99 最推し以外の配信は見・・・
「お兄ちゃん、ちゃんとお皿洗っておいてね」
「わかったよ」
琴美が塾の参考書や筆記用具を鞄に詰めながら言う。
「えっと・・・あとは、タブレット持って行かなきゃ。どこに置いたっけ?」
「ベッドの横に置いてあるだろ?」
「あ、本当だ。よかった、これがなきゃ復習ができないの」
5日間くらい床かソファーで寝ていたから、背中が痛い。
一緒に住んでいたときは部屋にも入ったことないくせにな。
琴美がいると、Vtuber配信で存分にオタクムーブができないから困る。
もう吹っ切れて、あいみんの配信はリアタイしてたけど。
「お兄ちゃん、またあいみんの配信見てるの?」
ソファーで寝転がりながら、麦茶を飲む。
「まぁな」
「私だってXOXOの配信一日中見てたいのにー」
「受験に合格することだな」
片耳だけイヤホンをして、あいみんの配信アーカイブを眺めていた。
あいみんの気まぐれで、歌とダンスが始まる神配信だ。
スパチャも・・・あいみんが無理しないでって止めてるのにすごいんだよな。
ちょっと照れながら跳ねてるのも可愛い。
てか、もう何もかも可愛い。
「こんなオタクなのに、よく大学受かったね」
「勉強は裏切らないんだよ。オタクでも、陰キャでも平等だ」
「ふぅん」
機嫌悪くなっていたけど、無視だな。どうせ帰ってきたら忘れてるし。
「お兄ちゃんってあいみんだけじゃなく、りこたんの動画も見てるんだね?」
「そりゃ、『VDPプロジェクト』のZepp、武道館ワンマンを応援してるからな。お前だって、ハルアキ以外の動画も見るだろ?」
「もちろん。イケメンは目の保養なんだから。受験勉強の栄養剤みたいなものなの」
「へぇ」
絶対口には出せないが、こうゆうところ兄妹だよな。俺たち。
BL同人がベッドに置いてあるし。そこはあいみんのクッションの定位置なのに。
「そういえば、どうしてゆいちゃの動画は見ないの?」
「え? み、見てるって」
「だって、あいみんはもちろん、りこたんものんのんの配信も見てるのに、ゆいちゃの配信だけ見てるの見たことないんだけど」
アイパッドを滑らせそうになった。
「そんなことないよ」
「だって、8時くらいから『VDPプロジェクト』のリレー配信が始まるけど、ゆいちゃのときだけいつも風呂入ったり、ネットしたり、本読んだりしてるじゃん」
「・・・・・」
なんでこんな観察力持ってるんだよ。
外で発揮しろよ。その能力。
「お兄ちゃん、もしかして・・・」
「なんだよ・・・・」
「私と舞花と同い年だし、ちょっとひけてるんでしょ?」
ほっと胸をなでおろした。
「まぁ、そんなところだ」
「だと思った。お兄ちゃんの考えてることって単純だからわかりやすいのよね」
得意げになりながら、髪を結んでいた。妹が頭のいいアホでよかった。
「じゃあ、遅れちゃうから行ってきます」
「わっ、ゆいちゃ」
「琴美ちゃん、久しぶり。勉強頑張ってる?」
「うん。これから夏期講習なの。ゆいちゃもちゃんと勉強してる?」
「はい、ばっちりです」
玄関でわちゃわちゃ話していた。
「琴美、塾に遅れるぞ」
「わかってるわよ。うるさいわね。じゃあね、ゆいちゃ。また話そ」
「うん。勉強頑張って」
ゆいちゃが琴美に手を振っていた。
大きめのビニール袋を持っている。
「おじゃましまーす」
結局、俺の家に入ってくるのか。体を起こす。
「花火大会、さとるくんも一緒に行くんですよね?」
「あぁ」
「じゃーん、花火セットを買ってきました。おつかいに行ってきたのです。この花火を、花火大会終わりにみんなでぱーっとやるのです」
子供用のわくわく花火セット的なものを突き出してきた。
「花火係は私にお任せください」
「無理だろ。花火できそうな公園調べておくよ。今は、どこも花火禁止だからな」
「え? そうなんですか? 知らなかったです」
まぁ、んなことだろうとは思ったが。
「私、昨日の配信で浴衣着てみたんですけど見てくれましたか? 花火大会が楽しみすぎて、着てみたのです。ツイッターの反響もすごいんですよ」
「見てないよ。風呂入ってたし」
「1時間も風呂入るんですか? 信じられません」
この間、1時間風呂入ってた奴がよく言うよな。
「そのあと、本読んだり、いろいろ忙しいんだよ」
「でも、あいみさんの配信でさとるくんのコメント見たんですけど」
「そりゃ最推しだしな」
「りこたんの配信でもさとるくんのコメント見たんですけど」
「・・・りこたんも推してるし」
「のんのんの配信でもさとるくんのコメント見つけました」
「どれだけ見てるんだよ。こえーよ」
後ずさりした。
「AIロボットくん協力の元です。じゃなきゃ、あんなに早いコメントにさとるくんがいるかなんて見つけられません」
「そ・・・」
俺のIDで検索してるのか。
「どうして、私の配信だけ見てくれなかったんですか?」
「たまたまだよ」
「ふうん・・・・」
花火セットを抱きしめながら、頬を膨らませた。
「私の配信でさとるくん、コメントしたことありました?」
「そうだな・・・どうだろ? 最初の頃のほうとかは・・・」
「今です。今、ここ最近の話です」
「・・・・・・・・」
おそらく、ないな。
意図的に、ゆいちゃの配信は見ないようにしてるし。
「・・・そのうちするって」
「もう、どうして見てくれないんですか? そんなに配信面白くないですか? ゴリラの被り物は取ってるのに、また付けたほうがいいですか。そっちのほうがさとるくん的には好みだったんですか?」
絨毯に座って花火をなぞっていた。
「いやいや、あれはないほうがいい」
あれが好みなわけない。
意味わからない混沌とした配信になっていたし。
「じゃあ、なんで?」
「それは・・・・」
ゆいちゃが狐の耳つけて、みんなに向けて配信しているところとか・・・すごく反応がいいんだよな。ゲームで勝ったりすると、ふさふさのしっぽを振りながら、はしゃいでるし。
ちらっとはチェックしていた。
でも、なるべく、見ないようにしていた。
別にだからどうって、深い意味はないけど。
「・・・今度は見るって」
「今、何か言いかけました。何言おうとしたんです?」
少し前のめりで聞いてくる。
「過激な演出は避けろよ。そうゆうの、見ないようにしてるんだ」
「過激なことなんてしてないですよ。失礼ですね」
「例えば、しっぽ振ったりだ」
「え? しっぽがダメなんですか? しっぽはしっぽですし、BANされませんし、どこにも過激な要素は見当たらないんですけど。あいみさんだってケモミミ配信はしていますし」
「そうゆうので反応する男もいるんだ」
「さとるくんが反応するんですか?」
「し・・・しないけど」
「なるほどです。なるほどですね」
「・・・・・」
ゆいちゃが腕を組んで、何度もうなずいていた。
俺って結構アホなのかもしれない。
どうも、ゆいちゃの前では論理立てて説明できない。
「では、しっぽ振るやつはさとるくんにしか見せないようにします」
「え?」
イヤホンを耳から外した。
「見たいのでしょ? さとるくんは、特別ですよ」
「・・・・・」
にんまりしながら手を口に当てていた。
「今度です。勉強教えてくれたご褒美にしますね」
「あぁ・・・そ・・・・」
「へへへ、しっぽかぁー」
アイパッドの電源を入れ直した。やり返された気分だ。
「あ、私皆さんに花火セット見せてきますね。じゃあね、さとるくん」
ゆいちゃが花火セットを抱きしめて、ペタペタ走っていった。
ビニール袋のほうを忘れて帰ってしまった。
あとで、あいみんに連絡しておくか。
袋を覗いてみると、ひとだまくんとか蛇花火が入っていた。
なんか特殊な花火ばかりだ。
蛇花火とか5個くらいあるんだけど、すげー地味なやつだよな。
これは、完全にゆいちゃの趣味だろう。
花火大会か。もう、明後日なんだよな。
ゆいちゃの浴衣・・・後で配信アーカイブ見てみるか。一応な、一応。




