兆しと襲撃
リーフとライアの修行が始まったから五日が経った。
光刃の修得を目指していたリーフは、初日の最後に受けたスレイの助言によって第一関門をクリアした。しかし続く問題としてスレイに出された課題は、殺意の刃で実際に物を斬ると言うものだった。
意識だけで刃を放つ、それこそ光刃という技の本質なのだがそれが存外に難しい。イメージを得るためにと剣を持ち刃を振るう軌跡に合わせて殺意の刃を放って的を斬ろうとしても、剣圧によって的を切り裂いてしまう。
スレイのように出来ないことにリーフは焦りながらも、自分の挑もうとする壁の高さに興奮を隠せず不敵笑みを浮かべながら今日も剣をふるい続ける。
竜人族の秘技 真化を体得しようとするライアは、この五日間ずっと瞑想を続けていた。
真化は己の中にある竜力を極限まで引き出し、己の精神と同化させることだ。故にその過程で竜の力を制御できずに、精神を竜に飲まれてしまうことがあるそうだ。
そうならないように瞑想を行い心の平穏を保ちながら、少しずつ竜力を引き出し精神と同化させていくのだが、この方法でも失敗すれば精神が飲み込まれる危険がある。そしてライアもこの数日で二度、暴走仕掛けてしまった。
それでも辞めることなくライアは己の内を見つめながら新たな力の修得の務めるのだった。
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コユキを連れてライアの修行を見学に来たスレイは、庭先に用意されていたベンチに腰掛けながら瞑想を続けるライアの様子を観察していた。
「ふむ。あの飽きっぽいライアが一時間近く瞑想を続けるなんて………凄い集中力だな」
感心するように呟いているスレイは、竜眼と魔眼を合わせてライアの魂と竜力の流れを見ていた。真化は魂の変質、故に少しでも様子がおかしいときは止めに入るつもりだったが、今のところその兆しは見当たらない。
とりあえずは大丈夫そうだと思いながらライアの様子を見ていると、ライアの修行をつけていたミカエラが声をかけてきた。
「君もやっていくかい?見ているだけじゃつまらないだろう?」
声のした方に振り返ったスレイはお茶を入れてきてくれたミカエラからカップを受け取ると、今しがたかけられたその言葉に対して少し考えたあと頭を横に降ってから答えた。
「やめておきますよ。たまにはこうして誰かの修行を見守るのも良いものですからね」
「君は、本当に十代かい?達観しすぎているように思えるんだけど?」
「色々と経験していますから……それよりも、ミカエラさんは使徒との戦いには参加されないんですか?」
「私は戦士を退いてから久しい、戦いの場に出ても君たちの足を引っ張るかもしれない」
お茶を飲みながらミカエラの気配を読み解いたスレイは、ミカエラの内から感じる気配は一流の戦士と比べても遜色ない。それでも、ミカエラがそれを否定するのはなにか事情があるのだろうとスレイは思った。
「ライアの修行、あとどれくらいで終わるんですか?」
「ほとんど完了はしているけど、後はライア君の心持ち次第といったところかな………」
「それはつまり、暴走させる危険性があるってことですか?」
「今の彼女なら大丈夫だろうけど、可能性が皆無というわけではないね」
たとえライアが暴走してもミカエラなら止めることは容易だろうが、まだ危険だというのならその判断に従うほかない。
「まぁ可能性があるというだけでいつでも出来る準備は整っているよ………ところで、リーフ君の方はどうなんだい?」
「おおよそは完了してます。後は少しのきっかけ習得ができるくらいです」
「お互いあと少し、襲撃に間に合ってくれれば良いんだが」
実際、襲撃がいつ起こるのかわからないので修行を少しでも早めに終わらせておきたいが、二人ともまだもう少し時間が必要になりそうだ。
お茶をすすっていると、あたりを散歩していたコユキが戻ってきてスレイの頭の上によじ登った。
「コユキ、お前膝があいてるのになんで頭の上に乗るんだよ?」
「んにゃぁ~」
スレイに言葉にここが自分の居場所だからとでも言っているようなコユキ、言っても無駄だと思ったスレイはコユキをそのままにする。
しばらくライアの稽古の様子を見学していたスレイは、お昼の準備もあったので一度退室した。
⚔⚔⚔
昼食の用意に借家に戻ったスレイは、一人で特訓をしていたリーフのところへと顔を出した。
無心で剣を振り続けるリーフ、一刀一刀に込められる熱量は凄まじい。まさに一刀ごとにすべてを込めているかのようだと思ったスレイは、少しその姿を見ていた。
しばらくして剣をおろしたリーフに声をかけた。
「"光刃"の修得、かなり難航してるね?」
「ッ、スレイ殿………いつから」
「ついさっき。ボクが来たことに気付かないほど集中していたのはいいことだけど、肩に力が入りすぎているよ」
スレイはゆっくりと手刀を上から下へと空を切ると、遠く離れた的が二つに切り裂かれた。
「光刃で扱う剣はイメージをつけるための物だ。必要なのは斬るのだという確固たるイメージ、ボクに当てたみたいな殺意の刃なんだよ」
「力の入れすぎ……難しいです」
「色々考えすぎなんだよ。ご飯食べたら少し模擬戦でもするか」
ずっとただ剣を振り続けるのも飽きるだろうと思っての提案だったが、リーフは少し考えてから首を横に振った。
「素晴らしい提案ですが、今は時間が惜しいです。自分がやりたいといった手前中途半端で投げ出すのは」
「リーフは真面目すぎるよ。無理して続けてもなにも成果は得られない、なら一度全部忘れて息抜きするのは大事だよ」
「それは、スレイ殿の経験談ですか?」
「いいや。違うよ。それとボクの場合は出来ないイコールできるまで滅多打ちだったから」
ルクレイツアとの修行は常にしと隣り合わせ、剣がうまく振れなければ容赦なく腕をへし折られ、重心がずれてたら容赦なく剣を打ち込まれ、足捌きがダメなら容赦なく蹴られた。
一歩間違えなくても大怪我を負う訓練は休みなく行われ、時間切れにならなければ気絶するまでやられていたはずだ。
そんな幼少期に体験した血塗られたエピソードを大真面目な顔で語るスレイに、リーフはなんとも言えない表情になった。
「全く、スレイ殿の修行の内容はいつも凄まじいですよね」
「あの頃は何度も死ぬって思えたけど、今じゃあんな修業をつけてくれた師匠に感謝してるよ」
「技を知るには実際に受けるのは一番ですからね。自分も幾度か経験があります」
「うちの師匠の場合、それが度を越してるってのが問題だったけど、そのおかげで強くもなれたから感謝しかないよ」
光刃の習得についても実際に何度も身体に受けて技を覚えたほどだ。
「まぁ、これはボクの持論だけどさ、一度躓いてしまって無理に続けても出来ないよ」
「それではどうすれば良いのでしょうか」
「ボクだったら趣味に走るね。魔道具を作ったり料理をしたり、狩りに行ったりまぁ好きにするさ」
「好きにですか……そうですね、それも良さそうです。スレイ殿、食事の後手合わせをお願いします」
「了解。それでなに作るか決めてないんだけど、なに食べたい?」
「そうですね。お肉が食べたいかと」
「じゃあワイヴァーンの肉でバーベキューでもしようか」
空間収納からバーベキューセットを取り出して椅子やテーブルを並べようとしたところで、スレイはその手を止めた。
「せっかくだしみんなで───」
食べないか、そうスレイが口にしようとした瞬間、凄まじい殺気が真上から降り注ぐ。
「「───ッ!?」」
息を呑み真上に顔を上げたスレイとリーフの顔には汗が流れる。
「フシャァーーーーーーッ!!」
コユキも気配を感じ取ったのかスレイの頭から飛び降りて、毛を逆立てながら空を見上げて威嚇している。姿は見えないが確かにそこにいるのを感じ取った二人と一匹は、即座に行動を開始した。
「ったく、飯くらい食わせろよな」
「本当にそうですね」
空間収納を開きいつものコートと剣を取り出すスレイ、同じようにジャケットと手甲を身に着けたリーフは準備を終えると頷きあうと、示し合わせたように二人はライアのところへと向かった。
⚔⚔⚔
スレイとリーフが使徒の襲来を感じ取った頃、瞑想を続けていたライアもまた突如現れた使徒の気配を感じ取っていた。
「……この気配、使徒」
立ち上がったライアは即座に家の中に入るとミカエラとルリアを逃がすために動いた。
「……二人共!速くここを出る!」
「ライア君、どうしたんだ」
「……敵が来た。避難する、急いで」
「まさか、ついに来たのか!?」
「……ん。だから逃げる。ここじゃ二人を守りきれない」
事情を説明し逃げることを勧めながら二人の手を取ると、外に出ようと手を引っ張ったライアだったがルリアはその手を振り払った。
「待って、逃げるなら娘も連れて行かなくちゃ」
「……ッ!?ん。わかった、先に外で待ってる。なるべく早くしてね」
外に出たライアは上空にある気配を感じて使徒の気配が動いていないことを確認する。
まだ大丈夫だと思いながらも、使徒だっていつまでもそこにいるとは限らない。あの使徒が動き出す前に、戦えない二人を早く安全なところに連れていかなければならない。
里の中央まで行けば里の守護者や里長のイトゥカたちが二人を守ってくれるだろうが、今のライアはガントレットを持っていない完全な無手だ。
竜化をしている状態ならば戦えるだろうが一人で二人を守るのは難しい、仮にミカエラが戦えればその分ルリアを守り抜く事はできるだろうが、戦いから離れているミカエラを戦場に引っ張り出すことは出来ない。
どうするかと考えては見るものの、結局のところはやるしかないのだと諦めたところで赤子の人形を抱えたルリアが出てきた。
「お待たせ。準備できたわ」
「……ん。行くよ」
ルリアとミカエラを先に行かせてその後をライアが追っていく。もしも襲ってきてもこれなら対処ができると判断しながら走っていくと、前方からやってくる二人の姿を見てライアは安堵した。
「……スレイ、リーフ。来たんだ」
「当たり前だろ。それとこれ、ガントレット」
「……ん。あんがと」
スレイから渡されたいつものガントレット、それを受け取ったライアは両手に装備をしているとスレイが問いかける。
「ライア、どこに行くつもりだったんだ?」
「……里の中央。あそこなら守れるかなって」
「いい判断だと思うよ。人まずは底を目指すことにしよう」
目標は決まったが問題が一つあった。スレイは様子をうかがっていたミカエラとルリアの方へと視線を向けた。
「失礼ですが此処から先は急ぎます。ミカエラさんは大丈夫だと思いますが、ルリアさんは速く走れますか?」
「いっ、いいえ。無理よッ」
「わかりました。コユキ。大きい姿になってルリアさんを背中に乗せてあげて」
「んニャ~」
了解ッとでも言うように一言鳴いたコユキの全身に光が灯ると、地球のトラよりも少し大きいくらいの姿になった。コユキが大きくなることに驚いたミカエラとルリアだったが、人懐っこく身を寄せてきたのを見て安心した。
「この猫ちゃん、魔物だったのね?」
「ボクの使い魔ですからご安心を。それではルリアさん。この子の背中に乗ってください」
「えっ、えぇ」
恐る恐る、スレイの手を借りながらルリアはコユキの背中に跨った。
「コユキ、ルリアさんを落とさないようにな」
「グゥ」
了解と言わんばかりにうねったコユキを撫でたスレイは、横目でライアの様子を見る。ガントレットを装着し戦う準備を終えていた。
「里の中央に急ぎましょう。あそこの使徒が動き出す前に」
コクリと頷いたスレイたちはまっすぐ中央へと向かう。その途中スレイは上空で佇んでいる使徒の気配が全く動かないことに違和感を感じながらも、今はまず二人の安全を確保するために動くのだった。
⚔⚔⚔
里の中央ではすでにイトゥカとソニアを中心に非戦闘員の避難が進められていった。
「こちらに避難を急いでください!」
「全員入れます!慌てず、急ぎ避難をッ!」
里の人たちを安全な場所に移動させる。
そこは最初にスレイたちが通された集会所であり、あのあとスレイの指南の元アスフィルによって施された結界によって守られている。
この避難誘導にはイグルたちも参加しており、フォヴィオを筆頭に半目をしていたグラードたちも避難誘導に努めていた。
腐っての里の守り人、里の守護のためには不服を感じながらも共闘するのだ。
「急な襲撃にはなったが、どうにか対応はできそうですね」
「えぇ。ですが、これから先はわからない。ソニアの目でもこの後に起こることは見ませんからね」
里始まって以来の天才、そう言われているソニアでさえこの戦いの行く末を見通すことが出来ない。ただ一つ見通すことができたには、あの化け物との戦いはスレイたちでしか終わらせられない。
ならば少しでも彼らが戦いやすいように場を整えるのが彼らの仕事なのだが、それに納得できない者はもちろんいた。
「おいフォヴィオ!」
「なんだ、グラード。避難は完了していないだろう」
「うるせぇ!あんなにわかりやすい敵、俺が行って叩き潰してやる!」
「やめておけ。お前で殺されて終わりだ」
「やってみきゃわからんだろうがッ!」
フォヴィオの静止を聞かずにグラードが飛び出そうとしたその瞬間、まるで示し合わせたかのように彼らの背後に凄まじい気配が現れた。
「おやおや、まだ彼らは来ていないのですねぇ~。弱りましたねぇ」
声のした方へと全員が一斉に振り返ると、そこには双刃剣を握った赤毛の男が一人佇んでいた。
偶然迷い込んできた旅人、そんな勘違いはしない。あの男から放たれる気配はまさしく空から降り注いでくるあの気配と同じものを感じる。
「皆、里長とソニア様を守れッ!」
フォヴィオの指示の元、集まっていた里の戦士たちが一斉に赤毛の男を取り囲むなか、ただ一人グラートだけは違った。
「てめぇが天使かッ!」
誰もが止める間もなく大剣を手にしたグラートが飛び出した。
両手で握り締めた大剣を頭上に掲げながら、距離をつめたグラートが放った頭上からの振り下ろしの一閃がまっすぐに赤毛の男を両断した。
地面が砕ける音とともに砂塵が舞った。剣に伝わってくる手応え、やったとグラートが確信する。
「フハハハッ!なにが天使だッ!光の剣士しか倒せぬだと?ぬかせ!俺は倒したぞ!」
血に濡れた大剣を握りしめながら高笑いを上げるグラート、そんな姿を唖然とした様子でフォヴィオたちが見守っていると、騒ぎを聞きつけたイグルとセッテの二人が出てくる。
「なんだ、フォヴィオさん、どうなってんだ!?」
「空にいる天使とは別の天使が現れた。それをグラートが倒した」
淡々としたフォヴィオの言葉を聞いたイグルたちは、高笑いを続けているグラートの姿を見ているとその背後にゆらりとなにかが現れた。
「グラートッ!後ろだッ!!」
「あぁッ!?」
グラートが振り返った先には先ほど自分は斬ったはずの男が佇んでいた。
「なっ、てめぇ生きてッ!?」
「心外ですねぇ、私がこれしきのことでやられたと思われるとは」
飄々としながら演技をするようにわざとらしく泣いて見せる赤毛の男を見てグラートが叫んだ。
「だったらもう一度叩き斬ってやるッ!」
大剣を握り直したグラートが赤毛の男に凄む中、赤毛の男は不思議そうな顔をして問いかけた。
「おやおや、どうするのですか?そんな腕で?」
何を言っているのか、そう誰もが怒ったその時グラートの側からなにかが落ちる音が聞こえ、続けてドサリと崩れ落ちる音が聞こえてきた。
全員がそちらへと視線を向けると、グラートが膝をついてうずくまっている。そんなグラートの姿を見て誰しもが違和感を覚えた、なにかがおかしいと思いその下にあるものを見て顔色を変える。
グラートの足元、そこにはグラートの大剣が落ちている。そこまではいい、だがその剣の柄には腕が、そうグラートの両腕の肘からその先がそのまま残っていた。
「うっ、腕ッ!?俺の、俺の腕ぇ───ぁがっ?」
腕を切り落とされて叫ぼうとしたグラート、だが次の瞬間には首と頭が切り離されその巨体が地面に転がった。
見えなかった、いったいいつグラートの腕が切り落とされたのかが全くわからなかった。
「だっ、ダメだ……」
「死ぬんだ、もう終わりだ」
レベルが違う、そうはっきりと見せつけられた戦士の誰しもが戦意を失った。
フォヴィオが戦意を失った仲間を見ながら顔をしかめる。心が折れていないのはフォヴィオを含めて数人、これだけでイトゥカとソニアを守りきれるかどうかを考えている。
だが、そんなフォヴィオの考えを見透かすかのように赤毛の男が告げる。
「あぁ、無駄なことはしないほうがいいですよ。どうせ、あなた方はなにもできないのですから」
「なに───ッ!?」
言い返そうとしたフォヴィオは突如、強烈な抗いようのない眠気に襲われる。
倒れる前に膝を付き、後ろにいたイトゥカたちを見るとフォヴィオと同じように倒れている。
「きっさま……なに、を………した……ッ」
「私はなにも、私に仲間がやったことですが、眠っていてください。ゆっくりと」
睡魔に抗い続けたフォヴィオだったが、抵抗むなしく倒れるように眠りについた。
全ての住民が深い眠りに付き静かになったこの場所を見回した赤毛の男が小さく息を吐くと、静かになったこの場所で赤毛の男ともう一人だけ、起きている人物がいた。
「まさか、あんたが直々に来るとは思わなかった」
「この里には所要がありましたからねぇ~。それに私も、まさかあなたがここにいるとは思いませんでしたよ」
「成り行きだ」
「そうでしたか───おや?」
赤毛の男は結界の奥から、ふらりと誰かが出てくるのを見た。
「…………なに、してるの?」
フラフラと拙い足取りでやって来たのは猫耳の魔法使いアスフィルだった。
目を見開き赤毛の男の横にいる人物を見つめるアスフィル、そんなアスフィルの姿を見て男たちは驚きを隠せないでいた。
「おやおや、彼の力に抗えるものがいるとは、なるほど魔法でレジストしたといったところですか」
「見られては仕方ない。始末しておくか」
「いいのですか?お仲間では?」
「構わん。どうせ殺すんだ」
それもそうだと赤毛の男が笑う中、アスフィルを始末することを決めた男はグラートの落とした大剣を拾い上げると、未だに動揺を隠せないアスフィルの下へと接近する。
「悪いが死んでくれ」
「────ッ!?」
振り下ろされる大剣の刃にアスフィルはとっさにシールドを発動して防ごうとした。しかし振り下ろされた大剣は、容赦なくシールドを破りアスフィルの身体を斬り裂いた。
「…………ぅっ………ぅうぁっ」
杖を両断しアスフィルの右からから胸のところまでを斬り裂かれる。
食い込んだ刃は肉を絶ち骨を砕く、傷口から流れ出る血が地面に広がりそこに倒れるアスフィルはまだ生きていた。
「とっさに防いだおかげで即死は免れたか、スレイの教えの賜物だな」
「………ぅっ、ぁあっ」
薄れゆく意識の中でどうにか一矢報いようと手を伸ばそうとするアスフィル、しかし男は無情にも伸ばされた腕を足で払いのける。
「無駄に足掻くな、アスフィル。すぐに楽にしてやる」
これ以上苦しまぬように、その首を斬り落とそうと男は大剣を掲げて振り下ろした。
迫りくる刃に死を覚悟したアスフィル───その時だ。
「喰らい尽くせッ!───竜王天翔斬ッ!」
掛け声とともに振り下ろされた剣から放たれた真紅の炎で形作られた竜が、その顎を持って剣を振り下ろそうとした男を喰らおうとした。
「フンッ!」
だが炎の竜が男を喰らおうとしたその時、男は体をひねって振り下ろそうとした剣の軌跡を切り替えて竜を斬り裂いた。
「おやおや、ようやく来ましたかスレイ・アルファスタ!」
赤毛の男が駆けつけた白髪の青年スレイを見て歓喜の声を上げると、名前を呼ばれたスレイは男の顔を見て敵意を剥き出しにした。
「イヴライムッ!いいや、お前はあとだッ!」
赤毛の男イヴライムを無視して地面を蹴ったスレイは、ホルスターから抜き取った魔導銃アルナイルを構えると、男に向かって発泡する。
打ち出された弾丸を男は大剣の腹で受け止めるが、弾丸を受けるごとに後ろに下がってしまった男は接近するスレイに気付けない。
「───シッ!」
接近したスレイが脇に抱えた黒幻を振り抜くと、盾にしていた大剣が砕け男が後ろに吹き飛ばされた。
「ぐっ、これ程とはッ!」
地面に倒れた男が立ち上がろうとしたその時、眼の前に現れた漆黒の刀身と降りかかる冷たい殺気に身を震わせた。
「おい……答えろ。なんでアスフィルを斬った?」
「…………」
スレイは地面に伏せる男に問いかけたが返事は帰ってこない。怒りに震えるスレイはもう一度、叫ぶように問いかけた。
「黙ってないで答えろよ───オルグさん!」
スレイは再度、地面に伏せるドワーフの冒険者オルグに問いかけるのだった。




