121 夢をあきらめるとき②
『舞花がお兄ちゃんの家に泊まるの? 変なことしないでしょうね?』
「するわけないだろ。あいみんとゆいちゃもいるし。できれば、あいみんの家に行ければいいんだけど・・・後で頼んでみるよ。多分、大丈夫」
あいみんと舞花ちゃんのほうを見つめる。
楽しそうにプリンを食べていた。落ち着いてきたみたいだな。
『当り前よ・・・でも、舞花がそこまで追い込まれてるなんて。私、親友なのに』
「親友だから言えないってこともあるだろ」
『・・・・・・・』
ベランダに出て、琴美と話していた。
いじめられているって話は、一応伏せて、プレッシャーで逃げ出したくなっただけだと伝えていた。
俺は舞花ちゃんの親とも面識があるし。
琴美を通せば今日1日くらい、大丈夫だろう。
『お兄ちゃんこうゆうときにしか役に立たないんだから、ちゃんと舞花のことよろしくね』
「あぁ」
口調はきついけど、かなり動揺しているみたいだな。
「安心してくれ。今、あいみんたちと話して、落ち着いてきたみたいだから」
『・・・わかった。舞花のお母さんにはLINEしておく』
「あぁ、よろしく」
『本当に大丈夫でしょうね?』
「大丈夫だって、あんまり心配するな。ちゃんと帰りのバスに乗せるから」
電話が切れる。まぁ、大丈夫だって言いきれるのは、あいみんがいるからなんだけどさ。
「あ、さとるくん、どうでした?」
「琴美を通して舞花ちゃんの親に伝えるように言ったから安心して」
絨毯に胡坐をかいた。
「私、Vtuberの夢・・・自信なくなっちゃったんです。あいみさんたちみたいに、夢を楽しいって言える自信も、Vtuberだけで食べていく自信も・・・」
舞花ちゃんがスプーンを置いて言う。
「Vtuberってたくさんいるし、そう思うのは無理ないよな」
「・・・・・」
「舞花ちゃん、配信では絶対言わない、重要なことを話すよ」
あいみんが舞花ちゃんの目を見る。
「途方もない夢を追う苦しみは、途方もない夢を追ったことのある人しかわからないんだよ」
「え・・・・」
「何が良くて、何が悪いのかわからないような、ぐらぐらした橋を、いつも渡ってる。それに、永遠にVtuberをやり続けられるなんて思ってない。辛いことも多いから、いつか終わりが来ると思いながら、今を全力でやってるの」
「・・・・・・」
「夢って、そうゆうものだと思う」
初めて聞く話だった。
「だから、誰に話しても、理解してもらえないのは当たり前なの。私たちだってそう。誹謗中傷は当たり前、Vtuberってだけで叩く人だっている」
いつものあいみんの声が、深く感じられた。
「ゆいちゃなんて、陰で泣いてばかりだし」
「そうなの?」
「わー、あいみさん、言わないでくださいよ」
「しょっちゅう泣いてるんだから」
「あいみさんってば」
ゆいちゃがあいみんを揺さぶっていた。
そんなこと・・・全然知らなかった。ゆいちゃはいつも明るかったし。
「でもね、応援してくれる人がいるから、できるところまで頑張ろうって思うの。他人から聞いたら綺麗ごとに聞こえるかもしれないけど、でも、本当にそれだけで頑張ってる」
あいみんがちらっとこちらを見た。息が詰まりそうになった。
「そうですか・・・・」
「舞花ちゃんは、夢にかける覚悟はある?」
「あ・・・あります! もちろんです」
「そっか。一緒に頑張ろうね」
あいみんがほほ笑む。真面目な話はここまでだった。
20時になって、舞花ちゃんがあいみんの家に行くまでずっと他愛もない話をしていた。
最近APEXにはまっているだとか、りこたんだけがテトリスとオセロばかりやってるとか・・・。
パソコンに課題を映しながら、3人の話し声を聞いていた。
ほんの一瞬、俺の知らないあいみんとゆいちゃがいた。
きっと、りこたんとのんのんも同じなんだろう。
将来の夢・・・途方もない夢なんて、俺にはない。
もちろんサークル活動のYoutuberは遊びだ。
楽しいけど、職業にするつもりはない。
淡々と、勉強して、どこかの企業に就職して、それでいいと思っていた。
考えさせられるな。
いつか推しにも終わりが来る。
ツイッターでVtuberの卒業を見てきたが、どこか他人事のように思えていた。
俺は『VDPプロジェクト』について、知っていると思っていたけど、何も知らなかった。
あいみんがこんなこと考えていたなんて・・・。
俺が『VDPプロジェクト』を推して、得られたことは元気だけじゃ・・・。
「おじゃましまーす。さとるくん、歯ブラシの換えとか持っていませんか? 舞花ちゃんが、無くしちゃったみたいで」
ゆいちゃがパジャマで部屋に入ってくる。
「あぁ、ホテルでもらったのならあるよ。この辺に」
洗面台の棚を開ける。
「ホテル?」
眉を上げる。
「受験のとき、ビジネスホテルに泊まったんだよ。ほら」
「あ、ありがとうございます」
ゆいちゃのパジャマ・・・可愛いな。
ちょっと子供っぽかったが、柔らかそうな生地だった。
「舞花ちゃんは、どう?」
「お風呂入って、すぐ寝てしまいました。あいみさんが傍にいるんで大丈夫ですよ」
「そうか。ありがとな」
「いえ」
冷蔵庫から麦茶を出して、机に置いた。
椅子に座って、ゆいちゃのほうを向く。
「ゆいちゃもVtuberやってて辛いこととかあるのか?」
「もちろんです。私だって能天気にやってるわけじゃないんですよ」
「それはわかってるけど・・・」
泣いてたところなんて、見たことなかった。
遊園地配信で、絶叫が辛くても、泣くことはなかったのに。
「舞花ちゃんの話を聞いてて、Vtuberってこっちの世界では、そう見られるんだって・・・知っていましたが・・・なんか・・・・」
俯いて、言い淀んでいた。
「武道館って遠いですね」
「そうだな」
どんなに歌唱力に実力があっても、可愛くても、ダンスが上手くても、上がれる場所じゃない。
人を惹きつける力がなければ、武道館ライブはできないだろう。
「俺は途方もない夢なんて持ったことがないんだよな。テストは、思いっきり勉強すれば解決できるし・・・・・・」
あいみんたちが羨ましく見えてしまった。
「あ、私、最近作曲始めようとしてるんですっ」
「作曲って? 何か楽器弾けるの?」
「ピアノをほんの少ーし」
指で小さな幅を作っていた。
「途方もない夢が一つ増えてしまいました。武道館ライブで、自分が作った曲が流れるのが夢です」
ゆいちゃがへらーっと笑う。
「人生一度きりなんです。後悔しないようにしたいんです」
「そうか・・・」
「さとるくんは、何か夢、あるんですか? 自分が、楽しいなって思えるような夢です」
「・・・・・・・」
俺はVtuberになれるわけないし、Youtuberも同じだ。
プログラムは好きだし、システムエンジニアになりたい気持ちは変わらないけど・・・。
唯一、小さいころに描いていた大きな夢があるのを思い出していた。
受験勉強ばかりで、いつの間にか忘れていたが・・・。
「・・・小説家だ」
「え? と、唐突ですね」
「自分でも今、思い出すなんて思ってなかったけどさ」
「はいっ」
「俺、昔、小説家になりたかったんだよ。小さいころ、読んだ本が面白くてさ。将来、こんな話を書けるようになりたいなって。ま、無理だとは思ってるけどな。理系だし、文章力もないし」
「いいじゃないですか!」
ゆいちゃが顔を近づけてきた。
「頑張りましょうよ。小説家の夢」
「いや、だから、無理だと思ってるって」
「私だって、作曲なんて無理だって思ってます。音は聞き取れますが、歌ってみた編集するときのMIXのツールを使いこなせないし。でも、頑張ります」
表情をぱっと明るくさせていた。
小説家なんて無謀だ。なれると思ってないけど・・・。
こんな数多の本がある中、俺の書くものが必要とも思えないし。
「ね、ね、一緒に夢に向かって頑張りましょうね」
「えっと・・・・あぁ・・・・」
押し切られてしまった。
小説家か・・・・。
でも、こんなに夢に向かって頑張っている子の前で、嘘はつけないよな。例え、諦めたとしても。




