力の使い方 闘気編
読んでいただくみなさんには楽しんでいただきたいです。
物質へ魔力を流すことが出来るようになってから一月、木の棒などを使って魔力を流す特訓を繰り返していた二人は、物資への魔力の挿入が安定してきたところで今度は魔力を流すのを金属へ変えて訓練を続けた。
金属へ魔力を込めるのにも慣れ、クレイアルラからのお墨付きをもらった頃二人はあることに気がついた。それは魔力切れを起こす頻度が少なくなったことだ。
毎日のように魔力を流し続けていたおかげで、体内に保有することが出来る魔力量が多少増えてきているように感じた。
日々行っている訓練の成長を感じた今日この日、朝の訓練を終えたスレイとユフィは家に帰らずに揃って村の広場に来ていた。
「ねぇユフィ、本当にやるつもりなの?」
「当たり前じゃない、そのために来たんでしょ?速く剣抜いてやってみてよ」
ユフィに急かされて腰の剣を抜き放ったスレイは近くにあった大岩に向かって歩み寄った。この大岩は以前、魔力操作と身体強化を教わったときにジュリアが持ち上げた岩だ。
その大岩に歩み寄ったスレイは握りしめている剣に魔力を流すと、軽く降って剣の具合を確かめたスレイは父フリードに教わったように剣を両手で握った。
「成功したの?」
「わかんない、一応危ないから後ろに下がってて」
ユフィが後ろに下がっていくのを確認したスレイは岩に近づいていき、ゆっくりと剣を振り下ろした。振り下ろされた剣は火花をちらして弾かれることもなく、まるで包丁で豆腐を斬るかのごとく滑らかに刃が通った。
半ばまで剣の刃が通ったところで振り下ろすのをやめたスレイは、ゆっくりと岩の中から剣を引き抜くと剣に流していた魔力を解いた。
剣に流れていた魔力が消えたのを確認したスレイは、握り締めた剣を真上に掲げて刃こぼれがないかを確認していた。
「おぉ~、凄い……岩を斬ったのに刃こぼれ一つ起こってないなんて、物質の強化って凄いな」
魔力が安定したことでようやくクレイアルラから許しを得たスレイは、ようやく実際に剣の強化を行い広場の岩で試し斬りをしてみた。するとどうだろうか、軽くましたに振り下ろしただけで岩が豆腐のように斬れてしまった。
ただ魔力を流してイメージするだけでこの威力、強化とはここまで恐ろしいものなのかと思っているスレイだった。
「わぁ~凄いね!本当に剣で岩が斬れちゃってるよ!」
「あっ、ちょっとユフィ、まだ剣抜いたままなんだから危ないよ!?」
興奮した様子で切り裂かれた岩とスレイの剣を交互に見ているユフィを慌てて引き離すと、後ろに下がりながら剣を鞘に戻した。
強化は解いていても剣は刃物の間違いので下手に触ったりしたら危ない。
「ユフィ、危ないから剣抜いてるときは近づかないでよ、間違って斬っても知らないよ?」
「ごめんごめん。でも、ホントに剣で岩を斬るんてすごいよね~」
興奮気味のユフィに同意するようにスレイも頷いた。
剣を強化したときよく斬れ頑丈になるようにイメージしながら魔力を纏わせた。それだけで本当に岩を斬るまで強力な強化を行えるこの魔法は、剣士や前衛を担当する者にとっては理想的な魔法なのではないかとスレイは思っていた。
鞘ごとベルトから剣を抜き取ったスレイは、ユフィに剣を差し出した。
「ユフィもやって見る?」
「私は良いかな、失敗して剣折っちゃったら申し訳ないし」
そう言うことならと差し出した剣を剣帯に戻したスレイは、あまり遅くなっても心配されるので一度帰ろうとしたそのとき、背後から誰かが近づいてくる気配を感じた。
「どうやら、ようやく武器の強化が出来るまでになったようだな」
声を聞き振り返ったスレイとユフィは、いつもの浮浪者然としたルクレイツアの姿を見て驚いてバッと飛び退いてしまった。いったい居つからそこにいたのか、気配に気付けなかった。
「るっ、ルクレイツア先生!?いったい、いつからそこにいたんですか!?」
「お前たちが来る少し前からだ。そこの木の上で寝ていた」
グビッと持っていた酒瓶から直接酒を飲んでいるルクレイツアの姿を見て、完全にいつも通りの姿に呆れを通り越して感心してしまった二人だった。
酒を飲み干したルクレイツアは、スレイの方へと近づいていきそれを貸せと一言言いながら腰に差している剣を引き抜く。
鞘から抜き放った剣を掲げているルクレイツア、いったい剣でどうするのかと二人が見ていると、空に掲げて剣の刃を確認してから刃を指で触った。
一通り確認を終えたルクレイツアは、剣を逆手に持ち替えてスレイに返した。差し出された剣を前に困惑したスレイはビクビクと警戒しながら剣を受け取った。
受け取った剣を鞘に戻しながらスレイはルクレイツアから少し距離を取った。
「警戒するな、坊主。初対面のとき見てぇに蹴るつもりはねぇ」
「だったら何だったんですか、さっきの?」
「そこの岩を斬ってただろ。刃こぼれを起こしてねぇか確認した。及第点だが合格ってところで良さそうだな」
いったい何の話をしているのだろうかとスレイとユフィが思っていると、踵を返したルクレイツアは二人に付いてこいと言って先を歩いていく。
どうしようかと思いながらも、ついていかなかった場合が恐ろしかったので黙ってついていくことにした。
先を歩くルクレイツアを追って行く二人は、どこに行くつもりなのかと思っているとたどり着いたのはルクレイツアが拠点にしている宿屋だった。
「そこで待っていろ」
そう言い残してルクレイツアは一人宿屋の中に入っていった。
宿屋の前に残された二人はそこでしばらく待っていると、外套と剣を装備して戻ってきたルクレイツアの手には紙袋と包が二つ握られていた。
なにを持ってきたんだろうと思っていると、ルクレイツアは手に持っていた包の方をスレイとユフィに向かって投げ渡した。投げられた包を受け取った二人は、匂いからすぐにそれが宿屋のバケットサンドだと気がついた。
「朝飯、食ってねぇんだろ。食え」
「あっ、ありがとうございます」
「いただきまぁ~す!」
お礼を言ってから包を開けた二人は、バケットサンドにかぶり付いて食べている。その姿を見ていたルクレイルアは、袋の中から酒瓶を取り出すとまた飲み始めた。
それを見ながらいったいいつもどれくらい飲んでいるのかとスレイが考えていると、隣でサンドを食べていたユフィが嬉しそうに声をかけてきた。
「やっぱりここのバケットサンド美味しいね!」
「うん。ホント、美味しいよね」
バゲットサンドの具材はハムとチーズそれにトマトなどの野菜が入ったシンプルなものであったが、ハムやチーズの塩気に新鮮な野菜の甘さが非常によく合った。
確かに美味しいのだが、それでも二人には少し物足りない差を感じてしまっていた。現代日本の食文化に慣れてしまった二人に、この世界の料理は少し物足りなさを感じていた。
醤油はないにしてもせめてマヨネーズやケチャップは再現できないかと二人は考えていた。
二人が食の改善を密かに決意している中、ルクレイツアが二人に声を掛ける。
「それを食い終えたら、坊主に剣と闘気での戦い方を教えてやる」
「むぐっ!?ゲホゲホッ………ルクレイツア先生!それホントですか!?」
飲み込もうとしたパンが喉に引っかかりむせてしまったスレイだったが、どうにか飲み込んでからルクレイツアに問いかける。
「先生!ボクにも闘気があるんですか?使えるんですかッ!?」
以前フリードから闘気は才能さえあれば自然と身につけることが出来ると言っていた。しかし、いつまで経っても闘気の発現の兆しがなかったので諦めかけていた。
しかし、ルクレイツアの発言から希望を見出したスレイが問いかける。
「気づいていないようだが、とっくに闘気を発現しているそ」
「そうなんですか?………全然わからないんですけど」
「魔力持ちは闘気の気付きづらい。さっき強化を使ったときに僅かだったが闘気を感じた」
なるほどとスレイが頷いている横で小首をかしげていたユフィは、ルクレイツアに問いかけた。
「先生!私は?私は、闘気に目覚めてないの?」
「嬢ちゃんは闘気の気配がない。残念だが諦めな」
「そっかぁ~、ちょっと残念だけど魔法あるから大丈夫です!」
全く残念そうには見えないユフィの頭をルクレイツアは撫でてから、二人が食べ終わったのを見て歩き始める。
なにも言わずに付いてこいとだけ言って歩き始めるルクレイツアだった。
「先生、これからどこに行くんですか?」
「坊主が闘気を感知できるようにする。黙ってついてこい」
十分な説明もなく歩かされる二人は、取り敢えずついていこうと思い歩いていく。一行は村を出てすぐ近くにある川にやって来た。
「坊主、服を脱いで水の中へ潜れ」
「えっ!?まだ寒いですよ!?」
「火は起こしてやる。それに、これが闘気を感じとるのに手っ取り早い方法だ。速く脱げ」
高圧的なルクレイツアの言葉にしたがってパンツ一枚になったスレイは、ユフィが顔を両手で覆って後ろを向いたのを見て問いかける。
「ユフィ?なんで後ろ向いてるの?」
「私、女の子。男の子の裸なんて見れるわけ無いでしょ」
「そういうものかな?」
小さい頃は一緒にお風呂入っていた仲なのに、今更恥ずかしがる必要はないのではないかと思うスレイだった。
「坊主。服を脱いだらさっさと水に入れ」
「あっ、はい」
水にゆっくりと入ったスレイは中央の深いところへ行く。
「そのまま魔力を巡らせながら水の中に潜れ」
「魔力をですか?」
「そうだ。お前の闘気は今、魔力と混ざっている状態だ。そこから闘気だけを感じ取って纏ってみせろ」
「闘気を感じ取るのに水の中って……取り敢えずやってみます」
体中に魔力を巡らせ身体強化と同じ状態になったスレイは、大きく息を吸って肺に空気を貯めると水中に潜った。
水の中へと消えていったスレイを見送ったユフィは、じっと水面を見つめているルクレイツアに声をかけた。
「ルクレイツア先生」
「なんだ?」
「なんで水の中じゃないとダメなんですか?」
「静かなんだよ。自分の内側を意識するときは、特に周りの音がない方がいい」
そういうことなのかと思ったユフィはルクレイツアが踵を返してどこかへ行こうとした。
「先生、どちらに?」
「薪を拾ってくる。坊主が出てきたらその布で拭いてやれ」
そのまま森の方へと歩いてく行くルクレイツアを見送ったユフィは、川辺りに腰を下ろしてスレイの様子を見ている。
⚔⚔⚔
水中に潜ったボクは自分の中に目を向ける。
水の中は静かで自分の内側に流れる魔力をよく感じることが出来る。心臓から全身に流れていく魔力、その中になにか違うものがある。
なんだろう?そうボクは思いながらその力に触れる。温かい、まるで命そのもののように感じながらそれをゆっくりとたどっている。
魔力ではないこの温かい力、これこそ闘気なのだと気付いたボクは魔力を止め闘気を引き出していく。
⚔⚔⚔
バサッと水しぶきを上げながらスレイが出てきた。
「うぅー、寒っ」
「お疲れ様、速くこっち来てタオルあるから」
川の中から出てきたスレイが川辺り近づくと、そこにいたユフィがすぐにタオルを持ってきてスレイに渡した。
お礼を言ってタオルで濡れた身体を拭いたスレイだが、そう簡単に身体が温まるわけもなくまだ濡れているので服も着れない。するとユフィは別のタオルを持ってきて背中にかける。
「先生がすぐに戻ってくると思うから、しばらく我慢してて」
「うっ、うん」
身体を擦って温めていると、森の方からルクレイツアが戻ってきた。
「なんだ。意外と早かったな。待っていろ、すぐに火を起こしてやる」
寒さに震えるスレイには目もくれずに火を起こしを始めるルクレイツアだった。
さすがは現役の冒険者、物の数分で火を起こしたその手腕に感心の声を上げるユフィの横で、ようやく火が起こされたことで人心地つけたスレイだった。
「あったかい……生き返るよ」
「おい坊主。のんびりしているところ悪いが、闘気は習得出来たのか?」
そういえばとユフィがスレイの方を見る。すると、スレイは口元を僅かに釣り上げながら右手を掲げてみせた。
するとスレイの手に光の粒が集まっているにを見たユフィはあっと声を上げた。
「どうですか、先生。間違いなく闘気でしょ?」
「一度でものにしたか、俺はお前を十回は水に鎮めるつもりだったんだがな」
それを聞いたスレイは良かったと胸をなでおろしていると、ルクレイツアは同じように手のひらに闘気を集めながら話を始めた。
「闘気は、人が生み出す生命のエネルギーだと言われている。故にお前の強さ起因して闘気も増えていく」
「生命のエネルギーですか………」
「雑談は終わりだ。体が温まったら服を着ろ。闘気と剣の稽古をする」
「───ッ!はいッ!」
ようやく剣を教えてもらえる。
そのことが嬉しくて元気のいい返事を返したスレイだったが、その一時間後自分の言葉を深く後悔した。
「うぅ……うぐっ……」
「スレイくん!スレイくん!しっかりしてッ!?」
うめき声を揚げながら倒れるスレイを揺さぶりながら声をかけ続けるユフィ。そんな二人にルクレイツアが冷徹な声を掛ける。
「さっさと起きろ坊主。闘気を纏ってるんだ痛くねぇだろ」
痛くないわけない、と言いたいが全身滅多打ちにされて起き上がれないスレイは頭だけを持ち上げてルクレイツアを見ながら悪魔だと思った。
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