11 ファミレスのパンケーキ
学校帰り、近くのファミレスに寄っていた。結城さんはりこたんに会ったときからずーっと落ち着かない。
「わぁ、ファミレスってこんなにメニューあるんだ」
「あいみん、ちゃんと座らなきゃ。目立っちゃうわよ」
どれにしようかな、と顔をきらきらさせて眺めていた。
あいみんって目がくりっとしているから、瞬きするたびに可愛いよな。
「あ、今日は私たちが奢るわ」
「え、でも・・・」
「当然よ」
りこたんがにこにこしながら言う。
「うんうん。私たちみんなのおかげでちゃんと稼げているから、好きなもの頼んでいいよ」
あいみんがコンパクトで小銭入れのような財布を見せてきた。
「ありがとう・・・社会人になったら俺が奢るよ」
「楽しみにしてるよー」
「結城さん、大丈夫・・・・?」
「・・・・・」
結城さんが岩のように固まって、顔が赤くなっていた。
「ゆ、ゆ、結城さん、そんな緊張しないで・・・」
「はい・・・す、すみません。変に気を遣わせてしまって・・・」
「そんな謝る必要なんて・・・」
りこたんも緊張でぎこちなくなっていた。
どことなく、二人って似てるようなイメージだ。
推しに似るんだろうか。
「このドリンクバーっていうの頼もうよ。色んな種類から選べるんでしょ?」
「うん。向こうに行けば、このメニューにあるもの以外でもあるよ」
「これも、美味しそう。でも・・こっちも・・・うーん・・・」
あいみんがメニューをじっと見ながら悩んでいた。
「それでそれで? 結城さんはりこたんのどんなところが推しポイントなの?」
あいみんがにやにやしながら結城さんのほうを見る。
なんか、コイバナでも聞いてるようなトーンだな。
「その・・・たくさんあるんですけど、勤勉で知識があって、最初はミステリアスな子だなって思ったけど、配信で話すと面倒見がよくて、優しくて・・・学生の私も気にかけてくれて・・・」
「あ・・・ありがとう」
りこたんの頬もぽっと赤くなった。
「りこたんの、ミステリアスってイメージは多分HPからきてるよね。あのHP目を引くもんね」
「デザインもそうだけど、そうゆうの作るのも得意だから。ほら、反対に私はあいみんみたいに、歌が上手くないし」
「え? りこたんのHPって、りこたんが作ったんですか?」
「そうよ。デザインも動作も全部自分でやったの」
「すごい・・・・」
アイスティーに口を付ける。
結城さんがスマホでりこたんのHPを確認していた。
「あいみんのHPはさとるくんが作ってくれるんだもんね」
あいみんがオレンジジュースを飲みながらこちらを見る。
「そうなの?」
「本当に手探りなんだけどね・・・。HTMLとCSSは高校の時、軽くやったことあったんだけど、PHPもJavascriptも触ったことないし。でも、頑張るよ」
「なんかわからないこととかある?」
「そうだ、聞こうと思ってたんだ。実は、接続が悪くて何度も落ちるんだよね。原因とかわかる?」
「うーん。磯崎君のパソコンからだと接続の調子が悪いこともあるかもしれないから、そうね・・・。私たちが開発で使ってる環境があるから、そこにリモートで繋いだほうが」
りこたんが口に手をあてながら、ぺらぺらと話す。
「どうゆうこと? ごめん、途中から全然ついていけなくて」
「ふふ、また説明するわ」
「りこたんって本当に頭いい。私も全然わからないよ」
あいみんがりこたんにくっついていた。
「・・・・そっか・・・礒崎君、すごいね」
「そんなことないよ。でも、一応情報処理専攻してるし、ちゃんとしたもの作りたいと思うよ」
「へへー嬉しいな」
あいみんのふにゃーっとした笑顔を見るだけで頑張れる気がした。
「・・・・・・・」
結城さんがスマホをテーブルの端に置く。
店員さんがパンケーキを持ってくる。
クリームの上からシロップがかかるところを、あいみんとりこたんがわぁと言いながら見ていた。
「こんなの私たちのいる都市にはないね。甘い美味しそうな香り」
「本当。インスタグラムで見たのとそっくり」
結城さんがスマホを持って、撮っておけばよかったねって後悔していた。
「二人がいる都市っでどんなところなの?」
「みらーじゅ都市のこと?」
「そうそう」
「うーん。こっちの世界と全然違うかな。インターネットみたいな感じで、瞬時に色んな所に移動できたり、ほしいものが手に入ったりするところだよ。情報の伝達も早いし」
「暮らすのに困ったことはないわね。パンケーキはこっちの世界のほうが美味しいけど」
「へぇ、羨ましいな」
夢みたいな世界だなって思っていた。
俺もみらーじゅ都市の住人になりたい。
「はーい。今日一日学校にいて思ったこと」
あいみんがクリームの付いた口を拭いて、手を挙げる。
「ん?」
「人多いね。移動がゆっくりだから、こんなに人が多いのかな? ここに来る前も人が多くて、なんだか酔っちゃったよ」
「そうね。私たちのいるところはこんなにごちゃごちゃしてないもんね」
「でも、配信を通して見るこっちの世界が羨ましかったから、今すっごい楽しいね」
フォークでチョコシロップをすくって、パンケーキに付けながら言う。
「あ・・・あいみんたちのいるところか・・・」
「さとるくんも来れるか聞いてみよっか?」
「そうね。私たちがこっちに来れたんだから、さとるくんたちも来れるんじゃないかしら」
「ま、ま、まだいいや。今はこっちのことでいっぱいだし」
みらーじゅ都市に行けば、男のVtuberだって存在するだろうなって思っていた。
考えたらキリがない。止めておこう。
今、目の前にいるあいみんが全てなんだから。
「あの、私もりこたんのために何かしたいんです」
急に結城さんが前のめりになって話す。
「りこたんに助けられたことがあって、もう命を助けてもらったような感じなんです。りこたんのゲームを開発することが夢なんですけど・・・そこまではまだできなくて・・・。でも、何かやりたいんです」
「え・・・あ・・え、と、気持ちは嬉しいんだけど」
「りこたんのHPは完璧だもんね」
「えぇ。うーん・・・」
「・・・・・・・・・」
一緒になって考えていた。
結城さんも何かできることはないだろうか。
学生だからお金がない分、どうやって推しの役に立てるか探すのに必死なんだ。
「じゃあ、データ分析とかは? ちょうど専攻してるじゃん」
「あ、そうね。そうゆうの作ったことなかったけど・・・DBにいくつか使えそうなデータはあるわ。個人情報だからマスキングしないといけないけど」
「それならできます。やります。授業でもやりますし・・・わからないところは兄に聞いてみます」
「なんか難しそうだけど、やったね。結城さんも一緒に頑張ろうね」
「は・・・はい。嬉しいです」
耳まで真っ赤になりながら頷いていた。
「詳細は帰って調べてから渡すわ」
「ありがとうございます。頑張ります」
少し目がうるうるしていた。
机の下で小さくガッツポーズをしているのが見えた。
俺も頑張らなきゃな。
りこたんが、あいみんとパンケーキ食べているところをスマホで写真を撮っていた。
「結城さん、持ち物ほとんどりこたんマーク付いてるんだね」
「そうなんです。気づいたら、全部りこたんになっちゃって」
結城さんのスマホケースにもりこたんの鍵マークが付いていた。
りこたんが、照れている。
「むむ、さとるくんはあいみんのグッズ持ち歩かないの?」
あいみんが、少しだけ、機嫌が悪そうに言う。
「あいみんのグッズ、男が持ちにくいんだよ。俺の場合、全部家で鑑賞ためのものになってる」
「確かに、ハートマークだもんね」
りこたんのモチーフは鍵マークだけど、あいみんのモチーフはハートマークだ。
男が持つには結構勇気のいるものだった。
まだ、学校には持ファイルかボールペンくらいしか持っていけないな。
「磯崎君、今日の1限の授業ってデータモデルの話でした?」
「そうそう、DB関連がそもそも苦手だから、復習しなきゃな・・・。2年生も多いからわかってる前提で話が進んでいく感じだよ」
「教科書、どのくらい進んだか聞いてもいいですか?」
「もちろん。え・・・と」
鞄から教科書を出す。
説明に出てきたページを言っていくと、スマホのメモ帳に早打ちしていた。
「・・・どうして1限遅れたの?」
「りこたんの配信のアーカイブ見てたら、目覚ましかけずに寝落ちしちゃって」
結城さんがりこたんに聞こえないように、こそっと言った。
りこたんのためにデータ分析をするってことになったら、急に元気になってパンケーキを食べだした。
まだ少し緊張が取れていなかったけど、徐々に馴染んできたみたいだな。
結城さんがこの非科学的な状況を受け入れてくれて、ひとまず、ほっとしていた。




