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58.ほうれん草

 翌朝、朝食を終えると厨房に向かい、まだみんなが食器や調理器具を洗っている中、端の方を使わせてもらうことにした。

 ルッツに鍋にお湯を沸かしてもらい、ほうれん草を茹でる。


「今日はお菓子じゃないんスね」


「ふふ、パウンドケーキに入れるのよ」


 私の返事に目を見開いたルッツは「えっ!野菜をケーキに入れるんスか!?」と驚愕の表情を見せた。

 その声に反応した料理長も「いつものオレンジのパウンドケーキでないのなら見学させて欲しい」と、大きいお腹を器用に調理台の隙間から滑らせながら近づいて来た。


 茹でたほうれん草をよく絞って(ルッツがね)ミキサーがないので包丁で小さく切っていく。包丁2本で鯵のたたきを作るときみたいにたたいていた時は料理長に心配されてしまったけど、ある程度細かくなったほうれん草を牛乳と混ぜて、後はいつものパウンドケーキと同じように混ぜていく。いつもより少し多めに作ろうっと。


 ルッツはすごい緑色の生地に眉を顰めていたけれど、料理長は「なるほど……ソースを作る時のようにしてから伸ばすのか……」と、何やらブツブツ呟いている。


 禁止されてるオーブンはルッツにお任せして、焼いてる間に使った調理器具を洗わせてもらおうと流しに持っていくと、私共がやりますという調理人と押し問答になってしまった。

 お忙しい中我が儘を言って使わせてもらったのだからこれくらいさせてと言う私に、我が儘なんてとんでもない、纏めて洗っているので少し増えたくらい変わらないと言う調理人。


 うむむ……朝食の片付けをしながら昼食の下ごしらえと、使用人の賄いの用意もしなければならない中お邪魔したのだから、自分が使った分くらいはちゃんと後片付けしたかったが、それもまた我が儘になってしまうと諦め結局お願いする事になった。


「そういえばムスカさんに言われた物、ご用意できてますよ」


 オーブンを覗いていた料理長がリーシェに言い、厨房の入口にある木箱を指差す。


「ありがとう。急に食材を譲って欲しいだなんて、献立が変わってしまっていない?たびたび迷惑をかけてごめんなさい」


 孤児院に根菜以外の野菜とお肉を少し分けて欲しいとお父様にお願いしていた物だわ。


「いいえ、夕食に使う予定でしたが、不足分は昼に商人が届けてくれる事になってるんで問題ないです。それにリーシェお嬢様は面白い発想でお菓子を作るのでこちらも勉強になってます。いつでも厨房を使って下さい」


 大きいお腹をタプンと揺らし胸を叩く料理長に嬉しくなり感謝の気持ちを述べ、ちょうど焼き上がったほうれん草のパウンドケーキを試食してもらう。


「うん!これはこれで美味しいっス」


「パウンドケーキにオレンジを入れた時も驚きましたが、ほうれん草を入れるなんて本当になんて言っていいやら……味も良く出来てますね。ぜひ大奥様と旦那様にもお出ししましょう!」


 良かった。緑色のケーキは受け入れられにくいとは思ってたけど、味は問題なさそうね。あの子達も気に入ってくれるといいんだけど……。


 試食用の1本は、残りをお茶の時間にお祖母様とお父様に出す事になり、残り2本をバスケットに詰めてもらい身支度を調えてから馬車に乗る。


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