真化
竜人の里にたどり着いた翌日、夜が明けるよりも早くからスレイとリーフは真剣同士での立会、っというよりもリーフの怪我の治りを見るために手合わせを行っていた。
途中から熱中しすぎて普通に切り合っていた二人は、朝日が登ってきたのを見てその手を止めた。
「っと、日が昇ったか………リーフ。ここいらで止めようか」
「はい、そうですね」
頬を伝う汗を拭ってから翡翠を鞘に納めたリーフは、左手を握って開いてを繰り返してから怪我の痛みや違和感がないことを確認していた。
「腕の調子、良さそうだね」
「はい。問題なく。これもスレイ殿の魔法とポーションのお陰ですね」
「どちらかと言うと、あの二人が作ったポーションの方が効いたんだろうな。ボクの治癒魔法そこまでだから」
笑いながらスレイがそう言うと、それを聞いたリーフはなんとも複雑な顔をしている。
スレイも言うことが本当のことであっても、治癒魔法を施してくれたことには変わりないので、たとえ自分のことであってもそんな事を言ってほしくはなかった。
「しっかし、日が昇ってくるとやっぱり暑いな~。もう汗だくだよ」
パタパタと手で仰ぎながら流れ出る汗を拭ったスレイは、手合わせのせいで汗の滲んだシャツを見ながら水浴びでもしてさっぱりしたいと思いった。
「ねぇリーフ、朝食前に水浴びでもしてさっぱりしない?」
「いいですね。ついでに何日か分の洗濯もやっておきたいです」
「オッケー。んじゃあ、先に洗濯しておくからリーフから先に浴びちゃって」
「助かります」
家に入ったリーフはまだ眠っているライアを起こしに行く。
その間にスレイはこの家の裏手に周った。
家の裏には水浴びが出来るスペースがあり、外ではあったがしっかりとした囲いと大きな風呂樽がありそこに水を溜めることが出来る。
水浴びができるのは嬉しいが、出来るなら湯船に浸かってゆっくりしたい。水浴びとはいったが、ただ水を浴びるのは寒いだろうとおもい温水を用意する。
魔法陣を展開して温水を生み出したスレイは、お湯が風呂樽いっぱいになったところでお湯を止める。
「こんなもんか」
風呂の用意が済んだらので外に出ると、そこには大きな袋を抱えたリーフとライアが待っていた。
「……スレイ、おはよう」
「おはようって、髪ボサボサじゃん。ちゃんと直しなよ」
これから風呂に入るので関係ないが、女の子なのだから少しは身嗜みに気をつけろといいたくなった。
「ん?コユキも洗うの」
「この子も砂だらけだったもので」
「お湯、全部使っちゃって良いよ。あと、服脱いだら籠に入れて外おいといて、洗っておくから」
「……ん。洗濯よろ」
スレイがその場を立ち去ると、残された二人は風呂場に入ると抱えていたコユキを余っていた桶の中に入れ、服を脱ぎ始める。
脱いだ服を籠に入れて外に出すと、少ししてスレイが声をかけて持っていった。スレイが離れていく気配を読み取ってから二人は桶を使って頭からバサッとお湯をかける。
「……ん。暖かくて気持ちいい」
「贅沢を言えば、お湯に浸かることが出来れば最高なのですがね」
「……確かに、でもいい気持」
石鹸で髪と身体を洗った二人は風呂樽の中のお湯が大分少なくなったのを見た。
「ほとんど使ってしまいましたが、コユキを洗うくらいならやりそうですね」
自分たちが終わったら次はコユキの番、しかし猫は水に浸かることを嫌がると言っていたので、途中で天井の隙間から逃げ出すかと思っていた。
しかし意外にもコユキは大人しく桶の中に入っていた。
「さぁコユキ、身体を洗いましょうね」
桶の中からコユキを持ち上げたとき、抱えられたコユキはリーフのふくよかな胸の谷間に挟まれてしまった。
「……むむむッ、谷間にコユキが挟まった」
「念のために言っておきますが、わざとではありませんからね」
抱きかかえた拍子に胸の合間に挟まっただけで他意はないのだ。
湯の張った桶の中にそっとコユキを入れて、耳に気をつけて上からそっとお湯をかけた。これで簡単に砂や泥の汚れを落としたあとは、石鹸をつけて洗い始める。
「速く終えてスレイ殿に変わりませんとね」
「……そだね」
シャカシャカとコユキを洗いながら話している二人、その間等のコユキはというととても気持ちよさそうにしているのだった。
⚔⚔⚔
リーフとライアがちょっと長めの湯浴みを終えでてきたのを見計らい、洗濯を終えた衣服を渡してスレイも湯浴みをした。
さっぱりしたところで昨日の夕食の残りを使って朝食を作って食べた。
朝食を済まして食器の片付けをしていたところでイグルたちが訪ねてきた。
「お前たち、これからどうするんだ?」
「ボクたちは昼から人に会いますので、それまでは暇をしていますね」
「そうか、しばらくいることになるんだし里の中で出来る仕事を探そうかと思ったんだが」
冒険者としてこの里の防衛を任されているとはいえ、いつ来るかもわからない敵を四六時中警戒し続けていればならないのは疲れる。
それにイグルたちは家の他にも食料の提供も受けているらしく、もらってばっかりで気が引けたそうだ。なので合間で出来る仕事を探しているそうだ。
「お前たちは自前か」
「はい。大食らいがいますので」
「……喧嘩なら買うよ」
シュッシュッとステップを踏みながらジャブを始めるライアをよそにスレイは、ここに来ていないオルクとアスフィル、それにセッテはどうしたのかと訪ねる。
「じいさんは鍛冶場、セッテは荷物運び、アスフィルは魔法使いだからってことでため池なんかに水を入れてる」
「やることがないから仕事探しですか」
洗った食器を風魔法で乾かしてから空間収納に仕舞ったスレイは、二人の方を見ながら話を始める。
「ゼグルスさんは仕事探す前に身体を治したほうが良いんじゃないですか?」
「もう治っている。いや、お前の言う通りかもな」
意外にもすんなりと引いたことに驚きながらも、今のゼグルスにはそれしか選択しがないのだ。
片目を失ったせいで距離感も変わり、死角も増えた今のゼグルスは今までのように戦えない。
「この眼じゃ今までのようなインファイターじゃいられない、なら他の道を探るしか無いのはわかっている」
「それが分かれるだけあなたはすごいですよ」
「えぇ。認められず足掻いて自滅する人もいますからね」
「っというわけで、イグルさんは仕事探しよりもゼグルスさんの稽古つけてあげてください」
「だな。邪魔して悪かったな。行くぞゼグルス」
「はっ?おい待てよイグル」
意外とすんなりと帰ってきた二人を見送ったスレイたちは、イグルの態度がなんだか変な感じだと思った。
「……ちょっと変わった?」
「かもしれませんね」
二人がイグルの変化を感じ取っていると、スレイはなぜだかその姿に違和感を感じてしまった。
何なのだろうと考えていると、リーフの膝の上で眠っていたコユキが起き上がったのを見て、スレイたちも遅れて気配に気づいた。
外から隠す気のない殺気を向けられていることに気づいた三人は、念のために武器を持って外に出るとそこには昨日この里についた時に絡んできた男グラートを含めて十人ほどの男たちがいた。
謝りに来た、なんてことはなくその手には武器が握られあからさまに戦う気満々であった。
「確認ですけど、謝罪に来たってことはありませんよね?」
「誰が謝るかッ!卑怯な手を使ったテメェを叩きのめしに来たんだッ!」
一瞬、仲間を十人ばかり引き連れてきたそっちが卑怯ではないのかと思ったが、その中にはスレイたちをここまで連れてきたフォヴィオもいた。
なにをしているのかと思ったら、フォヴィオがスレイたちの方へと歩み寄った。
「朝からすまん。あいつらを納得させるために戦ってやってくれ」
事情を聞くとグラートを含めてこの里の上位者はスレイたちのことが納得できていないそうだ。
ちなみにこの里では年に一度の祭りで力自慢大会のようなものが行われるそうで、それに勝ち上がった上位数名が里の守護者という役割を与えられるのだそうだ。
フォヴィオも含めて里長の周りを守っていた彼らがその守護者らしい。そしてあのグラートもその一人であり、里長たちから近いうちに来るであろう使徒のことを聞き、こうして殴り込みに来たそうだ。
「気持ちは分からなくもないんですけど、止めましょうよそこは。こっち一応客人ですよ」
「止めても聞かん。それに、お前たちの力を里の者も知りたがっている」
あのとき大第的に叩き伏せたはずなのにあんな不意打ち戦法じゃ示しがつかなかったらしい。
こんなことならイグルに残ってもらってたほうが良かったと嘆いたスレイは、こうなったらもうやるしか無い。
「フォヴィオさん。このことは里長は了承されているのですか?」
「あぁ。場所は里の中央広場。ルールは里の祭りで行う」
里長からゴーサインが出てしまったのならもう止められない。
「戦うのは一対一ですか?それとも複数人で」
「一対一だ。お前たちのリーダーからは先程了承を得ている」
「………わかりました。一応聞くけどでたい?」
念のために問いかけてみたはが、二人とも首を横に降って否定した。
「ルール、教えてください」
「簡単だ。魔法なし武器は使用可能。殺さなければなにをしても構わない」
「ふむ………大体は剣聖祭と同じか、わかりました」
もう覚悟は決めようと思ったスレイは、空間収納からコートを取り出し袖を通し腰に剣を下げる。
「準備はいいですよ。さぁ、行きましょうか」
フォヴィオの先導で村の中央へと行くと、そこには四隅に杭を打ち付けロープで囲った簡易のリングが設置されていた。
簡易的にとはすぐにこんなものを作ってしまったのかと思いながらリングに近づく。
周りは里の人たちが集まっている。中にはアスフィルたちも人影からこちらを見ているのに気がついた。
「卑怯な手は使うなよ」
「使いませんよ。あなたみたいな手合は真正面からやり合ったほうが得策ですからね」
リングに入る前、スレイの元に二人がやってきた。
「怪我のないように」
「……がんば」
「うん。気をつけるよ」
リングの中に入ったスレイは腰から剣を抜き放った。
対するグラートの得物は巨大な戦鎚、重さもさることながら竜人の筋力を持ってして放たれる一撃は、当たってしまえば命に関わる。
いつも通り足の速さで相手を圧倒すれば勝てるだろうが、そんなことをしてもここにいる里の人々は納得しないはずだ。堅実にいこうかと考えたその時、グラートが戦鎚を振りかぶって飛び込んでくる。
スレイは後ろに下がって戦鎚の一撃をかわすと、打ち付けられた戦鎚が地面を割って砂塵を巻き上げる。
「っと、危なっ!?いきなりかよ!」
「お行儀のいい試合じゃねぇんだぞ!」
接近し真横に戦鎚を振り抜いたグラート、それをスレイは後ろに下がって回避する。
距離を取りながら戦鎚の攻撃をかわしながら懐に入れる間合いを見定めようとするがなかなか見つからない。それに加えてこの狭いリングの中で戦うため、大きく交わすことも出来ない。
絶え間なく振るい続けられる質量の暴力、下手に攻撃すればこちらがやられる。
「腰引けてるぞッ!情けねぇなッ!」
「そんなのまともに受けたらこっちが死ぬからねッ!」
自分が優勢と疑わないグラートに対してスレイが返す。するとグラートは戦鎚を大きく引き絞り、そして振り回した。
スレイは振り下ろされる戦鎚に合わせて上へと飛ぶと、地面を砕いた戦鎚を足場にして更に上へと飛び上がりグラートの背後を取った。
グラートの背後を取ったスレイはその首筋に黒幻の切っ先を向ける。
「なんか、こういう曲芸じみた動き楽しいな」
「背後取っていい気になってるんじゃねぇぞッ!」
戦鎚を持ち上げて柄頭で引いてスレイを下がらせたグラートは、踵を返して戦鎚を頭上に構えて真上からスレイを押しつぶすように振るった。
戦鎚から伝わる確かな手応えの笑みを浮かべたその時、真横からスレイが現れた。
「残念、こっち」
「ふざけんなッ!」
持ち上げた戦鎚を真横に振り抜いたグラート、しかしスレイはそれを黒幻で受け止めた。
「完全に振り抜かなければ簡単に受け止められるな」
「だったらこのまま吹き飛ばしてやるッ!」
戦鎚に力を込めるグラートだったが、スレイはその場から一歩も動こうとはしない。
「こんくらいまだ軽いよ」
「クソ野郎がッ!」
更に力を込めて振り抜こうとしたその時、スレイは黒幻の刃を立てて力を込め受け止めた戦鎚を二つに斬り裂いた。
二つに別れた戦鎚の破片が何処かへと飛んでいった。
得物を破壊されたグラートが後ろに下がると、持っていた戦鎚を投げ捨てた。
「どうします?まだやりますか」
「ったりメェだッ!おいッ!別のをよこせッ!」
投げ入れられた大剣を受け取ったグラート、これはルール的にはいいのかとフォヴィオをみるが止める気配はなかった。
「仕切り直しですか、良いですよ」
「なめた口聞いてんじゃねぇ!」
「別に嘗めてはいませんよ」
「ぶっ殺してやるッ!」
大剣を構えたグラートは身体を竜へと変化させると、筋肉が膨張し体躯は更に巨大になったその姿は一匹の竜に違いない。
地面を踏みしめて駆け抜けると再びスレイに向かって斬りかかる。
グラートの剣戟を真っ向から受け止め止めると踏みしめた地面が割れて僅かに後ろに押されたスレイ、だが決して受け止められない斬撃ではない。
ギチギチと火花を散らしあう黒幻と大剣の刃はびくともしない。そのことにグラートは驚きを隠せずにいると、スレイはグラートの大剣を押し返した。
「お前、どんな卑怯な手を使いやがったッ!」
「使ってません。それに、喋ってるなら次はこっちから行きますよ」
地面を蹴り距離を詰めたスレイが下に構えた白楼を振り上げると、グラートは大剣を横にして受け止める体勢を取った。しかし白楼の刃が大剣を斬りつける受けたグラートは大きく後ろに下がった。
「グッ、人間ごときがッ」
スレイの剣を受けて吹き飛ばされたことに怒りを覚えるグラートだったが、スレイの攻撃はそこでは止まらない。
「まだまだ行きますよ」
地面を蹴ったスレイが次々に連撃を放つと、剣を受けるグラートは必死にその攻撃を受け流した。
速度で圧倒され攻撃が出せずにいるグラートは、耐え忍びながら攻撃を大剣で受け続けていたが彼の性格上防戦は許せない物があった。
「ふざけやがってッ!」
無理矢理にでも活路を得るために更に竜力を開放し筋力を増強させたグラートは、斬り掛かってきたスレイに合わせて大剣を振るう。
受けるのはまずいと思ったスレイは振るうのをやめて黒幻と白楼を交差させると、後ろに飛んで力を逃した。
トントンッと後ろに飛びながら攻撃を交わしたスレイは、剣を受け止めた腕が痺れた。
「おぉッ、すごい力」
今のは流石に焦ったと顔を引きつらせていると、今のでも殺れなかったことに怒りを感じたグラートが叫んだ。
「クソ野郎がッ!」
吠えるグラートが大剣を投げ捨てると、肉体を元の大きさにまで戻した。
なにかするのかと身構えたスレイは、グラートの両腕が変化したのを見て口元を小さく歪めた。
「あれが肉体を竜に近づける真化か」
眼の前に佇むグラートの身体は竜の鱗に覆われ、鼻から先が伸びて口の中から覗く鋭い牙が生える。おおよそ人の姿とかけ離れたグラートの姿は、昨日戦ったあのひとの姿をした赤い竜を彷彿とさせる。
「ウォオオオオォォォォォォ―――――ッ!!」
ピリピリと肌に感じる相手の闘志についつい笑みを浮かべてしまったスレイは、こっちも本気でやらなければ失礼だ。
両腕に刻まれた暗黒竜と聖竜の刻印の力を開放したスレイは、全身に刻印が刻まれ髪の色が黒く染まった。
「ここからはボクも、全力でいかせてもらいますよ」
ニッコリと口元を釣り上げたスレイは両手に握った剣に力を込めてグラートを迎え撃つのだった。




