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回転木馬

作者: 孔雀 凌


朧気だった自身の意識が覚醒したのは、その時だった。

ぐらりと、大きく傾く車内。

全ての窓ガラスに、一瞬にして震動が伝う。

鳥の大群だ。

群れをなす鳥達が、車窓の外側を列車の進行方向とは逆に飛翔しているのだ。

くちばしや後肢は短いけれど、妙にするどく発達した趾の爪が、奇妙なほどに背筋をぞくりとさせる。

あれは……。

「連雀ですよ」

一定の間隔をおいて、車内を巡回していた車掌と想われる人物が、俺を見おろして言った。

「ようこそ。当列車へ。私のことは、霧生(キリュウ)とお呼びください。以後、お見知りおきを」






そうだ。俺は、数時間前にこの列車に乗ったんだ。

自分の身に何がおきたのかも、じっくりと考えている暇もなく、ただ流されるままに従った。

乗客は俺を含めて、疎らといった感じで、ほぼ、がら空きに近い状態だ。

窓に映る光景は淡々としていて、これまで見てきた物とは違っている。

異次元空間にでも迷い込んだかの様な、城壁外に晒された錯覚をおこしてしまいそうな、薄暗い次元の中に息を潜めているんだ。

もしかしたら、俺は……。

車窓の彼方に目をやり続けていると、再び反対側から何かが近づいて来た。

列車だ。

車両は幾つかあり、ざっと一見したところ、全部で十両くらいだろうか。

いつの間に姿を現したのか、車輪の下には一本の川が存在し、列車はその上で停止した。

すると、突然、車体が切り離し作業を始めた。

切り離しは一両目と二両目の間で行われ、前一両を残した残り九両は、車体を傾けながら吸い込まれる様にして闇の下方へと消えて行った。

愕然とそれを眺めていると、車掌が俺に視軸を落とす。






「気になりますか?」

深く帽子を被った霧生が眼を覆いかくすツバを少しばかり持ち上げて、微笑した。

「な、何で切り離したんだ。あの列車は一体……」

俺は、身震いがするのを感じた。

理由は認めたくない。

「九両は、全て『現世』行きですよ」

霧生が平然と答える。

なら、残された一両目の到達地点は言うまでもないじゃないか。

「一両目は、何だ」

俺は座席から起ち上がり、霧生に詰め寄った。

「御察しの通り。一両目は、『あの世』行きです」

霧生の返答に、感情が高揚する。

俺は彼の襟首を掴んだ。

「この列車は、何両編成だ」

自身の体内で疼く脈動が加速していくのが、悔しいまでに伝わる。

「全部で、十両ですよ」






「霧生!」

俺は彼の襟元を掴んだまま、力任せに車内の壁にその身体を押し付けた。

ここは、先頭車両だ。

切り離された列車と同じ運命を辿るのだとしたら、俺は。

「この列車も、あの列車と同じ様に『あの世』と『現世』に分かれるのか」

荒く零した吐息が、自分の手元へと落ちる。

「手を、離して頂けませんか」

霧生が宥める様にして、俺の腕を襟元から解き放した。

彼はこの両肩にそっと指先を添えると、座席に腰を降ろすように促す。そうして、ゆっくりと話し始めた。

「安心してください。さきほどの列車と、この列車の走る軌道は異なります。従って、この車両は切り離されることなどありません」

じゃあ、どこへ向かっているというのか。

俺は、とうに気付いている。

自分が生死の境を彷徨っているかも知れないという真実に。






「花鳥風月を、ご存知ですか」「何だ……? 急に」

霧生の問いかけに、俺は額の汗を拭った。

「美しい自然を象徴する言葉です。車窓を見て下さい。風が強くなって来ましたね」

言われるがまま、車窓に視線を移すと、窓枠を小刻みに揺らす風が吹いているようだ。

やがて、それは車体をも大きく揺らす。

どのくらい経過した後なのか、風は止み、月が姿を覗かせた。

満月だ。

「安心してください。あなたは、この美しい光景と半永久的に向き合っていられます。ずっと、ずっとです。あなたがいつか、本当の意味で瞳を醒ます、その日まで」

「どういう意味だ」

見上げた霧生の表情は層一層、不気味さを増していた。

車窓の遥か彼方には、大輪の薔薇が咲き誇っている。

そうして、次に訪れる景色は容易く予測が出来た。






あの大群の連雀が再び、羽を拡げて到来するはずだ。

霧生が車体の壁際に設置されている、何かのボタンを押した。

すると、天井下の案内表示がテロップで流れ始める。

『当列車は、回転木馬。繰り返し、同じ軌道を周り続けます。どうぞ、車窓から覗く美しい花鳥風月を、じっくりとお楽しみ下さい』









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