過去
全力で森の中を走って家にたどり着いた私は、家に入るや否やすぐにドアに〝開かずのまじない〟を念入りにかけ、ローブのフードを取った。
「ビックリした……なんでこの時間に人が森に……。まさか、どこからか魔女が住んでると嗅ぎ付けて……!?」
……いや、待って?
冷静に考えたら、〝人払いのまじない〟がかけてあったんだから、この森に誰かが住んでると知っている人がいるはずがない。
だって、今まで誰も森の中に入ってきていないのだから。
だから、考えるべきなのは、あの人がなぜ森の中に入ってこれたのか、なんだけど……。
「……まぁ、いっか。どうせもう会わないだろうし」
それよりも……残念だったなぁ、月花草。
慌てて逃げ出したせいで、1本しか取れなかった。
また1ヶ月後に探しに行こう。
取り敢えず、作れなかった薬でも作って気分を変えよう。
◆
翌朝、といっても魔女は寝なくても大丈夫な体質だから、昨日の夜から今の今までぶっ通しで五種類の薬を作っていた。
「ふぅ、これで全部完成っと」
5本の小瓶にそれぞれの薬の液体を詰め終わった私は、一息つく。
「やりとげた、私はやりとげたよ、お母さん。遂に、上級薬すべてを作ることができたよ」
以前、私が8歳の頃にお母さんから課せられていた一人前の魔女として認められるための条件。
それが、上級薬の作成だった。
それを今日、私は成し遂げたのだ。
けれど、それを褒めてくれるお母さんは、もういない。
――10年前、私が8歳、一人前の魔女として認められるための条件を提示された頃(時期)。
私は、今のこの家ではなく、ロスという村に、お母さんと一緒に魔女ということを隠して生活していた。
魔女という存在、そして魔女の作る薬が、人々から恐れられていたからだ。
それでも、密かに魔女としての修行はしていた。
そんなある日の夜、私達の家に訪問者が訪れた。
訪問者と言うには、村の大人たち全員がいて、その表情はとてつもなく険しかったことを今でも鮮明に覚えている。
『お前たち、魔女なんだろう?』
一言目がそれだった。
どこから漏れたのかは未だにわからないけど、私達が魔女であることがバレたのは確実だった。
お母さんは、一瞬驚いたように見えたけど、すぐに表情を真剣なものに変えて――
『はい、そうです』
キッパリと断言した。
それによって村の大人たちがざわつく。
『……そうか、残念だ』
うつむきながら暗い顔でそう言ったことで、私達の今後がどうなるのかは容易に想像ができた。
なにせ、つい先日、隣の村で魔女であることがバレて磔にされて処刑された、という話を聞いていたからだ。
『……わかりました。少し時間をください』
お母さんはそう言って扉を閉めた。
『お母さん……』
恐怖と不安に押し潰されそうになった私は、か細い声でお母さんと呼ぶ。
『大丈夫、大丈夫よリナ。あなただけは、なにがあっても守ってみせるから』
私を抱き締めながらそう言ったお母さんが次に言った言葉が――
『リナ、逃げなさい。ここから西へ言ったところに大きな森があるの。その森の中に、昔私が住んでた家があるから、そこに逃げなさい。森に入ったら、森の入り口に必ず〝人払いのまじない〟をかけるのよ』
だった。
8歳の私に、これから一人で生きていけと無茶振りをするお母さん。
今考えれば、8歳の私によくそんなことが言えたなと少し呆れる。
だけど、その時の私は、そこにではなくお母さんが一緒に逃げないことに対しての怒りだけを抱いていた。
『なんで!? お母さんも一緒に逃げようよ!』
でも、今なら、お母さんが私だけ逃がしたことの意味を理解できる。
魔女だと知られれば殺されるのだ、二人いるならば、どちらかが生き残れば魔女が途絶えることはない。
それをお母さんは考えていた……と私は思っている。
『いいから逃げなさい。自分が生き延びる方法だけを考えて。お母さんは村の人たちともう一度話をしてくるだけ、終わったらお母さんも行くから』
それは、初めてお母さんが嘘を言った瞬間だった。
だって、見つかった魔女がどうなるのかなんて目に見えているわけで、話をしようが結果は変わらない。
現に、お母さんは私がこの家に来て何日、何週間、何年経っても来なかった。
『絶対だよ、約束だからね!』
それでも、当時の私はその言葉を信じて、一人でこの森に逃げてきた。
そしてそれから10年、この森に一人で住み続けている。
――コンコン。
へぁ!? ノック、ノックされたよね、今!?
あまりの突然の出来事に、体がビクンッと跳ね上がった。
「おーい、誰かおらぬか?」
ちょっ、この声、昨日の金髪美人さん!?
なんでここがわかったの!?
お、おおお、落ち着け!
居留守、そうだ居留守を使おう。
だって昨日〝開かずのまじない〟をかけたから……
「開けるぞぉ?」
――ガチャリ。
あっれぇぇぇぇぇ!?
開いた!? なんで!?
「ん? おぉ、なんだ、いるではないか。昨日は驚かせて悪かったな、姉上」
……はい?