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かちかち山、その後

作者: あああああ龍之介

 あなたは「カチカチ山」の話を知っているだろうか?




 簡単に話すと、こんな話である。




 昔々、ある山にタヌキの一家が住んでいた。近所には人間の爺さんと婆さんが山に畑を切り開いて住んでいて、タヌキ一家と爺婆(ジジババ)の間には時々、イザコザが起こることもあったが、それなりに平和に暮らしていた。




 ある日のこと、お父さんダヌキが、うっかり人間の爺さんに捕まって縛り上げられてしまった。爺さんは帰ってきたら狸汁にしてくれと、縛り上げたタヌキを婆さんに預け、山仕事に出掛けた。




 お父さんダヌキは自分死んでは残された嫁と子どもが飢えて死ぬと、必死に機転を利かせて、婆さんを騙し、縄を解かせた。




 そしてそのまま婆さんを杵で叩き殺したのだ。




 その後、タヌキは婆さんをバラバラすると、ちょうど爺婆(ジジババ)の畑で食べ頃になっていた大根とカボチャと併せて、味噌で煮込んで「婆さんの味噌煮込み、旬の冬野菜と共に」を作ると、自分は婆さんに化けて爺さんの帰りを待った。




 婆さんに化けたタヌキは、やがて帰ってきた爺さんに「婆さんの味噌煮込み」を食べさせる。




 「うまい、うまい」と、喜んで「婆さんの味噌煮込み」をすする爺さん。タヌキは爺さんが「婆さんの味噌煮込み」を平らげるのを見届けると、変化(へんげ)を解き、元のタヌキの姿に戻ると叫んだ。




「やーい、爺さんが婆汁喰った、「婆さんの味噌煮込み」を喰った」




 爺さんは驚くと同時に怒り狂いタヌキを殺そうと飛び掛かるが、タヌキは首尾よく山に逃げ込んだ。




 その後、爺さんは婆さんを食べてしまった罪の意識から、腑抜けのようになってしまった。




 そんなある日、爺さんのところへウサギがやってくる。爺さんは涙ながらに、ことの顛末をウサギに語った。




 ウサギは言った。「ならば、お婆さんの仇討をして差し上げましょう、わたくしなら、そのタヌキめを殺すことができます」




 爺さんは言った。「おお、やってくれるか」




「方法は三つあります。ただ殺すだけの梅、火であぶり殺す竹、火あぶりの上、やけどの跡に唐辛子を塗り、最後に海に沈める松です」




「松を頼む、婆さんの仇だ、ただ殺しても飽き足らん」




「わかりました、なあにタヌキめはわたくしを山の仲間と思っていますから、たやすいことです」そう言ってウサギは笑った。




 爺さんは、あっけらかんと山に住む仲間の殺しを請け負うウサギに驚いたが、婆さんの仇討ちだと思い直した。




 一方でウサギは心の中でほくそ笑んだ。「しめしめ、これでこの爺さんが生きているうちは酒も御馳走も思いのままだ」




 そしてウサギはタヌキを呼び出し、火であぶり、やけどの跡に唐辛子を塗りたくり、海に沈めて殺してしまう。最後の最後までタヌキはウサギを信じて死んでいった。同じ山に住む仲間だと。




 婆さんの仇を討ったことで、以後、ウサギは爺さんに大切なお客としてもてなされるようになった。




 と、まぁ、そんな話だ。




 ここから、ようやくこの話の本編が始まる。




 物語の悪役であるタヌキが泥船に乗せられて、溺死した日から、霜が降り、雪が降り、やがて春を迎えた頃のことである。




 婆さんの仇を討ったウサギは、冬の間も毎日、爺さんの家に通い、タヌキを弄り殺した話をし、酒を飲み、御馳走を喰らい、楽しく暮らしていた。




 その日も爺さんの家でしこたま飲み、千鳥足で山へ帰ろうとヒョコヒョコと歩いていた。




 突然、茂みから二つの小さな影が飛び掛かり、一方がウサギを地面に押し付け、もう一方がヌラりと鈍く光る刃をウサギの首元に押し付ける。




 見ればそれは鋭い匕首(あいくち)だった。そして、ウサギを襲った二つの影こそ、父親をウサギに殺された2匹の子ダヌキだった。




「おまえによって我らの父上は命を落とした、落とした」




「おまえは父上を散々に苦しめてから殺した。だから我らもおまえを苦しめてから殺す、殺す」




ウサギはうめくように反論した


「何を言う、そもそもおまえらのオヤジが、人間の婆さんを殺したのが始まりではないか」




子ダヌキたちが言う


「いいや、そもそも人間のジジイが父上を捕まえて殺そうとしたことが始まりだ、始まりだ」




ウサギが言う。


「それを言うならおまえらのオヤジが爺婆(ジジババ)の畑を荒らしたのが、初めのはじめだろうが」




子ダヌキが言う。


「山に住む者が何という言い草だ、お前も知っているだろう、そもそも我らケモノたちが住む山に、爺婆共がやってきて、勝手に木を伐り、畑だの、道だの、家だのを作った、山の土地を盗み、山の恵みを盗み、もともと住んでいた我らケモノを見るなり襲ったのは人間どもだろう、人間どもだろう」




ウサギは口ごもった。




子ダヌキたちは続ける。


「そもそも、我らタヌキとジジババの間には確かに諍いはあったが、それなりに暮らしていた、それを我らの父上を捕らえ、殺して煮て喰うと言いだしたのは人間のジジイの方だ、小さな諍いだったものを、命の取り合いにしたのは、人間のジジイの方だ、命を取ると言った以上は命を取られても文句は言えないはずだ、それが生き物の掟。だから我らの父上はババアを殺した、ババアを殺した」






 子ダヌキたちは、いつしか、目にいっぱいの涙を貯めていた。


「いいか聞け、我ら一家は父を亡くし、この冬は飢え、5匹居た兄弟も、生き残ったのは我ら2匹のみ。この我らの命も、母が2匹だけでも春を迎えよと、自らの身を投げうっての命、我らは2匹、母の体を貪り喰らってこの冬を生き延びたのだ、お前が何の遺恨もないくせにジジイの仇討にのり、父上を殺すようなことをしなければ、母も、兄弟たちも死なずに済んだものを、済んだものを」




 子ダヌキたちはそう言うと、ウサギの右手の先を切り落とした。「これは父上の分だ」




 ウサギは泣きながら命乞いをした「殺さないでくれ、頼む、俺にも子供と嫁がいるんだ」




 子ダヌキたちはそれを聞いてあざ笑う。「おまえがそれを言うか、我らタヌキは夫婦で子育てをするが、お前らオスのウサギの子育てをせぬ、つまりお前が死んだとて、飢える子ウサギはおらんのだ、我らを子供だと思って馬鹿にしおって、それ、これは母上の分だ」そう言って、子ダヌキたちはウサギのもう一方の左手の先を切り落とす。




 ウサギの悲鳴が山に響き渡る。助けに来るものはいない。ジジイは酔ってもう寝てしまったのだろうか。




「続いて我らの兄弟の仇討だ、3匹分だ、どこを切り取ってやろうか、やろうか」子ダヌキたちはそう言って匕首をウサギの首に押し付ける。




「許してくれ、殺さないでくれ、何でも言うことを聞く、そうだ、仇討ちだ、今から行ってジジイの家に火をつけてこよう、俺ならジジイの家に簡単に上がり込める、酒をしこたま飲ませて家に火をつけよう」




 それを聞いて、子ダヌキたちの怒りがさらに燃え上がる。


「まだ、そのようなことを言うか。ジジイは我らが討つが、まずは何よりおまえだ。それ、右足、左足は弟たちの分だ、分だ。」


 そう言って子ダヌキたちはウサギの両足の先を切り落とした。




 ウサギは半狂乱で命乞いをするが、もはや何を言っているのか聞き取れるものではなかった。




「最後は一番小さかった、妹の分だ、妹の分だ」


 そう言って子ダヌキたちはウサギの舌を切り取った。山は急に静けさに包まれた。




 その時だ、ウサギは子ダヌキの手に噛みついた。ウサギも必死だ。




「あっ」




 ウサギは一瞬のスキを突いて、茂みに逃げ込む。茂みの向こうは崖になっていて、ウサギはそのまま転がり落ちていった。




 子ダヌキたちは崖下を覗き込み、ウサギの姿を探したが谷が深くて、その姿を見つけることはできなかった。




 子ダヌキたちは、仇にとどめを刺せなかったことを、悔しがったがどうにもならなかった。




 タヌキがミミズから人間の食べ残しまで何でも食べるようになったのも、ウサギが短くなった前足と後ろ足で、跳ねて歩くようになったのも、昔話で人の言葉を話すタヌキやキツネはよくあるのに、人の言葉を話すウサギがほとんど登場しないのも、こうした訳なのだ。






 子ダヌキたちはウサギを探すのを諦めると、爺の家に行き、戸口の隙間に石を詰め、開かないようにすると火をつけた。




 火は爺の家を焼き、畑を焼き、山に燃え広がった。火は三日三晩、燃え続けた。山には何も残らなかった。




おわり

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