対抗戦 ①
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この日、死霊山にやって来てから二ヶ月、この日は十二月のこの年の最後の一日、それと同時に明日、新たな年を迎えたその日こそスレイたちとこのクラスの決戦の日だった。
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死霊山の山頂では、最後のその日にスレイが生徒全員に向けて最後の言葉をかけようとしていた。
「みんな、今日までよく頑張った。だけどこれで終わりじゃない明日、君たちにとっては人生の最大の分岐点だ。今まで通りなにも出来ない落ちこぼれとして終わるか、それとも歴史を塗り替えた英雄となるか」
スレイの言葉に、生徒たちはジッとスレイを見つめながら耳を傾ける。
スレイの元に集まってくる生徒たちの目は、始めてあった時とはまるで違った。
もうすべてに終わったこと諦め、なにもしようとしなかったあの頃の彼らとは違う。
ここに来て何度も倒され、罵倒され、それでも諦めずに向かっていきそしてようやくここまでやって来た彼らに、スレイは多くを語ろうとはしなかった。
「これはまだ早いかもしれないがあえて言わしてもらう、君たちはこの二ヶ月で大きく成長した。今の君たちは十分に強い!だから明日の対抗戦!何があっても諦めず戦い抜いて、今までお前らを見下してた奴らを見返してやれ!」
「「「はいッ!!」」」
それが死霊山での最後の一日となった。
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次の日、いよいよやって来た新たなる年の始まり、これが小さな村や町ならば町や村を上げて大々的に新年際と呼ばれるお祭りが行われるのだが、ここは国の首都の街であるため新年際の規模から違った。
街の街道には旅の者や、他にも近隣の町や村からやって来たであろう旅人が溢れ、いつも以上の賑わいを有していた。
ここに集まった人々の目的はただ一つ、これから行われる騎士学園クラス別対抗戦の観戦だ。
対抗戦が行われるのは騎士学園の中にある野外修練場、そこには今回のために同盟国である北方大陸にあるマルグリット魔法国の魔術師たちが、大きな術式を展開していた。
「世界構築魔法か~、話は聞いてたけど実際に見るのは始めてだねぇ~」
世界構築魔法、それは人の手によって世界を作り出す魔法で、数多ある魔法の中でも使えるものは少ない。
いや正確に言うならば単身での使用が出来ず、発動するには大量の魔力が必要になり、運よく一人で発動出来たとしても数秒と持たずに世界は消滅してしまう。
なのでこの魔法を使うには、最低でも数十にから最大で数百人の規模で使う魔法だ。今は前座として、正規の騎士たちによるデモンストレーションが行われていた。
「まぁボクやユフィがあの魔法を一人で使おうと思ったら、最低でも十年間くらい朝から晩まで毎日魔力を全部貯めてようやく一時間もつかどうかだしね」
「長時間持たすだけも途方もない魔力ですもんね」
「魔力の無い自分には関係の無いことですね」
競技場で大規模魔法を構築している沢山の魔術師を眺めていた。
仮にも国を上げての祭りで他国を巻き込んでの妨害工作などあるはずがないが、念には念を入れて確認をしていたがどうやら杞憂に終わったらしい。
「まぁ仮になにかしら仕掛けられていたとして、大規模術式の書き換えなんざ無理だよね」
「なにかいいました?」
「いいえ、なんにも……ところですごいですね騎士の皆さん」
「えぇ、そう言っていただけると幸いです」
何もなければ良い、そう思いながらスレイは改めて騎士たちのデモンストレーションを観戦するのであった。
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見るのを適当なところで切り上げたスレイたちは、観覧席を後にし生徒たちの控え室となっている巨大なテントの中に入っていった。
「おいおい、みんな緊張してるな」
「ホントだね~」
「ですね~」
「仕方ありませんよ」
スレイに続いてユフィ、ノクト、リーフの三人が生徒たちのことを見ながらそんな感想を洩らしながら、女性陣たちの視線がスレイに向いたので、その視線の理由をわかっているスレイは大きく肩を落としながら生徒たちを集めた。
「お前ら、これから人生をかけた試合だってのになんて顔してんだ?」
生徒全員の顔を見ながらスレイがそう告げると、みんながお互いの顔を見ながらなんとも言えない、そういっていい表情をしていることに気づく。
「いいか、昨日も言ったがお前らは十分に強い!それにお前らは全員、これから戦う相手と大きく差をつけているものがある。それはなんだか分かるか?」
「実践経験ですか?」
「あぁ、確かにそれもあるだけどな、それ以上に君たちの強みは仲間との絆だ」
死霊山にいる間、スレイは最初の一日以外はずっと四人一組で死霊山の中を行動させていた。そのわけは、どうしても最後に必要になるのは、信頼できる仲間の存在だからだ。
「数では圧倒的に不利なこの状況でお前らに残されているのは仲間の存在だ。お前らにはあの死霊山を仲間と共に戦った経験がある!いいか背中を預けれる仲間がいるのはなとっても心強いことなんだ!だからさ、仲間なら助け合え、一人でも不安そうな奴がいたら励まして支えあえ、それが仲間って存在だ」
スレイの言葉を聞いて目に強い意思が戻ってきた生徒たち、その表情はとても晴れやかで今までの曇りがまるで嘘のようだった。
「もう一度言うぞ!お前らがこの二ヶ月で育んだ、仲間との絆こそ最高の力だ!その絆を胸に勝利を掴め!」
「「「オォオオオオオオ───ッ!!」」」
指揮は上がった、これで大丈夫だろう、そうスレイが確信していたところに、ある知らせが届いたのはこのすぐ後だった。
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今一度、対抗戦のルールを説明しておこう。
これから行われる対抗戦は、それぞれのクラスで各陣地にあるフラッグを取ると言うものだ。
そしてフラッグを配置する場所は二ヶ所、一つは広大な草原、もう一つは森の中だ。
ちなみに、世界構築魔法には前にスレイたちが冒険者になったときに試験を行った時と同じように、致命傷を負ったときには自動的に世界から弾き出されるという仕組みになっている。
さて、ここまでは例年通りのルールだが、今年からはそのルールが代わった。
『それではここで、本年度から変わった対抗戦のルールについてご説明します!』
会場に響き渡るのは拡声魔法と同じ効果を持つ魔道具から聞こえる声だ。
『本年度より、対抗戦では生徒と共に指揮官として先生一人の参加、陣地のフラッグと共に各クラス一名の代表者の選出が義務付けられ、勝敗は相手側のフラッグを取るか指揮官、又は代表者を討ち取ることとします』
これが新しいルールだった。
『それではこれより、騎士学園Sクラス対Fクラスの対抗戦を始めます!各クラスの代表者及び指揮官の先生は前に』
司会者に呼ばれたスレイはベルリを連れて修練場の中央にやってくると、反対側からやって来たのは金髪に耳にはピアスを着けたチャラい生徒と、どこかで見たことのある鎧を着たスキンヘッドの騎士だった。
その顔を見たスレイはニヤニヤした顔で話しかける。
「あれれ、お久しぶりじゃないですかベクターさん。髪がなかったので一瞬わかりませんでしたよ」
「冒険者風情が、これはなくなったのではなく剃ったのだ!ハゲたわけではない!!」
「誰もハゲた何て言ってませんよ?」
そう笑顔で答えたスレイだったが、内心では大爆笑していた。
実を言うとベクターがスキンヘッドになっている理由を知っている。というよりはスレイがやったことなのだが、まぁこれは後に説明することにしておこう。
スレイがふと横を見ると、チャラい生徒がベルリを小バカにするような言葉を言い放っていた。
「お前がクラス代表って終わってんだよ、俺らに負けんのわかってんだからささとリタイアしろよクズ」
「………………………………………」
「ほらほら、黙ってたらなんもわかんねぇぞ?なんか言えよ」
「なら一言だけ、君さぁ弱い奴ほどよく吠えるってことわざ知ってる?」
「あ゛ぁ?」
ベルリが金髪を煽ると面白いようにキレたらしく、キチガイのように騒ぎだしたので審判たちが集まって止めていたので、その間にスレイはベルリを連れてみんなの元に戻る。
「ベルリ、君そんな性格だったっけ?」
「多分ですが、スレイ先生の移ったのかもしれませんね」
あまりこう言うところは教えるつもりなかったが、前に人をあおる方法を教えたのが悪かったかもしれない、そう思いながらみんなの場所に行く。
『それでは代表者と指揮官の先生は先程配布された腕輪を着けてください』
渡された腕輪をベルリは何も疑わずにはめるなか、スレイはジッと腕輪を見ていた。
「先生、どうかしましたか?」
「いいや。何でもないよ」
ベルリは気づいていないようだが、スレイの持つ代表者の証は魔道具になっていた。
ルール説明の際にも説明がなかったところを見ると知らない、あるいはこの審判も買収済みを考えていいだろう。
抗議したところで言いがかりだと言われればそれまで、ついでにすぐに何かあるような魔道具でもないのでスレイは腕輪と付ける。
準備が終わり、生徒たちの側に向かったスレイは生徒たちと話していると、司会の声がで会場に響き渡った。
『それではこれより対抗戦を始めます!』
その言葉と同時に魔術師たちによる世界構築魔法が発動され、世界は一転、スレイたちは森の中にポツンと佇んでいた。
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観覧席では、ユフィたちが試合が始まるのをただ待っていることにした。
「お兄さん……大丈夫なんでしょうか」
「ノクトちゃん、スレイくんのことが心配?」
「それは……まぁ。お兄さんの腕輪だけ魔道具なんですよね?」
開始する前スレイの様子がおかしかったのでコールで確認して判明した。
その事実はユフィから二人へと共有されているが、二人ともその事実を知ってかなり憤慨していた。
「あの、不正な魔道具なら開始前にでも抗議すれば」
「無駄です。すでに始まってしまったものは止められません。それに、件の魔道具が本当に不正なものならばです」
スレイの腕輪が魔道具だということは知っているが、どんな効果を持つ魔道具なのかまでは知らされていない。
仮にその効果の内容次第ではスレイたちの反則にもなりかねないからだ。
「二人とも大丈夫ですって、今のみんなならあんな連中に負けませんよ」
そういってユフィは先程、競技場の外にあった露天で買い込んだお菓子を食べながらジュースを飲んで、完璧に観戦ムードに洒落混んでいたのだった。
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森の中にたたずんだスレイは生徒たちに向かって手早く作戦を伝える。
「やることは変わらない!周辺の偵察と安全確認を怠るな、敵は待ってくれない急げよ」
「「「「はいッ!!」」」」
すぐにベルリを筆頭とした偵察部隊が気配を消して森の中へと消えていった。
「先生、一ついいっすか?」
「どうかした、ナターシャ」
「なんでベルリを行かしたんすか?ベルリがやられたらウチら終わりっすよ?」
「偵察の人数を減らせないからね。それベルリは簡単には殺られないよ」
そう話していると、ベルリたち偵察部隊が戻ってきた。
「先生、すでに四方に別れて向かってきています数は約四十、接触までは約二十分ほどです」
「わかった。ミサの他に情報はあるか?」
「ゆっくりと進軍してます。それと遠目だったんですけど森を抜けた南側、そこに本陣を敷いてるみたいです」
「助かったルミア。よし、それじゃあ今の情報からみんなで作戦を立てろ」
作戦を立てて実行するまでにあまり時間はない、みんなが偵察部隊の五人のことをみているとビーナとロビンが手をあげた。
まずは先にあげた方ということでビーナから話を聞くことになった。
「奇襲をかけるのはどうですか?身を隠して私たち五人で撹乱、その間に隠れていたみんなで殲滅する」
ビーナのいう五人とは偵察部隊のことだろうが、それでは少し弱いとスレイは思った。
「言い案だが少し甘い、いくら奇襲をかけようとしても数では向こうが上だし、もしも相手が混乱して暴れだしたら危険だ」
「なら身動きを止めるために、先制してバインドによる足止めするのはどうですか?」
「うん、それなら良いかもしれないが、それでも相手の中に魔法使いがいた場合はどうだ?魔力の反応で奇襲の意味もなくなるぞ?」
あえて否定的な意見をいうスレイ、ここ必要になってくる大事な情報がロビンから出される。
「偵察のとき魔法使いはいませんでした。なので気付かれることはないと思います」
「相手が偽装しているとしたらどうだ?ステッキタイプの杖な服の中のでも隠せるよ?」
スレイがまたしても否定的な意見を言う、もう一度言っておくがこれはあえて否定的な意見を言っているのだ。生徒たちに自分で考えて行動させるために。
そう考えていると今度はベルリが手を上げる。
「それなら、こういうのはどうです?フラッグ自身を囮にします」
「続けて」
「フラッグの前に五人、残りのメンバーを左右に展開して挟み込みます。そこからビーナの作戦通りバインドで拘束します」
「打ち洩らしはどうする?」
「それこそ俺たちの役割です」
逃げ惑う敵を偵察部隊であるベルリ達で仕留める。
今出せる作戦としてはこれが一番ベストだと思ったスレイもそれに賛同した。
「良いだろう、ベルリみんなへの指示を出して」
「わかりました。ロッド、ツルギ、イルナ、ルイーズ、パトリシア。この五人はフラッグの守りを、残りの森の中に身を潜めて左右から。魔法を使うカウントはシャルムに任せる」
「みんな聞こえたな、時間もそうない、ベルリの指示に従え」
「「「はいッ!」」」
すでに敵に声が聞こえるかもしれない位置だったので、ベルリとスレイが小声で指示を出すと生徒たちも小声で返事を返すと、木の上に偵察部隊が移動すると他の生徒たちは茂みやら木の影に隠れる。
その中でフラッグを守っている五人と場所に残ったスレイに、パトリシアが疑問をぶつけてくる。
「スレイ先生は行かないんですか?」
「あぁ、ボクは相手にとっての餌だよ」
「どういうことですか?」
「質問するのはいいが、ルイーズもう敵が来る。全員武器を構えろ」
スレイがそう言うとパトリシアとイルナが剣杖を構え、ツルギとルイーズは剣を、ロッドは身の丈に迫る大剣を抜いて構えると、木々の間からSクラスに生徒が出てきた。
「おい見ろよ!あの冒険者だ」
「チッたった五人か」
「他の奴らがいないがフラッグもあるぞ」
「全員で取り囲んでボコッちまおうぜ!」
「冒険者なんて雑魚だしな、まぁ俺らにしたらこいつらも雑魚か」
嫌らしいまでの笑い声が聞こえてくるなか、冷静なスレイが五人に向かって小声で話しかける。
「いいかい?自分よりも格下と見下しているボクがここにいることで、相手の油断を誘い込むんだ」
スレイがちらりとシャルムの方をみると、相手の隙が出来るタイミングを見計らっているのが見えたので、ここは一つスレイがその隙を作ってあげることにした。
「おいおい君たち、いつまでしゃべってるんだ?戦力差はこっちが絶望的なのにいつまでも向かってこないって、もしかして君たち、ボクたちに負けるのが怖いのかな?ほらほら、散々にバカにしている冒険者と散々見下してきた落ちこぼれに負けたら、そりゃ恥ずかしいもんね~」
五人は行きなり煽りだしたスレイの言葉に耳を疑っていると、周りを取り囲んでいた生徒たちがブチキレた。
「殺すぞ!」
「やれぇえええぇぇぇ――――ッ!!」
「くたばれぇッ!!」
戦略も何もない、ただむちゃくちゃに向かってくる。それを見たシャルムが合図を出すと、剣杖を持った生徒たちが魔法を発動させた。
「「「「───アイスバインド!」」」」
「「「「───ロックバインド!」」」」
ユフィとノクト直伝のバインド魔法が相手の生徒たちを縛り上げ動きを止めると、突然の魔法の発動に相手側の生徒たちが驚いて声をあげる。
「テメェら!一気に叩き潰せッ!」
ロッドの掛け声とともに左右に潜伏していた皆が現れ、バインドにかからなかった相手側の生徒を次々に切り伏せていく。
「なんだコイツら、やべぇ!?」
「逃げろぉッ!?」
逃げ惑う生徒たちは唯一残されたその一角を走り抜けようとしたその瞬間、真上から声が降り注いだ。
「そっちに逃げるのは読んでたよ」
木の上から飛び降りた黒い影が逃げようとしていた生徒たち、その背後から迫り首にナイフを突き立てる。
首を斬られた生徒たちは一瞬にして姿を消し、それと同時に隠れていた生徒たちが相手を切り伏せていった。
一瞬の惨劇、そして勝利を味わったベルリたちは、残された的生徒たちへと振り返った。
「てめぇら!卑怯だぞ!」
「冒険者のやり口は汚ねぇんだよ!」
「正々堂々戦え!」
動けない代わりに口だけはよく回るものだと思っているスレイは、最後に残った相手に向かって淡々と答えていった。
「汚いって言うけどさ、君たちのやり方も汚いよね?散々見下して、練習の場所もとって、果てには数での殲滅とか、やられてそれをやってることを棚にあげて自分たちの行いを正当化するなよな」
スレイがそう告げると、ソンフォンの剣とマックスの槍が残っていた奴らを切り捨てた。
誰も欠けることのない、完全勝利、それを見たスレイは全員の顔を見ながら口を開く。
「まずは初戦は君たちの勝ちだ。だけど、気を抜くな慎重に、そしてすべての力を出しきれ。勝ちに行くぞ!」
「「「はいッ!!」」」
全員が声を揃えて武器を掲げた。




