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33.刺繍は座禅

 

「何かおっしゃいました?お兄様」


「ううん、それより僕にはリーシェからどんな素敵な贈り物があるのかな?」


 にっこり笑うお兄様。


「ふふふ、そんな、期待するような物ではないのですけれど……刺繍したハンカチを使っていただけたらと思いまして」


 両手に乗せたハンカチの包みを差し出す。

 ポカンとするアランお兄様に「刺繍の腕はマーサ先生のお墨付きなんですのよ」と得意げに補足した。


「こんな素晴らしい物初めて貰ったよ!リーシェが僕の為に刺繍してくれるなんてっ!―――どうしよう、勿体無くて使えないけど、飾っておくのもそれはそれで勿体ないような……」


 お兄様ならきっと喜んでもらえると思っていたけど、そう思える事自体がお兄様の事をよく理解しているようでリーシェル自身嬉しかった。

 アランお兄様の事が大好きな自分の事が好きだし、そんなお兄様に大切に思われている事に喜びと安心感を感じる。


「ふふ、次を作る楽しみがあるからぜひ使っていただきたいわ」


 そう言ってどんなモチーフが好みか聞き出したり、使って欲しい色を聞いたりしてから退室した。


 いつかアランお兄様に前世の事や乙女ゲームの事を話す日がくるのだろうか……。きっと信じてくれると思うけれど、その事で悪役令嬢のストーリーにお兄様を巻き込んでしまわないかという方が心配だわ。


 現時点で乙女ゲームのストーリーを話してもヒロインがどのルートに行くかで物語も変わるし不確定要素だらけだもの。そんな中で家族が私の未来の為に動いて万が一国家反逆罪にでも問われたりしないか……そっちの方が懸念事項な気がする。



 いやでも、このまま物語が始まっても宰相の息子、ジョヴェ様のルートだけ気を付ければ家族には被害がいかないと思っていたけれど、もし私が婚約破棄されたり、あまつさえメルコレ様ルートの一生ネズミにされたりでもしたらこの優しいお兄様が、いやこの家族が放っておくはずがないと思うのよね。

 やっぱり乙女ゲームの話も秘密にしながら第2王子との婚約もせずヒロインや攻略対象者達と関わらずにいくのが一番いいわね。


 昨日までの漠然とした悩みが、思いがけず思考がまとまってきた。

 これも無心になって刺繍した効果かもしれないわ。刺繍と座禅は通じるものがあるかもしれないとリーシェルは大発見した喜びに浸っていた。

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