120 夢をあきらめるとき①
「はぁ・・・・・」
休み明けの課題は厳しいな。土曜日の朝からやって、夕方でやっと半分だ。
明日バイト休んでおいてよかった。
頭が働かないし、怠けてる。
ちょくちょく、あいみんの動画に癒されながら、亀の歩みで課題を進めていた。
ピンポーン
「ん?」
珍しいな。みんな、勝手に入ってくるのに。
宅急便か? いや、実家からは来たばかりだしな。
ドアを開ける。
「ま、舞花ちゃん!」
舞花ちゃんが泣きはらした顔でこちらを見上げる。
「すみません。急に来て、でも、他に・・・場所がなくて・・・」
「ど、どうしたの?」
「・・・・・あの・・・・」
瞬きすると涙がこぼれていた。
「えっと・・・とりあえず上がって」
「ありがとうございます・・・」
目を抑えながら、とぼとぼとついてくる。
何があったんだろう。
泣いてる女の子が家にいるんだが、こうゆうときどうしたらいいのかわからない。
とりあえず、麦茶でも・・・。動揺して、コップを落としそうになった。
「急に・・・ごめんなさい。でも、どうしたらいいかわからなくて・・・・お兄さんしか、頼れる人が居なくて」
絨毯に座ると、少し落ち着いていた。
「いいよ。いつから、東京に来たの?」
「今日の午前中、ゲームのアテレコの収録があって・・・それで・・・」
渡した麦茶を一口ずつ飲みながら話す。
「収録が思うようにいかなかったのか?」
「いえ、収録はうまくいったんです。私の声、ぴったりはまったって」
「すごいじゃん。よかったな」
「はい・・・・」
小さな手が震えていた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
しばらく沈黙してから、スマホを出していた。
「・・・周りからは、いつもVtuberなんてあやふやな夢、諦めろって言われてるんです。いじめ・・・ぽいことにもあっていて・・・」
「え?」
「みんな受験組ですから・・・黙っていたんですけど、インスタグラムのアカウントからバレてしまって」
スマホにインスタグラムを映していた。
「応援してくれると思っていたクラスメイトの子が・・・急にこんなことをしてくるんです。消しても消しても載せてきて・・・事務所管理には気にしなくていいって言われたんですけど、でも・・・すごく傷ついて・・・・」
「ひどいな・・・これは」
Vtuberの画像と、舞花ちゃんの写真をコラボさせた画像をアップしていた。
ほかにも、声の仕事への誹謗中傷・・・舞花ちゃんを馬鹿にするようなコメントが書かれている。
全部、実態のないアカウントからだな。
「本当に、急に、なんです。クラスメイトがこんなことしてくるなんて思わなかったです」
「そうか」
ただの嫉妬だろうけどな。
舞花ちゃんは可愛いし、受験や就職へのストレスから妬みをぶつけられてるんだろう。
「夏休み明けてから、クラスメイトから無視されてしまって。一部の生徒からは呼び出しされたり・・・高校行くのが怖いんです」
「琴美は?」
「琴美は別のクラスですから、受験組のラストスパートで、忙しくて相談できません。大親友に、迷惑かけたくないんです」
まぁ・・・琴美に相談したら、なんか問題起こして、俺が駆り出されそうだけどさ。
「みんなからVtuberなんて逃げだとか、叶わない夢だとか、いろいろ言ってきます。学校の先生も親もVtuberには反対で・・・進学、就職してからでもいいんじゃないかって言ってくるんです」
絞り出すように話していた。
「収録終わったら、緊張の糸が切れてしまって・・・辛くても頑張ってるのに、叶わないって言われると、死にたいって思ってしまって・・・・」
いつも明るい舞花ちゃんがここまで追い込まれるなんてな。
「高校には行かないといけないの?」
「え?」
「ほら、逃げるって選択肢もありだろ。高校行かなくたって、高卒の資格取る手段はあるしさ」
「そう・・・ですけど、親が・・・・」
「まぁ、そうだよな」
いじめにあったらすぐ逃げればいいって言うけど、そんなに簡単じゃないんだよな。
「Vtuberが夢だって言って、声優のお仕事もいただいてるって話して・・・こんなに風当たりが強くなるなんて思わなかったんです。教室入るとキモいって、入ってくるなって・・・・変な声で話しかけられたり・・・・」
思い出したのか、しゃくりを上げていた。
ティッシュボックスを渡した。
「田舎だからな。そうゆう閉鎖的な部分はあるんだろ。事情はわかったから、無理に話さなくていいよ」
「・・・・・・・」
スマホを出してツイッター画面を開く。
あいみんに連絡だ。俺はVtuberじゃないから、舞花ちゃんの立場で聞いてあげられないし。
「舞花ちゃん、家には連絡した?」
「いえ・・・もうすぐ帰るはずだったので・・・・」
「俺から琴美に連絡して、舞花ちゃんの親に言ってもらうよ」
「あ・・・ありがとうございます・・・・」
琴美にLINEして・・・と。今は、おそらく塾の時間だな。
折り返し連絡来るのは、19時過ぎだろうか。
「じゃじゃーん。呼ばれて、あいみん登場」
あいみんが、コンビニの袋をぐるぐる振り回していた。
「私も、あいみさんについてきました」
げ、マジかよ。ゆいちゃまで・・・。
「え!? あいみんさん、ゆいちゃさんっ・・・」
「やほーって、あれ?」
あいみんとゆいちゃが重たい空気を吹っ飛ばすように入ってくる。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「はっ、舞花ちゃんがさとるくんの家に? 家で泣いてる!?」
あいみんが俺と舞花ちゃんを見て固まっていた。
「なんですか? この別れ際のカップルみたいな空気は」
「違うって、変なこと言うなよ」
「さとるくん、どうゆうことですか? 舞花ちゃんに、何か悪いことをしたんじゃないんですか?」
「してないって」
「本当ですか? 怪しいですけど・・・なんか、むぅって感じです」
入ってきて早々、ゆいちゃに詰め寄られる。なんか、理不尽に怒ってるし。
こうゆうのがあるから、あいみんだけに連絡したのに・・・。
「舞花ちゃん、何かあったの?」
「・・・・・・」
あいみんが舞花ちゃんの横にぺたんと座った。
舞花ちゃんが俯いて、涙を溜めている。
こうゆうとき、やっぱりあいみんは大人だよな。
「えっと・・・・・」
「無理にじゃなくていいから。話したくなったら話して。それまでは・・・・」
あいみんがコンビニの袋からプリンを出す。
「美味しいコンビニスイーツ食べよ。すっごくすっごく美味しいから・・・」
「あいみさん、大変です。3つしかないです」
「はっ・・・3人で食べるつもりだったから」
「わ、私はいいです。すみません、なんか・・・」
舞花ちゃんが両手を振って遠慮していた。
「いいの、つらいときは甘いものは必要なんだから。一つは舞花ちゃんの分」
あいみんが舞花ちゃんの前にトンと、プリンを置いた。
推しはすごいな。さっきまで、泣いてた舞花ちゃんが、押されている。
「あとはじゃんけん」
「せっかくなんで、ゲームで勝負しましょうよ。人狼で」
「3人で人狼はないだろ」
「・・・じゃあ、やっぱりじゃんけんで。じゃんけんなら自信はないんですけど」
「むしろ、人狼で、どうして勝てると思ったんだよ・・・」
あいみんが右手を開ける。
「はい。恨みっこなしのじゃんけんで。じゃーんけん」
「ぽんっ」
結局、ゆいちゃがじゃんけんに負けたから、プリンはゆいちゃに渡した。
プリンごときで泣きそうな顔になるからさ。
舞花ちゃんはもっと深刻な悩みを抱えてるのに・・・。
ちらっと舞花ちゃんのほうを見ると、表情が和らいでいた。
「美味しいね、プリン。甘いものがほしかったら、また買ってくるね」
「はい・・・・ありがとうございます・・・」
あいみんがにこにこしながら話しかける。
やっぱり、最強だな。俺の推しは。




