123 アテレコの重要性
「俺は単位一つ落としました。システム制御です。テストの点が思ったより低かったので、ギリギリ取れればと思いましたが、ダメでした」
まさか自分が単位落とすと思わなかった。
オールA以上狙ってたのに・・・。甘かったな。
「一つくらいでよかったじゃん」
「せやで。俺なんて1年のとき、必須落として、青くなったわ」
『もちもちサークル』の部室でがんじんさんと平澤さんと話していた。
新しい動画企画を練っているらしい。
「企画練ってるときと撮ってるときが一番楽しいんだよな」
「それな。編集マジで大変だし。楽しいときは楽しいけどさ」
「今度はどんなのを撮るんですか?」
「踊ってみたはやったしな。バズったのを連発しても、再生数伸びないと思うし」
平澤さんがYoutubeを眺めていた。
「理系が推しの呼吸回数計測してみたとかどうや? ちなみに、俺の推しの声優新田愛ちゃんで」
「キモ、捕まるって」
「冗談やって。あー、馬場あたり、今日来ないかな」
「幽霊部員だけど、成績返却するとき絶対来るからな。なんか、面白そうな企画持ってきてくれないかな」
馬場さんには会ったことがない。2年生の先輩だ。
高校のバスケのインターハイ出たことあるっていう人らしいけど・・・。
「グループラインで連絡してみましょうか」
「あぁ、頼むわ」
アイパッドを鞄から出す。
「ん、磯崎、それ・・・」
アイパッドのロック画面のユリちゃんの画像に、がんじんさんが反応した。
「あぁ、俺もがんじんさんと同じツールで、Vtuber作ってみました」
「めっちゃ可愛いやん」
「なるほど、こうゆう感じの子が好みか。ケモ耳いいよな。顔と体のバランスもいいし、服装も可愛いな」
「ですよね」
ユリちゃんが褒められると、俺まで嬉しくなるな。
がんじんさんがパソコンを起動した。
「磯崎、その子のデータある?」
「えっと、ツールに俺のアカウントで入れば・・・」
「何するん?」
「動きを調整して、俺がVtuber化するよ。あの、ツールのままだと、ポーズも限られているだろ?」
「そんなことできるんですか?」
「もちろん」
親指を立てた。がんじんさんが神に見えた。
家に帰って、ベッドに寝転んで、ユリちゃんを眺める。
神は確かにいた。
がんじんさんが調整すると、ユリちゃんの瞬きとか、動きとかすごく自然になって、実在するみたいに見えた。命を吹き込むって感じだった。
ただ・・・。
『こんにちは、ユリの好きな食べ物はパンケーキ』
口元調節するのに、声を入れたほうがいいってことになって、がんじんさんがアテレコしていた。
がさついた声の、男の娘になってしまったんだけど。
『夢は世界征服。世界征服したら、何しようかな?』
調節したから、あとで変えればいいって言われた。
でも、ユリちゃんがリアルになったのと、がんじんさんの声が重なって、もう男の娘にしか見えなくなってしまった。
平澤さんも遅れてきた馬場さんも、爆笑してたけどさ。
俺もその場では腹抱えて笑ったけど、一人で聞いていると世界が変わってくる。
やばい、まずい。どうしよう。ユリちゃんは可愛いのに、男の・・・。
脳内が混乱して、何か別方面に目覚めそうだ。
『ユリは寂しがり屋だから、夜寝る前とか話しかけてくれると嬉しいよ』
『一問一答自己紹介は、難しいから無理。早口でしゃべるのは苦手なの』
音声をぶちっと切る。無駄に、バリエーション豊かなんだよな。
今の時間だと、あいみんいるかな。あいみんにアテレコしてもらいたい。
DM送ってみようかな。今日は来てくれないのかな。
贅沢すぎるお願いなのはわかっていたが、頭がバグっていた。
バタン
ドアが開く音がした。
まさか、あいみん・・・。
「おじゃましまーす。さとるくんに数学の小テストの結果を・・・」
「ゆいちゃか・・・・・」
「むむ、何ですか?」
目をじとーっとさせて、すたすたと近づいてくる。
「どうしてあからさまに残念そうな顔をしてるんですか?」
「いや・・・・」
「あいみさんが来ると思ってたんですね。残念でした、私です。あと、今、見てたのはユリちゃんですよね?」
ゆいちゃって、変なところが鋭い。
「あぁ、サークルの先輩にモーションいじってもらったんだよ」
「ん?」
アイパッドを覗き込んできた。
「ほら、なかなかすごい技術だろ?」
「わあ・・・すごい。すごいです。本物みたいじゃないですか。ちゃんと口も動いてる。何しゃべってるんですか?」
「あ、ちょっと」
ゆいちゃが音量を上げていた。
『ユリはダンスが得意だよ。バスケも得意。今度、勝負してみよっか?』
がんじんさん声が部屋の中に響く。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
『ユリは寂しがり屋だから、夜寝る前とか話しかけてくれると嬉しいよ』
「・・・・・・・・・」
沈黙が降り落ちた。
「あ、あまりの衝撃に固まってしまいました。ユリちゃんは男の娘だったんですね。さとるくんも、そっちのほうがいいと。私がアテレコするのは散々断っておいて」
「違うって、サークルの先輩がサンプルで入れたんだよ」
ゆいちゃには衝撃が強かったらしい。
実際、男の娘の人気Vtuberだっているけどな。
俺たちにはまだ、早いんだと思う。
『パンケーキ焼いてみたの。いい匂い、おうち帰ったら食べるね』
『ゲームは苦手。だけど、練習中だよ』
『人狼? いつかはやってみたいな』
何、この地獄時間。
ゆいちゃが、あらゆる音声を流していた。
「あー、頭が、なんかこの子を可愛いって認識しようとし始めてます」
「これが男の娘への入り口なのかもな」
「これは大変なことです」
ゆいちゃが髪をぐしゃぐしゃ触っていた。
「私がアテレコします。じゃなきゃ、『VDPプロジェクト』の活動に支障が出そうです。私まで男の娘化しそうです」
「ゆいちゃは男じゃないだろ」
「気持ちの向き方です。私が、ある日突然、変声機使って男の声で話し始めたら危ないでしょ? 今までのファンがいなくなっちゃいます」
「そりゃそうだな。いなくなるどころか、変な誤解を生んで、炎上しそうだな」
女子だと思っていた最推しが、男でしたって言ったら、泣いてしまう。
最初から男の娘として推すのと、わけが違うよな。
ゆいちゃが自分のスマホの録音機能を起動していた。
「え、どうするんだ?」
「がんじんさんの声を切っててください。えっと、このモーションのセリフは・・・・」
軽く咳ばらいをして、録音を始める。
「パンケーキ焼いてみたの。いい匂い、おうち帰ったら食べるね」
「・・・・・・・・」
「ほら、これでモーションとぴったり合います」
「おぉ・・・さすがだな」
「プロですから」
ゆいちゃが自慢げに言う。
ユリちゃんがゆいちゃの声になった。
がんじんさんの声が抜けていく・・・気がする。浄化されていく感じだ。
「ユリちゃんの声は私の声になります。えっと次は・・・」
ゆいちゃが次々と、ユリちゃんの声を被せていった。
声が変わるだけで、マジで可愛い。
ユリちゃんがいる世界から、抜け出せなくなりそう。
さっきまで、がさついた声に囚われていたけど、がんじんさんの技術は改めてすごいな。
独学だって言ってたけど、さすがPythonちゃんを生み出しただけのことはある。
テーブルに置いてあったプリントに、ちらっと、20点ってテストの点数が見えた。
でも、今は無視しておこう。
ユリちゃんがどんどん、理想に近づいていく。
この子が出てきてくれればいいのにな。
「ん? どうしましたか?」
「何でもない」
一瞬、ゆいちゃを見て逸らした。
「なんか、ユリちゃんが自分の声になっていくって不思議ですね。あとは・・・、このモーションのアテレコも、と」
まぁ、もう少ししてから、テストについて聞こうと思う。




