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言葉の魔法



「やあ相棒。早いじゃないか」



 早朝。太陽の光すら届かない裏協会の汚れた路地を抜けた先。


 血の臭いを漂わせる一人の中年男が、古びた店の扉を開くと、カウンター越しに座る店主から声を掛けられた。


 薄暗く埃っぽい店の中で、青い短髪に整った顔立ちに白のスーツスタイルの青年は、相棒と呼んだ中年男を少し見上げて眉をひそめる。



「アル、今日は仕事休みかい?」


「んあぁ、オメェに呼ばれなきゃ今日も地下で死体漁りしてたろぅさ」



 アルと呼ばれた中年男は、肩を竦めてカウンターに背中を預け肘をつく。


 中年男はこの業界ではある種有名な男であった。皮のジャケットにホルダーをベルトで締め、ナイフや手斧が背中に背負われている。


 見た目は冒険者だろう。

 だが、少し違う。


 死体漁りのアルマーニ。

 魔物が蔓延る地下に潜り、無謀にも挑み無惨に殺された冒険者たちの死体を漁り、それらを持ち帰って売り捌く。


 銅貨一枚稼げれば満足な仕事だが、運が良ければ金貨になりうる可能性もある。だからこそ、死体漁りは止められない。



「ワイス。面白い本が見つかったってから来たんだぁ。どうでもいい話なら帰るぜぇ?」


「そう急かすなよ。僕も早く見せてやりたいから君を朝早くから呼んだのさ」




 青髪の青年──ワイスは、カウンターの引き出しを開けると一冊の本を取り出した。


 その本をカウンターの上に置くと、アルマーニは一瞥した後すぐさまワイスと向き合った。



「んだこりゃ。魔法の本……じゃあ無さそうだなぁ」


「そう。魔法の本ではない。けど、微量に魔力は込められている」



 アルマーニとワイスは顔を合わせ、再び本へと視線を落とす。


 本は辞典のように分厚く、装飾が施されているが焼けてしまったのか、表紙のタイトルは一部ぼやけていた。


 ページの端々も無くなっており、見るからに古そうな代物だが、肝心なのは中身だ。



「開けるよ」



 ワイスは白手袋をはめると、慎重に本を開く。そこには、ページの真ん中に一行だけこう書かれていた。



【古書店ふしぎのくに──セシャト】



「上はタイトルか? 下が作者か」


「そうだろうね。でも、中身はもっと興味深いよ」



 アルマーニの疑問に、ワイスは鼻を鳴らし次のページをソッと開く。


 タイトルの次は目次だ。

 そこには様々な文字の羅列が並んでいる。



「短編集かなんかかぁ?」


「パッと見はね。でも、半分以上は別の言語で書かれていてね。読めないものも多いけど」



 ワイスは首を左右に振って肩を竦めた。言われてみればと、アルマーニも目を細めて目次を睨むが、さっぱり読むことは出来ない。



「で? こいつの何が面白ぇんだ?」


「まあまあ急かすなよ。例えばこれ」


 

 頬杖をつくアルマーニに、ワイスはくつくつと笑ってとある目次のタイトルを指差した。


 それはアルマーニでも読める単語でこう書かれている。【花火】と。



「このページを開いて、魔法石をかざす。こうしてね。そしたら、とある魔法が出来たのさ」



 ワイスは無色の石を【花火】のページに当てると、微量ながら魔力と共に赤い色に染まっていった。


 同時に、アルマーニへと軽く放って渡すと、ワイスは少しだけ後ろへと下がる。



「あぶ──ぬおわぁっ!?」



 反射で受け取ったアルマーニは、突如火花のようなものが魔法石から溢れだし、驚いて床へと落としてしまった。


 落ちた魔法石はバチバチと音を立て、綺麗な色で薄暗い店の中を照らしていく。


 だが、時間にして一分もしないうちに、火花は消え失せ魔法石も灰と化してしまった。



「いきなり何しやがるっ!?」


「ごめんごめん。どんな反応するか気になってさ」



 怒りを露わにするアルマーニに対して、ワイスは笑いを堪え切れず身体を震わせてカウンターへと戻った。



「この本には、魔力が漂っている。しかも、物語ごとに魔法の中身も威力も違う」



 ワイスの説明は回りくどいが、雰囲気は伝わってくる。新たにページを開いていき、今度は半分ほどの場所で手を止めた。



「けれど、この本は半分で止まってるのさ。しかも、最後のタイトルはとても面白──」


「あーあーテメェの遊びに付き合うのはうんざりだぜぇ! とにかく貴重なお宝が手に入ったってこったろう? どうせ俺には貸してくれねぇんだろ? なら要らねぇよ」



 ワイスの言葉を遮り、アルマーニは両耳を手で塞ぎ背中を向けた。


 先ほどのサプライズが刺さったらしく、アルマーニの機嫌は斜め上をいっている。


 

「……そう。残念だね」


「もういいかぁ? 今日はもう最悪だ。赤線にでも行ってくるぜぇ」



 肩を落とすワイスを尻目に、アルマーニは店から出ようとして足を止めた。


 不思議に思い彼の背中を見ていたワイスは、踵を返して戻ってくるアルマーニに目を丸くする。



「おい。これにさっきの魔法入れられるか?」


「出来るけど、何に使うんだい?」


「いや、まぁ……珍しいからよぉ。あいつにちょっと見してやりてぇなぁって」



 頬を掻いて目を反らすアルマーニに、ああ、と呟いてワイスは再び【花火】に新しい魔法石を当てる。


 仄かに赤みを帯びた魔法石を差し出すや否や、アルマーニはそれを引ったくると、気持ち程度の銅貨一枚をカウンターに置いて扉へと向かった。



「おう、これで帳消しだぁ」


「はぁ、全く……」



 笑顔で去っていったアルマーニを見送り、静かに閉まる店の扉を眺めていた。


 ため息を一つついて、ワイスは本の真ん中に栞を挟む。


 読める単語は少ないが、前回の作品は【妖精】がキーワードだったらしい。

 【蛍】【霊魂】といった短い単語ならば解読も容易いが、中身まで理解は難しいだろう。


 しかし、中身を理解するば新しい魔法の可能性が広がるというもの。



「この作品は、どんな魔法になるのか。気になるね……アル」



 まだまだ白紙が続くこの本の中で、記載されていた最後の作品はワイスでも理解出来た。



【死体漁りのアルマーニ】



 血みどろな魔法か、それとも人情味が溢れた魔法か──。


 それを知るのは、また別のお話。





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