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アルファスタ家のお姫様

 深紅の竜との戦いを終えたスレイたちが竜人の里に招かれた頃、遠く離れたマルグリット魔法国に有るアルファスタ邸ではこの家の一人娘であり、伝説の聖剣をその身に宿したレイネシアが膨れていた。


「レネちゃ~ん。そろそろごきげん治ったかな~?」

「ぶぅ~なのぉ~!」


 ほっぺたに空気をたんまり溜めてお怒りのレイネシア。理由はつい一ヶ月ほど前にユフィたち母親組がエルフの里に旅に出て、帰ってきたと思ったら今度はスレイたちが旅に出てしまった。

 まだ甘えたい年頃なのに両親が忙しく自分をおいていってしまい、更に追い打ちをかけるように昨日かかってきた通信で、スレイがテイムしたコユキを見たレイネシアの大癇癪を起こした。

 一晩経てば収まるかと思ったがどうやらその認識は甘かったらしく、起きて来たと思ったら大好きなクマのぬいぐるみを抱えリビングを占領、絶賛ストライキ中だった。


「うぅ~ん。弱ったねぇ~」


 もうやれる手はすべて尽くしたユフィさん。

 いつもなら甘いお菓子や大好きなクマさんのぬいぐるみで遊べば大抵のことは忘れてしまうのだが、今回は随分と長引いてしまっているこの状況に、流石に匙を投げてしまいたくなった。

 そんなユフィに呆れたアニエスが、もう見てられんと言わんばかりにやってきた。


「弱ったね。じゃないわよ、ほらレネッ!いつまでも膨れてないで、さっさとお着替えして歯を磨いて御飯食べるわよ!」

「いやなのッ!」


 アニエスに怒られても一歩も引く気のないレイネシアは、片腕にクマのぬいぐるみを抱き抱えながら巨悪と戦う勇者のごとく堂々と胸を張りながら叫んだ。


「レネ、ねこさんとあそぶまでわるいこになるのッ!だからママのおはなしきかないのッ」

「馬鹿なこと言ってないで、レネの好きなパンケーキ作ったから早く食べなさい」

「いぃ~やぁ~!けだものぉ~!」


 腕を掴んで無理矢理にでも連れて行こうとしたアニエスだったが、連れて行かれそうになった瞬間にレイネシアは床に寝そべって拘束を逃れ、母親を獣呼ばわりした。


「だぁ~れぇ~がぁ~獣じゃッ!」

「まぁまぁ、アニエスさま!落ち着いてくださいまし」


 もう許さんっと尻尾の毛を逆立てながら飛びかかろうとしたアニエスを、既のところで止めに入ったラピスが後ろから羽交い締めにして止めた。


「放しなさいラピスッ!」

「はいはい。どうどう、アニエスさま。落ち着いてくださいまし」


 ジタバタと暴れるアニエスを身体強化で押さえつけたラピスは、視線でユフィに合図を送る。それを受けたユフィは小さくうなずくと膨れているレイネシアに話しかける。


「ねぇレネちゃん。ママの作ったパンケーキ、ホントに食べないの?」

「たべないの!」

「そっかぁ~、残念だなぁ~。ママがせっかくレネちゃんのためにフルーツたっぷりのパンケーキ作ったのに」


 その一言にピクッとレイネシアが反応したのをユフィは見逃さない。


「そっかぁ~、食べたくないなら仕方がないか~、レネちゃんが食べたくないならママたちで食べちゃおっかなぁ~。残念だなぁ~せっかくレネちゃんのためにアイスもつけちゃおうと思ったけど」

「アイス!?」

「レネちゃんアイス大好きだもんねぇ~。でも悪いこのままのレネちゃんはアイス食べたくないんだもんね」

「むぅ~やぁ~!レネ、いいこなるの!アイスたべたいのぉ~!!」


 ちょっと意地悪しすぎたのか涙を流しながらぬいぐるみを捨てたレイネシアは、一目散にユフィの胸に飛びつくとわんわんと泣き出した。


「ママぁ~アイスぅ~」

「はいはい。ちゃんといい子になるなら食べていいからね?」

「なるぅ~、レネいいコなるのぉ~」

「じゃあ食べていいよ?だけど約束してね。猫さんはパパとママたちが帰ってくるまでは会えないの、だからいい子で待っていられるかな?」

「いいこすれば、ネコさんとあそべる?」

「そうよ。だから、いい子で待ってようね」

「うん。レネいいこでまつの」

「なら良しッ!それじゃあご飯食べたらママたちとお出かけしよ?猫さんのベットやおもちゃとか色々揃えなきゃ」

「いくのぉ~!」


 ようやく元気を取り戻したレイネシアを連れていくユフィ、その際ラピスに羽交い締めにされて止められていたアニエスはげんなりとしながら、やってらんないわっと呟くのだった。


 ⚔⚔⚔


 朝食を済ませて街に出たユフィたちは家族全員で──ただし別の大陸のソフィアは別──買い物に出掛けていた。

 先頭を歩くレイネシアは先程の不機嫌ムードから一点、ルンルンと全身から喜びを表現するかのように軽やかな足取りで歩いている。


「全くあの子ったら、ホント現金なんだから」

「良いじゃないですか。レネちゃんはアレでこそなんですから」

「そうそう。元気が一番ってね」

「あんたらねぇ………それはそうと、あんたら仕事はいいの?」


 平然と隣を歩いているラーレとノクト、この二人だけでなくユフィもラピスも学園なり冒険者なりの仕事は有るだろうに、こんなところで遊んでいていいのだろうかと思った。


「学園の方は夏季休暇でお休みだし、冒険者は基本的に自由だから」

「それにおれら、ギルマスからしばらく顔出すなって言われてんだよ」

「ラーレ、あんたなにしたの?」

「してねぇよ。下の奴ら育てるから回せるような依頼がねぇんだよよ」


 ただいまギルドは冒険者育成期間中なのだ。

 来るべき決戦に向けてギルドは冒険者の育成に乗り出し、ユフィを含む上位ランク冒険者や一定の実力があるとされる冒険者は極力依頼を受けることを制限されている。

 もちろん強制ではないが、討伐系の依頼は常備依頼は殆どが育成組に回されているので、現状残されている簡単無いお使い程度の依頼しか残されてない。

 それにユフィたちの場合、普段が働きすぎなのでそれを含めての制限でも有る。


「ノクトの方は?帝国の人たちの方はもういいの?」

「はい。皆さんの容態も落ち着いて、ルラお義母さんからも峠は越したと」

「良かったわね」


 このところずっと忙しくしていたノクトを知っているアニエスは、ノクトが少しは楽になったことを知って本当に良かったと思っていた。


「ママぁ~はやくいくのぉ~!」


 母親たちが話し込んでいるうちにどんどん先に行ってしまうレイネシア。


「レネ、待ってくださいまし」

「レネちゃん、どこ行くかわかってるの?」


 勝手に進んでいくレイネシアを追ってユフィたちは少し小走りで後を追っていくのだった。


 ⚔⚔⚔


 家を出てからしばらくしてユフィたちはまだ目的の店にたどり着けなかった。


「おかしいな、この辺のはずなんだけど」

「ユフィさま、本当にこちらなのですか?」

「うん。中央通りに魔法生物を扱ってるお店があって、かなりわかりやすいお店だって前に聞いたんだけど」


 今向かっているのは前世で言うペットショップで、学園で魔法動物学の授業をしている先生と仲良くなったとき、もしもペットを飼うならここがおすすめッと言われたのだ。

 ちなみに魔法動物学とは、いわゆるキメラの生成について学ぶ学科でアドモア学部の魔道総合学科の一つだ。


「分かりやすいって言ったって、ここらにそんな店………あっ、あれじゃない?」

「えっ?あっ、あれかも」


 二人の視線の先に見えたのは、巨大な犬のような何かをもした変わった家、その首元にはセレナの魔法生物店っと書かれている。

 もうこれ以上はない分かりやすいお店だが、若干入るのに戸惑うお店だった。


「ママぁ~あそこなの?」

「うん。そうみたいね」

「わぁーい、とつげきぃ~なのぉ~!」


 止める間もなくレイネシアがかけていきお店の扉を開けて中に入ろうとした。

 ここまで来たら仕方ないと諦めて中に入ることを決める。どうか、中はこんな奇抜なことはありませんように、そう心のなかで祈りながら店に入った。


「いらっしゃいませ、セレナの魔法動物店へようこそ」


 店に入ってまず飛び込んできたのは、優しそうな声の妙齢の女性だとおもしき店員だった。

 なぜおもしき、などというかというと顔が見えないからだ。なぜかって?それは店員の首から上が魔物の口に食べられていたからだ。


「わぁあああああーーーーーーッ!?レネちゃん!見ちゃダメですッ!?」

「アニエスちゃん下がってッ!二人ともッ!」

「おうッ!」

「はいッ!」


 ユフィは空間収納に預かっていた二人の武器を投げ渡すと、駆け出した二人は剣を抜いて女性を襲っている魔物を倒そうとしたのだが、踏み込んだその瞬間、魔物の口から女性の頭がポンッと出てきた。


「お辞めくださいお客様。この子は危険な子ではありません」


 静止の言葉で振り抜こうとした剣を止めた。


「危険じゃないって、現に食われてただろ」

「あれはこの子の愛情表現なのです。初めて見る方はびっくりしますけどね」


 本当なのかと疑いたくなったが、現によだれまみれになってはいるが齧られていないところを見るに、彼女の言っていることは本当のことなのだろうと納得した。


「おい。やっぱ変わり者だぞこいつ」

「あの外見を見ればそうだと思いますが、決めつけるのはどうかと」


 引いているラーレの言葉にラピスがツッコミを入れる中、安全と聞いてレイネシアを守っていた三人がゆっくりと近づいてきた。


「ママぁ~、おっきなワンちゃんなのぉ」

「そうね、ワンちゃん………でいいのかな?」


 よくよく見たらあの女性店員を噛んでいたのは大きな犬?狼?型の魔物をベースにしているのか、真っ白な体毛と顔は犬のようだがその背中には大きな羽が生えていた。


「この子はブリザードウルフとシルバーホークの因子を混ぜたキメラです。名前はシロです」

「見た目の割に可愛らしい名前ね」

「うふふ。お子様と遊ばせることもできますよ?」

「だって、どうします?」

「あそぶのぉ~」


 ぴょんっと飛び上がったレイネシアが巨大なキメラ シロの身体に抱きつくと、そのモフモフの体毛に顔を埋めてワシャワシャッと遊びだした。

 ここで猫と遊べなかった欲求を満たすのならそれで良いかとユフィたちは思った。


「それで本日はどのようなご要件でしょうか?」

「あっ、そうそう。今度家で猫を飼うんですけど、猫用のベットとかあとなのか必要なものがあれば」

「そうですねぇ。お子さんも小さいですから爪切りとヤスリが必要ですね。あとは爪とぎに、お子さんとご一緒に遊べるおもちゃもどうでしょうか?」

「それじゃあ一通り見せてください」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 店員が店の中から今行ったものを探しに行った。

 その間ラピスはシロと遊んでいるレイネシアを見たり、ラーレとノクトは揃って店の中のものを物色したり、ユフィとアニエスは揃って魔法生物の入ったケージを見ていた。


「レネ、楽しいですか?」

「たのしいのぉ~」

「それは良かったです」


 大きな犬と戯れる愛娘をニコニコと笑みを浮かべて見守るラピスだった。


「なぁノクト、服もあるぞ」

「本当です、ペット用と書かれてますね」

「犬や猫も服着るのか、すげぇな」


 小さな動物用の服を手にとって眺めるラーレとノクト。


「凄いねここ、使い魔用の魔物もいるよ」

「キメラって聞いて変なの想像してたけど、意外と普通なのもいるのね」

「そうだね。魔物じゃない動物も扱ってるんだ」


 キメラの幼体と戯れる子犬や子猫、果には小鳥やワニなどこの店の取り扱いの幅に驚愕しているユフィとアニエスだった。


「お客様。お待たせしました」

「あっ、はぁ~い」


 呼ばれたユフィたちは一度集まると、テーブルの上に色々と用意されていた。


「まず初めはご要望のベッド、それとお出かけの際に必要になります籠と、爪とぎ板。それに猫用の爪とヤスリです。ベッドなどはいくつか種類がございますので、お好きなものをお選びください」

「そうですね、レネちゃん猫さんのベッドどれがいいかな?」

「んとね、レネこれがいいの!」


 そう言って選んだのは丸いクッションのようなベッドだ。

 気になって触ってみたところものすごく柔らかかったので、人が寝ても気持ちよさそうだ。


「よし。んじゃ次は籠だけど、これでよくねぇか?」

「そうですね、持ち運びもちょうど良さそうですし」

「待ちなさいよ。ここはレネに決めてもらわないと」

「レネはどれがいいと思いますか?」

「んとね、ラーレママのがいいの!」

「さすがおれの娘だな!」


 一通り必要なものが揃い、あとは猫用のトイレやおもちゃなどをいくつか選んでいった。


「まいどありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


 買い物を終えて店を出たユフィたち、まさかキャットタワーまでも置いてあるとは思わずいくつか買ってしまった。


「いやぁ~、意外と楽しかったね」

「ちょっと買いすぎた気もするけど」

「良いじゃねぇか。レネも楽しそうだったし」

「ですね」

「うふふッ、レネったら嬉しそうです」


 先を歩くレイネシア、その手には小さな鈴が握られている。

 それはこれから迎え入れる新しい家族へのプレゼンと、それを渡せる日をレイネシアは心待ちにしているのだった。


 余談だが、その数日後マルグリット魔法国に帰ってきたスレイたちが、コユキを紹介した際、猫ではなく虎であることを知ったユフィたちと一悶着起こることになるとは、このときは誰も思いもよらなかった。

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