真化②
竜人族は、はるか昔人の姿を取ることが出来た竜が人と交わって産まれたとされる種族だ。
その為肉体は人でありながら同時に竜の因子を体内に宿し、竜力を使うことで肉体を竜に近づけることもでき、スレイのように後天的に竜の因子を宿して竜人族に近い肉体を得ることも稀にある。
竜人とは人と竜が合わさった姿をしているのに対して、今のグラートの姿は人と言うよりも種の起源となった竜に近い。
この姿は竜人族の中でも限られた者にしか習得できないとされる"真化"と呼ばれるこれは、人の身をより竜のものへと近づけ戦闘能力を大幅に底上げする秘技だ。
「ここからはボクも、全力でいかせてもらいますよ」
相手が全力で来るのなら、こちらもそれに答えるしか無いと剣を構え直したスレイ、対するグラートはギリッと奥歯を噛み締めながら叫んだ
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞッ!」
構えるスレイの元に駆け出したグラートは、先程までとは段違いの速度で間合いを詰めると鋭い鉤爪の生えた腕をスレイに向けて振るった。
振るわれる爪激を交わし続けるスレイ、剣で受けても良かったがまずはその速さを見極めたかった。
鉤爪が振り抜かれるとともに風をきる音が耳に届く、速度も先程までとは段違い。
下手に受けたら簡単に吹き飛ばされそうだと思ったスレイは、距離を取って遠距離からの攻撃に切り替えようとした矢先、一向に攻撃を仕掛けようとしないスレイに苛立ちを覚えたグラートが叫んだ。
「ちょこまかと、逃げてんじゃねぇぞッ!」
叫んだグラートの腕がグンッと巨大化したのを見て、なにか来ると踏んだスレイは黒幻と白楼に力を込めた。
「死ねよッ!」
グラートが鉤爪を振り下ろした瞬間、風が吹き荒れ斬撃が飛んでくる。
とっさに闘気を纏った白楼で斬撃を切り裂いたが、避けていたら後ろにいる人たちが危険だった。
「あっぶな、周りの人がいるんですから気をつけて」
「周りなんざ知ったことかよッ!」
地面を蹴り距離を詰めてきたグラートは、両腕の筋肉を膨れ上がらせて向かってくる。
かわしては間に合わないと思ったスレイは、振るわれる鉤爪から身を守るため黒幻の刀身を掲げ受け止めようとした。しかし、グラートの鉤爪が黒幻の刀身を受け止めると、凄まじい力と共に受け止めた黒幻を弾き飛ばした。
「───ッ!?やっぱ、重ぃッ!?」
続けざまにグラートの手刀がスレイの頭部を狙って放たれたが、身体を後ろにたおした。後ろに倒れながら地面に手を付き片手で身体を持ち上げながら回転させ、伸ばされた腕を外側から蹴りぬいて軌道を反らしたスレイは、腕をバネのように引き絞り反動をつけてグラートの脇腹を蹴りつける。
「グオッ!?このッ!」
立ち上がり剣を構え直そうとしたスレイだったが、脇腹を蹴られたグラートが怒りの表情で睨みつけてきた。
「人間風情がッ!縊り殺してやるッ!!」
両腕を更に肥大化させスレイを捕まえるべくグラートが腕を伸ばしてきた。
これは掴まれたらまずそうだと思ったスレイは、伸ばされた腕から逃げるべく後ろの飛ぶと伸ばされた腕は空を切る。腕を巨大化させた分、今度はグラートが大きく口を開いた。
「何だ?」
立ち上がり距離を取ったスレイは、グラートが何をするのかと注視していると開かれた口に魔法陣のような物が展開されたかと思うと、巨大な火の玉が形作られたかと思うと、炎の弾がスレイに向かって放たれる。
放たれた炎の弾を闘気を纏わせた白楼を下から上へと振り上げ二つに両断すると、左右に別れた炎の弾が勢いを失い空中で爆発した。
爆発した炎の弾の爆風を受けながらこれは間違いなく竜のブレスだと確信したスレイは、次々に放たれる炎の弾を切り裂きながら即座の審判に向かって物申した。
「ちょっと審判ッ!フォヴィオさん!?魔法禁止ならブレスも禁止なんじゃないんですかッ!明らかに反則だろこれッ!?」
スレイが審判のフォヴィオに向けて抗議したが、フォヴィオは止めることなく首を横に振っている。つまりブレスは魔法とは違うからセーフ、っとあの様子からスレイはそう察した。
止めてくれないのなら、こっちも奥の手で終わらせようと決めたスレイは次々に放たれる炎の弾を切り裂きながら、ニヤリと口元を釣り上げる。
「流石にこれは使わないと思ってたけど、そんなこと言ってる場合じゃないよな」
全身に刻印の痣が登っていき髪の色が一部黒く染まった。
全身に刻印が広がり身体の奥から力が湧き上がっていくのを感じたスレイは、足を止めて立ち止まるとそれを見たグラートは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「どうした!降参でもするのか?」
「しませんよ、降参なんて………でもまぁ、そろそろあなたをぶっ倒して終わらせようかなって思いましたけどね」
「殺すッ!」
叫んだグラートの目の前に現れた魔法陣は先程までの倍以上のものが展開される。
これは不味いと観客の誰しもが一斉に逃げ出し、観戦を決め込んでいたイグルたちも避難誘導を始めている中、スレイは後ろにいるリーフとライアを見る。二人はスレイの視線に気付き、そっと首を縦に振った。
視線を戻したスレイは、左手を真っ直ぐ上に持ち上げ白楼の切っ先を天高く掲げた。
「グラートさん。あんまり死ねとか殺すとか言いすぎないほうがいいですよ。なんだか、ただ粋がっているだけの小者のように感じますから」
大きく膨れ上がる炎の弾を前にして、スレイはゆっくりと白楼の刃を振り下ろしながらこの技の名前を呟いた。
「───光刃ッ」
白楼の刃が真下に振り下ろされたとき、膨れ上がっていた炎の弾が真っ直ぐ縦に両断され光の粒となって消滅すると、少し遅れて魔法陣までもが斬り裂かれて消えてしまった。
なにが起こったのか、逃げ惑っていた人々だけでなく等の本人であるはずのグラートにもわからない。
「なっ、なにが………いや、いったいなにを、しやがったんだ………?魔法か?魔法でかき消しやがたのか………?」
「別に魔法なんて使わなくても、あんなの斬ることはできますよ」
「ブレスを斬っただとッ!?魔法も使わずにッ───いや、そもそもブレスを斬っただと!?どうやってッ!?」
「ただ普通に斬ったんです。目に見えない、不可視の斬撃で」
斬撃を飛ばした訳では無い、不可視の斬撃。斬るという概念を極限にまで突き詰めた不可視の斬撃、それが"光刃"だ。
誰もが唖然とし言葉を失っている中、その静寂を打ち付けすように黒幻と白楼を鞘に納める音が響いた。剣を収めたスレイは刻印を戻して踵を返すとその場を立ち去ろうとしていた。
ハッと我に返ったグラートは、背を向けて歩きだしていたスレイに叫んだ。
「テメェ!まだ決着は付いてねぇぞ!逃げんじゃねぇッ!卑怯者がッ!」
叫ぶグラートの声に歩みを止めたスレイは、振り返りながら静かに告げる。
「決着なら付きましたよ。あなた、自分が膝をついてるの分かってないんですか?」
ここでグラートは有ることに気づいた、どうしてか自分の視線がいつもよりも低く感じる。
その理由はまさにそう、グラート本人ですら気づかぬ間に膝をついているからだ。グラート本人ではなく自らの肉体が、そして竜人としての本能が負けを認めたのだ。
両手が恐怖に震え足がすくむのを感じながらも、歯を食いしばりながらグラートは立ち上がりそして吠える。
「まだ、負けてねぇッ!」
「いいえ、あなたの負けですよ」
「うるせぇ、よそ者の人間風情がッ!俺はこの里の戦士だッ!テメェらなんぞに負けられねぇんだよ!」
叫びながらグラートが立ち上がると、周りの観衆から声援が上がった。
最初は自分の強さに溺れて息巻いてるだけの小悪党かとも思ったが、グラートにはグラートの信念と強さがある。それを知ったスレイは、グラートの想いを汲み取ることにした。
「あなたにも負けられない信念があるのはわかりました。でも、ボクにも引けない理由がある……だから、これで本当に終わらせますね」
ゆっくりと鞘から黒幻を抜いたスレイは、再び刻印を発動し全身の竜力を黒幻に注ぎ込むと、黒幻の刀身に黄金の竜の姿をしたオーラが現れ、そして剣に吸い込まれていった。
竜のオーラが吸い込まれた漆黒の刀身は淡い輝きが放たれる。上半身をひねり黒幻の切っ先を後ろに向ける。
「来いよッ!人間ッ!」
「これで倒します」
竜のオーラを宿した黒幻を構えたスレイと、握りしめられた拳を構えるグラート。二人が同時に地面を蹴ったが、僅かにスレイの方が出遅れた。
「死ねよッ!人間ッ!」
"真化"によって得た脚力でスレイの速度を上回ったグラートは、スレイが黒幻を振るうよりも早く真上から振り下ろした拳でスレイを押し殺そうとした。
しかしスレイは足を止めず更に中へと踏み込み、グラートの懐へと潜り込んだ。
「───幻影・竜王閃刃牙」
すれ違いざまに振るわれた黒幻の刃から現れた黄金の竜の幻影がグラートを喰らった。
竜の幻影が消えると、グラートがその場に倒れる。
「そこまで!勝負あり」
審判のフォヴィオが勝負の決着を言い渡すと、避難していた人々の中からグラートの取り巻きたちがやってきて、意識を失ったグラートに駆け寄った。
「兄貴ッ!死なないでください兄貴ッ!」
「テメェッ!良くも兄貴をッ!」
「いや、殺してませんから!人聞きが悪いなぁ」
あの技、殺す気で使ったら相手を両断して刀身から現れた竜のオーラが飲み込んで吹き飛ばす技なのだが、スレイはグラートを切る直前に切っ先を返して剣の腹で斬った。
腹とはいえそれなりの力を込めていたのと、最後の竜のオーラで吹き飛んでいるのでそれなりのダメージはあるがちゃんと生きている。
一度剣を払ってから鞘に納めたスレイは、意識を失い元の姿に戻ったグラートの側にまで歩み寄った。
「この人が目を覚ましたら伝えてください。あなたが戦うと息巻いていた敵はあなた以上に強いし、躊躇いなくあなたやこの里の人たちを殺しにきます。独りよがりなあなたじゃ、なにも守れずに死にますよってね」
「なっ、何の話だよ、それ?」
「いいから伝えてください、頼みましたよ」
あとは彼らに任せておこうとその場から立ち去りリーフとライアの側にまで戻る。
「……どうだった、戦ってみて」
「確かに強かったけど、真化より刻印を使ったほうが良いかな」
「身体能力が上がるのはいいですが、あれでは剣が振るえなさそうですね」
"真化"を体得できるかどうかはともかく、剣が握れない姿になっては元も子もないのだ。
「お前たち、ご苦労だったな」
「フォヴィオさん………本当に疲れましたよ」
「疲れているのなら、ミカエラとの訓練は取りやめにするか?」
「そうですね、ボクは遠慮しておきます」
「……私やる」
意外な答えだと思ったスレイは、本人がやる気なら止める気はない。
「私もそれがいいと思うよ」
返された言葉に反応したスレイたちが振り返ると、そこにはここに似つかわしくいミカエラがいた。
「ミカエラ殿、いらしていたのですか」
「……一人だけ?」
「ルリアはあまり外に出たがらないからね」
「……ふぅ~ん、それよりさっきのどういう意味?」
そう問いかけたライアの言葉にリーフも同じことを思っていた。
「スレイくん、さっき君が使っていたのは竜の刻印だろ?」
「はい、そうですけど」
「なら刻印のほうがいい。真化は竜の刻印を人為的に模倣した技だからね、刻印を持って扱えるならそちらを使った方がいい」
なるほどとスレイは一人で納得していた。
あのグラートと戦っている時に思っていたのだが、どことなく刻印を使用している時の状態に似ている気がしていた。それをミカエラの説明で納得できた。
「あぁそれと、真化は人によってそれぞれの姿を変える。仮にライア君が真化を体得してもあんなふうにはならないから、不安に思う必要はないよ」
「……不安ではないけど、それを聞いてちょっと安心」
「ライア殿も女の子ですものね」
戦いになったら格好などあまり関係はないとは思っていたが、それでも人とかけ離れるような姿は嫌だった。
「それではスレイくん。ライアくんを借りていくよ?」
「えぇ。少し休んだら手土産でも持って様子を見に行きます」
「楽しみにしているよ」
「……じゃ、行ってくるね」
ライアを見送ったスレイは少し休もうと思い借りている家へ帰ろうとしたとき、後ろから声がかけられた。
「スレイ殿。一つ、よろしいでしょうか?」
「なに?」
「昨夜の約束の条件についてです………スレイ殿、自分に剣聖の技を教えてください」
リーフが昨夜のライアの両親の件を黙っているかわりの条件として、まさか剣聖の技を所望するとは思わなかった。
「それは、リーフがずっと抱えている悩みの答えになるの?」
「はい。その答えになりうると自分は思っております」
リーフの目は迷いもなく、力強い石を持って真っ直ぐスレイの瞳を見据えている。
昨日出された条件はもう少し違ったものだろうと思っていたが、あの技を望むというのならスレイは喜んでリーフにあの技を教える。
「わかった、あの技を教えるよ」
「ッ!ありがとうございます!スレイ殿ッ!」
「だたしボクが教えられるのは光刃と光爆だけ、断界は教えられないよ」
剣聖祭の後、ユキヤから受けた断界を思い出しながら何度か練習してみたが、似たような別の技を習得しただけでスレイには再現できなかった。
不完全な技を教えるような真似はスレイにはできない。
「出来るなら断界までを教わりたかったですが、自分が一番学びたいのは光刃です。どうか、お願いします」
「了解、任せてよ」
スレイの了承を得たリーフは満面の笑みでうなずくのだった。




