をひらひらさせた。
「ええんや。がんじんの場合ダイエットもあるからな」
「これでも、80キロ台になったんだって」
「でも、太ってることには変わらないやろ。リプでも、太りすぎ心配されてたやん」
「あの比較は、上手すぎるよな」
がんじんさんの1年前と今を並べた画像を、ファンの子が作って、『いいね』が100件以上付いていた。
ゆうたさんが紙コップを持ってくる。
「そろそろ、撮影準備しますか?」
「あぁ、じゃあやるか。美味しいたこ焼きの作り方。何万再生いくかわからんけど」
「あの・・・私は映れないので・・・」
カナが一歩引いて手を振っていた。
「わかってるって。大丈夫、絶対映らないようにするし、もし映ったら加工で切るから」
「ありがとうございます。お手数かけてすみません」
ほっとしていた。
「でも、笑ったりすると声が入るから気を付けて。動画編集のときにちゃんと聞いておくけど」
「微かに聞こえるかななんの笑い声で、かななんだって当てたら、それはそれですごいけどな」
「ネットの特定班って、高度な技術持ってますよ。インスタの声だけで、どこかに男の声が聞こえたとか当てる人いるじゃないですか。実際、誰が彼氏とか当てた人もいますし」
「なんか、警察みたいですね」
『VDPプロジェクト』の遊園地配信のとき、何度もチェックしておいてよかった。
ぶっちゃけ、危なかったと思ってる。
「私、声が特徴的なので、見つかるかもしれませんね。気を付けて、撮影のときは離れておきます」
「それが安全やな。枠外からじっくり見といて」
「はい。あ、生地出しておきますね。さっき冷蔵庫に入れたばっかりなんですけど」
「それはしゃーないわ。俺が焼けば、美味しくなるから大丈夫やで」
テーブルを拭いて、生地を冷蔵庫から出して、撮影準備を進めていた。
カナがエプロンを取って、手を洗っている。
かななん、か・・・。気遣いのできる子だな。
明るくて可愛い、悪い子じゃないのはわかってるんだけど。
握手会のあるアイドルって、佐倉みいなを思い出すからどうも苦手なんだよな。
裏がどうかわからないというか・・・・。
自分勝手なのはわかっているが、どうしても、引っかかってしまう。




