泊まり込み
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日がくれた頃になって戻ってきたスレイたち、すでに死霊山での修行も一ヶ月が過ぎてきていた。
これで騎士団員の生徒たちのとの対抗戦までの残りの日数は一ヶ月を切った。
「お前ら、明日からは前々から話していた死霊山への泊まり込みだ、しっかり準備してるな!」
「「「「はい!!」」」」
「それじゃあ帰ってしっかり今日の疲れを取って休むように、明日からは日が落ちるまでみっちり修行に当てるから、寝不足で動けません何て言わないよ」
「「「「はっ、はい!」」」」
このキャラ付けですでに一ヶ月はやってきたが、まだこのキャラのオンとオフの切り替え時のタイミングがつかめていない生徒たちは、急に口調が変わるとどうも調子が狂うらしく今もどこか変な感じだ。
なのでスレイ自身がその視線になれてしまったため、いちいちツッコミを入れる必要もなくなってきている今日この頃、まぁ要するには気にしたら負けだと思っているのだ。
「じゃあ今日は解散、しっかり寝て武器の手入れだけは忘れないように、以上!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
生徒たちが帰っていくのを見送ったスレイたちも、帰るべく歩き始めるのだった。
⚔⚔⚔
夜の帷が落ちた頃、町の中には仕事を終え一日の疲れを取るべく酒場へと足を運んだり、浮気でもばれたのか奥さんの締め上げられている旦那さんがいたり、いつもの喧騒のある街並みをスレイたちは歩いていた。
「なんか、このキャラなんか慣れてきたな」
「慣れるって、ただ怒鳴り散らしてるだけだけど?」
「それが難しいの、第一ボクと師匠のキャラって正反対だからね。無理してやってるからなのか昨日、夢の中に師匠が出てきてさ、再現があめぇんだよバカが!って殴り飛ばされる夢を見た」
「うわぁ~、言いそ~。というかやりそ~」
ルクレイツアの性格を知っているユフィが顔を引き攣らせながら笑っていた。
「ついでにそれでビックリしてベッドから落ちちゃったし」
「ゆ、夢の中で殴られるって……スレイ殿、その師匠にどれほど厳しいお方なのですか?」
「初対面で五歳の子供を蹴り飛ばすくらいのきち──厳しい師匠です」
「お兄さん、今もしかして鬼畜っていいかけませんでしたか?そんな人なんですか!?」
「師匠は、そういう人です……子供でも確実に殺しにかかるようなね……いやマジで」
スレイの目から光が消える。
この一ヶ月でわかったことだが、スレイがあの目をするときは昔の師匠との修行を思い出してしまっている時のことだと理解した。
こういうときは何を言っても無駄なので、自然にスレイが回復するまで見守るしかないので二人はスレイを無視して話をする。
「明日からですが、より厳しい修行をするんですよね?」
「そのつもりだよ。だから明日からは上層に行くんじゃないかな」
「上層に、ですか……確かにこの二週間で集団戦に慣れてきましたから、ちょうどいいかもしれませんね」
少女三人でそんな話をしているうちに、なんとか立ち上がれるほどまでは回復したスレイが三人の話に加わってきた。
「それもですけど、そろそろ個人のレベルアップも必要ですからね」
「あっ、スレイくん復活したんだ。今日は早かったね」
「いつもなら後十分は倒れてますもんね」
「うるさいよ二人とも……それよりも残りの一ヶ月でどこまで行けるか、それが肝心なところなんだよな……みんなどう思いますか?」
スレイがみんなに向けて訪ねると、まずはユフィから話し出した。
「一対一は経験が浅いからいいんじゃないかな?私は剣が使えないからごめんだけど」
「わたしもいいと思います。ついでに上での戦闘はわたしもごめんです」
「ノクトはともかく、ユフィは何度か戦ってなかったっけ?……まぁいいか、リーフさんはどうですか?」
「自分も賛成です。上の魔物は剣術や杖術も使うものもいます、武器を変えている子もいるのでちょうどいいと思いますよ」
今回のスレイたちの修行によって、生徒たちの中には武器を変えている者もいた。
元々学園で教えているのは剣術のみで、槍術や弓術などは教えられてはおらず、生徒たちの大半はここで剣を習った者が多いと聞くが、その中で家で剣以外を習ったことのある生徒がここでの修行の最中に武器を持ち換えるようになった。
そして、そうなる切っ掛けを作ったのは、レイが偵察部隊用の武器が対抗戦で使用できるかを調べてみると、どのような武器でも使用可。ただし魔道具の類いは禁止、そんな一文を見つけたからだ。
使いたい武器があればどうぞそう言ったところ、数人が武器の変更を希望し、剣で戦うよりもそっちの方がいいという者もいるほどだった。
「それにしても……腹減らない?」
「減ってるよ~」
「今日は頑張りましたもんね」
「僭越ながら、私も減っています」
「ならさ、当分はこっちに帰れないし前から目を付けてた店があるんだ、奢るから行かない?」
スレイのおごりと聞いて少女三人が食い付き、三人の美女を引き連れ夜の街の中を歩くのだった。
⚔⚔⚔
次の日の朝、いつもの場所に集まったスレイ、ユフィ、ノクトの三人は生徒たちの出席を確認している。
こう言うのは担任のエリックの仕事なのだが、学園の方の会議に出席しなければならないので後から合流することになった。
別に居て肉を食べているだけなので来ても来なくてもどっちでもいいのではないかとは、口が裂けても言えないのだった。
「すみません遅れました」
「大丈夫ですよリーフさん、でも珍しいですね遅れるなんて」
「騎士団に呼ばれてまして、それと少し面倒なことになってしまいまして」
リーフが後ろを振り向き、それにつられてスレイたちもそちらを見ると、そこにはなにやら視たこのあるような人たちがニコニコとこちらを見ているのだった。
「えぇっと……なにゆえリュージュ家の皆さまがこちらに?」
「「「もちろん死霊山に興味があって」」」
何をいっているんだこの人たち、頭がおかしいのではないかと思ったスレイがこめかみを押さえている。
そんなスレイの目の前にはアルフォンソを筆頭に、ルル、ロア、カルトスを始め、リュージュ家の皆さまが勢揃いしていた。
ついでにブレッドを筆頭に数人のメイドと、前にリュージュ家にお邪魔したときには見かけない上品な装いのおばあさんが付いてきていた。
「リーフお姉さん、あのおばあさんってもしかして」
「私のおばあさまです。先週まで中央大陸で暮らしている姉のところにいってました」
「お帰りになられてたんですか」
「えぇ」
そんな話をしていると、おばあさんがスレイの元にやってくる。
「初めましてトリシア・リュージュです。あなたがスレイさんね」
「はい。リーフさんのおばあさまですね。初めまして」
二人がにこやかな挨拶をしていると、突如として金属同士がぶつかり合うような音が響きわたる。
「なんだ、なんだ!?」
「なんの音!?」
全員がそちらを見ると、今までにこやかに挨拶をしていたはずの二人の手にはいつの間にか剣とナイフが握られていた。
スレイの黒い剣の刀身の腹がトリシアの握るナイフの切っ先と火花を散らしあっていた。
「トリシアさん、そんなもの抜いたら危ないですよ?」
「あら、わたくしとしたことがごめんなさいね」
スレイとトリシアが笑っている横で、二人のことを見ていた生徒たちがヒソヒソと話し合っていた。
「おい、今、あの二人が剣を抜いた瞬間見えたか?」
「いや、見えなかった」
「どんな反応速度してるんだよ?」
そんな声が聞こえて来る横で、ユフィは両手で顔を覆っているリーフのことを見ながら訊ねる。
「リーフさんのおばあさん、結構やります?」
「はい……若い頃は閃剣と呼ばれるほど早く美しい太刀筋をした剣士だったそうです」
「……ユフィお姉さん、ずっと思ってたんですけどおばあさん、お兄さんに殺気放ってませんでした?」
「放ってたよ。あの子達には気付かれないようにしてたみたいだね」
「やはり気のせいではなかったのですね……おばあさまったら!」
身内のやらかしたことに恥ずかしそうに顔を覆っているリーフ、そこにトリシアとルルが笑いながらやって来た。
「ごめんなさいリーフさん、お話に聞いていたスレイさんがどれほどの腕なのか試してみたくなってね」
「あらあら、お義母様ったらご冗談が過ぎますわ、あの殺気は十分本気でしたよ?」
「ふふふ、いいですかルルさん、人柄を見るにはあれくらいやるものです」
「うふふ、覚えておきますわ」
騎士国の嫁と姑のやり取りは、どこか狂気を感じてしまうものだと思った。
「全員揃ったのでそろそろ出発しますよ」
スレイがそう声をかけてきたので、ゲートを開いて死霊山へと出発することになった。
⚔⚔⚔
いつものように死霊山の中腹の崖にやってスレイたちは、荷物の整理もそこそこに集まって整列していた。
「てめえら!今日からはいよいよ上層の魔物と戦ってもらう!今回はパーティーは無しだ!自分の力だけで魔物を狩ってこい!」
「「「「はいッ!」」」」
「いいか、一匹も狩れないような奴は夕飯抜きだ!」
「「「「はいッ!」」」」
「期限は夕刻!日が暮れるまでだ!てめえら、気張って行ってこい!!」
「「「「はいッ!!」」」」
武器を掲げた生徒たちは一斉に森の中へと消えていく、その際に今までの修行の賜物か飛び出していったにも関わらず気配をしっかりと消している。
「まだまだひよっこだと思っておったが、なかなかの気配操作じゃないか」
「ここでは必須ですからね、殺す気で教えましたから」
「それではワシも行こうかの」
「カルトスさんも行かれるんですか?」
「無論じゃ。おいアル、お主はどうするんじゃ?」
そう言うとカルトスは後ろでロアを肩車しているアルフォンソの方を見る。
「私はロアの相手をするつもりです、行かれるのでしたら父上お一人でどうぞ」
「なんじゃつまらぬの、小僧はどうするんじゃ?」
「ボクはここで帰ってきた生徒の手当てなんかがありますから」
生徒たちにとって上層はまだ未開の地と言っていいので、最近では魔物にやられてゲートシェルで帰ってくると言うことはなくなったが、もしかしたらということもあるのでここで待機する必要がある。
「あら、お義父様。でしたら私めがお供いたしますわ」
「あなた、私も行きますわ」
「ほう主らがか、面白いのう」
なぜだかわくわくしているようなカルトスはどこからともなく直剣を取り出し、それに続いてルルの手には白銀の刀身のダガーが二振り握られ、トリシアの手には流麗なレイピアが握られる。
ここで一つ説明しておくと、つい先程ここに来たときには三人とも堅苦しいお堅い服装だったのが、いつの間にかスレイたちが着ているような服装に早変りしていたのだった。
「元からこのつもりだったんですね~」
「おじいさまはともかく、お母様とおばあさまは想定外でした」
「お二人ともお強そうですが……ユフィお姉さん、シェルは着けるんですか?」
「うん、そのつもりだよ」
そう言うとユフィはゲートシェルと念のためにシールドシェルもつけておくことにした。三人が森の中の消えていくのを見て、リーフが大きなため息をついているのだった。
「ユフィたちも行ってきていいよ」
「じゃあそうします?」
「行ってきます!もう朝からおじいさまの説得やらなにやらでストレスが溜まってます!」
「リーフお姉さん、結構荒れてますね」
剣を抜いたリーフが全身から闘気をほとばしりながら森の中へ入っていき、その後にユフィとノクトが続いていくのだった。それを見ていたスレイとアルフォンソは、笑い声をあげていた。
「リーフさん、この山の魔物を全滅させる勢いですよあれ」
「我が娘ながらかなりお転婆になってしまいまったね」
「いやいや、あれをお転婆で片付けるにはいささかおかしい気がするんですが?」
スレイがアルフォンソに向けて笑いかけていると、視界の端にブレッドたちリュージュ家の使用人たちの姿を見つけた。
「あの、アルフォンソさん。なんかブレッドさんたちまで行ってしまったんですが、しかも武装して……あれ大丈夫なんですか?」
使用人が何してんの?っと思いスレイがひきつった笑みを浮かべていると、鎧と剣で武装したブレッド率いるメイド部隊が山の中に入っていくのを見ている。
それになにやら先程、アルフォンソに話しかけていたブレッドが夕食の食材を狩りに行くとか聞こえたが、あれは絶対に気のせいでも聞き間違いでもない、確実に言っていた。
この山で食材と言ったら魔物の肉しかないはずだが、マジで魔物を狩りに行くのか?そうアルフォンソに訊ねる。
「彼らなら大丈夫だよ。みんな強いし、この山の魔物なんかには遅れはとらないよ」
「使用人の雇用条件の中に強さが必要があるんですか!?」
スレイのツッコミが炸裂したが、特に誰も聞いているわけではなかったのだった。




