9 推しとの対面
今日はあいみんとりこたんを学校に連れていく日なのに、寝坊してしまった。
7時半の目覚まし、勝手に消してた。
このままじゃ1限、間に合わない。
飛び起きた。歯を磨いて顔を洗って・・・・。
着替えながら、鞄に教科書とアイパッドを突っ込む。今日使う資料は、メールで保存しておこう。パソコンをシャットダウンしていた。
家をでるまでの時間8分、なかなかの高タイムだ。
階段を転げるように降りていく。
スマホで「乗り換え検索」、と・・・。
8時30分の電車に乗れば、ギリギリ乗り換えなしでいけるかもしれない。
「あーさとるくん来た。おっはよー」
階段から転げ落ちそうになった。
あいみんとりこたんが電柱の前で待っていた。
インスタグラムでよく見かけるような服装だ。二人とも帽子を深々と被っていた。
「え、え? 今日、学校行くの?」
「うん。善は急げよね」
「そのために昨日遅くまで服装チェックしたんだ。楽しかったね。ポイントはさりげなく付いてる後ろの星マーク」
あいみんがうきうきしながら背中を見せる。
「えっと・・・」
「さとるくん、出てくるの遅かったね。いつも水曜日は早いのに」
「な、なんで出る時間知ってるの?」
「バタンってドアの音、いつも聞こえてたから」
「・・・・・・・」
あいみんに意識されてるって嬉しいな。
ヒールを履いて、少しだけ身長が高くなっているのも可愛かった。
そうじゃなくて。
完全に流されてしまったけど、現実的にどうするか。
「どしたの? さとるくん」
「・・・・・・・」
うちの大学、情報処理学部なんてほとんど女子いないから女子がいるだけで目立つんだよな。
こんなに可愛いんだから、陽キャの人間に声をかけられるとかあるんじゃないのか?
万が一、あいみんが陽キャに付きまとわれたら・・・。
うーん。もっと、似合わない服装を・・・いや、あいみんなら何でも似合ってしまう。
元がめちゃくちゃ可愛いんだから。
「あの・・・さとるくん?」
りこたんが首を傾げながら聞いてくる。
「え?」
「時間、大丈夫ですか?」
「うわっ・・・・」
乗ろうとしていた電車には乗れない。
もう、どこまで走れるかにかかってきた。
「俺、先走って行ってるから、大学の食堂で待ってて」
「大丈夫だよ、一緒に走るから」
「おわっ・・・・」
全速力で走っているのに、あいみんとりこたんがぴったりとくっついてきた。
「時速7.8キロメートルといったところかしら。あまり運動してないのね」
「うちら、ジョギングとかよくするから早いよー」
あいみんが息一つ乱れずに走っていた。
助かったけど・・・、なんか複雑な気持ちだな。
授業開始1分前に滑り込んだ。
一番後ろのドアからそっと入っていく。
「では、時間になりましたので、授業を開始させていただきます。出席名簿を回してください」
間に合ったー。
背もたれに寄り掛かって、頭を掻く。
データモデルに関する授業で、初っ端から苦手だったから真面目にノート書かなきゃ単位取れないと思っていた。
ルーズリーフで軽く仰ぎながら、ペンケースを出す。あいみんたちには、食堂で待っててもらうように言ったけど。
結城さん、今日、授業被ってたかな?
大体同じようなカリキュラムだったような気がするんだけど。
さすがに、曜日まではチェックしてなかったな。
ペンを回しながら周囲を見渡す。
この授業にはいないみたいだし・・・。
前の生徒が、ぶっきらぼうに出席名簿を突き出してきた。
「出席名簿」
「あ、はい」
短く会話して、名前を書いていく。
幸い、この学校は圧倒的陽キャはいない。(願望もあるけど)
あいみんとりこたん、大丈夫かな。声を出したら確実にVtuberだってバレてしまう。
2人が気になって、授業が手につかなかった。
授業が終わって、すぐに食堂に向かうと、あいみんとりこたんが端のほうにぽつんと座っていた。
ただいるだけなのに、想像以上に目立つ。二輪の花が咲いてるみたいだ。
でも、大丈夫そうだな。ほっとして、近づいてく。
「どう? 学校って」
「さとるくんの授業ちょっとだけ覗きに行ったんだけど、なんかすごい難しいことしてるんだね」
「じゅ、授業? 見てたの?」
「ちらっとだけね。何してるのかなー?って」
「でも、内容はとっても興味深かったわ。データベースモデルについてね。あの例は、きっと実際に企業でも運用されているものね」
りこたんがすらすらと言う。
「え? ちらっとしか居なかったんだよね?」
「うん、ほんのちょっと。でもりこたん頭いいから、すぐわかっちゃうんだ」
すごいな、りこたん。
もう、あいみんのHP、りこたんが作ったほうがいいような気がしてきた。
いや、駄目だ。推しのために頑張ると決めたんだ。
「そういえば、さっき、男の人に話しかけられたよね?」
「!?!?」
きた。
ここは慎重に聞かなければ・・・。
「あーそうね」
「・・・お、お、男ってどんな?」
声が少し上ずった。
周囲を見渡す。
スマホやアイパッドを見ている人、勉強している人がぱらぱらいるくらいで、女子に気軽に話せるような人なんていないけど。
でも、俺だって女子とあんまり話したことないのに、あいみんとりこたんと話してるし・・・。
「こう、背の高くてメガネをかけてて・・・うーん。小声で早口で話してるからよくわからなかった」
「なんだったんだろうね。サークル? とか言ってたかな」
サークル勧誘か。
何サークルだ? テニス、サッカー、何のサークルがあるかもほとんど知らないな。
「ぶ・・・Vtuberだってわかってた?」
「あはは。そこは絶対にないよ」
あいみんが両手を振る。
そうだよな、こんな非科学的な状況を簡単に呑みこめる人なんていないよな。Vtuberが画面から出てきてるなんて。
「さとるくん、そんなに切羽詰まって私のこと心配してくれてたの?」
「もちろんだよ」
「へへー」
ふにゃーっとあいみんが笑っていた。
「あいみんにまだ男は早いと思うの」
「そ、そうゆうんじゃないって」
「りこたんは心配性だなぁ」
りこたんがあいみんにくっついて、ぎゅっと抱きしめていた。
あいみんが幸せそうににやにやしている。
「磯崎君? あの・・・・1限の授業、出席しました?」
結城みいながファイルを持って話しかけてきた。
ジーンズ生地の少し地味目の服装・・・。
あいみんとりこたんもこうゆう服を着てくれれば目立たないんだけどな・・・。
って、え? 結城さん?
「結城さん、あ、え・・・と」
「さとるくん、女友達いたんだ。ふうん」
あいみんがじとー、っとこちらを見てくる。
「え? さとるくんのガールフレンド? どんな子なの?」
「!?」
りこたんが覗き込むと、結城さんがファイルを落とした。
「ん?」
「り、り、り、り・・・・・・・・・」
後ずさりしていく。
「落ち着いて、これには・・・」
「・・・・・・・・」
わなわなと震えだして、いきなり背を向けて駆けだしていった。
「あれれ?」
「どうしたのかしら? 体調、悪かったのかな?」
「・・・・・・・・・・」
りこたんマークのステッカーの付いたファイルを拾う。
普通、そうなるよな。
推しにそっくりな人が目の前に現れたんだから・・・。




