鬼神現わる
大剣を担いだ老人がずかずかと階段を下りてくる。
この屋敷で働いているブレッドや他の執事たちには目もくれず、ユフィとノクトを見てから最後に残ったスレイのことを見る。等と生易しい物ではなく睨み付けると、怒気の籠ったような低い声で話しかける。
「キミ、名前はなんというのかね?」
「あ、あのその、お、お初にお目のかかりますスレイ・アルファスタです」
「そうか……で、ワシの孫娘に手を出したとは本当かね?」
なにやら物凄い迫力を有している老人の睨み付けに、スレイいろんな意味で恐怖し柄にもなく全身を強張らせてしまった。
「いや、出したといいますか……まずお孫さんとは今日初めてお会いしましたのでそのようなことはありませんでした」
これはいらぬ言葉を言ってしまえば確実に何かとんでもないことになりそうだと思い、言葉を一つ一つ選び、この老人の地雷を踏み抜かないように一つ一つ慎重になりながら、事情を説明しようとした時にリーフの母親の口から悲鳴のような声が聞こえ、スレイと老人がそちらを見ると、いつの間にかユフィとノクトがリーフとその母親が話し込んでいた。
「まあまあまあ!リーフちゃんたら、スレイくんに抱き締められちゃったの!?」
「はい、その時のスレイくん、かっこ良かったよねノクトちゃん」
「えぇ。それもずぅ~っと抱き締めて、ちょっと嫉妬しちゃいました」
「ユフィ殿もノクト殿もやめてください!」
ニヤニヤと話をしているユフィとノクトにスレイは焦りを覚える。
それは目の前の老人から感じられる気迫の種類が、敵意から一瞬にして殺意へと変わっていってしまったからだ。
「小僧よくも!」
「わぁああああっやっぱりか!?」
大剣を振りかぶった老人の剣を黒い剣で受け止めながらスレイは考える。
このまま大剣の一撃をいなしながら何とか誤解を解こう、はじめはそう考えたが人様の家でそんなことをやるのは迷惑に等しい。
ならばどうするか、スレイは必死に考えながら振り下ろされる老人の大剣を受け流すのではなく受け止めながら考えるが、どれもいまいちなのと、どう考えてもまずは老人の振るうこの大剣をどうにかしなければ、ゆっくりと落ち着いて話しも出来ない。
逃げるのも話をするのも諦めたスレイは、次に斬りかかってくると同時に剣を空間収納に投げ入れ全身の感覚を研ぎ澄ませ、老人の握る大剣に狙いを定める。
「死ねぇええッ!!」
真上から振り下ろされた大剣をスレイは強化した反射神経と筋力を頼りに、振り下ろされた大剣の刃を白羽取りで受け止める。
「すみません、ちょっと痺れさせます!」
両手で覆うようにつかみ取った大剣の刀身に向けてスレイは雷撃を流し込む。
雷撃が流れる瞬間スレイはわざと身体から雷の魔力を放出させ、それを見た老人が危険を察して大剣から手を離した。
「ぬぉっ!?」
老人が大剣の柄から手を離すと同時に、大剣に雷撃を流し込んだ。
威力はだいぶん押さえていたのでも、あの老人が大剣から手を離さなくても感電死等はしない………心臓さえ悪くなければ、の話しだが……今のあの動きを見る限り、そんな心配は無用そうだ。
「お主、魔法使いか!?」
「一応剣士でもありますよ」
老人から奪った大剣をゆっくりと、床を傷つけないようにゆっくりと下ろすと、つかつかとやって来たリーフが老人を強制的に自分の方へと向き直らさせた。
「おじいさま!私の恩人でもあるスレイ殿を殺す気ですか!?おばあさまのお耳にこの事が知られたらどうするつもりなのですか!?」
「構うものか!あやつもお前が心配でしかたないはずじゃ!」
「そうかもしれませんが、我が家には幼い子供もいるのですから少しは自重をしてください!」
なにやら怪しい雰囲気になってしまったのでどうするべきかをあおごうかとリーフ母親の方を見るが、笑っているだけでなにもしようとしないので、このままなのかと思っていると扉をノックする音が聞こえてきた。
「おかえりなさいませ旦那さま」
「ただいま、って、いったいこれは何があったのかな?」
現れたのは金髪のイケメンの男性だったが、どこか疲れきった顔をしているようにも思えたスレイたちだった。
⚔⚔⚔
リーフの父親らしき男性が帰ってくると、さすがに呆れたように肩をすくめていた。
「父さん、またリーフに何か言ったんですか?」
「おうアル!ワシの可愛いリーフが彼氏を連れてきたんじゃ!それも魔法使いの!」
「おじいさま!?べべ、別にスレイ殿は彼氏などでは……」
「リーフはそう言っていますが……えっと、君がスレイくんかい?」
「は、はい、なんか申し訳ありません」
もう何に謝っているのかわからないスレイがひきつった顔で挨拶をする。
「私はアルフォンソ・リュージュだ。よろしく」
「よろしくお願いします。後誤解のないように先に言っておきますが、娘さんとは出会ったばかりでして、なにもなかったので誤解なきようにお願いいたします」
「大丈夫だよ。私は父みたいにいきなり斬りかかったりはしないし、娘がつれてきた相手ならば本当に信頼できると信じているからね」
そう笑ってくれているアルフォンソになんだか安心してしまったスレイは、おもいっきり安堵の息をついた。
「ところでそちらのお嬢さんたちも娘のお客人かな?」
アルフォンソがリーフの母親の近くにいたユフィとノクトに声をかける。
「そうなの、リーフちゃんが今夜はこの子達を我が家にお泊まりさせたいんだって、いいわよねあなた?」
「あぁ、見たところ怪しい人たとではなさそうだし、何よりリーフが初めてつれてきたお友だちだ、丁重におもてなししなければね……ところで君たちの名前を聞いてもいいかな?」
「すみません、私はユフィ・メルレイクです。よろしくお願いいたします」
「ノクト・ユクレイアです。よろしくお願いします」
「よろしく、ところで妻と父は名乗ったかな?」
アルフォンソがさっきまでの惨劇を思い出してそう訊ねると、口元を押さえたリーフの母が申し訳無さそうな顔をした。
「あらあら、そういえばまだ私ったら名乗ってなかったわね」
今更だがすっかりと忘れていた。
「ルル・リュージュよ。よろしくね」
「ということはうちの父も名乗ってなかったかもね?」
「そうですね。お義父様リーフちゃんと遊んでいるみたいだからあなた、お願いしますね」
「父はカルトス・リュージュ、今は家督を私に譲った隠居の身だが、あれでも昔は鬼神と呼ばれて恐れられていたんだよ」
それを聞いてスレイが先程の大剣の一撃を思いだし、なんだか納得してしまった。
「さぁいつまでも立ち話はなんだ、ブレッド彼らを部屋に案内したら夕食にしよう」
「かしこまりました。それでは皆様こちらへどうぞ」
ブレッドの案内で用意された部屋に案内されたスレイたちは、久しぶりのベッドの感触に笑顔になったが、それ以上に今まで使っていた寝具の中でも、一番の最高級だとわかるほどだった。まさかこんな部屋に留めてもらえるとは思わなかったため、スレイたちは揃って喜んだが、その後のスレイたちが通された部屋に入ると、再び目を丸くさせられた。
「うわぁ~、スゴい豪華な食事」
「あ、あの……本当にいただいてもいいんですか?」
初めて目にした豪華な食事にユフィとノクトは驚きながらも、本当にこんな料理を食べていのかと思ってつい聞いてしまった。
「えぇ、今日はあなた方ために家のシェフが腕を振るいましたの」
「それにお父様もおじいさまも普段は質素な食事をしていますので、たまにはこんな豪勢な夕食も久しぶりなんですよ?」
「騎士たるもの食事は常に質素を心がけるものじゃ」
「それにいくら貴族とはいえ、いつ何があるかはわからないからね、まぁ、そのせいでうちのシェフが作りがいがないと、よく不満を口にしているけどね」
そんな笑い話をしていると、少し遅れてやって来た少年が驚きの声をあげた。
「し、知らない人が……い、いる!?」
席につこうとしていたスレイたちが少年のことを見ると、年のころが五歳くらいもしかしたらリーシャと同じくらいで、リーフと同じ深い緑色の髪に父親であるアルフォンソと似通った顔つきは、将来が楽しみな少年だ。
「息子さんですか?」
「えぇ、我が家の跡取りで名前はロア」
「ロアちゃん、このお兄さんたちはリーフお姉様のお友だちですよ、ご挨拶なさい」
「はっ、はい!」
緊張しているのか声が裏返っている。
「ろ、ロア・リュージュです!よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします。ボクはスレイ・アルファスタ」
「私はユフィ・メルレイクだよ。よろしくね、ロアくん」
「ノクト・ユクレイアです」
全員が名乗り、全員が揃ったということでアルフォンソが食事を始じめようと促し、食事が進んでいくにつれいままでビクビクとしていたロアが訪ねてきた。
「お兄さんたちは、その……お姉さまとおなじ騎士なんですか?」
「違うよぉ~、私たちは旅の冒険者だよぉ~」
「冒険者!あ、あの!なにかお話しを聞かせてください!」
ビクビクとしていたはずのロアくんだったが、ユフィから冒険者と聞くといままでびくびくしていたはずなのに、一気に目を輝かせていた。
「すみませんユフィ殿、ロアは冒険譚などが大好きでして差し支えなければ聞かせてあげてください」
「えっ、えぇっとぉ~……どうしよっか?」
とっさに何か良い話はなかったかと思い返してみて、特になにも思い浮かばなかったユフィがノクトの方をみるが、ノクトも困った顔で見返す。
「さ、さぁ……わたしはまだ冒険者になりたてなので」
「それなら私たちもなんだけど……うぅ~ん、スレイくんなにかなかったかな?」
「ボクに聞かれても……ボクらって、冒険らしい冒険したことあったかな」
思い返してみてもそこまで心踊る冒険をしたことがあっただろうか、そう思い返してみると事件に巻き込まれることはあったとしての、冒険に出ることがあったかどうかを思い出すが、これまでに冒険らしい冒険をしたことが全くないように思える。
「あれッ、ボクたちって冒険してない?」
「してると思うけど……今思えば事件に関わることが多いから忘れちゃってるだけじゃないかな?」
「……言われてみれば、ダンジョン行ったしね。その話でもいいかな?」
「はい!お願いします!」
「よし、それじゃあ、これはボクたちがデイテルシアにいた頃の話でね」
スレイが話し出したのはデイテルシアで調査に向かったダンジョンでの話で、そこで戦った変異個体のミノタウロスとの戦い、途中で抜けてしまっていたミノタウロスとの初戦をユフィが話し、スレイはスレイで何が目的であのダンジョンにいたのかはわからないが、そこで再会したクロガネとの戦いに話しも入れ、少しだけ自分の戦いを脚色したというのもご愛敬、話を聞いていたロアくんの目は終始キラキラと輝いていた。
今日がのってきたスレイがつい最近あったことで、アルガラシアの海で戦った巨大な怪獣、ではなく、巨大な海の魔物リヴァイアサンとの話をすることにした。
「お兄ちゃんたち、リヴァイアサンと戦ったことあるの!」
「あぁ、あれが海から出てきた時は本当に驚いたよ」
「わたしからしたら、甲板に戻ってきたらいきなりあの死体があってビックリしたのを覚えてますよ」
確かにとスレイがその時のことを思い出している。船員たちの毒の治療を終えて甲板に戻ってきたノクトが、絹を裂くような悲鳴が上がった時はビックリしたものだ。
「リヴァイアサンか、そんな大物を倒したのかい?」
「まだ若いのにスゴいわね」
「なんの、ワシが若い頃なら単身ワイバーンを倒したものだ。どうせ大勢で倒したのだろ」
素直に感心しているアルフォンソとルルだが、どうしても認めたくないのかカルトスが不機嫌そうにしてる。
「すみません、どうもまだ誤解が解けていないようで」
弁解してくれたリーフだったが、特に気にしていないスレイ。
「良いですよ。それでね」
リヴァイアサンとの戦いを話終えた頃には食事も終えて、夜も遅くなったということで話はまた今度と言うことになったが、それ以上に話を聞いる途中にウトウトとしだしたロアを見かねてのことだった。
「ロアちゃん、そろそろお休みしよっか」
「はい……皆様おやすみなさい」
「それでは私もお先に失礼させていただきますね」
ルルと一緒に頭を下げるロアを見送ると、少し遅れてカルトスも部屋に戻っていくとメイドさんたちがリーフにお風呂の用意が出来たと呼びにきて、その際にユフィとノクトも一緒にはいることになった。
「スレイくん、おやすみなさい。アルフォンソさん失礼いたします」
「失礼させていただきます。お兄さんおやすみなさい」
頭を下げて先に退室しているユフィとノクトを見送ると、リーフがスレイの横にやって来た。
「スレイ殿、ありがとうございました」
「どうしたんですかいきなり?」
「弟のあんなに楽しそうな姿を久しぶりに見たもので、私も嬉しかったです。それではおやすみなさい」
リーフも去っていき残されたのはスレイとアルフォンソだけとなってしまった。
「ロアは我が家を継がなければならないから、今のうちから勉強や稽古が必要でね毎日忙しい日々を過ごしているんだよ」
「稽古って、もしかして剣のですか?」
「うん。私もロアと同じ思いをしたから気持ちはわかるし、本当は息子が冒険者に憧れていることも知っている身としては、なかなか複雑なものだね」
食後のお茶を飲みながら話を聞いていたスレイは、特にそういう問題を抱えていたわけではないが、スレイではなくヒロのときにロアと同じ思いをしたのを思い出した。
「もしよければで良いんだが、たまにはロアに冒険の話をしてあげてくれないか」
「はい。構いませんよ……とはいってのそこまで話せるものも少ないですけど」
「良いんだよ。息子の息抜きにさえなればね」
なんだか良いお父さんだなと、思いと同時にアルフォンソと地球の父の姿を重ねてしまったスレイだった。




