113 お気に入りの同人
休み明けに関数型プログラミング基礎の提出物が1つある。
サークルのがんじんさんは、教授の前で動かなくて、落としたことがあるそうだ。
そろそろ気合入れてやらなきゃいけないところなんだけど・・・。
ゆいちゃが恋愛のバイブルって読んでた『彼は私の辛口王子様』という本を読み漁っている。
現在発売されている13巻まで一気読みしてしまった。
こんなの読んでるのか。
奥手の主人公がクラスで人気の男子と付き合う定番な話がベースだけど、結構エロい。
少女漫画なのに、しっかりとすることはしている。
きゅんとする青春ラブコメに、センシティブな内容が含まれた感じだ。
合コンのシーンは主人公の親友が合コンに行ったときの、周りの会話だな。
こんな女子いるのか? って思った・・・正直。
ゆいちゃが言っていたセリフもほとんど合っている。すごいな。
「おっじゃましまーす」
「おじゃまします」
あいみんとゆいちゃが勢いよく家に入ってくる。
慌ててアイパッドを切った。
「何してるの?」
「プログラミングだよ。大学の提出物なんだ」
「へぇ、大学生も大変だね。もう夏休み終わるの?」
「8月も中旬だしな。そろそろ手を付けないと終わらないからさ」
Ctrl+Sで書いたところまで保存した。まだ、変数定義しただけだけど。
「難しそうだね。でも、頑張って、さとるくんならできるよ」
「ありがとう」
あいみんが両手を握りしめてエールを送ってくれた。
「夏休み、すっごーく充実してたね」
「あぁ、いろいろできたな」
「うんうん。夏休みの配信も楽しかったし、みんなで海にも行けたし。来週、また新しい歌ってみたもあげるよ」
「何の曲? 発表はまだだよな?」
「うん、さとるくんも楽しみにしてほしいから内緒だよ。今回は少し落ち着いた曲。いつもと違う雰囲気だから期待してて。あ、あと夏休み最後に花火もしなきゃね」
あいみんが楽しそうに話していた。
「花火、花火っと・・・雨で2回も中止だったから、今度こそ」
「そうだな」
あいみんと振り返る夏休み、今まで生きてきた中で一番充実していたな。
「あいみさん、あいみさん」
ゆいちゃがあいみんを突いていた。
「あー、ごほん、ごほん。重要なことを忘れていました」
「?」
「さとるくんが合コンに行くって聞きまして、ゆいちゃから」
「っ・・・・」
唐突に差し込んできたな。
ゆいちゃがじいーっとこちらを見つめてくる。
「付き合いだって。さっき日にちが合わなくなったって、謝罪のライン送ったし」
「でも、行こうとしたんでしょ? 出会いを求めていく合コンに」
「はい。行こうとしてたんです。女子への免疫が、ぜーんぜんないのに」
ゆいちゃが追撃してきた。まだ、怒ってる。膨れてる。
なんでそんなに怒ってるんだよ。よくわからないな。
「だから、言っただろ。別に、好んで行くわけじゃないって」
「はいはーい。ここで、あいみさんによるデレチェックです」
ゆいちゃがパンパンと手を叩いた。
「またやるの?」
「あいみさんにデレしたらアウトですから。3デレで退場。さとるくんは合コンに行く権利がありません」
「ご、強引だな。ゆいちゃに関係ないだろ」
「関係あります」
「・・・・」
ゆいちゃの声が少し大きくなった。
「さとるくん、世の中には悪い女もたくさんいるんだからね。推し変しないように、私がしっかりチェックしてあげる」
「・・・あぁ・・・」
あいみんを連れてくるなんてずるいだろ。
「はい、さとるくん、ソファーに座って。合コンって、隣の席に座った人とかと連絡先交換することが多いって書いてあった」
「そうです。私がしっかりとデレ判定しますからね」
あいみんに引っ張られるがまま、ソファーに座った。
ゆいちゃがちょっと離れたところからこちらを見ている。
「さとるくん、えっと、合コンって初めてですか?」
「あぁ」
「私もです。話すのが苦手で、こうゆう場が苦手なんですけど。さとるくんは落ち着いてて、安心しますね」
これは『彼は私の辛口王子様』の10巻6ページ目のセリフだ。
あいみんも読んでるのか。
「そんなことないですよ。俺もこうゆう場が苦手なだけです」
「この後二人きりで抜け出しませんか? 景色の綺麗な場所があるんです」
「俺、用事があるので・・・」
「そうなんですね。残念です。どうしても駄目ですか?」
「すみません」
服をきゅっとつまんで引っ張ってきた。あいみんはめちゃくちゃ可愛い。
花柄のワンピースが少し大人っぽくて、いつもとのギャップが尊い。
推しが尊い。
でも・・・。
「ゆいちゃー、さとるくん全然デレないよ。大丈夫じゃないかな?」
「むむ・・・おかしいですね」
ゆいちゃが口を尖らせていた。
あいみんは、毎日配信を欠かさず見てるし、同人も読みまくってるから免疫ついてるんだよな。
もちろん、間近で見ると別格に可愛いけど、同人を見ている俺は無敵だと思う。
「どうしてですか? 即デレで退場だと思ったのに」
理由は、絶対、言えない。
「ほら、大丈夫だって、推し変しないから。俺の最推しはあいみん」
「え? そう? そかそかー。よかった」
あいみんが頬を手で覆いながら、にやけながら言う。
「あれ? あいみさん、もう帰っちゃうんですか?」
「ゆいちゃ、さとるくん推し変しないって言ってる。大丈夫だと思うよ」
照れながら立ち上がった。
「へへへー、推しでいてもらえるよう頑張らなきゃ。明日の配信の準備してくるね。何がいいかな、久しぶりにゲーム配信しちゃおうかな」
「あいみさんっ、まだ」
「ゆいちゃも、遅くならないうちに帰るんだよー」
「・・・・・・」
鼻歌を歌いながら、ちょっとくるっと回って部屋を出ていった。
可愛いな。目に優しいし、耳にも優しい。プログラミング、頑張れる。
「・・・さとるくん、どうしてデレなかったんですか?」
ゆいちゃが不満そうにこちらを覗き込んできた。
「そう簡単にデレないから」
「なるほど。あいみさんの場合はエチエチな同人をたくさん読み漁っているから、大丈夫だと言うことですか?」
「そ、そうゆうわけじゃないって」
その通りなんだけど。ゆいちゃの視線が痛い。
「じゃあ、私にすぐデレしたのは、私の同人を全然見てないからですね」
「まぁ、ゆいちゃのは見ないな。あるのは知ってるけど」
「なんか、それはそれで腹立ちます。待っててください。私の同人だって面白いのあるんですからねっ」
ゆいちゃがスマホをスクロールしていた。
趣旨変わってきている気がする。これだけ詰め寄ってきて、合コンの話はいいのかよ。
「見てください。これ、私の電子版の同人です。私が異世界転移して、魔導士になったらって話です」
「そんなのあるのか?」
「はい、お気に入りなんです」
確かに絵柄は可愛い。異世界っぽい服を着ている。
「え・・・エロくないのか・・・?」
「同人はエチエチだけじゃないですよ。さとるくんがそうゆうのしか見てないだけです」
「へぇ・・・」
とはいうものの、転移して早々スカート捲られたりしてるし。
ちょっと胸と太ももの露出が高い気がする。
こうゆうのがあるから、ゆいちゃのはあまり見たくないんだよな。あいみんだったら見るけど。
「ちゃんと、私の同人にも興味を持ってくれましたか?」
「あ・・・あぁ、読んでおくよ。一応な」
「はい。あ、今、DMでURL送りますね」
にこっとしながら頷いた。人によるんだろうけど、ファンアートって、喜ぶものなんだな。
「なんだよ・・・」
「ちゃんと読んでるか確認してから帰るんです。ストーリーも面白いんです。しっかり読んでくださいね。気に入ったら、他のおすすめ同人も送りますね」
ゆいちゃがぴったりと横についていた。
「はいはい」
「ここも、読み飛ばしちゃだめですよ。伏線なのです」
「伏線って言っちゃ駄目だろ」
「はっ・・・そうでした。静かにしてますね」
まぁ、こんなことで機嫌がよくなるならいいか。ずっと、隣でにこにこしていた。
ゆいちゃが異世界で活躍する同人を、さっと読み流していく。




