対抗戦 ③
今さらですがこの物語を連載して一周年でした。とくに何かをするわけではありませんが、一年間ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
時は少し遡り、ルミアが立てた作戦をスレイから生徒みんなに話しているときのことだった。
スレイの口から作戦の概要を聞いた生徒たちは、さすがにこの作戦は無謀ではないか、そう思ったのか少し騒がしくなった。
その中から代表してベルリが手を上げてスレイに質問を始める。
「先生、さすがにこの作戦は無謀じゃないですか……」
「確かに……少し無謀な気もする、でもボクとしてはルミアの立てたこの作戦は賛成だよ」
スレイはベルリだけじゃなくて、ここにいるみんなに向けて説明を始めることにした。
「まず、ボクたちは圧倒的に数が少ない。それに加えて場所が悪いっていうのはみんな理解しているよな」
当たり前だが敢えて聞いてみたスレイだったところ、生徒の大半は理解していたようだがロッド含めた数人はいまいち理解できていなかったらしい。
「解りやすく例えると今のこの状況を攻撃と防御だとして、今こうしているボクたちは防御に徹している状態だが、それはどうしてだと思う?」
「俺たちが少ないからですよね?」
「たしかにそれもあるけど、ロビンの答えには決定的に違うものが抜けている。ビーナわかるか?」
「はい。数と立地ですわ」
「正解。ボクらは四方を木々に囲まれた森の中という限定された場所だが相手は丘の上、つまりこっちが攻めに転じてもすぐに見つかり対処される」
「だから俺らは守るしかない。でもって、あいつらが全員でかかってきたら一貫の終わりってことか」
ようやく理解できたらしいエミールの声に、ロッドたちも現状の絶望的状況を理解して顔を背ける。
死霊山での修行の中には森の中で戦えるようにと罠の張り方も仕込んでおいたが、敵との戦力差と隠れている森の面積からも今回は使えない。
他にも安全な策を考えても場所の立地が悪すぎる。
「危険ではあるがそこから攻撃に転じるには、ルミアの立てたこの作戦がいいと思う」
「………………他に作戦はないんですよね?」
「でも……これは囮役に負担が大きいんじゃないか?」
生徒たちの中には作戦の概要を聞いて難色を示していた。
ちなみにルミアの立てた作戦とは、生徒二人とスレイを含めた計三人が囮役となり相手の大半を引き付けているうちに、残りの生徒全員が背後から大きく迂回して近寄ってきた一斉に魔法を放ち片付けると言った内容だ。
もちろん別働隊が見つかる可能性も、作戦の途中で囮が討ち取られる可能性も、フラッグを取られる可能性も大いにあるが逆にこういった捨て身の作戦が好機を作るかもしれない。
「みんなの言う通り、囮役のボクと一緒の二人の負担が大きい。別働隊がバレれば一斉にフラッグが取られるかもしれないが、勝利にはリスクも必要だってのはみんな、もう一度だけ理解しておけ」
スレイがしり込みをしている生徒たちに伝えると、ロッドがスレイに声をかける。
「誰もやらねぇならその囮役、俺がやってやるよ」
「ロッド、お前……」
「良いのかよ、そんな危険なことやって!?」
ロッドとよくつるむロビンとイルナが止めるが、続くロッドの言葉にみんなハッとさせられる。
「おいお前ら考えてみろよ、特等席でアイツラがやられる瞬間が見えるんだぜ?そそらねぇか?」
不器用ながら皆を鼓舞するロッドの姿にスレイは自然と笑みがこぼれ出る。
「あぁ。ボクもロッドが適任だと思う。この中でも一番の攻撃力がある。派手にやってこい」
「言われなくても全員ぶっ潰してやるぜ!」
「よし。じゃあ最後にベルリ、君も囮役だ」
「えっ!?俺ですか!?」
スレイがベルリを名指しすると周りから一気に不安の声が上がった。
「ちょっと、先生、なんでベルリを連れてくのよ!」
「そうですよ!ベルリが殺られたらそれで終わりですわよ!?」
シャルムとメイリンから反対の声が上がり、それに続いて他の生徒たちからもベルリを囮役に回すことに反対する意見が上がってきた。
その言葉を聞きながらスレイは大きなため息をつくと、少しだけ殺気を放ち生徒たちを強制的に黙らせる。
「いいか、囮役に一番必要になるのは敵をどんなに引き付けられるかだ」
「引き付ける……ですか」
「あぁ、だからボクとベルリの二人が最も有効な餌となる」
「確かに……それは言ってますわね」
たった三人、しかもその内の二人はクラスの代表が乗り込んできた。
ここで仕留めればと誰もが思ってしかるべき、納得はできるが不安は拭いきれない。
「まぁ後はどうやって相手の意識をこっちに向けさせれるかが重要なんだけど、それをどうするかが……ん?」
そう言うと生徒たちはが一斉にスレイの顔を見ていた。
いきなり集まってきた視線に、スレイはどう言うことだろうと思って、すぐにそういうことかと理解した。
「なるほど、ボクにあいつら煽れってか」
「適材適所ってやつっすね、先生なら行けるっす!」
「そうですよ、俺たち信じてます」
「先生ならできます!」
「私たち信じてますわよ」
生徒たちの信頼に言葉を聞いたスレイは、頭をかきながらやるしかないかそう覚悟を決めるが、それでも一つだけ言っておくことがある。
「信頼してくれるのはうれしいが、ボクにだって出来ないことはあるし、最初に言ってあったけど今のボクは魔法が使えない、その事は理解してるな?」
生徒全員が首を縦に降った。
少しだけ今の言葉に訂正を加えておくと、厳密に言えばスレイは魔法を使える。だが今のスレイの大半の魔力は指導者の証である腕輪を通してどこかへと流れていってしまっている。
犯人はおおよそ検討は付いている、と言うよりも十中八九ベクター含めた騎士団の上層部だ。
なぜそう思うのかというと、この世界に入る前にスレイは腕輪から漏れ出てる魔力を目で追うと、面白いことにSクラスの生徒複数とベクターに流れているのが見えた。
先程倒した生徒の中にスレイの魔力を感じる腕輪をしていたので、止めを指す前に腕輪を奪って確認してみると、どうやら奪った魔力で身体強化系の魔法が発動する仕組みになっているらしい。
この事から試合前に訴えることもできたが、そうするとより面倒なことになりそうなので止めておいた。
ついでにこれをユフィに見せたとき、うわぁ~っというなんとも言えない表情と共にそんな言葉を言われるほど、この腕輪型の魔道具はひどい出来で吸いとった魔力の十分の七は空気中に漏れ出てしまっている欠陥品だ。
「まぁ大半が奪われてても君たちの魔法の一斉射撃を防ぐくらいのシールドは張れるし、ベルリを守りながらも戦える」
「それを聞くとなんだか安心できますね」
「本当、先生って規格外よね」
口々にスレイの悪口を言い生徒たちの顔は先ほどまでの絶望は見えない。
みんなの表情を見てスレイたちは、この危険な作戦をやるべきだと決めた。
⚔⚔⚔
上空から降り注いだ魔法の嵐がやむと地表はえぐれ、今までそこにいたはずのSクラスの生徒たちの姿はそこになかった。人のいなくなったその草原の中を、スレイたち三人が立っていた。
「おい、アルファスタ、お前ほんとに魔力ないのかよ?」
「ないよ。今ので一割り切ったくらいかな」
「先生、話してないで作戦は続いてるんですから」
ベルリに言われてスレイは他の生徒たちの方を見ながら、草原に残っているSクラスのメンバーを見ると、ゆっくりとこの対抗戦を終わらせるべく、スレイも腰から黒い剣を抜いたのだった。
⚔⚔⚔
「お前たち、何している早く奴らを斬れッ!」
「さっさといけよ!」
スレイたちが向かってくるのを見たベクターと金髪の代表生徒は、残っているSクラスの生徒たちに向かってあいつらを殺せと命令しているが、その中で数人の生徒たちが反乱を起こした。
「私たちはやりません」
「これは命令だ!逆らうことは許さんぞ!!」
ベクターが言うことを聞かない生徒に向かって叫ぶが、先程自分達の仲間にした仕打ちを見てすでに腸が煮えくり返っていたのだ。それがついに爆発し、反抗するきっかけになったのだ。
「圧制を強いたものは反乱によって倒される。それはいつの時代でも一緒らしいね」
そんな声が聞こえ、ベクターたちが声のした方を見るとそこにはスレイを先頭に、Fクラスの生徒たちが立っていた。
「さて、ベクターさん、降参するか斬られるか選んでください」
そうスレイが笑顔で優しく問いかけると、顔を真っ赤に染めたベクターが叫び返してきた。
「ふざけるな!お前たちのような落ちこぼれ風情に誰が敗けを認めるか!」
「テメェらみんな俺たちが殺してやる!!」
「あんたらなんてね、私たちに敵わないのよ落ちこぼれめ!」
「殺してやるぞ!」
「死ね死んじまえクズが!!」
そう叫び出したのはベクターを含めて本来のSクラス、それすでに残っているのはたった数人だけだったが、どうにも聞くに耐えない言葉を叫んでいた。
口だけで全く攻撃してこないSクラスの生徒たちに、いい加減に煩わしくなってきた言葉を聞きながらスレイはそっとみんなの方を見る。
するとどうやら同じようなことを思っているらしくげんなりとした表情になっていた。それを見て、もうどうでもいいから終わらせよう、そう頭の中を切り替えることにした。
「戦う意思のないものは武器を捨てて、でないと戦闘の意志があると見なして倒すことになる」
最終確認としてスレイがそう問いかけると、先程ベクターに反抗した生徒を含めて残っていた生徒の大半が武器を捨てた。
これで戦う意思を示しているのはベクターと代表の生徒を含めてたったの五人、どうやら先程の作戦でSクラスのほとんどは倒せていたようだ。
「貴様ら!!」
「ベクターさん、潔く敗けを認めてください」
「何度も言わすんじゃない!お前らのような落ちこぼれに敗けを認めるわけがないだろ!!」
話が通じない相手というにはどうにもやりづらい。
そう思っているスレイはもうこのままベクターを斬って終わらせてしまってもいいだろうかと、本気で考えてしまったがなんとか思い止まった。
第一にこの対抗戦の主役は生徒たちでありスレイはただの脇役だ。ならどうするか、答えは簡単だ。
「それならベクターさん、一騎討ちで勝負しましょう」
「なに?」
「お互いのクラスの代表生徒同士の一騎討ち、これで勝敗を決めましょう」
そうスレイが提案すると、ベクターを始めSクラスに生徒たちの顔が醜く歪んだ。
大方、一騎討ちならまだ勝てる可能性がある、そう踏んでいるのだろう。
「よかろう、ただし妙な真似が出来ないようにお前は武器を捨てておけ」
「いいですよ」
そう言うとスレイは黒い剣を鞘に納めベルトに下げられた短剣と、コートの中に仕込んであった投擲用の数本取り外すと、わかるように地面に置いた。
正直に言って剣がなくても勝てるので全く問題ない。
「ベルリ、いつも通りのやれば十分に勝てる」
「はい!先生!」
「ぶっ殺してこいモーリス」
「わかりました」
スレイとベクターがそれぞれの生徒を送り出す。
対面する代表の二人を取り囲むように残った生徒たちが大きく円形に集まった。
一騎討ちはここから見守るようにするつもりだが、スレイも生徒たちも、もしSクラスの四人や降参の意思を示した他の生徒たちがベルリに攻撃を仕掛けようとしたら、すぐにでもベルリを守る戦うことも出来る。
剣を抜いたSクラスの代表生徒モーリスが、ベルリに向けて開始前と同じような言葉を掛けてきた。
「敗けを認めるなら今のうちだぞ、クズ」
その言葉にベルリは大きくため息を付きながら、剣ではなく短剣を抜くとモーリスと同じように、開始前にかけたのと同じ言葉を掛ける。
「さっきも言ったけど、弱いやつほどよく吠えるっていうことわざ、あれホントらしいね?」
「死ねックズがッ!!」
言ったと同時にモーリスが剣を振り上げて斬りかかる、それをベルリはただ見ているだけで動こうとはしなかった。
剣の刃がベルリに向かって振り下ろされるが、それでもいっこうに動こうとしないベルリに対してモーリスが殺った、そう確信した次の瞬間にベルリが動いた。
剣が振り下ろされるその瞬間、逆手に持ちかえられたベルリの短剣は交差する一瞬にモーリスの手首を斬る。
「なっ!?」
そのまま空中で順手に持ち返しモーリスの喉を切り裂いた。
たった一瞬の出来事にベルリを殺せと騒ぎ立てていたSクラスの生徒と、降参して戦いを見守っていた元Sクラスの面々が唖然とした表情になり、ベルリのことを信じていたFクラスの生徒たちは、当然の結果に満足そうな表情を浮かべている。
「ぐふっ!?」
「ふぅ、こんなもんか」
ピシャリとモーリスの喉から吹き出した血がベルリの顔を濡らしたが、そんなこと歯牙にもかけないベルリは血で汚れた短剣をふるい血を落としてから鞘へとしまう。
「ぐっ……あっ……この、ひきょ……うも、のがっ!」
「卑怯なことなんてしてないよ。これが今の俺たちなんだ、血反吐を吐いて戦って手に入れた俺たちの力だ!」
憎しみの籠もった目で睨みつける。
地面に倒れ首から流れる血で辺り一体を真っ赤に染めているモーリスに向けて、そして今まで散々自分達のことをバカにしてきたSクラスの面々に向けて、Fクラスの仲間の言葉を代弁するかのようにつげた。
「君たち、ゴブリンよりも弱いよ」
ベルリの言葉と共に世界が消えると、対抗戦の終了を知らせる声が会場に鳴り響いた。
⚔⚔⚔
対抗戦が終わり街の人々は盛大に湧き上がっていた。
なにせあの落ちこぼれのFクラスの生徒が、数でも実力でも上回っているとされているSクラスの生徒を打ち破ったからだ。
街の人達だけでなく冒険者ギルドでも同じだった。
何年もの間、騎士団から不当に見下されてきた冒険者たち、そんな冒険者が教えた生徒が騎士団のエリートの生徒を打倒したのだ。これで盛り上がらないわけがない。
こんな偉業を成し遂げたスレイとFクラスの生徒たちは、街の人々から盛大に持ち上げられた。
その日の夜、対抗戦の最中にベルリとロッドに約束した通り、生徒全員にすきなものを奢る約束をしたスレイはしっかりと約束を守り、ついさっきまで生徒たちと一緒に騒いでいた。
その帰り道、スレイたちはのんびりと歩いていた。
「いやぁ~、さすがに高かったな」
「二十人は越えてるからね~、あれでも安い方じゃないかなぁ~」
「それでも銀貨九枚、ほとんど金貨一枚でしたからね」
「ボクとしてはもって食べると思って白金貨も持ってきたんだけど、無駄になっちゃったよ」
「いったいどんなところで食べるつもりだったんですか?」
「高級レストランですかね?」
スレイの冗談ユフィたちはクスクスと笑っていた。屋敷がある近くまでいくと、リーフがそわそわしだした。
「あっ、あの……スレイ殿たちはいつまでこの国にいるんですか?」
スレイがユフィのことを見ると、ムスッとしながらスレイのことを見ている。それがどう言うことなのかはわかっているスレイは、ユフィに分かってるという顔をして答える。
「実は、騎士団から報酬を払うの渋られてまして……当分はこの町に滞在するつもりです」
そう答えるとリーフの顔がパァーっと明るくなるが、すぐに真面目な顔になった。
「我が騎士団が申し訳ないことをしました……深く謝罪を」
「いいですって……あぁ~ええっと……リーフさん今度みんなで食事しませんか?」
「スレイくん、リーフさんとノクトちゃんにお話があるそうなんですよ~」
「わたしにもですか?お兄さん、いったいなんです?」
「それは……日を改めてってことで」
さすがに今日は疲れたので勘弁してほしかったスレイは、ノクトにそう言うとユフィがニヤニヤとスレイのことを見ている。
「わかりました。一週間後、私は休暇なのでその日でもよろしいでしょうか?」
「はい。それではまた」
「お休みなさい、みなさん」
⚔⚔⚔
薄暗い闇の中、一人の男が絶望に顔を歪ませていた。
「なぜだ、なぜ俺はあの冒険者に負けた……」
その男はベクターだった。
ベクターは対抗戦に負けたのをすべて一騎討ちに負けたモーリスのせいに、そして自分達を裏切り、ましてや落ちこぼれたちを目の前に剣を捨てた愚かな生徒たちのせいしようとした。
だが、それよりも先に動いたのは、この場にいるはずのない国王陛下だった。
──頭を冷やせ
短くそう告げられた言葉と共に、騎士団長から謹慎の言葉を告げられたベクターは、一人で酒場でやけ酒を呑んでおり今はその帰りなのだ。
「クソが!!」
近くに積み上げられていた木の箱を蹴り飛ばしたベクターを、通行人が見ていると睨み付けるような視線を返され、速足で通りすぎていってしまった。
「すべて冒険者せいだ……俺は悪くない、俺は悪くないんだ、全部、そう全部冒険者が悪いんだ!殺す、殺してやるぞ!」
ふつふつと心の中から沸き上がる黒い感情は、憎悪からだんだんとどす黒い殺意へと変わっていった。醜いまでの殺意を見た一人の男がベクターを見下ろした。
「力が欲しくはないか?」
突然話しかけられたベクターは、フードによって顔の見えない相手を怪しんでいた。
「なんだと」
「君に力を与えよう。憎しみを、憎悪を、敵意を、そして殺意が君の力になるだろう」
「本当か!?」
「あぁ」
「……見返りはなんだ?」
「簡単さ一つ、君に頼みがあるだけだ、それがのめるならこの手をとれ、さすれば力を授けよう」
暗闇の中でベクターは差し出された手を取ったのだった。




