10 最推しのきっかけ
4限目始まる20分くらい前から、結城さんがパソコンの前に座っていた。
スマホを見ながら、そわそわしている。
隣にいる俺まで緊張してくるな。
「だ、大丈夫・・・? 落ち着いた?」
「大丈夫かはわかりませんが、大丈夫だと思います」
「・・・・・」
何も大丈夫なところはないな。
「・・・ファイル落としたみたいだよ」
「ありがとう・・・ございます」
りこたんステッカーの付いたファイルを渡す。メガネが曇って表情が見えなかった。
「さっきは・・・気が動転しちゃって」
「え? うん」
どこから切り出したらいいんだろう。
Vtuberのりこたんが、画面から出てきて、推してくれてる結城さんに会いたいって出て来たんです・・・・なんて、ストレートに言っても意味が分からないだろうな。
俺だって、非現実的なことを受け止めている自分に驚いてるんだから。
「さっきの方が神楽耶りこに見えちゃって・・・なんて、おかしいんですけど。声と見た目かそっくりだったから反応しちゃって・・・りこたんって、配信の時、たまにあんな服装することがあるんです。黒っぽいワンピースで、少し高めのヒールを履いていて・・・」
「・・・・・・・」
「磯崎君の友達に迷惑をかけてしまいました。すみません。りこたんのことになると、周りが見えなくなっちゃうから・・・」
「いやいや、全然、そんなことなくて」
ステッカーを触りながら、落ち込んでいた。
よく見たらUSBメモリにも、りこたんのミニキーホルダーが付いていた。
まず、初っ端から正直に言っても怪しく思われるだけだからな。
知り合って間もないし・・・結城さんがどんな子かもわからない。
慎重に・・・慎重に・・・・。
「り・・・りこたん推しになったきっかけって何かあるの?」
「私、高校の時、3年になっても模試の偏差値とか低いし、学校でも友達と喧嘩したときとか何もかも嫌になった時があって・・・」
「・・・・・・・」
「ツイッターでりこたんを見つけて、配信を見るようになったんですけど・・・すごく頭がよくて可愛いのに、私のコメントとか、気にしてくれて・・・。受験生のみんな頑張ってねって応援してくれたりして」
少しずつ表情が柔らかくなっていった。
「りこたん、お悩み相談とかもあって、私も読まれたことがあるんです。『成果が出なくても、勉強した経験は絶対に裏切らない。応援してるよ』って言ってくれて・・・すごく人気のVtuberさんなのに、私に向けて言ってくれたのかもしれない、その言葉がずっと宝物で・・・・、救われたっていうか、辛くても頑張れるような気がして・・・」
わかる。
俺もあいみんにすごく救われてる。
「って、こんなこと、最近Vtuber推しになった礒崎くんには理解しがたいかもしれないですね・・・・」
「俺だって、あいみんを推す気持ちは負けてない」
「そ・・・そうですか? でも、こんなに入れ込むなんて、私やっぱりおかしいなって・・・・」
「そんなことないよ」
力強く言う。
俺だって、あいみんを推す気持ちは同じか、それ以上だ。
推しに時間なんて関係ない。
「その・・・話は戻るんだけど、さっきいたのって実は・・・・」
Vtuberのりこたんが画面から出てきたんだって言い切ろうとしたときだった。
「わー、さとるくん見つけたー」
「あら、授業まだ始まってないのかしら?」
すごいタイミングであいみんとりこたんが入ってきた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
スン・・・となった。
結城さんがメガネをかけなおして、キーボードに手を置いた。微動だにせず、固まってる。
「ゆ・・・・結城さん?」
「・・・・・・・・・」
背筋を伸ばしたまま、口を閉ざしてしまった。
さっきまで、りこたんについてめちゃくちゃ話してたのにな。
「一応、あと何分かでみんな入ってくるから・・・」
「わかってるよー。どうしてるのかな?って見に来ただけ」
「あれ? 難しいことやってるんですね。プログラムのデバッグですか? これは・・・マクロですね? 得意なんですか?」
「・・・・・・」
りこたんが結城さんのパソコンを覗いていた。
「ん・・・どうしました?」
「・・・・・あ・・・・・です・・・・」
結城さんがぼそぼそっと何か言ったけど、多分聞こえていない。
「あー、もしかして、さとるくんの言ってたりこたん推しの子? ほら、ここにりこたんのステッカーが貼られてるよ」
「あ、本当・・・・私の・・・?」
「は・・・はい・・・りこたん推しで・・・」
霞むような声で呟く。
「そうだったんだー。じゃーん。この子がみらーじゅプロジェクトのVtuber神楽耶りこ、こと、りこたんだよ。私がVtuberあいみん」
「え? あいみんって?」
びっくりして後ろを振り返る。
「り・・・りこたん?」
「はい。神楽耶りこです」
「ど、ど、どうゆうこと? 確かにりこたんの声だし、顔も・・・」
「画面から出てきたんだ」
「え?」
戸惑いながらこちらを見る。
「信じられないだろ? でも、ありえたんだ」
もうやけくそだ。ここで誤魔化すとややこしくなる。
「画面って・・・え? っと何か特殊な? イベントとか? VRとかあるもんね? そうゆう技術かな?」
「そうじゃないよ、本当に・・・」
目がものすごく泳いでいた。
「だって・・・私、思い込み激しいから・・・。声が似てるってだけで、りこたんにそっくりに見えちゃったりするみたいだし・・・。科学的に証明できないことだし。りこたんが画面から・・・だなんて、どんな数式使えばいいのかも・・・でも、私も数式とか苦手だし知らないことが・・・」
「お、お、落ち着いて。まず、深呼吸しよう」
「・・・・・・」
ものすごく混乱しているのが伝わってきた。
言ってることも、どんどん支離滅裂になっていた。
「違うよ。こんな感じのモニターから出てきたの。ね、りこたん」
「・・・うん」
「数式とかよくわからないけど、出てこれるところがあるの。一緒に出てきたの」
あいみんが結城さんのパソコンのモニターを指して言う。
「だから、この子は本物のりこたんだよ」
「・・・・り・・りこたん?」
「うん・・・・・」
りこたんが髪で頬を隠しながら頷いた。
「い・・・礒崎くん・・・絶対に、私をからかったりしてないですよね?」
「まさか、推しに関して、絶対にからかったりしない。この子は、俺の推しあいみんだ。画面から出てくるところも、この目で見た。信じられないことだけど、本当に出てきたんだ」
ぐっと言葉に力を込めた。
あいみんがにやけながら、ふにゃふにゃしていた。
「へへへー、というわけで、あいみんもりこたんも本物なんだよ」
「そ、そうよね・・・推しについて嘘を付く人なんていないですよね・・・」
「あ、生徒が来た。二人とも、静かに外で待ってて」
だるそうに入ってくる生徒を見つけると、すぐに声を潜めた。
「はーい」
「あ、待っ・・・」
まだ何か話したそうにするりこたんを、あいみんが無理やり引っ張っていった。
「あ、後でゆっくり話せばいいから・・・」
「り・・・りこたん・・・・私の前に? りこたん?」
「あの・・・・・・」
「・・・・・りこたんに、何を言ったら・・・嘘? でも本当だし・・・」
結城さんがメガネをかけなおして、猫背になっていった。
「・・・・・・・」
これって・・・。
せ・・・精神的に、大丈夫だよな・・・?
俺のほうなんて全く見向きもせずに、りこたんのことばかりブツブツ呟いていた。




