第七話『事情ぐらいはちゃんと聞きますから!』
此方が選んだクエスト内容は、近くの森に住み着いたらしいオーガを一匹退治・もしくは森から追い払って出来るだけ街や村から遠ざける事だ。難易度はそれなりに高い。何せ一匹とはいえ相手はオーガだ。その身体は巨大で、体格以上の怪力を持つ基本的に人を食べる強敵モンスター。
「でも、フジさんのお話ではそうしたモンスターは既にこの周辺に居ない筈では?」
「多分、流れ者だろうね。モンスターでも居るんだよ。時々本来の住処から出てきて、他に地域に出て来ちゃう奴。大概そういう奴って自分の住み慣れた場所を出ても暮らしていける程、強いって事だから厄介な相手が多い」
「だ、大丈夫なんでしょうか」
「ふふふ、小鬼如き我の敵ではない」
「だそうだから神様に任せておこうよ。大丈夫、絶対チサトは危ない目に遭わせないから」
不安げに私たちの後に着いて来るチサトに笑いかけ、しゅるりと腕に巻き付いて来る神様をそっと地面に下ろす。みるみると、その大きさを増していく姿は相変わらず質量保存の法則を無視している。あれが首に巻き付いていると考えたらその密度は凄まじく私はとっくに身体が折られている筈なのだが、そんな事は全くない。
「ふむ。確かに小鬼が居るな。畜生の匂いがする」
「神様、やけに辛辣だね。オーガは嫌い?」
「あれらは美味くないからな。繁殖相手としても、扱いが面倒だ」
「単純なる味の好みと性的嗜好?」
「やはり喰らうなら人間が良い。肉の質が良く骨が柔らかい」
「神様、私たちそういうお話は聞きたくないです……」
「私は別に気にしないけど、まぁ気持ちの良い話ではないか」
「我は悲しい」
「ほら神様、私たち化け物。チサトは普通。おーけー?」
「うむ。そうだな」
少し気分が悪そうにするチサトが可哀想なので、神様を促して更に奥へ進む。――神様の言う通り、酷い獣の匂いがして来た。間違いなく、この奥に大きなものが居る。
『――去れっ! 化け物が! 村を食らっただけでは飽き足らず、俺の命まで狙いに来たか!』
突然、地鳴りのような低い声が森に響き渡った。聞き取り辛かったが、間違いなくそれはオーガの言葉だった。長い時間の中で大体の種族の言葉は覚えてしまったが、言語が話せるオーガに遭遇したのは久し振りかも知れない。
だが村を、喰らったとな。そして俺の命まで、と続くとまるでそれは彼奴が何かに村が襲われ、たった一人で必死で逃げ延びてきたように聞こえなくもない。
「神様、覚えがあります?
「我最近ずっとあの森に引きこもっていた故」
「最近ってどの程度」
「此処数十年」
「人違いですねぇ、それは」
下手人は神様ではない、と。だけど向こうは確実に何か、に対して怯えているような、警戒しているような態度だ。それは確実に神様を見て、だろう。ということは、神様に似た何かに襲われたのは間違いない。
仕方なく更に前へと進むと、森の奥からどすどすと重い足音が響いて来る。ばきばきと木々を折り拓きながら、獣道を進んできた私たちの前にオーガがその姿を現した。
「……ボロボロだねぇ」
立派な体躯。太い手足。けれどその頭にはオーガにある筈の、彼らにとってその強さの象徴である筈の二本角がない。良く見ればどちらも根元から無残に折れているのが分かる。
それ以外にも、そのオーガの身体は酷い傷だらけだった。恐らく動くのもやっとな程。
『化け物が……! 次こそは殺してやる!』
なのに殺意だけがぎらぎらしていて、オーガは此方へ。というより神様へと襲い掛かってきた。なので神様は神様でいつものように食べてしまおうとその大きな口をばっくりと開いて腕と触腕を伸ばし始めたので、そっと胴体を撫でる。
「神様、あれは食べちゃ駄目」
「そうか」
短い返事で、神様はオーガの四肢を腕と触腕で縛り上げた。あの巨体が軽々と宙に持ち上げられ、動きが封じられてしまう。
『この、離せ! 化け物!!』
叫ぶオーガはその腕が鈍い音を立てているのにも関わらず暴れ続ける。これは、話どころじゃないなと判断して、神様にもう一手間かけて貰った。
きゅっと締め上げて貰って、意識を飛ばす。勿論殺してしまわないように。
「流石、神様。加減も完璧」
どすん、と乱暴に地面に置かれるオーガを確認するとちゃんと息があった。四肢を拘束したまま神様はまたえへんとばかりに胴体をゆるく揺らすのでそれを撫でて、少し悩んでから鞄から薬を取り出す。
「どうするんですか? フジさん」
「神様の拘束じゃ、下手すると死んじゃうからね。麻痺させてお話聞こうかなって」
「それ、効くんですか? オーガ相手に」
「大丈夫だよ。実験済みだから」
口を神様に開かせて貰って、小瓶の中身を全て口へと注ぎ込む。飲んだのを確認して、今度はそのオーガを起こして貰う為――あまりチサトには見せたくないが、彼女を起こして貰ったのと同じように、神様にやって貰った。
『ああ゛あぁっ!』
なんか、もの凄く汚い喘ぎ声みたいなのが聞こえた気がしたけど、気のせいにしておきましょうね。