108 波乱の遊園地配信③
「さとるくん、乾かないんですけど」
「知らねーよ」
「まだ、びしょびしょです」
あいみんが別のジェットコースターで濡れたシャツを乾かしている間、ゆいちゃは止められてベンチで待っていた。
途中、空中ブランコ挟んだら、青ざめていたからな。
「空中ブランコ頑張ったのに。どうして、まだ乾いてないんでしょう」
「そのうち乾くって。この暑さなんだから」
「そうですけど」
あいみんたちは、足の付かないジェットコースターで撮影していた。
FUJIメリーランドで有名な乗り物の一つだ。
「・・・なぜ、私はさとるくんと二人きりでベンチで待ってるのでしょう」
「マジでな」
啓介さんと結城さんは、遠くから3人を撮影している。
「とにかく、具合悪くなったんだろ? ゆっくり休め、アイス買って来てやろうか?」
「いいです。大丈夫です」
余りものの俺が、ゆいちゃと待つことになっていた。
慣れてるけどな、こうゆう役割。元々、琴美が何か騒ぎ出すたびに、付き添う役割だったし。
「でも、服がぐちゃぐちゃなのです。下着も気持ち悪いです。着替え持ってくればよかったです」
「んなこと、俺に言うなよ、って・・・」
遠くからだとわからないけど、近くで見るとちょっとエロい。
ちらっと視界に入っただけで、見ないようにしてるけど。
「・・・・・」
「エチエチな気分になっちゃだめですよ」
「ならないから」
「そう断言されると、複雑ですけど」
ゆいちゃが瞼を重くしながら、口を尖らせた。
「・・・・さとるくんもあいみさんと一緒にジェットコースター乗りたかったですよね? ごめんなさい、私に付き合わせちゃって」
「俺は別にどっちでも」
「私も、何か、乗ってきたいです」
「えっ」
「だって、ここにいても乾かないですし。歩いたほうがいいです。さとるくんもせっかく来たんだから何かに乗ったほうが、勿体ないです」
ゆいちゃが帽子を深々と被って歩き出す。
「待てって、体調は」
慌てて追いかけた。
「もう全然何ともないです。本当に全然大丈夫です。私も何か動画撮ってこないと。みなさんに任せてばっかりで申し訳ないです」
小型カメラを確認していた。
焦ってるんだろうな。苦手なものはみんなに頼っていもいいと思うんだが。
「あれはどどどどどどうでしょ?」
「止めておけ」
船が左右に揺れるやつだ。見た目以上に酔う人は酔うらしいな。
小さいころ、琴美もこれに乗って泣いたことがあった。
「じゃあ、どれに乗れば・・・私も何か乗りたいんです。動画でみんなが楽しんでくれそうな乗り物に」
「そうだな・・・・・」
周囲を見渡す。
乗り物か。空中ブランコで酔うなら、どれもきついだろうな。
ゆいちゃでも乗れて、撮影映えしそうな乗り物・・・。
「あ、観覧車いいじゃん」
巨大な観覧車を指さす。
「観覧車ですか? でも・・・・」
「ほら、FUJIメリーランドを一望できるだろ? そうゆう動画も残しておいたほうがいいじゃん。どこにあいみんたちがいるでしょうか? ってクイズ形式にしたりして」
「いいですね! それなら、私もできます」
ゆいちゃが急にぱぁっと明るくなった。
「観覧車に行きましょ。みんなに連絡します」
「あぁ」
はっとして、周囲を見渡したけど、誰もこちらを見ている人はいない。
さすがにわからないか。気を抜かないようにしなければ。
VtuberのゆいちゃがFUJIメリーランドで男と歩いていたなんて知られたらまずいからな。
「随分、空いてるな」
観覧車もほとんど人がいなかった。
FUJIメリーランドに来て観覧車に乗るのなんて、インスタ映え狙う学生と子供くらいだろう。
絶叫系が有名な遊園地だし、苦手な人は有名なディ○○ランドとか行くんだろうな。
「あいみさんたちが頂上に行ったら手を振ってくれるって言ってます」
「実際動画で、見つけた人いたらすごいけどな」
「ちゃんと365度撮らないと。さとるくんは隠れててくださいね」
「え、俺も乗るの?」
「私一人だと寂しいです」
ゆいちゃには見えてないかもしれないが、いちゃついてるカップルが2組いるんだけど・・・。
「足元に気を付けてご乗車ください」
係の人に声をかけられる。
もたつく間もなく、体勢を低くして入っていった。
観覧車なんて、十年以上ぶりだな。
「よし、カメラを構えて」
「頂上に行かないと、充電切れになるだよ」
「あ、そうですね」
ゆいちゃがにこっとしていた。ちょっと視線を逸らす。
てか、窓があるとはいえ、密室に2人きりなのに、何も意識されないってどうゆうことだろ。
・・・・まぁ、別にいいんだけど。そのほうが楽だし。
「さとるくん、見てください。富士山まで見えますよ」
「あぁ、晴れてよかったな」
「はい。ここから、あいみさんたち見えますかね?」
「こっち側じゃないのか? ジェットコースターのあるほう」
人は見えるけど豆粒みたいだった。
「じゃあ、そろそろカメラを準備して・・・さとるくん、屈んでくださいね」
「こうか?」
椅子に寝転がった。この体勢、怪しい。何も知らない人がみたら通報案件だ。
「・・・映るんですけど。危ない感じで」
「これ以上は無理だって。じゃあ、ゆいちゃの隣に行くよ」
「そっちのほうがいいですね」
ゆいちゃの横に座る。
少し濡れてるシャツが気になるけど、見ないようにしよう。
雑念を抱いてはいけない。今は、配信動画を撮影してるんだから。
深呼吸をして、正面を見ると・・・。
「!?」
カップルがいちゃついてる。
いちゃついてるっていうか、何やってるんだよ。マジで。勘弁してくれ。
「こ、こ、公然の場であんなことするなんて、犯罪です」
正面を見た、ゆいちゃが顔を手で覆っていた。
「エッチすぎます」
「・・・・・・・」
つられて、心臓がバクバクしていた。
「ゆ、ゆいちゃ、早くカメラ回せって。もうすぐ見えるだろ」
少し焦りながら、ゆいちゃに声をかける。
「はい、準備しなきゃ。さとるくん、息をひそめててくださいね」
「はいはい」
「もうすぐ頂上だって、あいみさんに連絡しないと。
硬直しながら、窓からFUJIメリーランドを見下ろす。
どこに誰がいるのかわからないな。
かなりの高さから落ちてくるループ型のジェットコースターとか、みんな行ってるんだろうか。あいみんが好きそうな乗り物だな。
ゆいちゃがカメラのレンズを窓にくっつけて、動画撮影していた。
あとで窓に俺が映っていないかチェックしないとな。インターネットの特定班は警察レベルですごいから。
できるだけ、呼吸も小さく、存在を消して・・・と。
「さとるくん、楽しいですね」
くるっと振り返って、こちらを見上げてきた。
「マイクONになってるんじゃないのか?」
「もともとこのカメラにマイクはついてないですよ。後で音を入れます」
「・・・・・」
ゆいちゃが笑いながらカメラの電源を切っていた。
そうだったのか。俺が石像みたいになってたのって、意味あったのかわからんが。
「そろそろ着きますね」
「あぁ、そうだな」
「さとるくん、ずっとあっちのカップルのいちゃいちゃ見てたんですか?」
「見てないって。乗り物見てたよ、ここまでジェットコースターが多いと迫力あるなと思ってさ」
「はい。見ているだけで乗ってる気分になれます」
正面の様子は、ものすごく気になるけど、ゆいちゃの前で凝視できないだろ。
「ゆいちゃって高所は大丈夫なのか?」
「あ、撮影に夢中で、なんだか忘れてました。きっといい動画が撮れましたよ」
「ふうん、よかったな」
頬杖をついて、外を眺める。少し開いた窓から吹き込む風が気持ちよかった。
「さとるくんちゃんと楽しんでますか? すみません、私に付き合わせちゃて」
「いや、そこそこに楽しんでるからさ」
「へへ、よかったです」
俺も観覧車よりはジェットコースターのほうが好きだけど、ゆいちゃが満足そうだからな。
自分なりには、結構楽しんでるか。
 




