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二人の師匠

本日二度目の更新です。楽しんでいただけたら幸いです。

 スレイとユフィが剣と魔法を教わるようになってから数ヶ月、永い永い寒い冬の間はその間フリードの指導の元トレーニングを開始した。

 冬が終わり季節は春も中頃、初夏に差し掛かろうとしていたこの日、もはや日課となってきたランニングをしていたスレイは少し暑いくらいの日差しと温かい風を浴びながら汗を流していた。


「はぁ………はぁ……ちょっとは、体力……ついたかな………?」


 予定していた距離を走り終えたスレイは足を止めて息を整える。ランニングを始めたときは、今走った距離の半分ほどでバテていたが、今ではその倍以上走ってもなんともない。

 少しずつ自分の成長を確かめれたことが嬉しく感じてしまったスレイは、ゆっくりとランニングで上がった息を整えるために歩いて家へと帰っていく。


「ただいまぁ~……って、言っても誰もいないんだけど」


 今日は両親ともに仕事に出ているため家にはスレイとミーニャだけだが、今ミーニャはこの家にはいない。なぜなら小さいのミーニャを置いてランニングには行けないので、ユフィの家に預かってもらっているのだ。

 汗で濡れた服を着替える前に汗を流そうと思ったスレイは、風呂場から水の入った桶とタオルを持って自分の部屋に上がっていく。

 手早く服を脱ぎ捨て水で濡らしたタオルで身体を拭いて汗を流したスレイは、新しい服に着替えてそそくさと家を出ていった。


 家を出たスレイは急いで隣の家へ向かうと、コンコンっと家の扉をノックした。


「はぁ~い、ちょっとぉ~、待っててぇ~。あら、スレイちゃんじゃなぁ~い、いらっしゃぁ~い」


 扉を開けて出迎えてくれたのはユフィの母マリーだった。


「こんにちわ、おばさん!ミーニャ迎えに来ました!」

「はいはぁ~い、でもぉ~せっかくだからぁ~、スレイちゃんもぉ~あがって行ってぇ~。今お茶淹れるからぁ~」

「はい!お邪魔します!」


 家の中にお邪魔したスレイは、ユフィの部屋に上がっていくと部屋の中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 コンコンッと扉をノックしたスレイは、ユフィが出るのを待っているとすぐに扉が開かれた。


「あっ、スレイくん。いらっしゃい。今日のランニング終わり?」

「じゃなきゃ来ないって………それで、楽しそうな声が聞こえてたけど、なにしてたの?」

「ミーニャちゃんが絵本読んでくれてたのよ。たくさんおしゃべりできるようになったんだねぇ~」


 今年で二歳になるミーニャ、言葉を覚えてからというもの色々とおしゃべりをしたくなるらしく、事あるごとに絵本を持ってきては読み聞かせをしようとしてくる。

 まだ覚えたての言葉で、絵本に書かれた文字を必死に読んでいる姿は心がほっこりとする。

 部屋の前で話していると、いつまでも戻ってこないとユフィに対してムスぅッと頬を膨らませたミーニャがやってきた。


「ねぇーちゃ、えほん、よみゅ!」

「はぁ~い!それよりミーニャちゃん、お兄ちゃんも来たよぉ~」

「やぁミーニャ、お兄ちゃんだぞぉ~」

「にぃーちゃ!にぃーちゃもえほん、よみゅ?」

「うん。読もっか、今日は何を読んでたんだい?」

「こえ、よみゅ!」


 掲げられた絵本はスレイも読んだことのある勇者の冒険譚だった。その中でもミーニャのお気に入りの、竜のお姫様との冒険を描いた話だった。


「ミーニャ、本当にその話好きだな」

「私は勇者様と賢者様の友情を確かめ合う話が好きかな。スレイくんは?」

「ボクはそうだなぁ~、やっぱり聖女さまとの出会いかな」

「えぇ~ちょっと意外かも、男の子なら勇者と魔王の戦いが一番好き!って言うと思ってたのに」

「あそこも好きなんだけど、なんでか昔から聖女様との出会いが印象的でさ」


 ユフィの語った勇者と魔王の戦いももちろん好きな話ではあったが、何故かわからないがあの話を聞くたびに胸の奥がギュッと苦しくなって、無性に悲しい気持ちになってしまう。

 他の話も初めて聞いたときからなにか違うような、実際にそれを見てきたかのような、その史実をまるでこの目で見てきたかのような、そんな感覚がスレイの中にあった。

 少しだけ遠い目をしたスレイをユフィは心配そうに見ていると、ついに我慢できなくなったミーニャの怒りが爆発した。


「もぉ~!にーちゃもねーちゃも!えほん、よみゅにょ!」

「はいはい。ごめんねミーニャちゃん!」

「よし、お詫びにお兄ちゃんが絵本読んであげるから、機嫌直してね」


 ブゥッと頬に空気を入れて怒りを表現するミーニャ、パンパンに膨れたミーニャを見ながら笑ったスレイは、ふくれっ面のミーニャを膝の上に乗せると指でつついてプスぅッと頬の空気を抜いた。


「さてさて、どれ読む?」

「んとねぇ~、こえ!」

「よっしゃ、それじゃあ読むよ。───これは昔、本当にあったお話です」


 スレイは受け取った絵本をミーニャに読み聞かせ、それをユフィは横で見ていた。


「スレイくんって、いいお父さんになりそうだよねぇ~」

「五歳の子供になにを言ってるの……それにボクはまだまだミーニャのお兄ちゃんで十分。お兄ちゃんサイコー、なんちゃって」

「いいなぁ~、私も弟か妹欲しいなぁ~」

「ミーニャはあげないよ。おばさんに頼んでね」

「わかってまぁ~す」


 そんな会話をしていると、コンコンッと部屋の扉がノックされる音が聞こえてきた。


「ユフィ~ちゃぁ~ん、入るわよぉ~」

「なぁにお母さん?」

「みんなのジュース持ってきたわぁ~。あとぉ~二人共ぉ~、お昼ご飯食べていかなぁ~い?」

「いただきます!」

「りょぉ~かぁ~い!それじゃぁ~、ご飯できたらぁ~、また呼びに来るわねぇ~」


 部屋を出ていったマリーを見送り、再びミーニャに急かされて絵本の続きを読み出した。


「ご飯できたわよぉ~」


 しばらくして下からマリーの声を聞いて三人は下に降りていく。今日はゴードンが遠くの街まで仕事に出ているので、スレイとミーニャを合わせた四人で昼食を食べたあと、スレイたちはミーニャを連れて広場に遊びに行った。


「ここの広場、毎年花畑があるけど誰かが植えてるのかな?」

「違うんじゃないかなぁ~。種類は結構雑多だし、人の手が加えられてたらもっと手入れされてるって」


 それもそうかと思ったスレイは花をいくつか摘みながら花で冠を作り始める。


「あっ、スレイくん。お花の冠作れるんだ」

「ふっふぅ~ん。だてにお兄ちゃんはやってないからな。っというか、こういうのって女の子の方が得意なんじゃなかったかな?」

「うふふっ、自慢じゃないけど私は作れません!」


 本当に自慢にならないことに胸を張っているユフィ、そんな彼女に呆れながら輪っかを作り出来上がったばかりの花冠をミーニャの頭の上においた。


「にーちゃ、あーとー」

「いえいえ、んで、ユフィはなに作ってるの?」

「ん~っとねぇ、指輪とブレスレット。冠は出来なくてもこれくらいならね!」


 自信満々に語るユフィだったが、その出来栄えはなんともいい難い。

 本人が頑張って作ったので、スレイはなにも言わないでいると、頭の上から冠を手に取ると冠とブレスレットを交互に見比べる。


「ねーちゃ、おへた」

「グサッ!?うぅ……子供の本音が、胸に突き刺さった………もうダメ」


 純粋なミーニャの言葉を真っ向から受けたユフィは、心に多大なダメージを受け、胸を抑えながら蹲ってしまった。

 子供の容赦無い言葉の刃によって心の中をずたずたに引き裂かれたユフィ、そんな幼馴染の心境を見ながら笑いを堪えるのに必死になってしまった。


「スレイくん、笑ったら本気で殴っちゃうよ」

「やめて、ユフィの本気のパンチ受けたらボクの身体吹き飛んじゃう」


 ユフィの本気のパンチは身体強化込みの拳だ。いくら覚えたての魔法であったとしても、その威力は絶大、パンチ一発で顔面が吹き飛んでしまってもおかしくない。

 命は惜しいのでスンッと表情を落ち着かせたスレイ、一睨み効かせたユフィはすぐに表情を戻してミーニャに話しかける。


「さぁ~ミーニャちゃん!お姉ちゃんも頑張って作るから、お兄ちゃんよりも上手なの作ろうね!」

「ミーニャ、つくりゅ~」


 ユフィとミーニャが花冠を作るのに躍起になっている間、スレイは少し離れたところで剣を抜き素振りをしていた。横目でスレイの素振りを見ていたユフィは、感心したように呟いた。


「へぇ~、だいぶん様になってきてるね~」

「まぁねぇ~、習い始めてから数ヶ月もやってるからそれなりに様にならなきゃ、お父さんにこの剣を取り上げられるよ」


 ユフィと話すために剣を振るうのをやめたスレイ、対してユフィは納得したように笑っている。


「それもそうだよねぇ~。ところで魔法の方はどう?」

「体内での循環と魔力操作はそれなりに出来るようになってきた、強化の方もそれなりに上達していると思う。ユフィは?」

「私も同じかなぁ~。集中強化の成功率も上がってきてるけど、まだ意識を集中させないと出来ないかも」

「なるべく自然体で出来るようになりたいよね」

「そうだよねぇ~」


 ウンウンと頷き合っている二人だが、実際に魔法を習い出したばかりで魔力制御をこなせる子供はそんなにいないことをまだ知らない。


 ⚔⚔⚔


 暫くの間、広場でユフィとミーニャが花冠に悪戦苦闘を繰り返し、それを横目にスレイは剣の修業を続けた。日が沈み空が茜色に染まった頃、遊び疲れたミーニャが眠ってしまったため今日はお開きになった。


「ごめんねユフィ、剣とか色々持たせちゃって」

「良いって良いって、ミーニャちゃん起こすわけにもいかないんだからさ」


 スレイは背中で眠っているミーニャの寝息を聞きながらゆっくり歩いている。ミーニャを背負うに当たり、腰に差している剣は邪魔だからと言う理由でユフィが持っている。

 二人はゆっくり歩幅を合わせながら帰路についている。


「そういえば、おばさんたちいつ帰ってくるの?」

「今日か明日って話だけど………あっ、そういえば父さんが行くとき変なこと言ってたんだよね」

「おじさんが?なんて言ってたの?」

「えっと………確か、驚くようなお土産があるから楽しみにしてろよ、っとかなんとか。詳しく教えてはれくれなかったし、出発前だったから結構曖昧だけど」

「驚くようなお土産………まさかスレイくんの新しい弟か妹とか?」

「それだと冒険者の装備を持っていく理由もないから違うんじゃないかな」


 しかし、あの両親なら有り得そうだとスレイは思ってしまったのは内緒だ。

 帰ってきての帰ってこなくても、速く帰ってご飯を作らなくてはならない。そう思って家にたどり着くと、家の前に誰かが立っているのに気がついた。


「スレイ、ミーニャ。遅かったな」

「あれ?お父さん、帰ってきてたんだ」


 少しだけ駆け足で、それでいてミーニャを起こさないように慎重に走っていくと、そばまで駆け寄るとフリードが背中で深い眠りについていたミーニャを抱き上げた。


「おぉ~し、よく寝てるな。おっ、そうそう。スレイ、あれ覚えてるか?」

「あれって………お土産のこと?」

「そうそう。連れてくっからちょっと待ってろよ」


 連れてくるといった瞬間、先ほどのユフィとの会話を思い出してしまった。


「まっ、まさか……本当に弟か妹がッ!?」

「何いってんだ?お前の先生連れてきたんだよ、約束したろ、剣と魔法の先生を連れてくるって」


 あぁ、そうかと納得したスレイはお願いだからミーニャが大きくなるまでは次の子を産むのを控えて欲しい。それが無理なら少しでも仕事に行く時間を減らしてほしい。


「よし、先生紹介すっからこっち来い。ユフィちゃんのマリーが家にいるから着てね」

「お母さんがお邪魔してるんですか?」

「おう。君らの先生になる人達、元パーティーメンバーだからな。旧交を温めてるってわけだ」


 なるほど、そういう伝かとスレイとユフィは思いながら家の中に入ると、リビングの方から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「ジュリアは仕事でたまに会いますが、マリーは久しぶりですね」

「そうねぇ~、五年ぶりくらいかしらぁ~」

「羨ましいわね。エルフは年取らないから若々しくって」

「歳を取らないでというのも苦労が耐えませんよ。見送る側になるのはいつになっても堪えます」


 話の内容を聞くに先生というのはエルフの女性なのだろう考えたところで、あることを思い出したスレイがハッとした。

 バッと横を見るとユフィの顔が物凄いだらしなく、締まりの無い顔をしていた。


「おじさん!先生って、もしかしなくてもエルフさんなんですか!?あの耳が長くて森に住んでる!あのエルフさんなんですか!?」

「おっ、おう………一応森には住んでねぇが、うん。まぁ、そうだけど」

「わぁ~い!エルフだエルフ!生エルフだぁ~!」


 エルフ。エルフと何度も種族名を叫びなが小躍りをするユフィ、これにはさすがのフリードも困惑した。


「……えっ、なんで?なんでユフィちゃんこんなにエルフに執着してんの?」


 生まれたときから知っている子がエルフと聞いてこんなに豹変する理由がわからなかった。困惑しているフリードの服の裾をスレイは引っ張った。


「お父さん。ユフィは昔ってからエルフとか妖精が出てくるお話が大好きなんだよ。特に好きなのが英雄と精霊の恋愛譚」

「あぁ~、あの話、本来は結ばれることのない精霊と人が結ばれるんだが、最後は残酷にも二人は引き離されてって、ユフィちゃんあんな悲哀な話がお気に入りなの!?」

「うん。なんでも寝る前に読んでもらってハマっちゃったらしい。それで毎回同じ場面でないちゃうんだって」

「なっ、なるほど」


 引き攣った笑みを浮かべるフリードの横で、スレイはそっと目をそらしていた。

 ユフィのエルフ好きは前世ミユの頃からであり、あの頃は創造物であるがゆえにそれなりに自制はしていたが、この世界には本物のエルフがいるためいつかはこんな日が来るのではないかと、スレイは密かに危機感があった。


「ユフィ~流石に女の子がしちゃダメな顔してるから、せめてヨダレくらいはちゃんと拭こうか」

「ありがとう」


 差し出されたハンカチで口元を拭いたユフィ。取り敢えず先生に会う前にユフィが暴走しないように紐でもつけておいたほうが良いのではないかとスレイは本気で考えてしまった。


「スレイくん、なんだか変な事考えてない?」

「ユフィにハーネスと首輪をつけて大人しくさせようかと考えてた」

「誰が犬、誰が!」

「犬でしょ、好物を目の前にして自制が効かなくなる時点で」


 事実のせいで言い返せないユフィが悔しそうにしている横で、スレイはフッと鼻で笑った。


「話が済んだところで紹介すッからこっちきな」

「「はぁ~い」」


 フリードに呼ばれてリビングに入っていく二人、そこにはジュリアとマリーの他に見慣れない深緑の髪の女性がテーブルを囲んでいた。


「おいルラ、お前らに指導を頼んでいた子たちだ」


 ルラと呼ばれた女性が振り返ると目を奪われる程の美姫に、目を奪われたスレイは頬が赤くなる。


「おっ、スレイのやつ、いっちょ前に赤くなってやがる。小さくても男だな」

「うるさいヤイ」


 立ち上がったエルフの女性がこちらに歩み寄ると、目線を合わせるように膝を折った。


「あなたがスレイですね。ふむ。ジュリアにも劣らないいい才を持っていますね」

「あっ、ありがとうございます」

「そしてあなたがユフィですね。あなたも魔力循環にむらがない、その年でここまで鍛え上げるとは、将来が楽しみです」


 スレイとユフィに声をかけたエルフの女性、しかしユフィからの返事がないことに疑問を覚えた。


「どうか、しましたか?」

「あっ、あの!私エルフの人とお話したことないので、お話聞かせてください!」

「えぇ。構いませんよ」


 パァーッと満面の笑みを浮かべるユフィ、エルフの女性に手を引かれてテーブルに付く横でフリードがジュリアに問いかけた。


「なぁジュリアさん。あいつはどこいったんだ?」

「はぁ………お酒を買いに行ったわ。全く、変わらないわね」

「アッハハハッ。まぁそのおかげでスレイの師匠を引き受けてくれたんだ。そこだけは感謝しねぇと」

「こんなに感謝したくない感謝って、初めてよ」


 ジュリアが顔をしかめながら大きなため息をついている。


「よっしゃ、おいスレイ。ちょっと迎えに行ってやるか」

「えっ、うん」


 母の反応を見てものすごく不安になったスレイだった。

 フリードと共に外に出たスレイは歩きながら問いかける。


「ねぇお父さん。これから迎えに行き先生ってどんな人なの?」

「そうだなぁ~、あいつを一言で表すんなら人でなしのド外道だな」

「えっ?」

「まぁ、そのかわりに剣の腕と冒険者としての実力はある。大変だと思うが頑張って学んでけ」

「うぅ~ん………そんな人が良くこんなところに来てくれたよね」

「あぁ~、それはだな……あいつの素行が悪すぎて緊急時以外、謹慎くらって暇してたんだよ」


 本当に大丈夫なのかと、スレイはものすごく不安になってきた。

 酒屋にたどり着いたスレイたちはそこで見慣れない浮浪者がいることに気がついた。


「もしかして、あの人?」

「あぁ。ったく、もう少しまともな格好しろよな」


 酒瓶を片手にかっ食らう姿にフリードが呆れながら、声をかけに行く。


「おい。ルクレイルア。勝手に酒を買いに行くんじゃねぇよ」

「なんだ、フリードか」


 口に端から垂れた酒を袖で拭い取った浮浪者のような男ルクレイルアは、フリードの足元にいたスレイに視線を落とした。


「こいつが言ってたお前のガキか」

「あぁ。スレイだ。よろしく頼むぜ」

「あっ、あのスレイですよろしく───」


 スレイがその言葉を最後まで言い終わる寸前、振りかぶられたルクレイルアの横蹴りがスレイの顔を側面から蹴り抜いた。

 身体の浮遊感と凄まじい痛み、それを感じたと思った瞬間には吹き飛び積まれていた木箱の中に突っ込んでいた。凄まじい衝突音と共に土埃が立ち上った。

 慌てて駆け寄ったフリードが崩れた木箱の中から気を失ったスレイを助け出した。


「おいルクレイルア、お前……俺の息子を殺す気か!?」

「死なねぇくらいには手は抜いた。それに見ろ」


 ルクレイツアは蹴りを入れた足の裾をめくると、骨が折れているのか赤黒く皮膚が変色し見るからに腫れていた。


「このガキ蹴りを入れたと同時に殴りやがった。多少は見どころが有るじゃねぇ」

「だからって、五歳児のガキを蹴り殺す勢いでけるんじゃねぇ。ったく、ジュリアさんにどうやって説明するんだよ、これ」


 迎えに行って息子が怪我して帰ってきた、それが迎えに行ったはずの旧友のせいなどと、説明したところで怒られるのは確実だとフリードは今から気が重かった。


 ⚔⚔⚔


 自分の部屋で目を覚ましたスレイは、頭に響くような鈍痛に苦しんだ。


「うぅ……痛ったぁ~………」


 左腕と右手に鋭い痛みがあり、腕を抑えながらうずくまったスレイ、声を押し殺しながら自分の置かれた状況を思い返してみた。

 前にユフィのクッキーを食べたときにもその直前の記憶はなかったが、今回も例に漏れずになにも思い出せない。痛みに悶え苦しいながら思い出そうとしていると、ガチャリと部屋の扉が開いた。


「おや、目が冷めたのですか」

「うぅっ………せっ、先生……」

「やはり痛みましたか………少し待っていなさい」


 ベッドのそばに駆け寄ったエルフの女性は、すぐに治癒魔法を掛け始めた。

 かざされた手から魔法陣が浮かび上がり、温かな光が注がれる。


「ルクレイツアが申し訳ありません。あれはいつもやり過ぎる。平気ですか?」

「大丈夫………じゃないです」

「でしょうね。骨にヒビが入っています。それに拳も腫れていますね」


 しばらくして腕の痛みが引いてきた。


「これでもう平気でしょう」

「ありがとうございます……えっと、ルラ先生?」

「はい……あぁ、そういえばちゃんと名乗っていませんでしたね。クレイアルラと言います。今日からあなたとユフィに魔法を教える先生です」


 腫れと痛みの引いた腕を確認していたスレイは、ふとあることが気になってエルフの女性クレイアルラに問いかける。


「あの、クレイアルラ先生」

「ルラで構いません。それでなんですか?」

「あのルラ先生もルクレイルア先生と一緒で、謹慎?だからこの村に来たんですか?」


 一瞬クレイアルラの目が丸くなったと思ったら、今度はクスクスと笑い出した。


「私はあの男とは違いますよ。スレイ、この村に医者がいないのは知っていますか?」

「はい。ボクが生まれる前に亡くなたって聞いてます」

「私はその代わりにきました」

「それじゃあ、お医者さんなんですか?」

「冒険者との兼業ですがね。本来なら、もっと速くここへ来るつもりでしたがなかなか時間が取れずにいましてね、このようなタイミングになりました」


 この世界の医者の資格としてまずは治癒魔法を修めていること、そして国が認める推薦状が必要だと聞く。一応その推薦状がなくても治療行為は可能だ。

 なのでスレイが治癒魔法を使って誰かを治しても問題はないが、治療施設の経営はできないのだ。


「冒険者と村医者の兼業ですので、あなた方に魔法を教える時間は限られますし、治癒魔法を覚えたら私の手伝いも頼みますが、それで良ければ魔法を教えますよ」

「わかりました。お願いします」

「いい返事です………さてスレイ、目が覚めたところで夕食の時間です。下へ行きましょうか」

「はい!」


 こうしてスレイとユフィは自分の師となる二人と出会った。


 ⚔⚔⚔


 その日の夕食はユフィとマリー、それにクレイアルラも一緒で賑やかなものであった………ただし、一人を除いては。


「なぁ~ジュリアさぁ~ん。俺も腹減ったんだけどぉ~」

「ダメよ。フリードさんは夕食抜き」

「なんで俺だけ!?」


 部屋の隅で一人正座を捺せられているフリード、理由はルクレイツアのしでかしたことへのお仕置きだそうだ。

 夕食を食べながらスレイは哀れなフリードに対して、心のなかで合掌するのであった。


誤字脱字がありましたら、ご連絡ください。

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