104 りこたんの勘違い
「おじゃまします」
「入って入って」
あいみんが家のドアを開けて待っていた。
玄関には結城さんの靴もあった。
「結城さん来てるの?」
「うん、りこたんが遊園地配信の打ち合わせしようって。感謝企画だもん、視聴者が楽しめるようなものにしようって張り切ってるの」
「そっか」
「今日は4人だけの会議だよ。のんのんとゆいちゃも誘ったんだけど、のんのんは友達とカラオケに行くって言ってて、ゆいちゃはまだ寝てるから」
ゆいちゃは、らしいな。
パーカーの引っ張りながら話す。
「磯崎君、久しぶり」
「おう、授業ぶりだな」
「そう、夏休みってあっという間で、バイトしてたらもう中盤になってたの」
絨毯に腰を下ろす。
「バイト、何してるの?」
「イタリアンレストランのホールスタッフ、まかない美味しいから太っちゃった」
あいみんが麦茶を出してくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
「今日は、遊園地配信楽しみで、来ちゃったの。やっぱり、顔を合わせたほうが話もスムーズだし。あ、私もみんなと一緒に行くから」
「そっか」
「夏休み、海にも行ったし、遊園地まで行けるなんて贅沢すぎる。去年まで受験生だったから」
「そうだよな」
結城さんがメガネをくいっと上げていた。
「結城さんは夏休み中、実家帰ったりしないの?」
「夏休み最後の週に帰る予定だよ。お盆はお兄ちゃん帰るからずらしたくて」
「あ・・・そう・・・」
啓介さん、泣いてるだろうな。
「ん? りこたん、何入力してるの?」
アイパッドにUSBキーボードを挿して、数字を入力していた。
絨毯に座って、アイパッドを覗き込む。
「今回の遊園地配信にかかる経費を入れようと思って。『VDPプロジェクト』も軌道に乗ってきたし、配信にかかったお金とか、ちゃんと計算しておきたいなって」
「真面目だな」
「そこがりこたんの素敵なところだよね。可愛くて、努力家で、存在が尊いっていうか・・・憧れって感じで」
「あ、ありがとう」
結城さんが頬杖をついて、りこたんをうっとりと眺めている。
なんとなく、入力しにくそうだな。
「ねぇ、りこたん、この数字たくさん書いてるシートのことをなんて言うの?」
「貸借対照表、損益計算書よ。あ、BLとも言うわ」
「!?!?!?!?!?」
BS(貸借対照表)とPL(損益計算書)だろ。
よくやる言い間違えだけど、この前のこともあって、過剰に反応してしまった。
「BLじゃなくて・・・」
「あ、BLでわかることは、費用の動きとか。AIロボットくんが入力したものを自動的に出してくれるから、自分で仕分け切らなくていいからとっても楽」
「へぇ、りこたんってBLも知ってるんだ」
「高校では習わなかったから、独学だけどね。BLを見ると、お金の動きがよく見えるから、今後の『VDPプロジェクト』の活動費も視覚化できるし」
「なるほど」
あいみんが腕を組んで頷いた。
「ZEPPでライブするには、ちゃんとお金も貯めないとね。ゆくゆくは武道館目指すんだから。今まではAIロボットくん頼みだったけど、ちゃんと自分たちでBL読めるようにならなきゃ」
言ってること真面目なのに、BLってワードの強さで頭に入ってこない。
そもそも、BLでお金の動きは見れない。
「BLかぁ、私、こうゆうの苦手だから」
「見ているうちに慣れるわ」
BLを見ているうちに慣れるってどうゆうことだよ。
「・・・・・・・」
まずい。ついに、あいみんの口からBLってキーワードまで出てきてしまった。
ここはさりげなく、りこたんが傷つかないように、BSとPLだって指摘を・・・・。
「貸借対照表って、あ、BSだっけ、えっと、俺もいつか勉強しようと思ってた・・・」
「はっ」
りこたんがこちらを見て、表情を変えた。
「えっと、話題を変えましょ。FUJIメリーランドは7つの大きなアトラクションがあるけど・・・」
アイパッドの画面を切り替えていた。
まだ、あの勘違い引きずってんのか?
だから、言い間違えが発動しても気づかないのか。深層心理にBLがあるってことで間違いないだろう。
りこたんが間違えることなんて、ほとんどないしな。
「どれに乗ろっか? せっかくだから、視聴者さんも楽しめるような乗り物がいいんだけど」
「じゃあ、この日本最大級のジェットコースター」
「えー、みんな、そんなの乗れるの?」
「私とりこたんとのんのんは大丈夫。ゆいちゃはちょっと苦手かも。無理はさせないつもりだよ」
あいみんがパーカーの紐をくるくるしている。
「私たちは常に攻めの姿勢を崩さない。きっと、視聴者さんも喜んでくれる」
「そっか。受け身でいるより、攻めでいるほうが、アーティストらしいもんね」
「へへへ・・・アーティストって言われると、なんか照れるな」
あいみんが自分の頬を搔いていた。
結城さんとあいみんがきゃっきゃしながら話している横で・・・。
受け、と攻め、って言葉が出るたびに、りこたんがちらちらこっちを見てくるんだけど。
タイミングを失って、どこから誤解を解けばいいのかわからなくなってしまった。
「そういえば、XOXOも絶叫系の乗ってみた配信してたよね? 勉強の合間にストレス解消企画って言って・・・」
「あれ? そうなの? りこたん知ってた?」
「あー、え? そうだった? 私、XOXOはチェックしてないからよくわからなくて・・・」
りこたんの様子がおかしい。がっつり、俺を意識している。
マジで、どうすればいいんだ。
「さとるくん、見たことある?」
「俺は・・・」
「えっと、さとるくんは、そうゆうの興味ないから」
動揺したりこたんが、口をはさんできた。
「?」
「わ、私は、いいと思うの。ちょっとびっくりしただけっていうか、別に男性が男性に興味持ったって自然なことだし、隠すことでもないと思うの」
「ん? どうしたの? りこたん」
「なんか、今日、様子が変なような・・・・」
「・・・・・・」
コップを置いた。
「俺の部屋に、XOXOのBL本があったんだよな。妹のやつ。琴美が販売会で買ったやつ忘れていっちゃってさ。結構過激なやつだから、りこたん驚かせちゃって」
ここで、食い止めなければ。
「あはは、そうゆうことだったの」
「りこたん薄い本見たことないんだ。私もないけど」
「そ、そ、そうなの。びっくりしちゃって、ごめんね、さとるくん」
りこたんが空気を読んで合わせてくれた。
BL本が家にあるなんて知らないはずなのにな。
・・・根本解決にはなっていない。
「どうゆう内容なの?」
「・・・ナツとフユのだよ」
「えー、見てみたい」
「今度持ってくるよ」
「結城さんはBL本って見たことある?」
「私は・・うーん、友達に見せてもらったくらい。でも、三島由紀夫の『仮面の告白』も好きだし、あまり抵抗はないよ」
あいみんにあの本を見せたくなかったが、この流れではやむを得ない。
ナツとフユって言った瞬間から、ずっとりこたんが咽ている。
正直に話そうと思ったけど、ナツとフユと散々下ネタの話をした後、女の落とし方を聞いて、押し倒されたときにりこたんが来た、なんて言えるわけない。
ちょっとマイルドに言い変えようか迷ったけど、墓穴を掘るのが怖い。
こうゆうときの文才ないし。
もし、みんなにバレたら、ドン引きするどころか、二度と会ってもらえないかもしれない。
「じゃあ、絶叫乗るルート決めましょ」
「はーい」
「・・・・・・」
りこたんの混乱が、どの方向に行くのか危なくて仕方ないんだけど。
正直、今、絶叫系の乗り物なんかより、スリルを体感している。
真実をみんなに明かさなきゃいけない状態になる前に、なんとか方法を考えないとな。
 




