地獄の始まり
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学園の敷地内にる訓練場、それではクラスの面々がそれぞれ三ヶ所に集まっていた。
まずは一ヶ所目には闘気が使える者が集められ、リーフと学園教師のエリックが生徒たちの闘気を引き出している。
二ヶ所目には魔力を使える者が集められ、そこではユフィとノクトが魔力を引き出している。
そして最後の場所では闘気と魔力その両方を持っている生徒が集まっているのだが、そこでは他の二ヶ所とはまた違った事が行われていた。
闘気と魔力、この二つを扱える生徒の前にたったスレイは、すでに力を引き出せるようにしていた。
出来るのならば後は体に慣れさせるだけだ。
「それじゃあ君たちは残りの時間は実戦訓練だ。終了時間までのあいだ闘気と魔力、それぞれで身体強化を行ってもらう。ある程度慣れた段階で、両方の同時発動を目指してもらうよ」
闘気と魔力を両方持っている生徒はたった二人。
一人は先程の見た目不良生徒のロッドと、このクラスの現状を説明してくれたツインテールの女の子、名前はシャルムの二人だけだった。
闘気と魔力を無事に扱えるようになった二人には、まず身体強化を身につけて貰うことにした。
「それじゃあ、実際に強化のやり方だけど」
「必要ねぇぞ。そんなもん」
説明に入ろうと思ったスレイの言葉をロッドが切った。どうして、そう思ったスレイがとうかけようとしたその時、目の前に立つ二人が驚くべき事をやってのけた。
「今更そんなの必要ねぇ。もう、できるぜ」
「私もよ。何でこんな簡単なことが今まで出来なかったのか不思議なくらいね」
ピョンっと軽々と空中に飛び上がったり、目にも止まらぬ速さで動き出す二人を前にスレイは小さく口元に笑みを浮かべた。
この三年間、知識として身体強化の扱い方を学んできたとはいえ、知識で知っているのと実際にやってみるのとでは違うと言うのに、二人は闘気と魔力、その両方での強化を成功させた。
扱いの基礎から叩き込むつもりでいたスレイだったが、少しだけこのクラスの生徒をみくびっていたようだと思い直した。
「はははっ。すごいね、じゃあいくつかステップを飛ばして、君たちにはその状態で身体を動かしてもらおうか」
身体を動かす、そう言われた二人がどういうことかと問い返した。
「あぁ?動くってこの状態で走ってろってことかよ?」
「そんなの嫌よ。せっかく使えるようになったのに!」
ロッドとシャルムが不満を爆発させながら詰め寄るなか、スレイはその言葉を否定するように首を横に振った。
「まさか。ただ走るよりも、もっといい訓練方があるんだよ」
そういってスレイは両手を懐に手を入れると、左右のホルスターから二挺の魔道銃を抜き放つと、二人にも見えるように銃を掲げる。
「君たちにはこれから、ボクの攻撃を避けてもらいます」
掲げていた魔道銃を降ろしたスレイは、アルナイルのマガジンを抜き取ってチェンバーの中に残った弾を抜いてから、ゴム弾が装填されたマガジンに交換する。
一連の作業を終わらせると、ロッドの方からこんな疑問が投げられた。
「おいおい、そんな変な武器がちゃんと使えんのか?」
「あぁ試してあげようか?」
そう言うとスレイはアルニラムを真っ直ぐ構えて照準を会わせると、即座に撃ち出されたゴム弾モドキがロッドの額を撃ち抜いた。
「ゲホラッ!?」
額を撃ち抜かれ奇妙な悲鳴を上げたロッドが大きく後ろに弾かれると、空中で見事な一回転を決め地面にうつ伏せの状態で倒れた。
「えっ、なに!?なんなの今の!?」
真横にいたロッドが突然、吹っ飛んで倒れた。
何が起こったのか理解できないシャルムがうろたえていると、銃声を聞いて駆けつけてきたリーフとエリックが駆け寄ってくる。
「なんです、今の音!?」
エリック一緒に駆け寄ってきたリーフは、スレイの握る魔道銃と倒れたロッドの姿を見て顔を青くした。
「まさか、スレイ殿………生徒を殺したんですか!?」
「こっ、スレイ先生!なんてことをしたんですか!?」
リーフの殺したという言葉でエリックもまた顔を青くさせ、さらには生徒たちの間にも不安の声が広がった。
「あぁ、殺してませんよ。ちょっと痛いかもしれませんが、むしろ元気になってるはずです」
スレイが後ろを指さすと、そこには平然と起き上がっているロッドの姿があった。
「痛くねぇ……結構な衝撃だったのに?」
ペタペタと自分の顔や身体をさらりながら呆然とするロッドの姿に誰もが言葉を無くした。
頭をゴム弾で弾かれって見事な空中一回転を披露して、顔面から地面に倒れたというのにかすり傷一つない。
「えっ、なんで?」
リーフたちが理解できないことに頭を悩ませていると、騒ぎを聞きつけてやってきたユフィがソッとスレイに耳打ちした。
「スレイくん説明してあげないとみんなわかんないよ?」
「あぁ~……やっぱりそうだよね」
いきなり射ったこっちも悪いと思ったスレイは、困惑するみんなに向かって今起こったことについて詳しく説明する。
「ボクが使ったこの魔道銃は小さな砲だ。魔法によって弾を撃ち出して、今回使ったのは柔らかな弾だったけど鉄の弾なら人を簡単に殺せる代物だ」
人を殺せる、その言葉の重みを理解してかこの場にいる生徒全員が息を呑んだ。
「あと、ロッドくんが傷一つないのはこの弾を撃った瞬間に治癒魔法を付与したからで、撃たれたあとに元気になったのは治癒魔法がかかったからってわけ」
「「「………………」」」
説明を聞いていた生徒たちの顔が険しくなるが、そんなこと気にせずにスレイは話を続けた。
「さて、疑問も解けたところで早速二人には、この魔道銃の弾を避け続けてもらいます。当たっても怪我はしないから頑張って」
「「「……………………」」」
「それと、他のみんなも身体強化ができ次第、こっちに参加してもらうよ。何か質問は?」
「「「……………………」」」
「ないなら始めようか」
一通り説明して質問が無いので始めようとしたスレイだったが、一拍置いてから生徒たちが一斉に息を吸って、そして同時に叫んだ。
「「「そんなこと出来るかぁああああぁぁぁッ!!」」」
それはそうだとユフィ、ノクト、リーフの三人とついでにエリックまでもが同調し、叫んでいる生徒たちへと同情の眼差しを向けていた。
「無理無理無理!あんなん避けるのなんて無理!」
「速すぎるわよ!横で見てた私だって分からなかったんだからね!?」
「ふざけんな!教える気無いだろ!!」
次々にかけられる言葉にスレイが困り果てていた。
「えっ、アレでも一番遅くしてるんだけど」
どうしようとつぶやいたスレイに生徒たちの不満はさらに爆発、もはや止めることができなくなった。
こんな状況でエリックは何とかならないかとユフィたちに問いかけた。
「あの、なんとかなりませんか?」
「うぅ~ん……でもまぁスレイくんのやろうとしてることもわからなくないんですよね~」
「わたしもユフィお姉さんと同じですね」
「それについては自分もそうなんですが……いささかやり過ぎな気が……」
三人とも初めて身体強化を行ったときに、うまくコントロールが出来ないことを知っている。
弾丸を避ける訓練は身体強化を施した身体を慣らすのには有効だ。加えて動体視力や反射神経など、身体機能を鍛えられるので否定しづらいのだ。
ユフィたちがどうしたものかと考えているうちに、スレイは文句を言いまくっている生徒たちにとんでもないことを言い出していた。
「じゃあさ、これがイヤなら投げられた石を避けるか、ボクと組手して全力の拳を受けるかどっちがいい?」
ちなみに石の場合は壁を魔法弾を上回る速度と、確実に人が死ぬような威力で投げられ、スレイの拳なら当たったらただじゃすまない怪我を負うことになる。
死刑宣告にも似た二択に迫られた生徒たちは、声を揃えて魔法弾での特訓を望んだ。
スレイは絶望に彩られる生徒たちへと笑顔で魔道銃のトリガーを引いたのだった。
⚔⚔⚔
それから一時間、訓練場の至るところで生徒たちが倒れ伏せているのだった。
「うぇ……死ぬ、動けねぇ」
「もう、いや……」
「身体は元気なのに……一歩も、動けない」
「起き上がる元気はあるのに、起き上がれねぇ」
荒い息と共に零れ落ちる言葉は、全員の容態を表していた。
全員怪我一つ負っていないどころか治癒魔法を受け続けて肉体は元気だが、かわりに体力と闘気、それに魔力などはすべて使い切ってしまったのだ。
初めて感じる虚脱感に抗えきれずに地に伏せている生徒たちを前にして、ユフィのジト目がスレイに刺さった。
「スレイくん、やり過ぎだって」
「やりすぎって……ボクはそこまでしごいてませんっての……」
「冗談だよ~。見たまんま魔力切れと闘気の使いすぎだね、これは」
全員、今日初めて闘気と魔力を使ったためペース配分も何もなかったのだ。
ここら編も今後の課題だと思っていると、ノクトがスレイたちに方へとやってきた。
「お兄さん、ユフィお姉さん、もう次のクラスの生徒さんたち来るみたいですよ!」
「了解!ユフィ、ノクト、みんなにグラビティーかけてゲートを開いて、いったん教室に戻るから」
「わかったよ」
「はい!」
早速二人が倒れている生徒たちにグラビティをかけ始め、魔法がかけ終わった生徒からゲートに押し込んでいく。
そうこうしていると、次にこの場を使うクラスが来たのか騒がしい声が聞こえてきた。
「なんだよ落ちこぼれどもがまだいるぜ」
「ホントだ、たっく訓練したところで、無駄な努力なのにな」
その声の主はこの学園の生徒の物だろうが、スレイたちの受け持っている生徒たち物とは学生服の作りが少しだけ高価に見えた。
「おい、あの見窄らしい格好した奴ら、冒険者じゃないか?」
「ホントだ、落ちこぼれたちには、同じく落ちこぼれの冒険者いいコンビだな」
「違いないですな。ハハハッ」
一人の生徒が笑い出すとそれにつられてクラスのみんなが笑い声をあげている。なんだか誰かを思い出させて無駄にムカつく奴らだと思ったスレイたち、そんなスレイたちにリーフが小声で耳打ちする。
「彼らはこの学園の主席や次席が集まっている特別クラスですが、そのほとんどは金と権力だけで、実力はほとんどない者たちです」
「そういうのってどこにでもいるんだね~」
「わたしの国にもいましたよ、多額の寄付金を入れることで至福を肥やす悪徳神父とか、結局みつかって処罰を受けましたけど」
いる所にはいるんだな、そんなことを思って話を聞いていると、生徒たちの笑い声の中からどこかで聴いたことのあるような声が聞こえてきた、
「こらこら、いくら事実だからと言っても、そう何度も言ってあげるのは感心しないね君たち」
聞き覚えのある声に見覚えのある短い赤髪の騎士、口調やしゃべり方は違うが、忘れようのないその姿を見た三人の反応はこうだった。スレイは眉間にシワを寄せ、ユフィとノクトはそろって不機嫌そうに目を細める。
「おやおや、そこにいるのは昨日の失礼な冒険者じゃないか、依頼はちゃんと受けているようだね」
「えぇ、みんないい子達で飲み込みも早く、指導する身としてはありがたいですね」
精一杯の営業スマイルで答えたスレイ、このままなにも言わずに立ち去れればいいのだが、現実はそうはいかないようだった。
「そうかね。いやしかし残念だったね、これから二ヶ月の間、この訓練場はこのSクラスが貸しきることになっていてね、いや誠に残念だね」
「き、騎士さま!それはどういうことでしょうか!この訓練場の使用は各クラスで申請した時間を使う、そう決められているはずです!」
「いやなに、その記載にミスがあったらしくてな、それでは訓練場の使用は認められないので、空いた時間全てをこのSクラスにまわされたようだ」
見せられた紙にはその旨の説明とこの学園の校長のサインが入っていたらしい。
「そういう訳なのでね、すまないが早く退いてくれないかね、君たちみたいな卑しい冒険者ごときと話していると、私の生徒たちに移ってしまうのでね」
その言い方にはさすがにカチンときたスレイが抗議の声をあげようとしたが、それよりも早く前に出たのはリーフだった。
「ベクター隊長!今の言葉は撤回していただきたい」
「おや君は、リュージュくんだったかね?なぜ彼らと共に?」
「自分は隊長の命でスレイ殿たちについています」
「そうかね、いやいや、ロン隊長の部隊は暇な部下が多いようだね。それに部下の躾もなっていないみたいですね、いやはや、同じ騎士として情けないことだ」
「なんですか!自分のことはいいです!ですが、隊長や仲間のことを悪く言わないでください!」
「黙りなさい。私は上官です、ここであなたを除隊処分にもできる、口答えはやめた方が身のためですよ?」
それ以上言えば本当にクビが飛ぶ、そう脅してきたベクターにリーフはなにも言えずにただ悔しそうに唇を噛んでいる。
「ベクターさん、事情はわかりました」
「おや、卑しい冒険者のクセに物わかりはいいようですね」
「えぇ、ここはお譲りしますが、この借りは二ヶ月後にきっちりと返させてもらいますね」
スレイが殺気の籠った目をベクターに向けると、今まで卑しいまでに歪んでいた顔に大粒の汗を浮かばせる。
「よし!みんな十分休んだから、教室に帰るよ~」
スレイがゲートを開くとみんなは静かにその場から立ち去るのだった。
⚔⚔⚔
教室に戻ったスレイたちは、生徒たちの魔力と闘気が回復するのを待ってから今度は武器への強化を実践していた。
今回は闘気組はリーフが魔力組はノクトがそれぞれ受け持っていた。
指導を二人に任せてスレイたち三人はどこに行ったかというと、空き教室でそろって、顔を付き合わして難しい顔をしていたのだった。
「どうしようか……」
「やはり、場所がないですね」
「全部押さえられちゃってますもんね~」
その理由は、これから二ヶ月この学園の練習場が全て貸しきられてしまっているので、ちゃんとした訓練をできる場所がないのだ。
「今は、武器強化をさせてますけど……エリック先生、この町で訓練が出来そうな場所はないんですか?」
「……近くに広場はありますけど、あの人数はムリですね」
「ですよね……やぱりあそこ行くしかないか」
「どこかいい場所があるんですか!?」
エリックの顔が笑顔になったが、その横でユフィが複雑そうな顔をしていた。
「……スレイくん……なんだかとって嫌な予感がするけど……まさかあそこに行くきなの?」
「広い場所、あそこしかないんだし……ボクたちがいるから一大事にはならないでしょ?」
「ということは、やっぱりあそこなんだね」
「あの……それはいったいどこに行くきなんですか?」
スレイとユフィは顔を見合わせながら顔をしかめると、すぐにうなずきあって話で教えるよりも実際に見てもらったほうがいいだろう。
頷きあった二人は、エリックに立つことを促しそのまま町の外へ出る。
そこでスレイが開いたゲートの中に三人で消えていくと、すぐに戻ってきたエリックの顔からは色が抜け落ちてしまったのだった。
⚔⚔⚔
表情が死んだエリックを連れて戻ってきたスレイとユフィは、生徒たちを町のそとに連れ出すと生徒全員の顔を見ながら告げた。
「みんな、これから危険な山にハイキングに行くから、覚悟しといてね」
そう告げたのだった。




