ライアと語られる過去
竜人の男たちの案内によって竜人の里に足を踏み入れたスレイたちは、長老の場所へと案内すると言われ前を行く男たちの後をついていく。
里の中を歩いていくスレイたちは、竜人の里の家も度で訪れた街で見たような岩とレンガの家だった。
違うところといえば彼らの着ているる服くらいか、どことなく古代エジプトの服のようだとスレイは思っていた。
物珍しそうに里の中を歩くスレイたちに竜人たちからの好奇の目を一身に向けられた。
「…………なんだか、見られてる?」
「わしらが珍しいんじゃろう。気にせず堂々としておればいい」
竜人たちに向けられる視線に困惑するアスフィルをオルクが優しく諭した。
オルクの言う通り外から来たスレイたちのことが珍しいのだろうと思いながら進んでいると、突然一人の男がスレイたちの進行を邪魔するように立ちはだかった。
何だと横切ろうとすると、今度は別の男たちが現れ退路を断った。
「お前たちが外から来た奴らか」
現れた男は目測ではあったがスレイよりも頭三つ分ほど高く巨人族のセッテと同等の長身に、かなり筋肉が発達した大男がスレイたち全員を見定めるように順に見回している。
何がしたいのかとスレイが考えていると、まるであざ笑うかのように鼻を鳴らした。
「ババアが手厚く出迎えろと言っていた客人だったが、どいつもこいつもひょろっとして弱そうじゃねぇか」
「アァッ!?なんだとッ!」
「やめとけゼグルス」
男に喰ってかかろうとしたゼグルスをイグルが押し止めると、今度は先を歩いていた案内人の男の中でリーダー格の一人が戻ってきた。
「客人に対して何をしている!グラートッ!」
グラート、そう呼ばれた大男は後ろを振り向くと、己の名を呼んだ男を見て再び鼻で笑った。
「おいフォヴィオよ。お前ごときが俺を呼び捨てにしていいと思ってるのか?」
「それはこちらの台詞だ。お前のような未熟者が長老の客人に対して何たる不敬。早々に謝罪しろ!」
フォヴィオと呼ばれた案内人の男、ここに来るまでの間無愛想だとは思っていたが根は真面目な青年なのだと思い直していると、再び大男のグラートが鼻を鳴らした。
「はっ、人間のガキが四人と、ドワーフのジジイに獣人の娘が一人とペット一匹。まともそうなのはそこの人間と巨人族の女ってところか?おいフォヴィオ、テメェ間違えてんじゃねぇのか?」
「ふざけたことを言うな。お前こそその目は節穴ではないのか?」
「俺の目が節穴だと?ならばそこの白髪のガキはどう説明する!覇気もねぇ、殴れば死ぬような雑魚じゃねぇか。そんなのが竜を倒しただ?笑わせんじゃねぇよッ!!」
大男グラートの一言に幻影の槍に刺されたイメージと共に吐血したスレイが四つん這いになって倒れる。ここに来る前から思っていたことだが、こうして改めて人から面と向かって言われると物凄くダメージが大きかった。
「スレイ殿ッ!?大丈夫ですか!?傷はまだ浅───くはないようですが、平気ですかッ!?」
「ンニャ~」
「ごめん、無理。ちょっとしばらく放っといて」
精神的なショックからなかなか抜け出すことができないスレイをリーフとコユキが励まそうとしたが、当の本人のダメージが相当なせいか全く効いていない。
そんなスレイはさておき、あの大男のグラートにまともと言われたイグルとセッテは本当に節穴だと思っていた。
「あいつ、マジで節穴みたいだな」
「そのようだな。スレイたちが弱いなどとよくもまぁ言えたものだ」
実際に竜と戦ったのも倒したのもスレイたち、イグルもセッテも戦ったが手も足も出なかったというのに、あの竜人は見た目だけで強さを見ているのではないかと、二人は揃って考えてしまった。
少ししてちょこっとだけ心が回復したスレイ、そこにゼグルスがやってきた。
「おい白髪頭、さっさと立てよ」
「うん。そうします」
大きく息を吐いてから立ち上がったスレイがズボンの裾の泥を払っていると、ドカドカとグラートが大股で近づいてくきてゼグルスを突き飛ばした。
「グッ、なにすんだッ!」
「邪魔なんだよガキ。おいお前、さっさと帰んな。ここは竜人の里だ。弱いやつが足を踏み入れていい場所じゃないだよ」
グラートの手がスレイの方へと伸ばされたその時、スレイは反射的にその腕を掴み取った。
自分が何を言われてもちょっと傷つくだけで済むが、仲間を害そうとする輩はどうしても許してはいけなかった。
「へぇー。じゃあ。その言い分ならあなたを痛めつければ、僕たちはこの里にいても問題ないはないってことですね」
「はっ。やってみろよ───ッ!?」
グラートが思わず声を詰まらせる。
スレイの掴まれた腕がミシミシッと音を立てて軋み、鋭い痛みがグラートの中に走った。
「テメェッ!ふざけんなッ!!」
振り上げられたグラートの拳がスレイへを振り抜かれたが、スレイはその拳を片手で受け止めると掴み取り拳を握り潰した。
「ガァアアアッ!?───ガハッ!?」
「残念。あなたのほうが弱かったですね」
グラートの巨体がくの字に曲がりスレイが横にズレたと同時に膝をついて倒れた。
パンパンッと手を払っていると、静かに観戦していたリーフとライアがやってきた。
「……流石スレイ、容赦ないね」
「流石にやりすぎですよ」
どうやらスレイがやったことを見抜いたらしい二人は、全く正反対な顔をしているとやられたグラートの仲間がスレイに食ってかかってきた。
「お前ッ!グラートさんに何をしやがったッ!」
「何をって、先にゼグルスさんに手を出したのはあっちでしょう?」
「卑怯な手を使ったに決まってるだろうがッ!」
そんなことだろうと思ったが、別段卑怯な手など全く使っていない。腕を砕いた瞬間に怯んだグラートの腹部に拳を叩き込み、闘気を流して昏倒させた。
何も変なことをしていなければ正当法で倒したのだ。文句を言われる筋合いも何もない。
「別になにも?あの人が弱いからやられたんじゃないんですか?」
「グラートさんが弱いだとッ!?」
「だってそのとおりでしょ?そこで無様に倒れてる人が弱いって称したボク負けたんだ。弱いに決まってるじゃないですか。あなたおかしなこと言いますね」
クスクスッと笑ったスレイを見て残りの仲間が殴りかかろうとしたその時だった。
「やめないか貴様らッ!」
声を上げて止めたのはフォヴィオだった。
「それ以上はやめろ。お前たちグラートを連れてとっとと立ち去れ」
「だっ、だけどよぉ」
「黙れ、早く立ち去れッ!」
フォヴィオの気迫に負けて男たちが立ち去っていくが、男たちはスレイのことを親の敵のごとく凄まじい殺気のこもった目で睨んでいた。
これは後で報復があるかもしれないので、警戒しておかなければならないっと考えた。
「コユキ~。さっきに人たちが襲ってきたら、容赦なく叩きのめしてあげて」
「ニャ~」
「こらこら、コユキになにをさせる気ですか?殺す気ですか!?」
「大丈夫大丈夫、襲ってこなかったら特にする気はないし、襲ってきたらやり返すだけだから」
ニヤリと怖い笑みを浮かべているスレイに、これは悪いことを考えている顔だと思ったリーフは大きくため息を一つついた。
スレイはこれと言って咎められることはなかったが、代わりに面白い話を聞けた。
「我々、竜人は強さが志向。故にあのように勘違いするものも現れるのだ」
「大変ですねぇ~」
「そう思うなら少しは覇気を出せ」
「あははっ………覇気ってどうやって出すんだろう」
フォヴィオの言葉に遠い目をして答えたスレイはゆっくりと歩き始める。その時なにやら後ろを歩くリーフとライアがなにかを話している声が聞こえてきた。
「……スレイって、戦ってるときが一番かっこいいよね」
「そうですね。いつもは穏やかな方ですが、戦うときはとても勇ましくて素敵ですね」
「……流石。私たちが惚れた男」
「えぇ。我々の愛しき旦那様ですね」
二人からべた褒めされたスレイは柄にもなく頬を赤く染めていると、臨時パーティーメンバーであるセッテとアスフィルがからかってくる。
「…………あれ?スレイ顔真っ赤、照れてる?」
「おなご二人に愛おしいと言われるとは、主もなかなかやるではないか」
「お二人とも、いい性格してますね」
このとき二人にからかわれているスレイを見ながらゼグルスが、心底軽蔑した眼で見ているのだった。
⚔⚔⚔
しばらく歩き里の端にある少し大きな家の前で立ち止まった。
「少しここで待て、くれぐれも面倒事を起こすなよ」
そういう残してフォヴィオたちが家の中に入っていくと、残されたスレイたちは大人しくその場で待っていた。
「…………遅いね」
「……ん。遅い」
待てと言われてすでに十分以上ライアとアスフィルが早々に音を上げて、少し大きくなったコユキを撫で回して遊び始めていた。
「やめぬかお主ら。大人しく待っておれ」
「とかなんとか言って、オルクも武器の手入れ始めてんじゃねぇか」
「ムッ、これは仕方がなかろう」
コユキで遊んでいた二人を注意したオルクも、戦鎚の手入れをしてイグルに注意を受けて恥ずかしそうに言い訳を始める。
大人しく待っているのもそろそろ限界を感じたスレイも、空間収納から本を取り出して読んでいるととなりで大人しくしていたリーフが声をかけてきた。
「スレイ殿。最近よくその本を読まれていますが、どのような内容なのですか?」
「ん~?魔法発動時における詠唱の有用性と、無詠唱魔法における問題についての論文。マルグリットで詠唱魔法が一般化した元凶となった本だね」
「意外ですね。そのような本を読まれるなんて」
「気になってはいたからね。でも、この論文を読んでわかったけど、詠唱魔法を広めた当時の学園は論文の内容をえらく捻じ曲げた解釈をしたもんだよ」
呆れたようにため息を付いたスレイはパタンと本を閉じた。
「読んでみて分かったけどこの論文は一部の魔法使いに向けて書かれたものなんだよ」
「一部の魔法使いとは?」
「この論文はね。本来アスフィルみたいな魔法使いの冒険者のために書かれたものなんだ」
「それはなぜですか?」
「簡単だよ。魔法を正しく理解できる環境にないからさ」
実際、アスフィルはこの数日スレイの師事を受け魔法の腕をメキメキと伸ばしていった。
独学で学んだ魔法の基礎を、一から学び直したアスフィルはこれからより強くなる。しかし、殆どの冒険者はアスフィルのように学ぶ機会が皆無なのだ。
「冒険者やってる魔法使いの多くは、独学か引退した魔法使いに指示を受ける、極稀に学園やで学んだ魔法使いが数人いるかどうかって程度だ。前に話したと思うけど、詠唱魔法はことばでまほうを」
「それはわかっています。騎士団でも、魔法を扱えるものは少数ではありましたがいました。その殆どが独学でしたから」
「この論文はそういった魔法使いのために書かれたんだけど、ホントどうしてこうなったんだろうね」
読んでた本を空間収納にしまったスレイは背にしていた家の壁から離れると、少し遅れて家の扉が開かれた。
「里長がお会いになる。中へ入れ」
随分とまなされてそれだけかと思ったが、ここで事を荒立てることもないので黙って中へと入りフォヴィオの案内でスレイたちは、少し広い部屋へと通された。
その中央で三人の老人と若い女性が座っている。そして左右の壁際にはフォヴィオたちが控えている。
「よく来たお客人。そちらへ座りなさい」
指された場所に椅子などはなく絨毯のようなものが敷かれているだけだった。
あからさまに嫌な顔をしたぜグルスだったが、スレイたちは気にせずにそこに座るとイグルたちも続いて腰を下ろした。
「今回はこうして招き入れていただき感謝します。私はこのパーティーリーダーのイグルと申します」
「私はこの里の長を務めますイトゥカです。そしてこちらが夫のゼンゼと補佐のリジェクです」
里長イトゥカに紹介された二人も小さく頭を下げる。
「そしてあの娘は我が里の呪い師ソニアです」
彼女がそうなのかと誰もが思った。
目測ではあったがソニアと呼ばれた呪い師の女性はライアと同じかもう少し幼い、女性というよりも少女と言ってもおかしくない歳の娘だった。
続けてスレイたちも名乗ると、イトゥカが話を始める。
「この度、あなた方をこの里にお呼びしたのはそこにいるソニアが、占術であなた達の姿を見たためです」
「我らの姿を?」
「はい。近いうち、この里に現れる天使によって里が滅びます」
天使と言う言葉を聞いてスレイたちの表情が険しくなった。
スレイたちの知る天使、それは神の使徒がこの里を襲いに来ることになる。
「しかし、その天使はその身に大いなる竜を宿した光の剣士によって打倒されると、わたしの占いがそう告げました」
「光の剣士?あいにくそんなやつここにいないだろ?」
「そこに炎の剣士ならいるがな」
セッテに指さされたスレイだったが、ソニアはスレイのことを見てニッコリと微笑んだ。
「光の剣士様については言明しません。ですが、わたしの占いは外れません。どうか、我らをお助けください」
ソニアを初めて里長たちも揃って頭を下げていた。
「わかった。ただし、冒険者を雇うんだ。報酬はもらうぜ」
「イグル。なにを勝手に決めているのだ」
「良いじゃねぇか、困ってる人を助けなのが冒険者だろ」
イグルの言葉にセッテたちは押し黙った。
「それで、報酬はあるのかい?」
「はい。こちらを」
イトゥカが補佐のリジェクへ視線を向けると、軽くお辞儀をしたリジェクが懐からなにかを包んだ布をイグルの前に置くと、包みを解いてその中を見せるとゼグルスが目を見開きながら立ち上がった。
「おいおい、金塊じゃねぇか!?」
「デカいな。オルク見てくれ」
「あぁ。少々見させてもらおう」
「構いません」
置かれていた金塊を手に取ったオルクは手に持った金塊を色んな角度から確認し、最後に懐から取り出したナイフで表面を傷つける。
「うむ。良い金じゃな。金貨にして四十枚といったところか」
「報酬としては十分だな」
「そちらは前金、里を救っていただいたあと同じものをもう一つお渡しします」
それを聞いてイグルたちの表情が変わった。
天使との戦いを終えたら成功報酬として金貨八十枚相当の金塊が手に入るのだ、喜ばないはずがない。
「敵はいつ来るか分かりません。時が来るまでゆっくりと休んでいただけるように家を用意いたしました」
「フォヴィオ、みなさんを案内しなさい」
「わかりました。ではこちらに」
フォヴィオの案内で用意された家へと向かおうとしたとき、イトゥカが呼び止める。
「ライアさん。少しお待ちくださいな」
「……ん。わたし?」
「あなたには少々お話があります」
なにやらイトゥカの雰囲気が今までと違うと思ったライアは、スレイたちの方を見てから答える。
「……一人で?」
「お仲間の方もご一緒で構いませんよ」
「じゃあご一緒させてもらいます。イグルさんたちは先に行っててください」
「………おう。先行ってるわ」
部屋に残ったスレイとライア、そしてリーフの三人はイトゥカたちと向かい合った。
「まずはライアさん。あなた方は私どもの同類、竜人族ですね」
「……ん。そうだよ」
「魔眼を……未来の出来事を見ることの出来る魔眼を、持っていますね」
ライアの魔眼のことを知っているということは、やはりこの里がライアの産まれた場所なのかと思った。
「……ん。あるよ」
「やはりそうですか」
確かめるように頷いたイトゥカたち三人は、ライアの方へと向き直ると突然頭を下げた。
「……なに、どうしたの!?」
「私どもは、あなたに取り返しの付かない事をしました。謝って済むことではありませんが、本当に申し訳ないことをしました」
困惑したライアがスレイたちに助けの視線を求めると、リーフが頭を下げるイトゥカたちに問いかける。
「話が見えませんが、あなた方はライア殿が捨て子となった訳を知っている、ということで相違ありませんか?」
「はい」
「なら教えてください。でなければ、許すもなにもありませんよ」
「わかっています」
頭を上げたイトゥカが後ろで同じように頭を下げていたゼンゼに声をかけた。
「あなた、この部屋を私達だけにして」
「分かったよ」
ゼンゼとリジェクが立ち上がり、スレイたちに頭を下げて退出していった。
残されたのはスレイたちと当人であるイトゥカと、呪い師のソニアだけとなった。
「彼女はどうして?」
「この話は彼女にも関わりがあることです。お気に触ったのでしたら、退出させますが?」
「……別にいい。そんなことより、早く教えて」
「わかりました」
小さく頷いたイトゥカは話しだした。
始まりは十六年前、ライアはこの里で産まれた。
この里では古くから生まれたばかりの子供を呪い師によって占わせるという習わしがあった。ライアの両親もそれに習い、ライアのことを当時の呪い師に占わせたという。
「当時ということは、やはりそちらの方の前任者がっということですか」
「はい。ライアさんのことを占った呪い師の名はラッシュ。そこにいるソニアの祖父であり、ライアさんをこの里より追放する原因をつくったものです」
その一言にスレイたちは疑問を覚えた。
なぜ、呪い師の一言で赤子を一人追放しなければならなかったのか、それが分からなかった。
「彼は若かりし頃は有数の呪い師で、彼の出した結果にハズレなし、そう言われるほどの男でした。しかし、あなたが産まれた頃になると、占術が外れることが多くなりました」
「老い、ですか」
スレイの問いかけにイトゥカは小さく頷いた。
「どういうことですか?」
「リーフには説明したけど、占術でより良い結果を出すのは自分を占うこと、つまり自分の死期を見ることも出来る」
「その通りです」
スレイの言葉に答えたのはソニアだった。
「わたし達はこの役目を次ぐ際に行うのは、己の運命です。自身の最後を知ることで、それまでに起こるであろうすべてを見るそれがわたしの一族が継いできた占術の教えです」
「逆に言えば、自分の死期が近くなればその先を見ることが難しくなる。でもなぜ、あなたのお爺さんはライアを追放したんですか」
「それは、あなたがその眼に宿した魔眼のせいです」
「……この眼のせい?」
「占術は万能ではありません。様々な可能性を一つずつ紐解き言葉にする。ですがあなたの眼は、未来を見通す眼。その存在を祖父は許せなかったのでしょう………あなたを不幸の象徴として殺そうとしました」
ライアはそっと魔眼を宿した眼に触れる。
この眼のせいで家族を殺され、危険な目に何度もあってきた。
「ライア………大丈夫か?」
「……ん。平気」
「平気ではないでしょうに………イトゥカ殿、先程ソニア殿の祖父君はライア殿を殺そうとしたと言いましたが、ならばなぜ生きて孤児として隣国にいたのですか?」
「それは、私達がライアさんを逃したからです」
イトゥカの答えを聞いたリーフはそっとスレイの方へと自然を向けると、その視線に気づいたスレイは小さく頷いて答えた。
頷いたスレイの眼は魔眼が発動され、嘘はいっていないと分かった。
「あの日ラッシュは、狂ったように赤子のライアさんを殺すように叫び、村の大人たちもそれに従うべきだと同調しました」
「同調って、待ってくださいよ。たった一人の魔術師の言葉でそんなことが───」
「小さい里だ、あってもおかしくないよ」
いつもよりも低く、怒りの籠もったスレイの声に思わずリーフは振り返り息を呑んだ。
「こんな小さな里だ。ちょっとした奇跡を起こせる人は神にも等しい信仰を受けることは珍しくない」
「そのとおりです。実際、私の前任の里長を含めて、ライスさんを殺そうとした者の多くはラッシュを崇拝していました。それこそ盲信的なまでに」
だからといって、なにも知らない赤子を殺そうとしていいわけではない。
イトゥカたちを含め、その言葉に反感を覚えた数人が秘密裏にライスを逃し、表向きにはライアは里の外で魔物に食べられ死んだ事になったそうだ。
「一つ聞かせてください。どうやってあなたたちはその話を知ったんですか?」
「祖父が亡くなる直前。後を継ぐわたしに告白しました」
「そうですか」
話を聞き終わったスレイとリーフは横目でライアのことを見る。
自分の魔眼のせいで捨てられ、殺されそうになったその事実を受け止めきれないであろう。
「ライア、君はどうしたい?」
「……どうしたいって、なにを?」
「君が望めば、この二人は自分の命を捧げるつもりだろう。あなたはそのためにあの二人を追い出しましたね」
「はい」
スレイの言葉を肯定したイトゥカ、それを聞いてリーフとライアが驚いた。
「あなたの人生を不幸にした私達は償わなければなりません」
「わたしもあなたを殺すように命じた愚か者の血を引くもの、あなたに殺されても文句はありません」
きっとここでライアがこの二人を手に掛けたりして、咎められることもなければ何事もなく外に出たあの二人が亡骸を片付けるだろう。待たされているあの時に、あの場にいた全員で決めたことなのだろう。
スレイがどうするかとライアに問いかける。
「……別に、私はそんなのいらない」
「ですが私達のせいであなたは───」
「……勝手に私が不幸だなんて言わないでッ!!」
振り絞るような大声で叫んだライアはギュッと両手を握りしめながら答える。
「……親がいないのは悲しかった!でも居なくたって、家族はいたッ!つらい思いもたくさんしたし、苦しくていっぱい泣いたッ!でも不幸だなんて思ってないッ!勝手に不幸だって言わないでッ!!」
両目に涙をためて立ち上がったライアはそのまま部屋を飛び出していった。
「ライア殿ッ!──ッ!スレイ殿、自分が行きます」
「うん。お願いするよ」
飛び出していったライアの後を追ってリーフも飛び出していった。
部屋に残されたスレイは静まり返った部屋の中で呆然としている二人を見ながらゆっくりと口を開く。
「ライアはあの魔眼のせいである犯罪者に狙われ孤児院の家族を失いました。それからは浮浪児として彷徨っていたところを職業奴隷として拾われて生きてきました」
「───ッ!?でしたら私達はやはりとんでもないことを」
「だけど、彼女は今を幸せだと思っています」
スレイの言葉に二人はハッと息を呑んだ。
「家族が死んでつらい思いをして、それでも彼女は前を向いて歩いてるんです………それに、彼女はただ知りたかったんだ。自分がどうして捨てられたのかを、知るために。決してあなた方への復讐のためにこの里に来たんじゃない」
険しい表情で押し黙った二人を前にしてもうこれ以上は言う必要はないと感じたスレイは、自分がライアを追わずに残った役目を果たそうと口を開く。
「イトゥカさん。ここからは個人的な話をさせていただきます」
「何でしょうか?」
「ボクとライアとリーフは元々イグルさんたちとは別のパーティーです。なので、先程彼らに渡した金塊とは別に報酬を頂きます」
「構いません、同じものを用意しましょう」
「勘違いしないでください。別に金が欲しいわけじゃない。」
ニヤリと口元を釣り上げたスレイは目の前にいる二人に新たな報酬の交渉を始めるのだった。
⚔⚔⚔
一方その頃、里長の家を飛び出したライアとそれを追っていったリーフは、里の外れにある一軒の家にいた。
「二人とも、お茶をどうぞ」
二人の目の前に座る赤毛の女性、その腕の中には赤子をもした人形が抱かれていた。




