第二話『化け物以上に、化け物なだけです!』
「「きゃーーーーーーーーっ!!!!!!」」
逃げ遅れた女の子と、私の身体を貪っていた怪物との悲鳴が見事に重なる。女の子ってばこの化け物を見た時以上にびっくりしてないだろうか。だから酷いってば、どっちも。
「君も、だから早く逃げれば良かったのに」
思わず呆れて溜息が出てしまう。だって人が食べられる姿なんて見たくないだろうし、私が動き出せばこんな風になるのは目に見えていた。正直に言えば化け物にまで驚かれるのは心外だったしちょっと傷ついたけど。
「君もだよ。私を食べて満足したらあの子は見逃してあげて。それから、どうして生贄なんて要求するのか、教えてくれないかな。出来ればあの村からは手を引いて欲しいし」
頭だけの状態でそんな風に話しかけても、まぁ当然すっかり怯え切った二人、と表現して良いのか。女の子も化け物も震えたまま動かない。
これじゃあ埒が明かないので私もいい加減、元に戻る事にする。
ずる、ずるずる。ぐちゃ、ぐちゅ、――ぐちゅん。
やはり聞くに堪えない音を立てながら、咀嚼された内臓が、折られた骨が、破られた腹が元通りになっていく。
光景としては、逆再生。でも勿論、化け物が食べた分は此方で自己再生していく。足りない部分を補って、私の身体は元の人間の姿に戻っていく。
そして最後。首から落ちた頭部がぐるん、と回って仕上げとばかりに首の上へと鎮座した。ごきりと、首の骨が繋がる音がする。
「……はい、スプラッターショーは一旦お終い。お二人とも、お話良いですか?」
すっかり黙り込んでしまった二人へと笑顔で声を掛ければ、とうとう女の子は泡を吹いて気絶してしまった。――怪物は流石と言うべきか。若干どん引きした雰囲気は漂わせていたけれど、意識を失うまでには行っていない。
「……貴様は、何だ?」
当然の問いに、改めて微笑む。
「ただの、不老不死の元異世界人ですよ」
***
私は、記憶が殆どない。
いつから生きてるのかも、どうしてこんな状態になったのかも。
ただ覚えているのは、自分は元々現代――この世界から見たらまるで違う異世界という場所に暮らしていた普通の一般人で、だけど何かがあって、この世界に転生した事。
そして、何か、とてつもない罪を犯し、不老不死の身体にされて、許されるまで生き続けなければいけない呪いを掛けられたという事だけは、記憶に残っていた。
「だから、それが分かってから数百年以上、私はこうして旅を続けて、たまーに気まぐれでこの身体を生かして人助けをしてるだけ」
一先ずはこの化け物に説明してみると、化け物は相変わらず戸惑いながらも私の話に耳を傾けてくれた。
見た目はあまりにも恐ろしいが、知性はそれなりにあるようで助かる。
「だからね、神様。満足行くまで私を食べても良いから、この女の子は食べないで欲しいし、出来ればあの村からは手を引いてくれないかな?」
はい、と改めて腕を広げて食べやすいように誘ってみるが、すっかり食欲が失せたのか、化け物はその腕も触腕も引っ込めてしまい、口を堅く閉じてしまう。
「流石の我もお前のような奴を食べるのは、何というか、吐き戻しを永遠と食べさせられているようで、気持ち悪い」
「すっごい失礼な言い方だね!」
「いやぁ、味は美味だったんだけど、ううん。これは倫理的な問題だなぁ」
「倫理とか言われても」
すごく悩ましそうに唸られる。それにしても、吐き戻し。なんて酷い表現だ。私のモツは全部その場で自己再生してるから新鮮そのものだぞ。食べてもなくならない御馳走なんて誰もが夢見る素敵な存在じゃないか!
いや、饅頭怖いとは言いますけど、ね。
「それで神様、どうして生贄なんて時代遅れな行事を?」
「……いや、そんなもの別に要求してないし。勝手に向こうが送って来るから美味しく頂いてただけで」
「あー……そういう、勘違い系の……犠牲者があまりにも可哀想過ぎる」
「いやだから我もお礼に色々と村への恩恵は与えていたが、だからって生贄寄越さないと滅ぼすとか災いを齎すとかそんな事は一切ないし」
「うん、分かりました。その辺りは村の人たちに重々説明します。多分今後生贄はなくなりますけど、そうすると神様、ご飯の当てってあります?」
「ちょっと大変になるが、まぁ自分で狩りぐらいは出来るからな。うむ、人間は村以外にも居るだろう?」
「居ますけどそれで犠牲者他に出るのは困るなぁ」
取り敢えず、この神様の今後の身の振り方を考えなければいけないなぁ。