敗北
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昔、一度だけ師匠がボクに向かってこんなことを言ったことがあった。
『どれだけ身体を鍛えようとも、どれだけ修行を積もうとも人は負けるときは何がどうあっても負ける。それは覆りようもない事実だ……それでも生きていけばどうあっても負けられない戦いがある、そんなときお前ならどうする?』
師匠がボクにこれを語ったのは、死霊山での修行の最後の夜のことだった。
あのときの師匠が何を思ったのか満点の星空を見上げながらいきなりそんなことを話し出した。初めてその話を聞いたとき酒の飲みすぎで酔っぱらいの戯れ言かと思った。
『どうしたんですかいきなり、もしかして酔っぱらってます?』
『あぁ?お前に教えてなかった最後のことだ、なめたこと言ってと絞めるぞ』
ボクの質問に怒り殺気を振り撒かれたから少しおっかなかった。
『それでどうなんだ』
『う~ん、そうですね。まずは敵の動きをみてどこかに勝機を見つける……ですか?』
『それも間違っちゃいない、だが俺の求めた答えじゃないな』
『……どんなに醜くても生き残る?』
『違げえよ。答えは想いだ』
『想いって、これ精神論の話でしたっけ?』
『なに言ってんだガキが、ようはどんなに強い相手でも負けないって強い意思を持てってことだ』
言っていることは分かるが、どこか納得言っていなかったボクに師匠は続けた。
『例え力で負けても、剣で圧倒されても、何があっても負けないという強い想いがお前をもう一度立ち上がらせ敵に立ち向かう力を与える』
『まぁ、言わんとすることはなんとなくわかりました』
『いいか、誰かを救うことも、誰かを助けることもようはお前の意思の現れだ。だから想いだけは何があっても負けるな』
今になって何で師匠がこんな話をボクにしたのかようやくわかった。
「ガハッ………ゲホゲホッ」
大きく咳き込みながら血を吐きだし、荒い呼吸を繰り返す。
「ははッ、変なこと……思い出したな」
息を吐くごとき胸が焼けるように痛い。
砕けた煉瓦の壁を支えに立ち上がり、血を吐いたときに汚れた口許を乱暴にぬぐったボクはユフィを掴む化け物とかした男を睨み付ける。
こんなところで死ねない、ボクがユフィをノクトを──守るんだ!!
ジッと化け物のことを睨み付けたボクは地面に転がっていた短剣を拾い上げゆっくりと歩み始める。
「──その手を、放せぇええええ!!」
大きく叫んだボクは手に握りしめた短剣に力を込め地面を大きく蹴り、ユフィを掴む化け物の腕に振り下ろした。
⚔⚔⚔
短剣の刃が化け物の腕に触れる瞬間に業火の炎を纏わせ、自分の出せる最速の速度で剣を上から振り下ろした。
──バキィーン
甲高い音とともに空中を舞ったのは真っ黒な炎を纏った緋色の欠片だった。
「ナンダ、マダ生キテイタノカ」
「そんなッ!?」
化け物がスレイを最初の獲物に定めたのかユフィを離した。
「死ネ」
「クッ!?」
振り向きざまに化け物はスレイに巨大な拳で殴り付ける。
今度は不意打ちではなかったので柄だけとなった剣を握った手と空いていた手をクロスし化け物の拳を防いだ。
「うっ、このッ!」
体格も力も強化を施しているスレイを圧倒している化け物は、なんとかその場に踏ん張ろうとしていたスレイの身体を浮き上がらせるとその場で飛びあがり回転の勢いを利用した回し蹴りをスレイに叩き込んだ。
──ゴキッ
何かが折れる生々しい音が聞こえた。
蹴り飛ばされたスレイは民家の壁を砕き中にまで吹き飛ばされた。
「きゃぁああああああっ!!」
「な、なんなんだお前は!?」
突然壁を突き破って家の中に侵入してきたスレイを見て獣人の夫婦が悲鳴をあげるが、今のスレイに二人を相手にしている余裕はない。
「ぐっ、クソっ、折れた……かっ」
額に脂汗を滲ませながらスレイが左腕を押さえてうずくまる。
闘気と魔力による強化を物ともせず腕を砕き、蹴りを与えたほうの足が折れる。あんな相手にどうやって勝てと言うんだ。
「あ、あなた、この子怪我してるわ!」
「すぐに手当てを──」
夫婦がスレイの手当てしようと相談をしだしたところで、轟音とともに再び壁が破壊され土煙があがった。
「マダ生キテイルなナ」
化け物がスレイを追ってきた。
「ば、化け物……」
「あ、あなた」
化け物の姿に怯える夫婦を見て、化け物はゆっくりと近づく。
「化ケ物、違ウ、我ハ、アノオ方ヲ守護スルモノダ」
先程も語っていたあのお方という者の守護者、そう言い聞かせるように夫婦に向かって訂正すると、おもむろに拳を掲げた。
「我ヲ化ケ物ト呼ンダ報イヲ受ケロ」
恐怖に震える獣人夫婦に向かって拳を振り上げる。
その拳が振り下ろされた瞬間、辺りには二人の人間だった肉片と血の雨が降り注ぐと思われた。
「ナンダコレハ」
化け物の腕は、小さなゲートの中に吸い込まれ近くの地面を殴り付けている。
「やられて、ばかりだと……思うなよ」
開いているゲートを閉じると同時に化け物の腕が切り落とされた。
「早く逃げて!」
スレイが叫ぶと夫婦は化け物が開けた穴から外に出ると、轟音を聞き付け家の中から周囲をうかがっていた家の人たちにも避難を促しながら逃げていった。
獣人の夫婦が逃げたのを見たスレイは折れた緋色の剣を抜き放ち、片腕を失った化け物を見据える。
「腕ガ」
「少しは痛がれよ」
「痛イカ……コレシキノ事デカ?」
腕を失ったのにも関わらず平然としている化け物に毒づくスレイだったが、次の瞬間目を疑うような光景が飛び込んできた。
「そ、そんな……ウソだろ?」
震える声とともにスレイの口から聞こえてきたのは驚くべきことだった。
「腕が生えただと……?」
目の前に佇む化け物は新しく生えた腕の様子を確かめていた。
⚔⚔⚔
化け物がスレイを追って民家に入っていった頃、ノクトはユフィの治療を行っていた。
「ノクトちゃん、もう平気だよ」
「ダメです!」
「大丈夫、首を捕まれただけだからもう平気……それよりスレイくんを」
先程獣人の二人組があの家から出てきて周りの家にも避難を呼び掛けていたのを見たユフィは、まだあの家の中でスレイが一人で戦っているのだ。
今のスレイにはまともなの武器がない、あるのは半ばから折れた剣だけ、あの化け物と戦うのは無理だ。試作中ではあるが新しい武器はユフィが持っている。
どうにかしてそれをスレイに渡さなければならない。
そしてあの化け物の目的であるノクトも、どうにかして守らなければいけない。
「ノクトちゃん、私とスレイくんであの化け物を押さえるから、なんとかギルドに行って誰かを──」
「イヤです!!」
最後まで言い切る前にノクトが言葉を遮った。
「わたしもパーティーの仲間です!一人で逃げたくなんてないです!」
ノクトの真っ直ぐな目を見てユフィは口ごもる。
この目は何を言ってもムダだと察したユフィはどうするべきかを考えるが、こんなことをしているうちにも轟音が響き、建物は崩壊している。
「ノクトちゃん、これだけは約束して、もし捕まりそうになったら全力で逃げること」
「……わかりました」
「それじゃあ、行くよ!」
最後に崩壊した家の方に走ると、そこにある路地にスレイと化け物は対峙していた。
「仕掛けるよ!───ライトニングアロー!」
「合わせますッ!───エアロブラスト!」
雷の矢と風のつぶてが化け物に向かって放たれる。
事前に辺りに人がいないことは確認済みなので、多少の魔法は使っても問題ないと判断したからだ。二人の放った魔法が化け物に着弾する。
雷に穿たれ風のつぶてに撃ち抜かれた化け物をみてノクトが小さく呟いた。
「なんだか、呆気ないですね」
先程スレイの業火の炎を纏った短剣が簡単に折られた。
もしかするとあの化け物は物理には強いが、魔法に弱いのかもしれないと思った二人だったが、すぐにその言葉を飲み込むこととなった。
「効カヌナ」
雷に焼かれた火傷も、風のつぶてに撃ち抜かれた傷も、すべては瞬く間に修復されたのだ。
「ユフィ!ノクト!そこをどいてッ!!」
スレイの言葉を聞いた二人は足を強化してその場所から離脱した。その直後膨大な熱の光が闇が支配する夜の世界を、まばゆい光の世界へと塗り替えた。
「行っけぇええええぇぇぇぇぇぇ――――――ッ!!」
空間収納に収納していた太陽光をさらに集束さけ打ち出したスレイの最大の魔法だ。
上空から降り注いだ高濃度に圧縮された光の熱が瓦礫を融解させ、弾けるような爆発が発生した。
「どうだ!」
爆風で目を細目ながらも化け物の位置をジッと見ているスレイは、そこから現れた物を見て背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
「………………ウソだろ、もう化け物じゃない、あれは本当に生き物なのか」
現れた牛頭の物は全くの無傷、いや違う。
溶けた地面を踏みしめたとき化け物の足が焼けたかと思うと、瞬く間に再生していった。太陽と同等の熱量の中で再生をしたという事実にスレイと、あの魔法のことを知っているユフィは驚愕する。
「モウ終ワリカ」
そう小さく呟くと化け物が消えた。
「ガハッ!?」
スレイが吹き飛んだと思うと、今までスレイがいた場所に化け物が現れそして消える。
何度も何度も聞こえてくるなにかが殴られる音、そして空中で身体を浮かせながら弾き飛ばされるスレイ、空中で現れては消えてを繰り返している化け物、それを見てユフィもノクトも化け物が何をしているにかを察した。
「や、やめて……やめてぇ────っ!!」
「お兄さん!!」
このままではスレイがなぶり殺される、魔法を放とうとしてもあの速度で動いている相手に魔法を放っても当たらないどころかスレイに当たる可能性がある。
ただ泣き叫ぶしかない二人の少女はこのまま叫んでいても何にもならない。
「ノクトちゃん、私はスレイくんを助けたい」
「……わたしもです」
覚悟を決めたユフィとノクトが死を覚悟してスレイを助けようと立ち上がろうとしたとき、突然スレイの元に先程の魔法の光とは違った神々しい光が迸った。
「な、なんなの!?」
「ひ、光が……」
二人が目を覆ってジッとその光を見ていると、神々しい光の中に一人の女性がいるのを見た。
⚔⚔⚔
光の中にいる女性は傷つき気を失っているスレイに手をかざすと優しい光が包みこむんだ、その光が消えると同時にスレイは目を開けた。
「うぅ……ここは……」
『間に合って良かった』
「あなたは?」
優しく微笑みかけてきた女性を見てハッと我に返ったスレイは身体の傷が癒されていることに気づいた。
「これはあなたが?」
スレイの問いに答えない代わりに女性は、牛頭の化け物に告げた。
『立ち去りなさい』
凛とした声が響くと同時に牛頭の化け物が動きを止めた。
いや正確には動きを止められたのだが、化け物はそんなこと気にしていなかった。
「ヨウヤク姿ヲ現シタナ」
『あの者の元に戻り伝えなさい、私はもう逃げないと』
「イヤダネ、我ガココデ消シテヤル」
禍禍しいオーラを放った化け物が拳を振り上げ、女性に向けて振り下ろした。
『無駄です』
その言葉とともに牛頭の化け物の拳から灰となって崩れていった。
「ナ、ナンダコレハ、身体ガ消エル!?」
『一次的にですがあなたの力を取り込み消し去りました。いくら使徒でも再生には時間がかかることでしょう』
女性の言葉にノクトとユフィはいったい目の前で何が起きているのか理解出来ないが、あの女性は味方であの化け物から助けてくれると理解した。
「フザケルナァアアアアアアアアッ!!」
残った翼と拳で女性を殴り付けようと向かってくるその姿に女性は焦った表情を浮かべると、黒い影が颯爽と駆け抜け牛頭の化け物を切りつけた。
それは折れた剣を握ったスレイだった。
「お返しだ」
剣で切られたことにより崩壊が早まったのか牛頭の化け物は完全に灰となって消えていった。
地面に降り立ったスレイにユフィとノクトが飛び付いて抱き締めた。
「良かった……無事で」
「お兄さん!お兄さん!」
抱きつき涙を流しだしたユフィとノクトを抱き締め、少し無茶が過ぎたかと思ったスレイは二人の頭を撫で、大きく息を吐いてから鋭い視線で謎の女性を睨み付ける。
「あなたはいったい何者ですか?」
『私はアストライア、この星を管理する神の一柱です』
この日、女神アストライアとの出会いがスレイとユフィの運命を変えていく出会いとなった。




