強敵あらわる
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依頼を終え陸に戻ったその日、正式にスレイとユフィの仲間になったノクトの歓迎会を終え、宿へと戻ろうとしていた帰り道いつかスレイに因縁をつけてきた元ギルド職員の眼鏡の男が、十数人のゴロツキを引き連れてやってきた。
「はぁ、その日のうちに来るとは思わなかった」
げんなりとした表情で前を塞ぐごろつきと元職員の眼鏡の男の姿を見ていると、ちょいちょいとユフィが呼んできた。
「前だけじゃないみたいだよ」
ユフィに言われて後ろを確認すると、来た道を塞ぐように十数人のごろつきが出てきた。
数十人のごろつきに取り囲まれ怯えているノクトを二人は背に隠すように立つと、眼鏡の男がゴロツキたちになにかを指示を出した。
するとゴロツキたちから怒声が降り注いできた。
「おいテメェ舐めた目してんじゃねぇか!」
「怯えてねぇで出てこいや!」
今更、何度も死ぬような目に合ってきたスレイにとってそんな恫喝はなんともない。
ユフィも魔物のほうがアレよりも恐ろしいので特になんとも思っていないが、ノクトはまだそういったことに耐性がない。
「ヒッ」
「大丈夫、ノクトちゃん?」
「はっ……はい」
気丈に振る舞っているが、大丈夫というノクトを優しく抱きしめながらユフィは安堵していると、どこからともなく小さな笑い声が聞こえてきた。
どこからかと二人がごろつきたちの顔を見回し口に笑みを浮かべた眼鏡の男の姿を見つける。その顔はニヤニヤとまるで優越感に浸った顔をしていた。
事の発端でもありノクトを怖がらせた張本人の姿を目の当たりにした二人は、得も言えないほどの怒りが湧き上がった。
「ねぇ、なんだかすごいムカつくんだけど」
「あぁ、すごいムカつくな」
眼鏡の男の視線にそんな感想を呟いたと同時にスレイはおかしなことに気がついた。
こんなに家の多い路地で夜遅くに騒がしくても誰も出てこない、締め切られたカーテンの奥には様子をうかがっている人も居るが、助けを呼んでくれる気配はなかった。
大方、酔っぱらいの喧嘩か何かと思われているのかもしれない。
「スレイくん、あの人、完璧に根に持っちゃってるけど、話し合いじゃ済まないよ。絶対に」
怯えるノクトを抱きしめながら優しく問いかけてくるユフィだったが、その目には殺るなら速くしてと雄弁に問いかけてきていた。
もちろん、話し合いで済むわけはないができれば穏便に終わらせたいと思っているが、ごろつきたちからの暴言は止むことがない。
「スレイくん、これ以上は私も耐えられないから早く殺るなら殺っちゃって」
「ユフィ、ストレス溜まってるのはボクも一緒だけど、街中で物騒なこと言わないで」
「それでもこれ絶対にスレイくんのせいなんだから、早く終わらせてね」
それを言われるとその通りでしかないのでスレイは弱った。
あのときちゃんとあの眼鏡職員の心をへし折っておけばこんなことに巻き込まれることもなかったはずだ。
「分かったよ。何とかする」
心を落ち着かせるように息を吐いたスレイは、心を落ち着かせて冷静になることにした。
人なのだから話せばなんとかなるのではないかと、たまには暴力に頼らない方向で穏便に済ませたかった。にこやかな笑みを浮かべてスレイは眼鏡の男に話しかける。
「どうもお久しぶりですね。あの申し訳ないんですが、連れが怖がっているのでその怒声やめていただくようお友達に伝えていただけませんか?」
そう答えるがさらに眼鏡の男がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら答えた。
「イヤだね」
「どうしてですか?」
「どうしでだ?お前が俺にやったこと忘れたとは言わせねぇぞ!!」
唾を飛ばしながら大声で叫ぶ眼鏡の男の言葉にスレイは目を伏せる。
「やったも何も、始めに因縁つけたのはあなたの方じゃないですか」
「うるせぇんだよッ!てめえらにようなクズみたいな奴が、俺にくちごたえすんじゃねぇ!!」
「それが素ですか」
「てめえのせいで俺はクビになったんだぞ!俺は冒険者なんてやってるクズで底辺な人間じゃねえんだ!俺は人の上に立つ男なんだよ!それなのにクビィ!?ふざけんじゃねぇよ!」
明らかに見当違いな怒りにスレイは呆れてものが言えなくなった。
「挙げ句の果に、俺を跡取りの座から降ろすだぁ?ふざけんじゃねぇ!テメェのせいで俺の人生むちゃくちゃだ!」
「何を言うかと思えば、全てあなたの自業自得ですよ。人を見下してあんな態度ばっかりとっていたからバチがあたったんだ」
「うっせぇ!おい、このガキを殺っちまえ!」
眼鏡の男が後ろに控えていたゴロツキたちに向かって声をかけると、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべているゴロツキたちが男に訊ねる。
「ちゃんと金は払ってくれるんだよな?」
「大丈夫だ、好きなだけ払ってやる」
「ついでだ、あの女たちももらっていいか?」
その言葉にスレイはピクリと反応した。
「俺あの黒髪のとヤりてぇな」
「俺はあの胸のでかいのとだな」
「お前ら、まずは俺が先にヤるからな、てめえらは後だあと」
嫌らしい会話が聞こえてきた。
それに対してユフィ怒りが高まっていく。
もう町中など関係なくシェルでこのゴロツキどもを吹き飛ばそうかと思ったが、それ以上にキレていたのがスレイだった。
「おい、なにユフィとノクトに手を出そうとしてるんだよ?殺すぞ?」
瞳孔は収縮し微かに漏れでる殺気がゴロツキどもに降り注いだ。
近くにいるユフィとノクトも放たれた殺気を感じて息を呑み、殺気を向けられているごろつきたちは揃って冷や汗を流しながら武器に手を取った。
そしてこの事件の発端である男はと言うと、顔を青くしながら震える声で叫んだ。
「そっ………そいつを殺せぇッ!!」
眼鏡男の声を聞いてハッと我に返ったごろつきたちは、剣や槍などを握りながらスレイに襲いかかってきた。
一斉に襲い掛かるごろつきたちを前にしながらも、全く動じることのないスレイはユフィに向けて指示を出した。
「ユフィ、シールド張ってノクトを守ってて」
「オッケー。そのかわりに、あいつらきっちり懲らしめてあげてね」
「うん。了解」
静かに答えたスレイは向かってくるごろつきたちを見据えると、すぐの目の前に槍を構えた男が近づいてくる。
「死ねぇッ!」
速く突き刺すように振るわれる槍を前にしてもスレイは動かない。
槍の切っ先がスレイの身体に触れようとしたその瞬間、足さばきから身体を半身にずらしてたスレイが槍の一突きをかわし、続けて左手で突き出された槍の柄を握りながら一回転する。
その場で回転したスレイは槍を握った男の顔面に肘を突き刺した。
「なっ──ガッ!?」
肘で頭を撃たれた男が崩れ落ちたところにスレイはさらに蹴りを加えて完全に意識を刈り取り、手放された槍をスレイが奪い取った。
クルクルっと片手で穂先で地面を突いたと同時に槍の刃先を蹴りおった。
「テメェ!良くもッ!」
「ガキが死ねッ!」
仲間をやられたと思った剣持ちの男二人が、左右から挟み込むように飛びかかる。
左側から飛びかかる男のほうが速い、一瞬でその判断をつけたスレイが両手で握った槍の柄で突くと、男の顎を強く打ち付け一瞬で意識を奪い取る。
「ガハッ!?」
男が沈んだのを確認したスレイは槍を手放して一歩後ろに下る。すると、振り下ろされた剣が空を切った。
「テメェ、逃げ───ッ!?」
逃げるな、そういい切る前に男のすぐ目の前にまで移動した。
「誰が逃げたって?」
目の前のスレイがそう呟いたことで捻るだのを見たスレイは、男が剣を握る手を手刀で強く叩き剣を落とさせる。
空中に投げ出された剣を受け取ったスレイは、体勢を低くし剣を失った男の足を払い体を宙に浮かせ起き上がると同時に男の腹を蹴る抜いた。
「ゴハッ!?」
蹴り飛ばされた男が吹き飛んだ。
一瞬で仲間が三人やられた。その事実を前にしてごろつきたちの足が自然と止まった。
「悪いけど、機嫌がすこぶる悪いもんで痛め付けて沈めてやる」
奪い取った剣の切っ先を向けたスレイは、殺気の籠った声でゆっくりと男たちへと告げた。
⚔⚔⚔
シールドの中で様子を見ていたユフィはもっとやってしまえと騒いでいた。
「そこ!スレイくんやっちゃって!」
「わっ、わぁ~……お兄さん、スゴいですね。いろいろと」
少しだけ元気になったノクトがスレイの大立ち回りを見て小さく声を漏らす。
「スレイくんの師匠ってね凄く強くて、スレイくんよく師匠の強さは化け物だとか言ってるけど、スレイくんもその化け物の領域に片足を突っ込ん出る気がするんだよね」
「あの、昔お兄さんに死霊山で助けてもらったとき魔物を蹴り殺してたことがあって、あのときは小さかったので分からなかったんですが、アレってスゴいことだったんですね」
少女二人がそんな感想を漏らしながら、スレイの戦いを見守っていた。
シールド越しに話をしていたユフィとノクト、二人の会話は戦闘中のスレイの耳にも聞こえてきていたが、いちいちツッコんでいるのも面倒なので後にした。
「ウラァッ!!」
「死ねぇえええぇぇぇぇッ!」
意識を戦いに戻したスレイは目の前から迫る戦斧の一撃を剣で受け止め、背後からやってき槍の一刺しを見ることなく身体を反らすことでかわし、空いている手で槍の柄を掴んで止める。
「んなっ!?」
「なっ、バカなッ!?」
二方向からの同時攻撃をいとも簡単に受け止めたスレイに男たちが驚きの声をあげると、スレイが剣に闘気を込めながら戦斧を押し返し、槍を握った手を思いっきり振り払った。
すると槍を握った男ごと振り回し、戦斧を握った男と纏めて吹き飛ばした。
「………………」
静かに剣を観ていたスレイは、闘気を流すのをやめて剣を投げ捨てると拳を握ってごろつきたちを見据える。
「………次だれ?」
武器を持った相手に対して素手で戦う、そう言われたごろつきたちが一斉にスレイの元へと押し寄せる。
もはや剣を使うまでもないと判断したスレイの拳が次々にごろつきを打倒していく。
スレイは剣以外にも体術もそれなりに使える。
村にいた頃、ユフィの母マリーから剣がない場合に備えて、ある程度は無手でも戦えるようにしたほうがいいと言われ習ったことがあるが、そこで終わる程にスレイの師匠であるルクレイツアは甘くない。
ルクレイツアの手によりスレイの徒手空拳も腕前は、拳一つで死霊山のゴブリンの群れを滅ぼせる程度には鍛えられている。
あれは酷い修行だったと、一瞬昔の地獄も生ぬるい修行時代の記憶にトリップ仕掛けたスレイは怒りでなく、記憶で目の光をなくしかけた。
その間スレイは半ば無意識でごろつきの攻撃を捌いていた。
武器を持つ手を掴んで投げ飛ばし、懐へと潜り込み掌底で顎を打ち意識を刈り取り、鳩尾へ拳を突き立てて落とす。
すでに半数ほど倒したとき、スレイは残ったごろつきたちの会話を耳にした。
「どうやったら手で剣が切れるんだ!?」
「槍の矛が潰れるだと!?」
「メイスが折れた!?」
「バカな鉄の斧が砕けだぞ!?」
「なんなんだこいつは、ば、化け物のか!?」
恐れおののくごろつきたちのセリフと表情を見て、思わずスレイは怒りも忘れて叫んだ。
「失礼な、れっきとした人間だ!」
叫び返すと同時に一人蹴り倒したスレイだった。
ちなみにどうやってスレイが素手で武器を破壊したり受け止めたかと言うと、答えは至極簡単だった。
単純に身体強化による筋力で剣や戦斧の刃を砕いたり、強化によって鉄よりも身体の硬度を上げただけにほかならない。
つまりは、何もおかしいことなどしていないのだ。
一度怒りが引いてしまったせいで理性を取り戻したスレイは、気持ちを切り替えるかのように小さく息を吐いた。
「全く、こんな善良な人間を化け物って、師匠見たらどうなるんだ?」
自分ごときで等と言っているスレイだったが、スレイも十二分にその資格を有しているのかとまだ知らないのであった。
その頃の少女二人はと言うと………
「ノクトちゃん、お茶の御代わりいる?」
「ください。あ、このクッキー美味しいですね」
「それね~、スレイくんの作りおきなの」
「お兄さんて何でもできるんですね」
「お洋服も作れるから、今度ノクトちゃんの服も作ってもらおっか?」
「ホントにお兄さんって何でもできるんですね……お茶も美味しいです」
お茶を飲みながら完全に観戦モードになりまったりとしていた。
⚔⚔⚔
数十人のごろつき全員地面に倒れたのを確認したスレイは、剣を拾ってゆっくりと歩き出した。
「おい、全員倒しましたよ」
「ヒィィィッ!?」
スレイが腰を抜かしたのかへたり込んでいた眼鏡に男に近づくと、男は甲高い悲鳴をあげながら四つん這いで逃げ出そうとした。
ここまでのことをして逃亡を図ろうとするその根性に、半ば呆れてしまった。
「今更逃げるなよ」
空間収納から取り出したナイフを眼鏡の男が進む先に投げつける。
「ヒィいぃいぃっ!?」
投げられたナイフに驚きさらに悲鳴を上げた男は、近づこうとするスレイの方に振り返ると怯えた声で叫んだ。
「く、くるな!!来るんじゃない!?」
「始めにボクのことを殺そうとしたのはお前だろ?」
「うっ、うるさいッ、お前がッ!お前が悪いんだッ!」
けしかけてきたのも、最初に因縁をつけてきたのも全てこの男だというのに、まだそんな事を言うのかとスレイは呆れてものが言えなかった。
「流石に今回ばかりは見過ごせませんよ。こうして命を狙われたわけですし、あなたはその指示役として投獄は免れないと思います」
「うるせぇッ!俺が投獄されるわけねぇだろ!されるのはテメェだッ!」
話しているだけで疲れたと思ったスレイは、もう終わらせようと静かに殺気を放った。
「────」
殺気を受けた男が口から泡を吹いて意識を失ったのを確認したスレイは、空間収納からアラクネを呼び出し麻酔を打ってから黒鎖で身体を拘束してから一箇所に集める。
「お疲れ様ぁ~、いやぁ~すごかったねぇ~」
「お疲れ様です、お兄さん」
隠れていた二人がシールドの中から出てスレイに声をかけてきた。
「二人ともボクに戦わせてお茶してるっておかしくない?」
「ごめんね。でもなんだか喉乾いちゃって」
「わたしもその……小腹がすいたので」
おずおずと申し訳無さそうにスレイに言うノクトだったが、巻き込んだのはスレイの方だったのでお茶を飲んで落ち着いたと言うならよしておくことにした。
「怖い思いさせてごめんね」
スレイがそっとノクトの頭に手をおいて優しく撫でると、ノクトの頬がみるみるうちに真っ赤になった。
「はにゃあッ!?」
真っ赤な顔で奇妙な声を上げたノクトが飛び上がりユフィに抱きつくと、ニヤァ~ッと嫌らしい笑みを浮かべたユフィがスレイを見た。
「ちょっとぉ~、セクハラはダメだよぉ~」
「はッ、セク……アッ、違っ………ごめん、妹にやってたから、それで」
「い、いえ……もう少しやってください」
どうぞと頭を差し出すノクトに二人が目を丸くする。
一応スレイがユフィを見ると、同じように驚いてからどうぞどうぞと手でジェスチャーしてきた。
「それじゃあ」
なんだか変な感じだと思いながらスレイがノクトの頭を撫でている。
そんな光景を傍から見ていたユフィはなんだかちょっとだけモヤッとした感情が湧いてきた。
「ねぇスレイくん。私にも同じことやって」
「えっ、なんで?」
「良いじゃん!ちょっとだけで良いから!」
「……分かった」
差し出すように押し出されたユフィの頭を見て、なぜだと疑問を浮かべながらも手を伸ばし触れ擁護したその時だった。
「「「────ッ!?」」」
背後から感じた途方もない恐怖にスレイたちは息を呑み。
振り返り様に剣と短剣に手を伸ばすスレイと、空間収納から取り出された杖を構えるユフィとノクト、三人の視線の先には全身を筋肉に鎧を身に纏った男が一人、静かに佇んでいた。
ゴクリと息を飲んだユフィは相手を刺激しないように、静かに尋ねた。
「なにあれ………人、なの?」
「見た目は人だけど………気配がまるで無かったぞ」
「どうして、急に………魔力も感じませんでしたよ」
目の前で佇むあの男が魔法を使って現れたのなら魔力の残滓が残る。だが先程ノクトの言う通り魔力は全く感じ取れない。
あの男からは気配という気配がなにも感じ取れないのだ。
感じるのはただ一つ、圧倒的なまでの恐怖だけだった。
「……あなたは、何者なんですか」
震える声でスレイが男に問いかける。
男の答え次第では戦いは避けられるが、もしもスレイが倒した奴らの仲間ならば確実に戦うことになる。
戦うか戦わないか、スレイたちは前者であることを強く願っていると男が答えた。
「我は、あるお方の使者である。その娘をこちらへ渡せ邪魔をするなら殺す」
男の視線はスレイとユフィの横、ノクトへと向けられる。
「えっ……わたし?」
なぜどうしてと狼狽えるノクトにユフィは問いかける。
「ノクトちゃん、あの人に狙われるような心当たりは?」
「あっ、ありませんよ、そんなの!」
強く否定したノクトを見てスレイとユフィが合間に入って守るように立つと、男に向かって問いかけた
「あなたの勘違い、ってことはありませんか?」
「勘違いなどではない。こぬというのであれば力付くで捕えるまでだ」
男が近づこうとしたその時目の前に、炎の壁が出現した。
「何をする?」
炎の壁越しに男が問いかけた。
「何って、あなたがどんな理由でノクトを狙うかは知らないけど、力付くと言われちゃ応戦するしかないじゃないですか」
「少なくとも私もスレイくんも、黙って大切な仲間を連れ去らせはしないよ」
業火の炎をまとった短剣の切っ先を向けるスレイと、杖を握りしめアタックシェルとシールドシェルを配備したユフィが立ちふさがる。
恐怖はあったが、それ以上にノクトを渡せ無いという意思が打ち勝った。
立ちふさがる炎の壁を前にして男は静かに呟いた。
「ふむ、つまりお前たちは死にたいのだな」
男から殺気と共に気が溢れ出し炎の壁を吹き消す。
気に押されスレイとユフィがたじろぐと目の前から男の姿が消えた。
「悪くない。だが……弱イナ」
背後から聞こえた声に振り返ったスレイ、その目に写ったのは人ではなかった。
「ま、まも──あがッ!」
強い衝撃ともにスレイが吹き飛ばされた。
「スレイく───はぅッ!」
すぐ横にいたユフィの首を掴むのは獣のような体毛に覆われた巨大な腕、普通の人間の首ならがすぐにでも折れてしまいそうな腕はユフィをつかみ上げた。
「ば、ばけ……もの……」
苦しそうにもがくユフィの口から聞こえた声の通り、目の前にいるのは人ではない。
牛に似た頭に天をつく長い巻き角に大きな巨体、人の形とはかけ離れたその姿はまさしく、正真正銘の化け物だった。




