力の使い方 魔力編
今回も楽しんでいただきたいです。
魔法の師クレイアルラ、剣の師ルクレイルア、二人の師に引き合わされてから十日が過ぎていた。その間、スレイとユフィは二人からの師事は受けていなかった。
クレイアルラは元々この村に医者としてやってきたため、治療院の開業の準備やこの村での生活基盤を整えるのに忙しく、指導の時間が取れなかった。
クレイアルラの事情はさておき、ルクレイルアはと言うとこの十日間全く指導をすることもなく村の酒場で酒を飲んでは酔い潰れ、たまに見ているかと思えば酒を飲んで寝ていた。
あの人は本当になにしに来ているのだろうかとスレイは本気で思っていたりもした。
そんなこんなで十日が過ぎたこの日、いよいよクレイアルラによる魔法の講義が始まった。
⚔⚔⚔
その日クレイアルラによる初めての講義は、治療院の裏手の広場で行われる。
用意されたテーブルと椅子に腰掛けたスレイとユフィは、治療院の壁にかけられた黒板を前に立つクレイアルラに視線を向けていた。
「それでは今日は、魔法の歴史と魔法文字についての講義をします」
「先生。魔法文字ってなんですか?」
「魔法文字というのは古代エルフ文字が元となった文字で、今では失われてしまった古代語です。詳しい説明はまた後日しますが、今日はまず魔法の歴史について説明します」
聞き慣れない単語にふむふむと頷いているスレイとユフィ、それを見ながらクレイアルラはクスリと笑った。
「まずは魔法のもとになったのは、古代エルフ。今で言うところのハイエルフが使っていたとされる秘術を元に、人が作り出した技だと言われています」
「先生!ハイエルフの秘技ってどんなものなんですか?」
「古代エルフの秘技は神代の時代。まだこの世に幻獣が暮らしていた時代を生きたエルフが使っていた技で、言葉一つで気象を操る現象を引き起こしたと言われています」
ここで一度神代の時代について説明しておく。神代とは今から何億年も昔、まだ人類が生まれて間もない頃、この世界には今の魔物の祖先と言われる獣、幻獣が跋扈していた。
幻獣とは、ペガサスやフェニックスなどの幻の生き物の総称である。その一匹で世界が覆るとまで言われるほどの力を持つ強力な生物であり、今では"次元の間"と呼ばれる場所で暮らしているとされている。
「ただし、古代エルフの秘術がすべて失われているわけではなく、数は少ないですがこの時代にも存在しています。あなたたちは、アーティファクトと呼ばれるものを知っていますか?」
「はい。魔法では再現出来ないようなすさまじい力を持っている特別な魔道具のことですよね」
「えぇ。その通り、その殆どは今の魔法技術では再現できないような特殊なものであり、中にはエルフの魔法が封じられたアーティファクトも存在します」
アーティファクトについてはわかったが、本当にそんな物があるなら見てみたいと二人は思った。
「話は戻りますが、エルフの秘技は突如として失われてしまいました。その理由は判明しておりませんが、一説によると幻獣の存在がエルフの秘技と関係していたのではないかと考えられています」
「なるほど……」
「さて、それではいよいよ現代魔法についてです。現代魔法はエルフの秘術を元として創り出して生み出されました。ですが魔法が生まれる前に先に誕生したのは魔術でした」
魔術と聞いてスレイとユフィの頭には前世の地球で、魔術師が過去の英雄を使い魔にして願いを叶える杯をかけて戦うアニメの事を思い浮かべていた。
あのアニメでは主人公たちが魔術を使っていたが、クレイアルラの言う魔術はそういうものかと考えた。
「魔法について話す前に簡単に、魔術について説明します。魔術はエルフの秘術を解析したあなたたち人間族の祖先が編み出した術です」
「それじゃあ、魔法と魔術って同じってことなんですか?」
「厳格に言えば似て非なるもの術です。まず原則として魔術は魔法と違い物体に書き写した魔法文字から現象を引き起こす術であり、魔法と文字で現象を引き起こします。それと、魔術は今の我々の生活になくてはならないものです。それはなにかわかりますか?」
唐突にクレイアルラから質問を投げかけられた二人はしばし考えてみるが、これと言って思い浮かばなかった。
「答えは、魔道具です。当初の魔術とはスクロールのように直接文字を刻み、魔法を発動する術のことを言っていましたが、現代では媒介を必要として発動する術、すべてを総称して魔術と呼んでいます」
クレイアル等の説明を聞いていたユフィはスレイの方を見ながら問いかけた。
「スクロールって確か、魔法を封じ込めた物だよね?私、本物って視たことないんだけど」
「今じゃ使われなくなったって聞いたよ」
なんでと聞かれたので、スレイは以前あったことを話した。一年くらい前にジュリアが村の大人から、倉庫からでてきた古いスクロールの処理を任されたことがあった。
そのときに聞いた話なのだが、スクロールは本当に魔法を封じているのではなく魔力を宿した特殊なインクで魔法陣を描き、開くことによって魔法を発動する魔道具だそうだ。
しかし、スクロールの管理はとても難しく、それを怠れば直ぐに駄目になってしまうそうだ。更には劣化によって封印が解かれたスクロールによる事故の例もあるそうで、その時見つかったスクロールもかなり危ない状態だったそうだ。
「へぇ~、そうなんだ~」
「ふむ。よく勉強していますね、スレイ」
「先生。ごめんなさい、話を遮ってしまって」
「いいえ。構いませんが、少し訂正を入れましょう。スクロールが廃れた理由は管理の問題以外に理由はあります、それは魔法使いの増加と、魔道具の普及です」
クレイアルラからそう聞かされた二人は揃って首を傾げた。
「魔法使いの増加はわかるけど、なんで魔道具のせいなんですか?」
「理由はあります。スクロールには生活に必要な魔法も含まれていました」
それを聞いて二人は納得した。
スクロールは一度使ってしまえばそれでおしまい、しかし魔道具ならば魔石の魔力が切れれば交換するだけで壊れるまで使い続けられる。
一度きりの道具よりも何度も使える物が普及するのは当たり前だ。
「さて、魔術についてはまた後で説明しますが、ここからはいよいよ魔法についてです。魔法が生まれたのはハイエルフ達が秘術を失ったあとではないか、そう考えられています」
「秘術の消失したからその代わりになる物をってことですか」
「はい。ですが魔法は秘術の下位互換ですので、間違ってもハイエルフのような超常の力があると錯覚してはいけませんよ」
「「はぁ~い!」」
「いい返事です。それでは、魔法の歴史ですが古代の人たちは魔法を使うために己の肉体を作り変えました。それは肉体に秘術を発動するための言葉、つまりエルフ文字を肉体に刻むことです」
「文字を刻むって、人を魔道具にするってことですか?」
「初めはボディーペイントのような物でしたが、のちの人は肉体だけでなく魂に文字を刻んだとされます。方法はわかりませんが、魂に刻まれた文字は失われることはなくその後の人々に脈々と受け継がれていき、言語の統一後も失われることはありませんでした」
言語の統一、それを聞いた二人は揃って首を傾げるのを見てクレイアルラはキョトンっとした。
「おや、あなたたちは知らないのですね。では少し話しましょう。今我らが話している言葉と文字は統一言語と言われ、今から数千年前に今の形体に変わったと言われています。そのせいで、多くの文字が失われました」
「その理由ってわかっているんですか?」
「いいえ、記録も生きている承認さえも殆ど残っておりません」
話を聞いていた二人はいったいどうやって言葉を統一したのか、その方法に疑問と興味が湧いてしまった。
「はいはい。歴史の授業はまた別にして、魔法の講義の続きですが我々魔法使いには肉体に刻まれた魔法文字によって魔法が扱えます───さて、魔法の歴史についてはこれくらいにして今日の授業を続けます」
一度治療院の中に入ったクレイアルラは二冊の本を持ってくると、二人の眼の前においた。
「今日からあなた達には、この教本に書かれた魔法文字と意味を覚えてもらいます。実践的な魔法の使い方はそれが終わってからにします。さぁ、ノートを渡しますので書き取りとその文字の意味を覚えていきましょう。あなたたち文字は読めますよね?」
「「はい!」」
「私は薬草の仕分けをしていますので、わからない言葉などがあれば聴いてください」
差し出されたノートとペンを手に取ったスレイとユフィは、教本とにらめっこしなが書き取りとその文字の意味を覚えていくのだった。
⚔⚔⚔
それから一時間ほど経ったころ、クレイアルラは作業を終わらせてスレイとユフィの様子を見に行くと、教本に向かっていた二人の頭が前後に船を漕いでいた。
医療院の中が片付けれていないから外で行った初授業だったが、今日の陽射しは暖かく気持ち良いそよ風が吹いている。こんな中で勉強をしていては眠くなっても仕方がない。
クレイアルラは仕方がないと思いながら二人の身体を揺さぶった。
「スレイ。ユフィ起きなさい。こんなところで寝てしまっては風邪をひきますよ」
「うっ、うぅ~ん、あと五分……」
「お母さん、やめてぇ~」
「全く。私は母ではありません、起きなさい」
眠りにつこうとしている二人を起こし続けているクレイアルラは、本当に母になったような思いになってしまった。
しばらく声をかけ続けてようやく目を覚ました二人は、寝ぼけて恥ずかしいことを口走っていた事に気が付き顔を赤くしてうつむいてしまった。
「気にしないでください。母と呼ばれて嫌な気持ちはしませんでしたから」
「先生。それ追い打ちですよぉ~」
「ふふふっ、さて多少居眠りはしていましたが、書き取りは進んでいるようですね」
二人のノートを預かり確認していたクレイアルラは、途中までではあったがしっかり書き取りを行えていたのでこれ以上のお小言は言わないでおくことにした。
今日はこれくらいにしてもいいかもしれないと思っていたクレイアルラ、そこにユフィから質問が投げかけられた。
「先生ぇ~質問!なんで同じ意味の言葉が何個もあるんですか?」
「あぁ。それは精霊文字ですね。魔術で扱うことがありますので記載していますが、あなた達はまずは魔法文字を覚えてください。魔術はその後です」
「魔術っていろんな文字が使われてるんですね」
「えぇ、魔術は古代語を多く使用していますが、この話は後で今日は文字の勉強はやめて、少し休憩してから別のことをやりましょうか」
受け取ったノートを手に持って治療院の中に入っていくクレイアルラ、その後を追ってスレイとユフィも中に入る。
治療院の中に入ったのは初めてだったが、かなり散らかっているように思えた。
「すみませんね。まだまだ必要なものが多く、片付けに手が回らず」
「手伝いましょうか?」
「そうですねぇ。もう少し大きくなったら、頼むかもしれませんね。今お茶を入れますから座って待っていてください」
そう言い残して奥へと消えていくクレイアルラを見送った二人は、部屋の中にはテーブルや椅子はなかったので座れそうなものを探し始める。
取り敢えず何も入っていない木箱があったのでそれを椅子とテーブル代わりにしていると、トレイにティーセットを乗せてクレイアルラが戻ってきた。
「おや、テーブルも用意してくれたんですね」
「こんな感じで良かったですか?」
「えぇ。助かります」
テーブル代わりの木箱に上に置かれたトレーには、空のカップが三つと湯気のあがるティーポットが一つと、クッキーの載せられた皿が一つ乗せられている。
用意されたお茶を見てスレイは苦い顔をした。
「紅茶を入れてきましたが、二人共、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫ですけど、スレイくん紅茶苦手じゃなかった」
コクリと頷いたスレイ、実は前世も含めてどうにも紅茶が口に合わなかった。
「食の好みは人それぞれですからね、別のものを淹れてきますね。スレイ、コーヒーは平気ですか?」
「はい。お父さんが飲んでるのもらったことあります」
「わかりました。少し待っていてください」
一度奥に戻っていったクレイアルラは、別のカップを持ってきてスレイに前においた。
「ミルクと砂糖を多めに入れておきましたので甘いですよ」
「ありがとうございます」
お礼を言って受け取ったカップに口をつけると、口一杯に甘いミルクコーヒーの味が広がり、ホッと一息ついた。
「美味しいです」
「それは良かった。ユフィも口に合いますか?」
「はい!ちょっと爽やかな感じがします」
「それは私のお手製です。気に入ったのなら少し分けましょうか?」
「欲しいです!」
「では帰りに分けましょう」
クレイアルラも一口紅茶を含むと、少しだけ口元を綻ばせるとすぐに凛々しい表情に戻した。
それからしばらく楽しくおしゃべりをしたあと、クレイアルラが咳払いをしてから話を始める。
「さて、二人共。一息ついたところで講義の続きと行きましょうか。あなた達は魔力を外へと放出することはできますか?」
「魔力を外に?出来ませんよ」
「私も~」
「では、自分以外の物に魔力を流すことは?」
「それも無理です」
「同じく!」
魔法を教わってから数ヶ月、それ以降ジュリアから魔法を教わることはなく、特訓もランニングでの体力づくりや日常生活でも体内での魔力循環や魔力操作をするだけだった。
難しい顔をしているクレイアルラ見て、もしや一般的な魔法使いならすでに体得していてもおかしくないことなのかと二人は思ってしまった。
「なるほど、魔力操作のレベルから誤解していましたが、魔法自体覚えて数ヶ月でしたね………それでは、今日は物体への魔力付与を覚えましょうか」
神妙な表情をしながらお茶を飲み干したクレイアルラ、それを見てユフィは恐る恐る問いかける。
「えっと、先生、私たちって先生にがっかりされるほど魔法使えないんですか?」
「なにを行っているのですか?」
「だってすっごい険しい顔してたし、そうなのかなって」
うつむきながら答えるユフィの表情を見たクレイアルラは、スレイの表情を見て納得した。
「心配せずとも、あなた達に才が無いわけではありません。現に、たった数ヶ月で魔力操作をマスターしていますからね」
「普通はどれくらいかかるんですか?」
「魔力操作自体は感知さえできればすぐできますが、あなたたちのように自然体で魔力を均一に巡らせることが出来るようになるにはたゆまぬ努力が必要です」
そう言われて嬉しくないはずもなく、二人は揃ったように笑みを浮かべる。
「さて、それでは物質強化ですが、二人共、このスプーンを手に持ってください」
スレイとユフィは渡された木製のスプーンをまじまじと観察するが、どこからどう見ても変哲のないただのスプーン。これをいったいどうするのかと考えながら見ていた。
「今日はこれに魔力を流してもらいます。これに慣れたら次は鉄製の物を使うように」
「これに魔力を」
取り敢えずやってみようと二人はスプーンを手に持ち魔力を流し始める。しかし、魔力は二人の手の中に留まりスプーンに流れることはなかった。
「あっ、あれ?」
「うまく流れない?」
スプーンに流そうとした魔力は手の中にとどまりその先へと流れていかない。そのことに二人はどうしてなのかと首を傾げている。
そんな二人に様子を見ていたクレイアルラは、小さく苦笑しながら自分の手に持ったスプーンを掲げて見せる。
「良いですか?物体へ魔力を流すには明確なイメージが必要です。例えば、これを自らの手足の延長として思ってみなさい」
「手足の延長………あっ、出来た」
「えっ、はやッ!?」
隣で早々に物体への魔力付与を終わらせたユフィはドヤ顔でスレイの方に顔を向けた。
「ふむ、スレイはイメージが弱いですね………スレイ、そのスプーンを剣だと思いなさい」
「剣……あぁ、なるほど」
スレイは改めて手に持ったスプーンに向き合いながら魔力を流した。すると、今度はうまく流れた。
「流石に早いですね。さて、これが出来れば物資強化も可能です、物資の強化はより強いイメージが必要になります。剣ならより鋭く強靭に、盾や鎧ならより堅牢にイメージとともに魔力を流しなさい。そうれば」
スプーンを掲げたクレイアルラは、どこからともなく木製のキューブを取り出し空に投げる。落下してくるキューブに向かってスプーンを振るうと、キューブは空中で二つに別れた。
「このように、強化を極めれば木製のスプーンでも簡単に切断することが出来るようになります」
「「おぉ~」」
二人が感心したような声を上げている。
「さて、二人にはまず物体へ魔力を流すのに慣れてもらいます。木製の物は魔力の伝達率が高いので、これが安定するようになったら次は金属です。さぁ、始めましょうか」
その日は残りの時間を使って物体への魔力流し続け、魔力がなくなったところで訓練は終わった。しかし、初めて魔力切れを起こした二人は、気持ち悪さにえづいている。
「うげぇ~、ぎもじわりぃ」
「うっぷ………はっ、はぎぞぅ」
「魔力は生き物の生命活動に必要なものです。特に魔法使いの魔力切れは慣れない人には苦しくて仕方がありません」
「うぅ~、慣れたくない」
「そういうわけには行きません。魔力を増やすには魔力を限界まで使わなければいけません。二人共、しっかり使ってくださいね」
いい笑顔で微笑みかけるクレイアルラ、その顔を見てスレイとユフィは鬼だと思った。
この日からスレイとユフィの日課に魔力の特訓と魔法文字の書き取りが追加されるのであった。
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