魔物狩り
死霊山に来るようになって一ヶ月。
ようやく山頂の魔物を狩りに行くことを許された生徒たちは、意気揚々と森の中へと入っていったのだが、やはり少し心配なところがあった。
「さてさて、みんなの様子はどうかなぁ~っと」
狩りにでたユフィたちは少しだけ寄り道して、魔物と戦いに行った生徒たちの様子を確認することにした。
ちょうど良さそうな場所を見つけたユフィは早速準備をしていると、その横でリーフが何をしているのか気になった。
「ユフィ殿、なにをされてるんですか?」
「ふふふっ、ちょっと良いものだよ~……よし、これでオッケー」
準備が終わったユフィは手に持ったプレートを起動させると、無数の映像が空中に映し出された。
「これは、スレイ殿のゴーレムですか?」
「違うよ~。私のシェルにも同じ機能をつけただけ」
新しくシェルに搭載した新機能はその場の風景を映し出すことが出来るようになった。
映し出されている映像はシェルに守られている生徒たちのリアルタイムな映像であったが、話を聞いていたノクトは目を細めて問いかける。
「ユフィお姉さん。皆さんに着けてるシェルって、使い捨てでしたよね」
「うん。そうだよ~」
「失礼ですけど、一個作るのにどれだけかかりました?」
「ふふふっ、一個作るのに金貨が消えちゃいました~」
笑ってごまかしているユフィに対してノクトはシラけた目を向けながら映像に視線を向けた。
映し出された映像には森を歩き回る生徒の姿がちらほら、中にはすでに魔物との戦闘を行っておる生徒もいるが始めての上層の魔物相手に苦戦を強いられていたが、危なげな様子はない。
「みんな、大丈夫そうだね~」
良かった良かったと呟いたユフィは、二人の方へと振り返ると何やら訝しむような目を向けている。
「なになに、どうかしたの?」
「前から思ってましたが、ユフィ殿の使う魔道具は常識を逸脱していますね」
「えっ、そうですか?普通だと思いますよ?」
「ノクト殿、普通とはいったいなんなのでしょうか、私は分からないんですが……?」
「大丈夫ですよ、お兄さんとユフィお姉さんと一緒にいると、自分の常識なんて有ってないようなものだと思いますから」
「ノクトちゃん?それっていったいどういうことなのか、お姉さんに教えてもらえないかな?」
ユフィがジと目でノクトのことを見るが、そんな視線は知らないと言わんばかりにノクトは無視した。
「ノクト殿、なんだか疲れきったときのスレイ殿と同じ顔をしている気がするんですが?」
「リーフお姉さん、それは気のせいですよ」
「ねぇ二人とも?私のこと無視しないでくれないかな?」
三人はしばらくの間生徒たちの戦いの様子を見学をしてから、見守っていなくても平気だと思い自分達も魔物を討伐しに行くことにした。
「じゃあ、映像消すねぇ~」
「はい……あっ、ちょっと待ってください。これおかしくないですか?」
「えぇ~?あっ、本当だ」
リーフが指さした映像は激しく移り変わっている。
何が起こってるのかと思ったユフィはその映像だけを映し出しみんなで確認する。
「これって、すごい速度で動き回っているみたいですね」
「うん。でも明らかにみんなの動きじゃないし……となると」
「えぇ。たぶんおじいさまたちですね」
何かを確信したようにリーフが告げると、ちょうど映像の動きが止まりカルトスたちの姿が映し出された。
あの人たちには必要なかったかも、そんなことを考えながらプレートの映像を消したユフィたちは森の奥へと進んでいく。
「この様子だとみんなすぐ戻ってきそうだし、私たちも二三匹狩ったら戻りましょうか?」
「そうですね、少しもの足りませんがそれでいきましょう」
「せっかくですし、一人一匹で行きますか?」
話ながら三人は魔物の溢れる森の中へと入っていったのだった。
⚔⚔⚔
森の奥では、金属同士がぶつかり合っている音が響いていた。
その音の中心には剣と小型のスモールシールドを持ったリーフと、この辺りではあまり見かけないタルワール、つまり曲湾した刀を握ったリザードマンが戦っていたのだ。
「ギシャアアアアアアッ!!」
「やぁああああぁぁぁっ!!」
振り下ろされたタルワールを楯で受け止めると、そのまま力を横へと受け流しながら弾いた。
「そこッ!」
剣を弾かれたリザードマンの空いた胴へむけて、リーフは垂直に構えられた剣の切っ先を刺した。
だがリザードマンの鱗は固く突き出された刃は、その表装を僅かにきずつけるだけで刺りはしなかった。
「ッ、やはり硬いですね」
追撃でリーフが剣を振るったが、リザードマンが後ろに飛んだために空を切る。
お互いに距離を取り合ったリーフとリザードマンは、距離を詰めることなく動き似合わせて構えを変えている。
睨み合う一人と一匹を見ながら手助けがいるかと思いユフィが声をかけることにした。
「リーフさん、手伝い要りますか~?」
「必要はありません、そのまま見ていてください」
返事を返したリーフは目の前のリザードマンの動きをじっくりと見ている。
動きを止めたリザードマンは刀身の腹を上に向けそれに手を添えると、対するリーフは楯を正面に構えて後ろに構えた剣の切っ先を地面に向ける。
睨み合うこと数秒、リザードマンが地面を蹴った。
「シャアアアアッ!!」
咆哮をあげながら向かってくるリザードマンは真っ直ぐ剣を突き出す。
「ハァアアアアァァァッ!」
突き出された剣に対してはリーフは楯の中心でしっかりと受け止めると、今までと同じように絶妙に力を受け流し剣を滑らせる。
「グギャッ!?」
剣を弾かれたリザードマンが強引に腕を引き戻そうとした瞬間、リーフの盾がリザードマンの腕を止めるように殴りつけた。
殴られたことでわずかに後退したリザードマン、そこを狙って懐に潜り込んだリーフは開かれたリザードマンの口の中へと剣の突きだした。
「ヤァアアアァァァ―――――ッ!!」
突きだされたリーフの剣がリザードマンの口から頭を貫き、最後に剣をひねってとどめを刺した。
頭を貫かれリザードマンの身体から力が抜け、リーフの方へと倒れながら振り上げられていた腕から力が抜け、だらりと下がり剣が音を立てて転がっていく。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
呼吸を整えたリーフはリザードマンが完全に動かなくなったのを確認してから、突き立てた剣を抜いてゆっくりとリザードマンを地面に寝かせる。
「ふぅ……いい勝負ができました」
剣についた血を払い落としてから鞘に納めたリーフは、ふぅ~っと息を吐くと見守っていたユフィとノクトが近づいてみた。
「お疲れ様、リーフさん」
「格好良かったですよリーフお姉さん」
「いえ、自分はまだまだですお二人よりも時間がかかってしまいましたし」
そうは言うものの、魔法使いであるユフィとノクトの討伐が早かったのにはちゃんと理由がある。
まずはノクトはバインド系の魔法で魔物を拘束してから魔法によってとどめを刺し、ユフィの方はは見つけた側からガンナーシェルでストーンバレットを撃つことで、魔物をミンチにしてしまったからだ。
二人とも戦闘が始まってはや数秒で片付けたのだが、これは魔法使いで有る二人であるからであって、リーフと同じく剣を使うスレイが魔法を使わずに剣と魔道銃で戦えば今のリーフと同じくらいはかかる。
その後、討伐したリザードマンから素材を剥ぎ取ったユフィたちは、そろそろいい頃合いなので戻ることにした。
「魔物も狩りましたしお兄さんのところに帰りましょうか?」
「そうだね、ゲート!」
ユフィがゲートを開くと、三人がゲートをくぐり上へと戻っていく。
キャンプ地へと戻った三人は、先に戻ってきた生徒たちがある場所を取り囲んでいるのを見つけた。
何をしているのだと思ったユフィたちがそこへと近づいてみると、奥からなにか金属同士の打ち合うような音が聞こえて来た。
「本当に何してるんだろ?」
「さぁ?」
何が起きているのか気になったユフィたちは、生徒たちの間を縫ってそこへと行ってみると、そこではなぜかスレイとアルフォンソが試合をしていた。
「あっ、あれってスレイくんだよね」
「相手をなさっているのはお父様ですね、なんでまた」
「なんだか、お二人ともすごく楽しそうです」
三人は事情を知っていそうな生徒に確認しようとしたが、全員何で戦っているかは知らないようだ。
何でも始めに魔物を討伐して戻って来たロッドの話によれば、戻ってきたときにはすでに戦いが始まっていたそうだ。
それとこれは余談だが、生徒たちが観戦していた理由はスレイがまともに戦っているところを今まで観たことなく、こんな機会がなければ見れないのではないかと思い観戦していたそうだ。
ついでに、もしもスレイの剣の腕が自分達よりも下なら今までの怨みもかねて、全員で盛大におちょくってやろうと思ったとのことだ。
いざ観戦してみるとそんなこともなく、それどころかかなり見ごたえの有るものだった為、何時の間にか全員が見入り大きな声援まで上がっていたそうだ。
こうなると自分達も見ていた方がいいかと思った三人は、生徒たちと一緒に観戦しようかと思ていると、三人の元に小さな影がやってくる。
「お姉さま、お姉ちゃんたちもお帰りなさい!」
「ロアくん、ただいま~」
「お出迎えありがとうね」
ユフィとノクトがロアの頭を撫で始めると、リーフがあることを思いだした。
「ロア、なぜお父様とスレイ殿が戦っているの?」
「動きたい、っていってました」
「それだけ……なの?」
「はい!それだけです!」
つまりは暇潰しが目的なのか、心の中で呆れ返っているユフィたちだった。
⚔⚔⚔
時間は少し遡り、ユフィたちが魔物を狩りに出掛けていったすぐ後、特にやることがなくなったスレイたちは暇潰しもかねて空間収納に入れっぱなしになっていたリバーシをやっていた。
始めは貴族相手にこんなゲームをやっていいものかと思ったが、そんなことは杞憂に終わりアルフォンソとロアからは好評価を得ることとなった。
「ふむ、これはなかなか、簡単なルールの割りに奥が深いね」
「おとうさま!次はぼくがやりたいです!」
「待ちなさいロア、まだ私の番だよ」
「じゃあロアくん、ボクと一緒に指そうか?」
「はい!」
ロアがスレイの膝の上に腰を下ろすと、楽しそうに盤上の石を見ながらスレイと一緒になってどこに置いたらいいかと話し出したり、なかなかに有意義な時間を過ごしている。
「チェスと違いルールも簡単、これはいいな」
「良ければお譲りしますよ?」
「いいのかい?こんな素晴らしい物を譲ってもらっても」
「えぇ、前に作ったのがまだありますし、同じ物ならまた作れますから」
そう言うとスレイは空間収納から新しいリバーシの盤と石のセットを取り出した。
こちらは商品用として作った魔道具版で石を置く以外はすべて自動に動かしてくれる優れものだ。
ほかにも石の置ける位置を自動に表示したり、置けない位置に石を置いたときは赤く光ったりと、いろいろな機能が付いている。
「魔道具もなかなか奥が深いんだね」
「ボクやユフィが造ってるのはかなり特殊ですし、簡単なのだったらすぐに出来ますよ?」
そう言うとスレイは近くに落ちていた石を手に取ると、グローブを通して錬金術を施工し石に魔力回路を描くと、次に特殊インクを塗り完成した。
「これに魔力を流すと、ほら簡易照明の完成です」
石に向かって魔力を流して見せたスレイ、それにアルフォンソとロアは揃って関心の声を上げたが、持っていないと使い物にならないし、光を放つために使う魔力の効率も悪い。
言ってしまえばこんなもの全くもって役に立たない欠陥品なので、もう一度錬金術を発動し、今度は魔力回路消して石を捨てた。
「少し勿体なくないかな?」
「その気になればもっと良いの作れますし、いっちゃいますと適当に作ったので要りません」
「私からすれば十分すごいものだったがね」
それからはもう一戦リバーシをやり終えると、ロアも飽きてきた様子だ。
他に何かいいものはなかったかとスレイは空間収納を広げていると、唐突にアルフォンソが立ち上がった。
「トイレですか?」
「いいや、座ってばかりもよくないからね」
立ち上がったアルフォンソはおもむろに腰に下げていた剣を抜いた。
「どうだいスレイくん、少し相手をしてくれないかな?」
「構いませんよ。この分だとみんな無事に帰ってきそうですので」
「ロア、ここから出ないようにしていなさい」
「はい!」
剣を抜いたスレイはアルフォンソと共に中央へと移動する。
「勝敗は戦闘不能及び剣は寸止めによる決着、魔法での攻撃は禁止、ルールはそれでいいかな?」
「それで構いませんよ」
「じゃあ開始の合図だけど……」
「ならこれを投げるのでそれが落ちたらで」
そう言うと懐に納められていた魔道銃のマガジン、そこから銃弾を一つ取り出しそれでいいかと確認すると、アルフォンソが首を縦に降ったのでそれに決まった。
スレイが銃弾を指で弾くと同時に剣を片手で持ち下段に構えると、アルフォンソも柄を両手で握り中段に構えを取った。
──キィーン!
スレイが弾いた弾丸が地面に落ちると同時にスレイとアルフォンソが地面を蹴ると、自分の間合いに入った二人は剣を振るう。
「ハァアアアアッ!」
「シィッ!」
真下から黒い剣を切り上げるスレイと、真上から振り上げられるアルフォンソの剣、二振りの剣がぶつけ合うと火花が散った。
二人が剣を離すとそのまま近距離での斬りあいが行われる。
「いい剣だ、太刀筋も悪くない」
「さっきの一撃でわかります、アルフォンソさんかなり強いですね」
「年の功だよ、それにその若さでこの腕とはよほどの師匠の元で修行を積んだんだね」
「厳しい……とても厳しい師匠でしたね……ヤバイ泣けてきた」
剣劇の合間を縫って話をしている二人、もっと言えば剣を捌きながら涙を拭いているスレイは、いつも左手にも剣か銃を握っていたので少し手持ちぶさたになってしまった。
「いいんだよ。その短剣を使っても」
「いいんですか?……なら遠慮無く」
確認を取ってから左手に短剣を抜いたスレイは、いつも逆手に持っている短剣を順手に握ると今までは防戦に徹していたスレイが攻撃に転じる。
攻撃を短剣で受け止め黒い剣で下から切り上げると、アルフォンソが後ろに跳んで交わすとスレイが更に懐に潜り込み斬りつけると、剣の腹で受け止めるとそのまま二人はつばぜり合いに持ち込む。
「なるほど、君のその太刀筋どこかで見たと思ったが、やはりそうか」
「どうかしたんですか?」
「いや懐かしい……ルクレイツア、それが君の師の名前だね」
以外だった。
同じ大陸とは言え師匠の名前がでてくるなんて思いもよらなかった。
「よくわかりましたね……もしかしてウチの師匠がこの国で何か!?」
「昔、共に戦ったことがあるだけだよ」
笑ってはいるものの、アルフォンソの目には暗いものが見えた。
それを見たスレイは、まさかこんなところで親近感が持てる人がいるのかと思い、なにか目頭に熱いものが込み上げてきた。
「アルフォンソさん……ウチの師匠が本当にごめんなさい!」
「いやいや、謝らないで、ただあの男の弟子とこうして戦えるとは、年を取ってみるものだね」
「そんなこと無いですって、まだまだお若いじゃないですか?」
「でもね、これでも私は四十目の前でね、君の師匠のルクレイツアと戦ったのはもう二十年以上前だしね」
「あのアルフォンソさん、師匠の話をしているとき、目が死んでますよ?」
「スレイくん、君も目が死んでるよ?」
二人でルクレイツアの昔話をしながらだんだんと目が死んでいく。
そんな話をしながらも剣の速度を落とさずに、さらには速度までも早くなっていくのにも関わらず、剣を捌き受け止め斬り結んでいる二人、その頃には生徒たちも大半が戻ってきており、その中にはユフィたちの姿もある。
端から見ていると真面目に戦っているように見えるが、高速戦闘の最中そんな話しをしているとは、全く思いもよらなかったのだった。
ユフィたち以外は。
「ねぇ、スレイくんとアルフォンソさん、なにか話してない?」
「どうもスレイ殿とお父様の苦労話のような気がしますね」
「あんな戦闘を繰り広げながら、いったい何をしてるんでしょうね、あのお二人」
バッチリ話の内容をきいていたユフィ、ノクト、リーフがしらけた目で目の前で繰り広げられる高速戦闘を見ているのであった。




