63.マクレガー公爵side
いつぶりだろうか、生まれ育ったこの邸でホッと一息つけるのは。
熱い紅茶と共にリーシェが朝から作ったというほうれん草のパウンドケーキを味わいながら、あの子がもたらしたものに思考を巡らせる。
子供達を連れてこの邸に来たのはまだ2度目だ。その少ない機会で何が起こったというのか……。
母とは兄上が亡くなってから話すことも殆どなく、私は学園入学と共に逃げるように王都の別邸で暮らすようになった。
領地経営を学ぶ為父とはまだ会話があったが必要最低限の仕事の事ばかりで、それすらも家令のムスカを通していたものだった。
父が亡くなってから暫くは引き継ぎの為領主邸に長い時間いたが私の家と感じた事はなかった。
母は私と極力会わないようにしていたようで、寂しさと悔しさと少しの安堵というよくわからない気持ちが胸に巣食う。だからこそ私も自身の感情に向き合わないようにしてここまできたのだ。
それでも……子供だったあの頃の辛い時間も、兄上との思い出が残る邸の各所を見ても、母が私がを避ける様子にも、そのどれもが私の心を重くさせた。
それがどうした事か、今、私はこの部屋で寛ぐことができている。物心ついてからは思い切り笑うことすらなかったこの領主邸でだ。
あの子は何をしたのだろう。
ムスカの報告では初めて入った厨房で手際よく菓子を作ってみせたとその晩差し出されたオレンジを使った焼き菓子。
それは爽やかな香りと甘みの、とても素人が作ったとは思えない出来だった。
これを販売すればオレンジが特産の我が領は一層潤い活性化するだろう。ぬいぐるみの時といい、リーシェは発想や創造力が素晴らしいと改めて思う。
まだ生産数は少ない故に王都では今貴族共がぬいぐるみを入手する為に順番待ちになっていると言う。
年若い娘に強請られた親がいかに早くぬいぐるみを入手できるかとサンドル商会に圧力を掛けてくる者までいたが、マクレガー侯爵家が後ろ盾になった事を周知してからは落ち着いたようだ。
そんなリーシェが次は何を思い付くのか、少し楽しみでもあった。
アランとリーシェは孤児院に興味を持ったらしく、その現状を涙ながらに訴えてきた。
アランからは寄付金の一部を食材にして物品寄付にしてみてはどうかと提案され、次期侯爵として楽しみだと案を採用した。
アランは書庫で調べ物をする時間が増えているようだし、2人とも次の領地視察にも付いていきたいと言う。
私としても子供達と一緒の時間が増えるなら喜ばしい事だ、と思いながら愛娘が作った焼き菓子の最後の一口を口に運ぶ。
私の苦手なほうれん草を使った焼き菓子はとても美味しかった。




