船上の湯
今年最後の投稿になります。
皆様よいお年を
船の中でお風呂に入れると聞いたとき、わたしはそんな贅沢をしていいのかと思った。だって船の中では真水は貴重だし、それを使って沸かすお風呂なんてとびっきりの贅沢と言ってもいい。
だってわたしこの船に乗ってから魔法で作った水で身体を拭くくらいだったから。それでも水魔法は苦手だから桶一杯くらいしか作れなかった。
だからレベッカさんからお風呂の話を聞いたわたしはとっても喜んだんだけど、ホントにいいのかな?
「レベッカさん、本当にお風呂入ってもいいんですか?」
そんなことを考えているとお姉さんがレベッカさんにわたしが思っていたことと同じことを質問した。
「構わんさ、それよりさっさと脱いじまいな」
「でも水は貴重なんじゃ」
「確かに真水は貴重だよ。でもねこいつはただなのさ」
レベッカさんの言葉にわたしとお姉さんはどういうこと?と、頭の中に疑問を感じていたけどそれよりも先にレベッカさんが答えを教えてくれた。
「今日の水はスレイの魔法で出してくれたものだからね。いやぁ~魔法使える奴が一人いると船の生活が楽になっていいねぇ~」
レベッカさんの答えに納得したわたしとお姉さんは、そういういことならと、お風呂に入るために服を脱ぎ始めました。
⚔⚔⚔
船に中に備わっていた豪華な広い湯船に浸かりながら手足を伸ばして疲れをとるユフィ、レベッカ、ノクトの三人だったが、その中でノクトだけがブクブクと湯船に口元まで沈め怨めしそうな視線を二人に、特に二人の胸元にそびえ立つ二つの山脈を見いっていた。
ジィ~
そんな擬音が聞こえてくるのではないかと思うほど凝視してくるノクト、ついでに言えばなにやら黒いオーラが全身から溢れていた。さすがにずっと見られているせいでその視線に気付いていたユフィは、ノクトを無視できなかった。
「ノクトちゃん。そんなに見られると恥ずかしいんだけど……?」
「………………お姉さん、どうやったらそんなに育つんですか?」
「へっ……?これのこと?」
ユフィは自分の胸を指差しながら訪ね返すと、ノクトがウンウンと何度も首を縦に降って肯定するが、ユフィは特に胸が大きくなるようなことなどしたこともない。
それどころか母マリーはユフィよりもさらに大きいのでまだまだ小さいと思っていたが、これをノクトに言ったら確実に殺意を向けられると思ったユフィ、空気を読んでその事は黙っておくことにした。
「お母さんも大きかったから遺伝子、じゃないかな?」
「…………わたしの母も大きかったです」
「…………………………………………」
ノクトの目から光が消えた。
ユフィは全力で視線をそらしたくなったが、ここでそらしてはなんだかいけない気がした。
ここで言うのは憚られるかもしれないが、ノクトの胸は小さいが全くないという訳はなく、小さいが確かな膨らみがそこにあった。もちろんまだ十三歳という年齢ならまだまだ大きくなる可能性はあるはずだが、ユフィ自身がノクトと同じ歳の頃は今のノクトよりも大きかったので、何をいっても慰めることはできない。
「なんだいノクト、そんなに巨乳になりたいのかい?」
今まで湯船に浸かったまま話を聞きいっていたレベッカが訪ねると、今度は少し迷った素振りをしつつ首を縦に降った。
「それは憧れますけど、でもやっぱり人並みでいいので大きくなりたいです」
「でもね、胸なんて大きくたっていいことないわよ」
「ある人にはない人の悲しみなんてわかんないんです!」
「だけどねぇ、あったらあったで鬱陶しいよ?うちの船に新人が来るとアタシの胸目当てで迫ってくるやつもいるくらいだしね。まぁボコって逆さ釣りで晒し者にしてるけど」
「私もそういう目で見られたことありますけど……スレイくんがキレます」
ユフィに話を聞いて納得したノクトとレベッカ、その直後にドンッ、バタンと外から音が聞こえてきた。
音に怯えてサッと身を隠しユフィの後ろにかくれるノクトと、タオルで身体を隠して脱衣場に走りカットラスを握り外のようすを見に行ったレベッカ、そんな二人を落ち着かせるためにユフィはコールをかける。
「あ、スレイくん今の音なんだったの?……うんうん、そうなんだ」
コール事情を確認したユフィが、外に誰もいないことを確認して湯船に中に戻ってきたレベッカにスレイの話の内容を伝えた。
「スレイくんからなんですけど、覗きをしに来た船員がいたらしくて確保したそうです」
「……お兄さん、どうやって侵入しようとした船員見つけたんですか」
「そういやあ、監視用にゴーレム置いてくとか言ってたわね」
「それでどうします?スレイくん、殺るんだったらすぐに沈めてくるっていってますけど」
スレイの即殺害の言葉にノクトとレベッカは声がでなくなった。
「取り敢えず、逆さ釣りにしといてもらって」
「わかりました。あ、スレイくん。海に捨てちゃダメだから、うん、逆さ釣りにして放置しといてだって」
ユフィはスレイと少し話をしてかコールを切った。
「もう少し入ったらでるかね」
「そうですねぇ~」
「わかりました~」
久しぶりに湯に浸かっているということで少しホッこりしているユフィたちであった。
その後、着替えの際に再びノクトから闇のオーラが立ち込めたのだった。
⚔⚔⚔
時間は少し遡りスレイが甲板で釣りをしているときだった。
何人かの船乗りと共に海に向かって釣糸を垂らしているスレイ、そこで少し思ったのだが船員がこんなことをしていてもいいのかと思ったが、地球での帆船とは違い推進は魔力式なので魔物や海賊の索敵と舵を取り以外は、魔道具が壊れるか動力の魔石が壊れたとき以外はあまり仕事がないのかもしれない。
「今さらなんですけど、船が動いてるのに魚なんて釣れるんですか?」
「釣れるって、しかし新入りお前来るの遅かったが何してたんだ?」
「だから新入りじゃないです……レベッカさんに頼まれて風呂に湯を入れてきたんです」
「ほぉ~、船長は今風呂か」
「ユフィとノクトも誘うっていってましたし、三人で入ってるんじゃないですかね?ってかこの船の浴槽広くないですか?あっても入れないでしょ?」
「船長の意向なんだ……それよりあいつどこ行った?」
「ん?誰のことですか?」
「新入りだ、お前と違ってこの航海が始まった時に入ったばっかりのな……しかし困ったな」
なにやら釣りをしていた船乗りたちの容姿がおかしいと思ったスレイ。
「その人がどうかしたんですか?」
「いやな、その新人、船長に何度か手を出そうとしててな」
「レベッカさんなら返り討ちにしそうですけど」
「それがな、あいつ二人に嬢ちゃんにも手を出そうとしてて」
「──あ゛ぁ?」
スレイが殺気を振り撒きながらメンチを切る。
「お、俺じゃないって、お前の女に手を出す気はない」
「それならいいんですが、その人……ん?」
「どうした新入り?」
「その人の特徴なんですけど、短髪の金髪に縞模様のバンダナしてます?」
「どうだった?」
「確かそうだったはずだが、なんで知ってるんだ?」
「今、風呂場にそいつが現れたので」
どうやって甲板から風呂場のことが見えるのか船乗りたちにはわからず内心で首をかしげていると、スレイが胸のホルスターから魔道銃を抜いていた。
「───ゲート」
船乗りたちがスレイの開けたごく小さなゲートを覗いてみると、先程話していた新入りの船乗りが挙動不審と言われてもおかしくないほど周りをうかがい、誰もいないことを確認して風呂場の扉を開こうとしていた。
スレイは船乗りたちに静かにするように伝え、ゲートの入り口を少しだけ広げると魔道銃の照準を男に合わせ、トリガーを引き絞った。
──ドンッ!
っと大きな音が響くと同時になにかが倒れる音が聞こえ、スレイは空間収納から黒鎖を数本取り出すとゲートの入り口を広げ、例の新入りをこちらに引きずってきた。
「よし、タコ殴りにして海に沈めるか」
ポキポキと指を鳴らしながら気絶している男を殴ろうとすると、船乗りたちがスレイを羽交い締めにするように押さえつけた。
「やめろ!」
「海に沈めようとするな!!」
「なんでこいつこんなに危ない発想してるんだ!?」
成人したばかりの子供がタコ殴りやら海に沈めるやら物騒なことをしようとしているからだ。
「剣の師匠の教えで、間違った行いをする奴は痛め付けてから殺せって」
『物騒な師匠だな!?』
取り敢えず今は気絶しているからいいが、目が覚めて逃げ出そうなどと考えないように手足を黒鎖で絡めとり、その上から黒蛇を待機させ目が覚めても逃げないようにしておくと、ここでユフィからのコールがかかってきたの船乗りたちに離れてもらった。
事情を説明し、レベッカに指示を仰いだスレイは逆さ釣りにしておけと言われたのでそうすることにした。
ちなみにただつるし上げるだけではスレイの怒りが収まらなかったので、吊るされている男の服の上に張り紙を張り付けておいた。
──私はお風呂を覗こうとした変態です──
それを見た船乗りたちからは笑い者にあったそうな。
⚔⚔⚔
その後、風呂から上がってきたユフィ、ノクト、レベッカの三人が甲板で吊し上げられていた対象を発見し、一度は解放されたが、これはレベッカが新入りを許した、訳ではなかった。
「オラオラ!人の裸を見ようとしたんだ!こんなもんじゃ済まさないよ!!」
「ひぃいいっ、もうしません!もうしませんから、助けてぇええ──っ!?」
鉄の鎖分銅を振り回しながら新人船乗りを追い回すレベッカ、これこそこの船名物、調子に乗っている新入りに誰が上かを叩き込もうの刑、なんて変な名前のお仕置きという名の教育だった。
「あ~ぁ、甲板に穴空いてるよ」
「まぁレベッカさんの船だしいいんじゃない?後で錬金術で直してあげることもできるし」
「いつもはどうしてるんですか?」
「港についたら俺たちで張り替えてる」
「職人に頼むと金がかかるからな」
話を聞いて納得しているスレイとユフィだった。
そのままレベッカによる新人教育を見ている横で、ノクトから絶え間なく闇が放たれ続けていた。
「…………………」
「…………………」
なにやらぶつぶつと呪詛のような言葉がノクトの口から聞こえてくることに、スレイとユフィはノクトから必死に目をそらしたくなってきた。
「ユフィ、いったい風呂でノクトに何があったの!?」
「えぇっと……女の子の秘密?」
なにやら気になる話しだったが、ノクトのためだから聞くのはやめておこうと直感で感じたスレイは、真っ黒いオーラを振り撒いているノクトのを見ながら一言。
「あれは、闇ノクトとでも名付けるか」
「なに言ってるのスレイくん?」
ユフィから呆れたような目を向けられたスレイはその視線を無視しレベッカの方に視線を向けた。
その日の夜、スレイはユフィから呼び出しを受け甲板へとやって来た。
「急に呼び出してどうしたの?」
「スレイくん、聞きたいことがあったんだけどいいかな?」
「ん?なに?」
「前にスレイくんが死霊山で助けた女の子の話したよね」
「あぁ……そういえばしなっけそんな話し」
けっこう前の話だったのでどんな話をしたかは曖昧だったが、確かにその話をしたのを覚えていたスレイは小さくうなずきながら答えると、ユフィが小さな声で、やっぱり、と呟いた。
「なんでそんな話ししてるんだ?」
「んとね、ノクトちゃんのことなんだけど……あ、ノクトちゃんこっち」
ユフィがスレイの後ろを見ながらノクトの名前を呼び、スレイも振り替えるとそこには寝間着なのだろうか、藍色のワンピースにカーディガンを羽織ったノクトが小走りでやって来た。
「すみません、遅れて」
「いいよ。それよりノクトちゃん、あのペンダント、スレイくんに見せてあげてもらってもいいかな?」
「?いいですよ」
ノクトがワンピースのポケットの中から十字架と一緒に付けられた小さなペンダントスレイに渡すと、それを見たスレイに目が驚きから見開かれた。
「これ……ボクがあの子にあげた」
「えっ、どういうこと……?」
スレイはノクトの顔をじっと見つめ、記憶の中に存在する少女の顔を思いだし、目の前のノクトと重ね何かを納得するように小さく呟く。
「そうか……道理で」
その理由は始めてノクトを見かけたとき、どこかで見たような気がしてたがずっと昔に一度あっていたためだとは思わなかった。
「あの、お兄さん」
「どうしたの?」
「わたし……ずっとあのときのお兄さんに会えたら……その、お礼を言いたかったんです」
なんのことだろうと思ったユフィはスレイのことを見る。ここでスレイはユフィにあまり詳しい話をしていなかったのを思い出した。
伝えるかどうか迷っているとノクトが言葉を紡ぎだした。
「あのとき……わたしと……母を……お母さんを助けてくれてありがとうございました!」
ノクトの言葉で理由を察したユフィはスレイのことを見ると、スレイは意外そうにも照れていた。
「あれは、人として当然のことだ」
「で、でも……なにかお礼をしなければ」
「ボクは誰かにお礼をしてもらいたくて君を助けた訳じゃないよ」
「そうだよ、ノクトちゃん、人は助け合う生き物なんだから」
「だからこの話はこれで終わり、さ、部屋に戻ろ明日も早いし」
「そうだよね。外は寒いもんね」
スレイとユフィの言葉を聞いてノクトは小さな声で、ありがとう、といって二人の後を歩いていった。
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