終焉の開演
蒼天が私に迫る。フォークで突くように迫る。そんな夢を元にしました。
戦乱の時代から既に500年が経っていた。
世界は霧に包まれ、その中に闇を孕んでいた。
氷に蝕まれ、人までが冷え切った北の地「モルダスカ」
暑さ故に水無し故に欲に取り憑かれた南の地「ノーケスト」
山が並び、死と同時に財宝を隠し持った東の地「ガンリア」
自然の宝庫、それと共に多くの恐怖を見せる西の地「ナキュラ」
そして、中央に武神の如く構える豊穣の地「イーラスク」
それぞれ原始の時代、文明の基礎を築いた王の名である。
王は世襲制でそれぞれが自身の地を治め、他の地に干渉することは許されない。今も続く掟である。
しかし、その中で一人許された者がいる。
イーラスクの王である。全ての王を統べる王である。
その名は「神王」。
神王は世襲ではなく死ぬ度に人民の中から神がお選びになる。
神王は神の代弁者であり、1年の初めと終わりに啓示を受け人民にその知恵を与える。大抵の神王は偉大な王となるが稀に愚者となる者も現れる。これは神からの試練、人民が解決しなくてはならない。
……そして今神王が選ばれる時が来た。
どうか次期神王が賢者であらんことを。世界に幸あれ、光あれ。
……神王が選ばれた。
その男は農民の出、特に秀でた所も無く知恵も持たなかった。
下級なる者。
そう、愚者が選ばれた。
―――イーラスクにて。
「神王に栄光あれ!」
民衆は叫び、五日に渡り祝った。即位祭である。
「さて、この時が来たということは彼らも動き出すだろう。」
ライア、壮年の男で金髪,そして鍛え抜かれた体を持っていた。
イーラスクの兵士で主に諜報活動をしている。
「そうだな、我々も神王の補助をしなくては。」
クリス、黒髪の長身短髪の男でライアの同僚である。
知恵を纏っていた。
―――西の地ナキュラ。アリラ城にて
ナキュラは王と各町村の長老によって治められている。
長老が生地を練り、王が焼く。
「時は来ました。」
「だが他の者達も同じだ。」
「念には念を。」
「しかしな……」
「準備を怠ることは許されん!」
「相手は愚者だ。先手必勝だよ。アメで釣ればいい。」
「それを覆す甘い蜜を持った蜂が現れたらどうするんです?」
「もっと甘い物を与えるだけだ。」
議論は加速していた。彼女を差し置いて。
「静粛に!」
女王ヤナフは女であることを呪った。長老や周辺の王から下に見られるのだ。剣術を極め、賢者であり美貌を備えた彼女も偏見の前には為す術もなかった。
「まったく……少しは感情を抑えて。重要なのは下調べ、六日後イーラスクに出向きます。その時に探ってみましょう。相手を侮ってはいけない。」
「しかし愚者ですよ。」
一人が口を挟んだ。
「どれほど愚者かを調べるのです。」
すぐさまヤナフは言い返した。
ヤナフはさらに自分を呪った。
―――東の地ガンリア ノスタク城にて。
「面白いことになったな。」
王が全てを決めるガンリアでは会議が行われていた。
「出来れば主導権を握りたいところだ。」
採掘王カーツルは無精髭と頑強な体を持った王だが身長は平民よりも小さかった。政治はあまり好まず自らも坑道に出向き採掘を楽しむほどである。
「採掘が滞りなく行われるならば愚者でも構いませんがね」
補佐が話した。
「そうだな。しかしイルクスサ山を越えれば敵が居る。あの向こうにはさらに金が眠っているらしい。」
「左様ですか」
「そうだ。しかもあいつらは他の国に攻め込むことが大好きだからな、友好条約を結んでもどうなるか分からんぞ。今の国力なら充分だ。今なら属国にできる。」
「やってみるのも良いかも知れません。この地は武器の名地ですからね」
「全ては六日後に決めるぞ。どんな奴か楽しみだ。」
―――南の地ノーケスト マコケ城にて
ノーケストでは豪商のみが政治に関わることを許される。
王と対等に議論することが許された唯一の地である。
「最優先は水だ。」
王、ハイナスは褐色の肌にターバンを身につけており身体は痩せ、武より知を好んだ。
「この絶望の地にどうやって?」
豪商のラヒスは質問した。
「分かっているだろう。カナマスラの秘術だ。」
「しかしそれは禁術で御座います!」
「そんなものは人間が後から定めたものだ!神が禁じた訳ではなかろう!」
「しかしそれを行うのは重罪です!」
この国において禁術を使用するのは殺人よりも重く、最上級の罪である。
「失敗すれば王家は解体されるかも知れませんよ!」
口々に豪商達は非難した。
「任せろ、私が全責任を負う。この地を豊穣の地にしてみせる。六日後からが正念場だ。」同時に彼は理想家であった。
―――北の地モルダスカ モルダスカ城にて。
この地では王が絶対である。
「来たぞ……我々の時代がな」
王、サイリストは賢者であり武神である。人間性を除いては完璧な男であった。既に52を迎えた彼は最後の戦いを待ち望んでいた。
「混沌が始まるでしょう。我々以外には。」
軍のトップ、ハマルは冷たく話した。この地の者は全員が冷たく白に包まれていた。
「ただ客観的に見るだけだ。今から劇が始まるぞ。六日後に開演だ。」
サイリストはシナリオが書き始めた。
―――イーラスク 王宮にて。
「凄い……これが俺の……」
これが神王、ウルスである。細身の体に濁りのない目を持った普通の男、神王になれども威厳は一切無かった。
「執事のマイロスです。これより儀式を執り行いますのでお乗り下さい。」
王宮は広く、移動に馬を要する程だ。
「凄いな……だけどどうして俺なんだ?」
「神の御心のままで御座います。」
ウルスは未だに実感が無いのか少年のように目を輝かせている。
執事は気が参りそうであった。
ウルスの家の30倍以上ある教会に着くと、儀式が行われた。
15時間に及ぶものである。
ウルスはぐったりとした。神王はもっと気楽じゃないのか?
遊べると思っていたのに。彼の幼稚な心は儀式の間に全てをさらけ出した。落ち着きのなさ、礼儀のなさ、王宮中にそれは轟き王宮の者達の微かな希望をも打ち砕いた。
―――??? 世界の果て、闇との境界線。
世界の霧は無くなり、完全な暗黒が近づいていた。愚者と共に何かがやって来たのだ。血の時代が近づいている。鮮血ではなく、汚れ、粘った、黒い血の時代である。
はじめてなのでゆるして。