114 推しの思い
「『宣誓! 私が大統領になったら、ただの仕事の付き合いだよ?って言う奴は二度と働けなくしてやります』」
ゆいちゃがいきなり手を挙げて言ってきた。
「へ?」
「今度歌ってみたで出すP丸様。の『シル・ヴ・プレジデント』って曲の歌詞です。聞いたことありませんか?」
「あ、あぁ・・・・歌詞ね」
ギクッとしてしまった。流行ってる曲とか疎いからな。
かなり、タイムリーな歌詞で、心臓に悪いんだけど。
「いい歌詞ですね。私が大統領になったら、とか夢があります」
「なんだよ・・・」
「ただの仕事の付き合いだよ?って言う奴は二度と働けなくするんです」
「歌詞だろ・・・?」
「歌詞ですが、私の理想論です。さとるくん、私が大統領になったら危ないですからね。覚悟しておいてください」
ゆいちゃがジト目で見てきて、咄嗟に逸らす。
合コンを断ったって話したばかりなのに。ゆいちゃの考えが掴めない。
「私はこっちのほうが好き。『宣誓! 以下略! 向こうが強引でさって男の口にはレジンを流し込んで固めてやります』」
「じゃあ、のんのんはそこのパートでいいですか?」
「うん。本当、共感する歌詞ね。私もたまにレジンを流し込みたくなることあるわ。すぐに勘違いする人とか」
こえー。ナツには・・・言うべき話じゃないな。
のんのんも楽しそうに、鼻歌を歌っていた。
「へへへ、今フリも考えてるんですけどね、結構自信があります」
ゆいちゃが立ち上がって軽く体を動かしていた。
「ゆいちゃ、お手柔らかにね。カウント取るの難しいと間違っちゃうから」
「はい。みんなが踊れるようなのを考えてます。こうゆうふうに」
自信満々に、鏡を見て、カウントを口ずさみながらステップを踏んでいた。
「いい感じです。明日には完成させますね」
ゆいちゃが両手を広げて、ぴたっと止まった。
勉強しながら、こうゆうのも作って、本当に頑張ってるよな。
勉強ができているかは、別として。
「ねぇ、さとるくん、パウンドケーキ食べて。作りすぎちゃったから、家にまだあるの」
「そうそう。私も食べたいけど、ダイエット中だから控えなきゃいけなくて」
「ありがとう。すごく美味しいよ」
「よかった」
りこたんとのんのんがお茶菓子を並べていた。
あいみんの家に呼ばれて、あいみんのソロ動画プレミアム配信までくつろいでいた。
なんか、ゆいちゃの歌詞の話で、くつろげてないけど。
「今回はゆいちゃとのんのんだけで歌ってみた出すの?」
「はい。あいみさんソロが今日出て、次は私とのんのんの歌って踊ってみたが出ます」
「りこたんは?」
「私は、ちょっと忙しくて上げられないかな。みんなの知名度が上がってきて、ライブのゲストとして声をかけられてるから、その調整とかもしなきゃいけなくて」
「えっ、そうなの!?」
声が大きくなった。
「えっと、そんなものすごい有名なライブじゃないけどね。昨日、冬の秋葉原A-POPフェスから声がかかったの。まだ、返事はしていないけど、出る方向でいるから」
「マジか。すごいじゃん」
「でも、結構大変なんです。私たちは後ろで歌って踊って、ステージには3Dホログラムで映すっていうちょっと難しいライブで。2曲提案されてますけど、悩み中です」
ゆいちゃが、口に手を当てて唸っていた。
「まだ、時間があるから、ゆっくり決めましょ」
「はい。考えてるだけで楽しいですね」
「それまでには体重落とさなきゃ。1キロも太っちゃった」
「踊ってればすぐに痩せますよー」
ゆいちゃがぺたんと座って、クッキーを食べながら嬉しそうにしていた。
かなり嬉しい話だな。
武道館へはまだ遠いかもしれないけど、確実に大きな一歩だ。
「じゃじゃーん。あいみん登場。あ、今日はこっちは雨なんだ」
あいみんがモニターからよいしょ、よいしょと出てくる。
「あいみん早くしないと」
「プレミアム配信始まっちゃうよ。もう、いつもギリギリなんだから」
「そか、もうこんな時間。わわわっ・・・・」
「わっ・・・だ、大丈夫か?」
慌てて顔面から落ちそうになったあいみんを引き上げる。
「ごめんごめん、ありがとう。ケガするところだった」
あいみんがにこっとしながら、絨毯に足を付けた。
ちょっとドジなところも可愛いんだよな。
「ちゃんとツイッターで呟いた?」
「もちろん。私のソロ歌ってみたの、プレミアム配信だよーって。さっき見たら、3000いいねが付いてたから、みんな見に来てくれないかなって思ってる」
テーブルにアイパッドを二台立てて、配信を待機していた。
いつもと違う雰囲気のあいみんか。配信までのカウントダウンを見ていると、緊張してきた。
「うぅ、私もコメントしたくなってきた」
あいみんが、滝のように流れるコメントを見ながら言う。
「こうゆうときのあいみは誤字が多いから、大人しくしなさい」
「はーい。と言っても、緊張で手が震えて文字が打てないんだけどね」
息をのむ。みんな食い入るように見ていた。
10、9、8、7・・・・2、1。
流れたのは、『とても素敵な六月でした』という曲だった。
Eightという人が作ったらしい。
Vtuberやアニメ以外の曲をあまり知らないから、初めて聞く曲だったけど・・・。
あいみんの透き通るような声が、歌詞に合っていて鳥肌が立った。
情景が目に浮かんで、一つ一つの言葉の重みを感じた。あいみん自身のことを歌っているんじゃないかって錯覚するくらいに・・・。
約4分があっという間に過ぎていた。
多分、いろんな解釈のある曲で、目に浮かぶ絵はみんな同じものなんだと思う。
コメントは絶賛と拍手で埋め尽くされていた。
「・・・すごいな、あいみん。なんていうか・・・」
しばらくしてから、声を出す。
こうゆうときの表現力が難しい。どう感情を表せばいいのかわからなかった。
「ふふふ、ちょっといつもと違う雰囲気の曲を歌わせてもらったの。私もこの曲とっても好きだから、いつか歌いたいなって思ってて。6月は過ぎちゃったけどね、8月に6月を振り返りながら聞くのもいいかなって」
「びっくりした。意外なあいみんが見れて」
「引き込まれちゃった。というか、なんか泣きそうになっちゃったじゃない」
「泣いちゃっていいよ、慰めてあげる」
「ここでは絶対、泣かないわ」
のんのんの反応にあいみんがにやけていた。
みんなも驚いていた。もう一回聞くのは、家に帰ってからにしようと思う。
「あいみさん、さすがです」
「あまり言うと照れちゃうな。あ、結城さんからもDM入ってた。よかった、いつもと雰囲気違ったから、受け入れられなかったらどうしようって思ってたの」
緩みっぱなしの口を、ちょっと押えていた。
「どうしてあいみんはこの曲を選んだんだ?」
「ほら、みんなと歌うときは明るい歌をたくさん歌うでしょ? でも、コメントやツイッターのリプライで悩みを持った人もいっぱいいて、こうゆう人たちを元気にする、だけじゃなくて、寄り添うような曲も歌ってみたいなって思ったの」
麦茶を一口飲む。
「だって、みんながみんな、元気が欲しいわけじゃないでしょ? 悩みに共感しながらうんうんって頷けるような・・・」
「・・・・・・・」
「そうゆうふうに、歌えたかな。とってもいい曲だから、みんなに聞いてほしいな」
「絶対、ちゃんと届いたよ」
呟いたら綺麗事だって・・・いい子ぶってるって叩かれそうなことを、あいみんは本心から言うんだ。
あいみんを推した俺は、絶対間違っていなかったって断言できる。
「・・・あいみさんはすごいです」
「急にどうしたの? ゆいちゃ。ゆいちゃだって、フリ作ったり歌だってうまいし、自信を持って・・・」
「私はもっといろんな視野から物事を見なきゃいけないです。ちゃんと、皆さんと武道館に行けるように、置いていかれないようにしないと」
あいみんがゆいちゃの頭をポンポンと撫でていた。
「・・・へへへ・・・あいみさんには敵いません」
ゆいちゃがあいみんに抱きついて目を閉じていた。




