124 推しの推しは男の娘
冷や汗が止まらない。
スマホを握りしめて、あいみんの家の前に立つ。
ピンポーン
「はーい、あー、さとるくんだ」
「あいみん!」
あいみんが配信のとき着ていたパーカーを羽織って出てきた。
「ちょうどよかった。このパーカー、『VDPプロジェクト』のライブ記念グッズで作ったの。もちろん、主催者には許可をもらって。似合うでしょ?」
「・・・・・・・」
「入って入って、こっちのほうが明るくて見やすいから」
ぴょんと跳ねながら背中のロゴを見せてくる。
可愛い。俺の推し、尊い。
・・・・じゃなくて。
「そんなことより、この、この鍵アカのツイッターの動画・・・どうゆうこと?」
「へへへ、びっくりした? いいでしょ」
スマホで動画をクリックする。
『こんにちはーあいみんだよ。今日も一日頑張って。フレーフレー』
画像はいつもの可愛いあいみんだ。
野太い男の声の・・・な。
「どうして急に男の声なんか?」
「変声機だよ。なんか、私最近、ナクラちゃんっていうVtuberにはまってて」
「な、な、ナクラちゃん?」
知らない。高速で、検索する。ナクラちゃん・・・ナクラ、ナクラ・・・。
動画をクリックした。頭に角の生えた、可愛い童顔の女の子だな。
「そうそう、海の妖精さんって設定で、可愛いでしょ」
『ゲームって難しいなぁ。ふぁっ、ここで鍵を取るんですね。みんな教えてくれてありがとう。難しいな。うおぉおおおおお、クソ、クソ、死ね死ね』
「・・・・・・」
途中まで可愛い声で、あとから男の声に変わった。
「はははは、面白くて。歌ってみたもね、今どきの歌から、ニコニコ動画で流行った曲まで。音域がすごいの」
あいみんが自分のスマホをスクロールさせていた。
チャンネル登録されてる。
これが、推しの推し。どう受け止めればいいんだ?
ナクラちゃんの中の人が女なのか男なのかが問題だ。
いや、ナクラちゃんに中の人とかいないんだけどさ。
「私が前歌った『ヴァンパイア』とかも歌ってるんだけど・・・この曲。この曲、聞いてみて」
「!!」
やばい、見覚えがある。
確か学校で流れて、みそ汁吹き出しそうになったんだ。
俺の中学では、放送室のテロとも呼ばれている。給食中、先生が無言で立ち上がったやつだ。
『やらないか、ハッうっはっうっは』
「・・・・・」
大変なことになった。
ナクラちゃん、めっちゃ攻めてる。ゆらりゆらり揺れている漢心ピンチだ。
「これ昔流行ったんでしょ。リズムもいいしいい曲で、耳に残るし、ユーモアもあって面白いなって。さとるくん、初めて聞いた?」
「あ、えっと、有名だから、どこかで聞いたことはあったかもしれないなって・・・」
「そうなんだ。私、全然知らなかった」
知ってる。大いに知ってる。この曲は、俺の地域では有名だ。
文化祭、みんなかっこいい曲で踊る中、隣のクラスがこれを踊って、有名になっていた。
かなりディープなBLゾーンの曲だ。
高校のときの数少ない塾友達で、ゲイの人がいたけど、この曲で爆笑していた。
俺は笑えなかったけどさ。
「男の娘っていいかもしれないって思って。なんか、音域がこんなにあるって、すごいことだし、ファンも進化していくあいみんに喜んでくれるんじゃないかって思って」
「えっと・・・」
進化ではない。
「そうなんだー」
落ち着け自分。とりあえず、どこから突っ込めばいいんだ。
純粋で可愛い推しを傷つけないように、男の娘設定を止めてほしいって言いたいんだけど。
「あははは、ナクラちゃん、可愛い。ギャップが可愛いんだよね」
「・・・・」
ソファーでナクラちゃんを見ている推しが可愛い。
でも、今、流れてるのは『やらないか』なんだよな。阿〇さんの。セリフ入りの。
なんで、こんなにタイムリーに男の娘問題にぶち当たってるんだ。
ユリちゃんにかかったがんじんさんの呪いは解けたのに・・・。
「さとるくんはナクラちゃん嫌い?」
「そ、そ、そんなことないよ。すごくいいと思う。なんていうか、芸術的だね」
「だよね、だよね」
推しは正義だ。だから、推しの推しは正義だ。
ナクラちゃんを否定してるわけじゃなくて、あいみんが男の娘になることを阻止したいんだけど。
「ナクラちゃんに影響受けて、今朝投稿した動画を、試しに変声機で男の娘にしてみたの」
「そうなんだ。遊びならいいかもね」
「ふふふ、今度配信でもやってみようかな。男の娘が入り込むやつ」
「・・・・・・」
誰か、助けてくれ。推しが、ナクラちゃんに影響されて傾いている。
「あー、あいみん、ずっと探してたんだから。よいしょ、よいしょ」
「りこたんっ」
りこたんが画面から出てきた。
「あれ、さとるくんもいたんだ」
「あいみんの推しの話を聞いてて・・・」
「どうしたの?」
りこたんが机から降りてあいみんに近づいていく。
「あのね、私、ナクラちゃんにはまってるって話したでしょ? さとるくんにも勧めてたの」
「そうね。ナクラちゃん面白いもんね。私も配信リアタイするようになったよ」
「でしょでしょ」
もしかしたら、りこたんが止めてくれるかもしれないって思ったけど、りこたんもナクラちゃん推しなのか。
「私も男の娘設定の時間を作ろうと思って。変声機使って」
「それは止めておきなよ」
りこたんがすぱっと言う。
「どうして? いいじゃん、ナクラちゃんみたいな子。可愛いのに強くて」
「あいみんのファンは今のあいみんが好きでファンなんだから。急に男の娘になって、ファンを裏切るようなことしちゃ駄目」
火の玉ストレートで、ド正論を言ってくれた。
マジ、りこたん神だ。
「でも・・・新しいあいみんを見せたいなって」
「うーん」
あいみんの気持ちは純粋なんだよな。
でも、頑張れりこたん。負けるなりこたん。
「キャラ被りしちゃうと、ナクラちゃんから嫌われちゃうよ」
「えぇっ!?」
「さとるくんもそう思うよね?」
「あ・・・あぁ、真似してると思われたりしたら、嫌な思いもするかもな。ナクラちゃんだって、考えに考えて今のキャラを作ったのかもしれないしさ」
「そ・・・そうだよね・・・」
「リスペクトが無いって思われちゃうよ」
「・・・・・」
あいみんが頬を抑えてぶるぶる首を振っていた。
「やだやだ、ナクラちゃんから嫌われたら辛い。絶対男の娘にはならない。私は今のままで配信して、ナクラちゃんを推すようにする」
「そのほうがいいわ。ナクラちゃんといつかコラボできるといいね」
「うん」
りこたんがほっとしながら、こちらを見て頷いた。
焦った。今日、一睡もできなくなるところだった。
「でも、『やらないか』だけは、私も歌ってみようかな。フリも簡単だし。ニコニコ動画で有名な曲って、バズったりするし」
止めてくれ。
「同じ曲歌うくらいなら・・・どうゆう曲?」
「こうゆうの」
あいみんが『やらないか』を流した。
すげぇ、シュールな時間。
この曲、最初はまだ受け入れられるんだが、ラストスパートのセリフが入ると・・・。
「・・・・・・・」
りこたんの目が点になっていた。あいみんは何ともないらしい。
この場合、りこたんの反応が正しい。
「止めて!」
「え?」
「落ち着いて、あいみん。あいみんは最近疲れてるの。ほら、癒しの音楽とか聴きながら、頭も心もリフレッシュしたほうがいいの」
りこたんがあいみんを揺さぶっていた。
「んー、そうかな。でも、確かに最近疲れてたかも。みらーじゅ都市の癒しマッサージ機に行ってこようかな」
「それがいいわ。そうしましょう」
りこたんががしっとあいみんの腕を掴んだ。
「あ、ごめんね。さとるくん、せっかく来てくれたのに。まだ、ここでゆっくりしていていいから」
「うん・・・」
「早く、あいみん」
「待って、りこたん、力強いよ。どうしたの?」
りこたんが強制的にあいみんの腕をひっぱって、画面の中に戻っていった。
あいみんのスマホが置きっぱなしになってる。
文化祭の思い出の曲『やらないか』が頭から離れない。
まさか、推しが歌おうとする日がくるなんて。インターネットは何が起こるかわからないな。
 




