母と娘と
作品評価ありがとうございました!
里長の家を飛び出したライアは宛もなく里の中を走っていた。
勝手に自分の人生を不幸だと決めつけ、勝手に自分たちの命で償おうとした彼女たちのことを許すことはできず、いつの間にか走り出していた。
「ライア殿ッ!どこまで行くつもりなのですかッ!?」
後ろから聞こえてきたリーフの声にゆっくりと速度を落と立ち止まったライアは、ゆっくりと後ろを振り向むくと追ってきたリーフは優しい表情でこちらを見ていた。
「どうですか、走って少しは落ち着きましたか?」
「……ん。ちょっとだけ、スッキリした。でも、まだちょっと許せないかも」
「いいではありませんか。不幸も幸せも人それぞれ、誰かの尺度で推し量るものではありません。それに、今が幸せと感じるのならそれがあなたの幸せなのです」
リーフの言葉を聞いて口元をほころばせたライアは、顔を見られたくないのかリーフに抱きつきその豊満な胸に顔を埋めている。
抱きついてきたライアを優しく抱きしめ返すように両手をその背に回したリーフは、幼子をあやすようにライアの頭を撫でるが、子供扱いをしてほしくないライアは頭を振って抵抗した。
「さて、そろそろ戻りたいのですが………ここはどこでしょうか?」
一心不乱に走っていくライアを追ってきたせいで、リーフも自分の居場所がよく分からなくなっていた。
それを聞きそっとリーフから離れたライアも周りの景色を見ながら、一転して表情を曇らせた。
「……なんだか、ごめんなさい」
「いえいえ、それよりもかなり広いですね。この里。ちょっとした街並みですね」
今リーフたちがいるのは少し背の高い丘のようで、辺りを見回してみるとすぐ側に木々が生い茂っている森があり、木々の合間にスレイの見つけたトレントが見えるのでちょうど里の端のようだ。
丘から見てわかったのだが里はだだっ広い平原の中に作られ、草原を囲うように森が広がっている。
「ふむ。あちらこちらに民家が密集していますが………こう遠くてはどれがどれだか判別は難しそうですね」
「……戻りながら探そ、もしものときはスレイに連絡取れるし───そういえばスレイは?」
「スレイ殿でしたらイトゥカ殿のご自宅に残られました。今頃は何かしらの交渉でも持ちかけているのでしょう」
まるで見ているかのように答えるリーフにたしかにとライアは頷いた。
さてこれから元来た道を歩いて戻るわけだが、宛もなく歩いて別の家にたどり着いてはしょうがないので近くの家を探して、里長の家がどこにあるのか聞くことにした。
そんなわけで二人であたりを見回していると、ライアが森の直ぐ側にちょうど良さそうな家を見つけた。
「……リーフ、あそこの家あった」
「本当ですね。行ってみましょうか」
丘を降りてライアが見つけた家を目指して歩き出した。
少し歩くと人が歩いてできたような道があったので、どうやら無人の廃墟ではなさそうだと一安心した二人は、少し歩いて見つけた家にたどり着いた。
家について気づいたが、この家の裏手にはかなり広い畑が広がっていた。
「ふむ、こちらのお宅、かなり広い畑をお持ちのようですね」
「……あっちにいるかも知れない。私、見てくる」
「はい。ではそちらはお願いします」
畑の方へと歩いていくライアを見送り、リーフは家の中に人のいる気配を確かめていた。すると、家の中に気配が有るのを確認してからリーフは扉をノックをした。
「ごめんください。誰かいらっしゃいませんか!」
コンコンっとノックとともに声をかけたリーフ、すると家の中から足音とともに家主の声が聞こえてきた。
「はい!ちょっと待ってください」
声の主の言葉通り少し待っていると家の扉が開かれたかれた。
「はい。どなた───おや、君は………見たところこの里の者ではないね、旅人かな?」
出てきたのはこの里の竜人たちと同じ薄い生地の服を着た赤毛の男性だった。
「えぇ。私は里長のイトゥカ殿に招かれた旅人でして、少し里の中を歩かせていただいていたのですが迷ってしまいまして」
「なるほど、この里は広いからね。里長の家はその道を真っすぐ進んでいけば見えてくるよ」
「ありがとうございます」
一言お礼を言ってから少し離れたリーフは、畑の方へと向かっていったライアのことを呼ぶ。
「ライア殿ッ!ライア殿ッ!戻ってきてください!ライア殿ッ!」
「おや、もう一人いるのかい?」
「はい。お宅の畑の方に向かっていったのですが、あっ。戻ってきました」
上を見上げながら答えたリーフは、空から戻ってきたライアが二人の目の前に着地した。
「……ん。お待たせ」
「いえいえ、それでは戻りましょうか」
「……ん。そだね」
ライアと合流出来たのでもう一度お礼を言って立ち去ろうと思い振り返ったリーフだったが、後ろにいるこの家の家主の顔を見て眉をひそめた。
「あの………どうかなさったのですか?」
そうリーフが問いかけるとどこか取り繕うように平静を取り戻し、まるで取り繕ったかのように話しだした。
「あっあぁ、その………そちらの彼女は、竜人族なんだね」
「……ん。そう」
「いや済まない。里の外から来た竜人族に合うのなんて久しぶりだったから、少し驚いてしまってね。気を悪くさせてしまったのなら謝るよ」
「……気にしてないから、平気」
それは良かったと竜人族の男性は答えたが、何故かその表情は優れずまだどこか不安を抱えているような気がしてならなかった。しかし、それを尋ねるのはなぜだかはばかられる気がしたリーフは、そっとその言葉を飲み込んだ。
「そろそろ戻りましょうか」
「……ん。そだね」
「それでは我々はこれで、本当に助かりました。また後日、改めてお礼に」
伺います、そうリーフが口にしようとしたその時、家の奥から響いた女性の声がその言葉を遮った。
「あなたぁ~。遅いけど、何かあったの?」
言葉を遮った女性の声に振り返ったリーフたち、男性はそれを見て慌てて答えた。
「済まない、今のは僕の妻でね───大丈夫だよルリア、道に迷われた旅の方たちに道を聞かれていただけだから」
「あらそうなの、ねぇあなた!良ければその方たちもお茶にご招待したらどうかしら?」
「えっ、あぁ!うん。待って聞いてみるよ」
家の中にいる奥さんと話していた男性が二人の方へと振り返えり尋ねる。
「妻がああ言っているんだが、どうかな?」
「いや、これ以上お世話になるわけには」
「……ん。お礼できない」
道を教えてもらった上にそこまでしてもらう訳にはいかないと思った二人は、一度は断ろうとしたが続く男性の話を聞いてためらってしまった。
「僕も妻も普段あまり人と会わないから、迷惑でなければきてほしいんだ」
「ですが……」
「ならば、先程君たちの言っていたお返しは、君たちがしてきた旅の話を聞かせてもらうだけでいいから」
竜人の男性にそう言われたリーフとライアは本当にそれでいいのかと思っていると、不意にぐぅーッとライアのお腹がなった。
朝食を食べてからずっと歩きづめに加えてすでに昼もとうに過ぎている。完全に食いっぱぐれているのを思い出したライアは、少し沈んだ表情でお腹を抑えた。
それに気づいた
「妻特製のパイもあるけど、食べるかい?」
「……ん。食べたい」
「ちょっ、ライア殿………いえ、ご相伴に預からせていただきましょう」
これ以上は断る方が悪いと思ったリーフがお茶に招かれることにした。
「そうだ。私の名前はミカエラだ。よろしく」
「私はリーフ。リーフ・リュージュと言います」
「……私、ライア。ただのライア」
「リーフさんにライアさんだね。それじゃあ中にどうぞ」
「お邪魔します」
「……お邪魔します」
竜人の男性ミカエラに招かれて中に入ろうとした二人だったが、その直前ミカエラは一つ言い忘れていたことがあった。
「二人とも、一つ私の妻なのだが………どんな事があっても驚かないであげてくれないか?」
「「…………?」」
ミカエラの言葉の意味を知りたくなり訪ねようとしたが、招かれている立場である二人はあまり深く詮索しないほうがいいと思い静かにうなずく。
それを見たミカエラに招かれて家の中に上がった二人は赤子を抱いた赤毛の女性と対面する。
「紹介するよ。私の妻のルリアだ」
「ルリアです。はじめまして」
「それでこちらは旅人のリーフさんとライアさんだ」
「リーフと申します。よろしくお願いします」
「……ライア、よろしく」
先程の里長の宅と同じように絨毯に腰を下ろした二人は、対面した赤毛の女性ルリアを見て不思議に思った。
二人から見ても赤子をあやすルリアは至って普通の女性のようだ。
いったい何に驚くことがあるのだろうか、そう思っているとルリアは腕に抱いていた赤子を側に置かれた揺り籠に寝かせたとき、二人はその赤子の顔を見て息を呑んだ。
「あの、この子は?」
「可愛いでしょ。私の娘なの名前はまだないのだけど、きっと素敵な子に育つわ」
「……ん、でも………それって」
言い淀んだライアはソッとリーフとミカエラの方に視線を向けると、ミカエラは小さく首を横に振った。
「ルリア、お客様にお茶をお出ししなければ」
「あらいけないわ。ごめんなさいすぐに持ってきますね」
立ち上がり部屋を出たルリアを見送ったリーフたち、するとミカエラは申し訳無さそうな顔をして口を開いた。
「済まない、驚かないほうが無理もない」
「いえ、ですがあれはその………人形、ですよね?」
ルリアが抱いていた赤子の顔は本物の赤子ではなく、人形のそれだった。
その証拠に二人の視線の先にある揺り籠の中に入れられた赤子は、呼吸の声もなければ身動ぎする音さえも聞こえてこないただの物言わぬ人形だ。そのことを受けたミカエラは、小さくうなずきながら話しだした。
「これは亡くした、本当の娘の代わりなんだ………娘を亡くして以来、妻はおかしくなってね」
「驚くなとは、そういうことですか」
これ以上聞くのは野暮だと思い言葉を飲み込んだリーフ、その雰囲気を察してライアも黙っている。
するとお茶を入れに行っていたルリアがお茶の入ったグラスと、ワンホールのパイを戻ってくる。
「おまたせ。さぁどうぞ」
「ありがとうございます」
「……ん。頂きます」
ルリアが入れてくれたお茶は程よく冷えており、空から降り注ぐ熱気で火照った身体を程よく冷ましてくれる。
「このお茶、何やら独特な匂いがしますね」
「……ん。ホントだ」
「あら、シナモンティーは初めてなの?」
「はい。ですが、美味しいです」
シナモンの匂いは少し気になるが、それでも甘く美味しいお茶にリーフがそう答えるとルリアは嬉しそうに微笑んだ
「良かったわ。こっちもどうぞ。特製のアップルパイよ」
「……ん、こっちも美味しい」
サクサクと食べ続けるライアはすぐに一切れ食べ終わると、物欲しそうに残りを見ていた。
「ライア殿。少しは遠慮しなさい」
「あら、いいのよ遠慮しなくて………それにパイなら同じものが四つもあるのよ」
「えっそんなに?」
「夫の好物なの。甘いものには目がなくてね」
「こっ、こらルリア」
笑い合っている二人を見て仲の良い夫婦なのだと感じたリーフ、その間にもそぉ~っとパイに手を伸ばしていたライアの手をはたき落としていたりする。
「それじゃあ、食べながらでいいから君たちの旅の話を聞かせてもらえないか?」
「そうですね………ですがどのような話をしましょうか」
「なんでも良いよ。君たちが体験したこと、見てきたものを聞かせてほしい」
そう言われても、今までの旅の間に経験してきた全てはどれも鮮烈で過激なものばかりだ。逆にどれを話していいのかもわからないほど、かけがえのない体験であった。
リーフがどの旅の思い出を語ろうかと悩んでいると、ルリアに次の一切れをもらったライアが口を開いた。
「……昨日のドラゴンの話でいいんじゃない」
「あなた達、ドラゴンと戦ったの?」
「はい。それではその話をいたしましょうか」
リーフは自分たちが冒険者としてこの渓谷に住まう真紅の竜を討伐した時の話を始める。
深紅の竜との戦いの険しさ、その取り巻きの竜たちとの戦いのことを話し続けるリーフ。その合間合間にライアも自分がどんな活躍をしたのかを身体を使って語り、聞いていた夫婦はライアの仕草に苦笑する。
そして最後には竜を討伐したスレイの勇猛さを語り尽くしたリーフとライア、すると話を聞き終わったミカエラは感心したようにこう呟いた。
「君たちは私が想像していた以上の旅をしてきたんだね」
「えぇ。今話したドラゴンだけでなく、我々は冒険者として多くの魔物と戦ってきました。そのすべてを語ろうとしたらそれこそいつまでも終わらないほどの経験です」
「……魔物だけじゃない、もっと強いのとも戦ってきた」
「凄いのね。あなたたちは………ねぇ、他にはなにかないのかしら?」
「えぇっと、そうですね………それでは───」
ルリアに次の話を急かされたリーフは、ドランドラのかつての英雄である緋麟丸との戦いを話そうかと思ったその時、家の扉をノックする音が響いた。
「おや、珍しいこともあるものだ」
本日二度目の来客に眼を丸くしたミカエラは、話を中断させてすまないと言いながら誰が着たのかを見るために部屋を出ていった。
戻ってくるまでは休憩にしようと、空になったコップにルリアがお茶を注いでいるミカエラが戻ってきたか思ったら、リーフとライアは共に戻ってきた人物の顔を見て驚きのあまり声を上げてしまった。
「あれ?スレイ殿!?」
「……それにあの呪い師だ」
「あれ、リーフにライア?こんなところで何してるの?」
戻ってきたミカエラの後ろには呪い師のソニアとスレイが一緒だった。
「それはこちらのセリフです。スレイ殿こそ何をしているのですか」
「ボクはミカエラって人に会いに来たんだ。稽古をつけてもらおうと思って」
「ミカエラ殿に稽古を?」
リーフは人を見る目はそれなりにあると自負している。故に初めてミカエラと会ったときから、彼に対する評価は一貫して一般人のそれであると思っていた。
「ミカエラさん、ルリアさん。彼はスレイ、そちらのお二人と同じく里長の客人です」
「初めましてミカエラです。お話はお二人から伺っています」
「スレイです。二人がお世話になったようで」
簡単にミカエラたちと挨拶をしたスレイ、それが終わるのを見届けたソニアは話を始める。
「ミカエラさん。早速ですが、あなたにはスレイさんとそちらのライアさんにアレを教えてあげてほしいのです」
「アレをですか?なぜ?」
「必要だからです」
「………わかりました。ですが私も実践を離れて久しい、感を戻すために時間はもらいます」
「良いでしょう。ですが時間はありません。半日で戻してください」
「善処しましょう」
話が勝手に進んでいってしまい、おいていかれてしまったリーフたち、いったい何の話をしているのかを訪ねようとしたが、話を早々に切り上げたソニアによって遮られる。
「では明日、また来ます。皆さん戻りましょう」
コクリと頷いたスレイはリーフとライアの方を見ながら問いかける。
「ボクはソニアさんと先に戻るけど、二人はどうする?」
「あっ、では私たちもお暇しましょうか」
「……ん。そだね」
お茶を飲み終わり、話も終わったところだったのでこれ以上長居するのも気が引けていた。
ちょうどいい頃合いではあったので、スレイと共に帰ることにした。
「あら二人共もう帰っちゃうのね………そうだわ、ちょっと待ってて」
奥へといったルリアはなにか籠のような物を持って戻ってきた。
「余り物だけどよかったら持って行って」
籠を受け取ったライアは中から香る甘い香りに、さっき食べたアップルパイだと気付き顔を綻ばす。
「……ありがと」
「またいらっしゃい」
籠を受け取って喜ぶライア、続いてリーフとスレイも御礼の言葉を述べてから家をあとにした。
⚔⚔⚔
あの後、スレイたちは用意された家へと案内されそこで休むことになった。
一応イグルたちとは別の家になっているが、部屋は一つしかないので同じ部屋で眠ることになったが特に問題はなかった。
自前の食材で夕食を作り、食後にルリアからもらったアップルパイを食べてその日は休むことになった。地面に寝袋を敷くと、疲れたと言ってライアがコユキを抱えて早々に眠りについた。
起こすといけないと明かりを消して外に出たスレイは、先客であるリーフに果汁水の入ったグラスを差し出す。
「飲むかい?」
「頂きます」
グラスを受け取ったリーフは中に入っていた氷を指で触りながら小さく呟いた。
「スレイ殿、なにか隠してはいませんか?」
「………どうしてそう思ったんだい?」
「なんとなく、何かを隠している気がしたんですが、その様子を見る限り本当のようですね」
カリカリと頬を搔きながら空を見上げたスレイは一度、後ろ家の中で眠るライスの気配が変わらないのを確認してからゆっくりと話し出す。
「イトゥカさんからボクたちの分としての報酬としていくつか情報提供を求めたんだけど、その一つとしてライアの両親のことを聞いたんだ」
「────ッ!?それは、どこにいるのですか?」
「もうリーフは会ってるよ」
スレイの言葉にいったい誰だと考えたリーフだったが、すぐにその言葉の意味を理解した。
「ミカエラ殿とルリア殿ですね」
「うん」
コクリと頷いたスレイを見てリーフは顔をしかめる。
「なぜ、そのことをライア殿に伝えなかったのですか!?」
「伝えなかったんじゃなくて、伝えられないんだよ」
「………それは、ルリア殿の心が、壊れているからですか?」
「うん………魂が形を失っているんだ。下手に刺激したら心が壊れる。だから、ライアにもご両親にも今は何もいえないんだ」
形を失っている魂はとても不安定だ。
現状どうにか集まってはいるものの、ちょっとした刺激一つで弾けてしまうような爆弾のような状態のそれを刺激するなど、スレイには到底出来ない。
「わかりました……ライア殿にもこの話はしません」
「ありがとう」
「ただし、一つ条件があります」
「いいよ。なに?」
「それは明日にでも、今日は遅いですしもう休みましょう」
家の中に入っていくリーフを見送ったスレイは、夜空に輝く月を見上げながらそっと目を閉じる。
もしもライアとその母親の心が治ったとき、そのときこそ真実を伝えなければならない、その時が早く訪れるのをスレイは祈るのだった。




