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深紅の竜と黒竜

 竜種は成長するにしたがってその姿を大きく変えると言われている。

 例えば炎龍から産まれた竜が親と同じように育つかと言われればそうではないらしい。育つ場所、食事の質、その他様々な要因に起因しその姿を大きく変えてしまうことも多くはないそうだ。

 その為、竜を専門に研究する学者の間では年々新しい種類の竜が増え続けていると言われるほど、ドラゴンと大きな枠組みにカテゴライズされている竜の種類は豊富なのだ。

 そんな竜種にも一つだけ共通していることがある。それは歳を重ねることによって肉体を変化させることだ。

 百年経った竜はその種類が持つ固有の能力に目覚め、五百年経った竜は肉体を変化させる術を身に着け、千年生きた竜は人の言葉を身につけるのだが、ここまで生き残る竜種は多くはいない。

 今、目の前で暴れているあの人型の竜は少なくても百年以上、もしくは五百年近く生きているのは確実だ。


 本来ならあの深紅の竜は老成期にカテゴライズされ、Sランクが数人がかりでようやく倒せるような相手だ。

 そんな相手がリーフとライアへ襲いかかろうとしている。

 翼を羽ばたかせながら連続で空間転移を繰り返したスレイは、全身を闘気で多いながら身体に炎を纏った。


「させるかッ!───竜皇激・天翔ッ!」


 全身に炎を纏い炎の竜を作り出したスレイは、二人を襲おうとする人型の竜へと接近すると翼の羽ばたきに合わせるかのように炎が溢れ、現れた炎が集まり槍とると人型の竜へ放たれる。

 人型の竜は上空から降り注いだ炎の槍をかわすと、二人の前に入ったスレイは自身の周りにまとっていた炎を左右の剣へと集め振るった。


「焼け死ねッ!!」


 放たれた業火の炎は人型の竜を包み込むと、炎の檻となって竜を閉じ込める。時間はあまり稼げないだろうが二人を下に返すまでの時間は稼げるはずだ。

 空間収納からポーションを取り出しがスレイは、後ろにいる二人へと瓶を投げる。


「二人とも怪我は平気か!?」

「スレイ殿……すみません。あまり平気では……」

「……ごめん、私も無理そう」


 言葉の端々で苦しそうな声を上げる二人、炎の檻に呑まれた竜を警戒しながら二人の方へと視線を向ける。

 腕を痛めている二人をこのまま戦わす訳にはいかない。


「そのまま下がって、あいつの相手はボクがする」


 スチャッと黒幻の切っ先を竜の方へと向けると、炎の檻を破った竜がスレイのことを睨みつける。真正面から睨み合ったスレイは、後ろの二人をかばうように立ちながらゲートを開いた。


「下にまで続くゲートを開いた。傷の治療を早くしてきて」

「……了解」

「すぐに戻ります、暫くの間お願いします」

「良いよ。あいつは、ボクが殺る」


 不敵な笑みを浮かべながらもその両眼には激しい殺意を宿すスレイは、リーフとライアを傷つけたあいつを許す気はない。そしてあの人型の竜も初めからスレイ一人を敵に見ていた。

 ここはもうあの二人の戦場なのだと理解した二人は、この傷も相まって足手まといになるくらいならと潔くこの場をスレイに任せることに決めた。


「ここはおまかせします。どうかご無事で」

「……死なないでね」

「わかってるよ」


 二人がゲートを無事にくぐったのを確認したスレイは人型の竜を見据える。

 変化したその姿形は特徴的な鱗や尻尾など元の大きさのときとは変わらないものの、その体躯は人に近いように思われる。しかし、姿は人に酷似していると言っても元は巨大な竜、地の筋力や頑丈さは変わってい。

 その証拠に筋力に優れるライアを真っ向から打ち負かし、リーフの守りを抜けて人体を破壊する威力を持っていた。

 それに加えて元の巨体では出来得なかったアクロバティックな動きに、小柄になったことによる重量低下からくる俊敏さ、果にはヘリオースを貫通したレーザーのようなブレスまで持ち合わせている。


 あれをまともに喰らえばこっちは確実に死ねる。ならばあの竜にブレスを放つ隙を与えないように、超至近距離で戦うしかない。

 黒幻と白楼に竜のオーラを纏い接近する。

 まずは小手調べにとスレイは竜の頭へと攻撃を加える。左右の剣を左側へと構えたスレイは剣の間合いに入った瞬間、剣を同時に振るうと首を狙って放たれた剣は竜の腕によって阻まれる。

 打ち付けられた剣が止められるのはわかり切っていたスレイは、後ろへと飛んで黒幻を垂直に構え直しその刀身に業火の炎と竜のオーラを流した。


「今度はどうだッ!───竜王激進激ッ!」


 竜のオーラと業火の炎で形作られた竜が黒幻の刀身に巻き付くと、翼を羽ばたかせて人型の竜へと向かって突き進む。

 突きつけられた黒幻の切っ先が竜の身体へと刺さろうとしたその時、突きに合わせて身体を回転させながらスレイの背後へと回り込んだ人型の竜は、握りしめられた拳の裏でスレイの後頭部を打ち付ける。

 竜の拳が当たる瞬間、咄嗟に強化を集中させシールドも張ったことで難を逃れた。


「グルルルッ!」


 殺ったと思ったのか竜が不敵な笑みを浮かべる中、不発に終わった技から無理やり攻撃の軌道を変えたスレイは、身体を捻り竜の脇へと剣を斬りつけた。


「笑ってんじゃねぇよ!」


 振り抜かれた黒幻の刃が竜の身体を斬りつけたが、黒幻の刃は竜の鱗に阻まれてしまう。ならばと握りしめた黒幻に力を込めて竜を吹き飛ばした。

 切り払われ吹き飛ばされた竜は大勢を立て直したと同時に、スレイに向かってブレスを放とうとした。しかし竜が視線を向けた先にはスレイの姿はない。

 どこに行ったのかと思った竜だったが、すぐにスレイのいるところは見つかる。


「こっちだッ!」


 真上から聞こえる声に反応した竜が頭を上げると、目を細めながらじっとこちらを睨みつけている。太陽を背にしているおかげか、竜にはこちらの姿が判別できていないようだ。

 これならばと左右の剣に今度は聖闇の炎を流したスレイは、白楼を握る左手を大きく後ろへ引き絞り黒幻を真横に構えて切っ先を重ねると、真正面から竜と対峙するために飛び立つ。

 このまま最高速度で竜へと飛び込み突刺仕掛けようとしたスレイだったが、そこで思いもよらぬことが起きた。


「うわっ、あっぶなッ!?」


 真下から次々に放たれる竜のブレスは、狙っているわけではなくただ闇雲に射っているだけであったが、それでも近づくに連れて段々とブレスが収縮し密度も増している。

 刻印の力をすべて開放している今のスレイならば、いくら高速で飛来するブレスであっても交わすことは可能だが、広範囲に広がるブレスをかわし続けることはできてもこれでは迂闊に近づけない。


「クソッ、完全に裏目になった」


 連撃もダメ、同時攻撃もダメ、ならば一度はかわされてしまった重突刺をもう一度試そうと取った距離が仇となってしまったことを悔やむスレイだったが、こうなっては作戦を変えるしかない。

 ブレスをかわしながら接近したスレイは、竜が己の姿を視認しブレスを収縮させて撃ち抜こうとしたその時、またしてもスレイの姿が竜の視界から消えた。


「これならどうだッ!───双牙・聖闇の連撃ッ!!」


 空間転移を使って竜の懐へと入り込んだスレイの連撃が竜の身体を縦横無尽に斬り裂いた。


「グギャアアアアアアアッ!?」


 切り裂かれるごとに竜の口から悲鳴が上がるが、斬りつけるスレイの剣は竜の体を切り裂くことはできず聖闇の炎でさえも竜の鱗を溶かすことさえできない。

 業火の炎をも超える聖闇の炎ならばあるいは、そう思ったスレイだったがその目論見はハズレ衝撃だけしか与えられないことに歯噛みしたその時、スレイの目がなにかおかしなものを見た。


「なんだ、今の───ッ!?グッ!?」


 連撃の合間を縫って伸ばされた竜の腕がスレイの頭を掴むと、これ以上の連撃を許さないとでも言うようにスレイのことを吹き飛ばすと、そこを狙って竜が向かってくる。

 しかしスレイはそれを相手にはせずに飛んで回避すると、竜は後ろから追いながらブレスで攻撃を続ける。

 身を翻しブレスをかわしたスレイは空間転移を使い竜の背面へと転移したスレイは、聖闇の炎を絶対零度の冷気と暴風の嵐へと変換させる。


「これならどうだッ───混成双牙・氷風列空斬ッ!」


 振り抜かれた二振りの剣から放たれた冷気を纏った暴風が人型の竜に襲いかかる。

 背後から暴風の嵐の直撃を受けて落下していく竜は、鱗を凍らせながら落下していくがすぐに氷ははがれおち、その奥からは蒼白の鱗が顕になった。


「こいつの頑丈さの理由は、これか」


 先程、聖闇の炎であの竜を攻撃したとき、聖闇の炎に焼かれる深紅の鱗がわずかに白を織り交ぜたような色に見えた。

 仮説でしかなかったことが当たったとスレイは思っていると、落下しながら身を翻した竜がスレイへ向けてブレスを放った。


「あいつはただの強化種じゃない、完全に変異個体だ」


 ブレスをかわしながらスレイはあの人型の竜の能力について纏める。

 まず今も絶え間なく放たれているあのブレスは魔力を圧縮し放つことによって、超高温のレーザーとかしているのだ。そしてもう一つの能力は竜力や闘気、魔力に七つの属性に起因する魔法の相殺だ。

 初めは以前アルメイア王国で戦ったレーゼスのように一定の力の無力化かと思ったが、スレイやリーフの技は防がれていても体内への衝撃などは与えられているようだった。

 このことを合わせてあることを決めたスレイはブレスの合間をくぐり抜け、空間転移を繰り返しながら再び竜の懐へと接近した。剣の間合いに入ったと同時に闘気を纏った黒幻と白楼で斬りつけるが、振り抜かれた剣は火花を散らしながら弾かれる。

 鱗の硬度に阻まれて攻撃が届かないのは分かっている。


「───ッ!?」


 ブレスを放つのをやめた竜は三本の指先を揃え手刀にように構えると、指先が纏まり本当の剣のように変化する。

 剣へと変化した竜の腕がスレイの頬を切り裂き、血が空中に舞うのを見ながら距離を取るべく竜を蹴りつける。


「グギャッ!」

「やっぱり、これなら通るかッ!」


 スレイの蹴りを受けた人型の竜は口から血を吐いた。

 不思議そうにスレイを睨みつける人型の竜は通常の攻撃で竜の鱗は突破できない、ならば逆に身体の内部になにへと通る攻撃ならダメージを与えられる。


「そしてもう一つ」

「ガァアアアアアッ!」


 スレイが接近すると漆黒の業火を二振りの剣へと纏わせると、大きく後ろへと持ち上げた刃をクロスさせるように振り下ろす。

 頭上から剣が振り下ろされると剣と化した竜の腕がそれを受け止める。刃が重なり合ったとき、至近距離で睨み合ったスレイと竜だったが、その瞬間スレイの握る剣から業火とは別の炎が溢れ出す。


「喰らえ───聖闇・紅蓮十字斬ッ!」


 交差させた刃から放たれた聖闇の炎を纏った斬撃が竜の肉体を焼いた。


「グギャアアアァァァァッ!?」


 スレイの放った聖闇の炎の斬撃を受けた竜の口から、絶え間なく聞こえてくる悲鳴ともがき苦しむ姿を見たスレイは小さく口元を釣り上げながら、いつもよりも低い声で囁いた。


「やっぱり、お前は肉体を変異させることよって魔法や闘気を相殺することができる。ボクの技を受けたときに鱗の色が変わったのは、受ける攻撃の性質に合わせるため。そして鱗の色がわかっていたのは、それはボクの放った魔法と同様の属性に肉体を作り替え、そしてボクの魔法に込められた魔力以上の魔力で魔法を打ち消していたからだ」


 十年近く鍛え続けているスレイの魔力や闘気の量は単純に考えても常人の何倍、あるいは数十倍は存在している。それでも何百年と生きて肉体を変異させてきた竜には遠く足元にも及ぶはずもない。


「だけど、いくら魔力量が多かろうが、いくら肉体を変化させようがお前じゃこの炎は破れないよ」


 そんなスレイが自分より小数十倍の年月を生きた竜へ対抗できる可能性を秘めた技の一つ、それがこの聖闇の炎だ。


「すべてを蝕み破壊する業火の炎、すべてを癒し浄化する聖火の炎。本来ならば相反する交わることのない正反対の性質を持つ二つの炎、いくら魔法を扱えようともおいそれと真似できるはずがないんだよ」


 聖闇の炎はスレイが生み出した唯一無二のオリジナル魔法。

 業火と聖火、この二つに炎はユフィやクレイアルラも扱うことができるが、この二つの炎を織り交ぜた聖闇の焔は作り出すことが出来なかった。

 どれだけ修練しようにも、炎を合成した段階で反発し魔力で安定させようとしても逆に暴走させてしまったほどだ。

 この炎は学園のレクスディナも挑戦したが成功することはついぞなかった。

 それからこの聖闇の焔はスレイは生み出したオリジナル魔法で、その人にしか扱うことのできない固有魔法とされた。

 故にこの炎はあの竜に簡単に真似されることはできない。この魔法ならば倒せる可能性があるのだ。

 しかし、次の瞬間炎が破られ竜が向かってくる。


「まぁ効くってだけで、倒せるわけじゃないんだよなッ!」


 後ろへと飛びながら振り抜かれた竜の手刀をかわしたスレイ。そこに竜は剣から爪へと戻した左手を振るうと、竜爪が伸びて鋭い鉤爪が斬りかかる。

 上から振り下ろされた鉤爪の攻撃を聖闇の炎と闘気を纏わせた黒幻で受け止め、そして斬り裂いた。

 刃のように伸ばす過程で竜の爪はかなり薄くこうして斬ることが出来た。

 斬り裂かれ空中に舞った竜の爪を見たスレイは、即座に白楼の柄を口で咥えると空いた左手で爪の破片をすべて掴み取ると、投げナイフの要領で竜の爪を投げつけた。

 投げられた竜の爪は竜の肩口に深々と突き刺さった。


「グギャアアアアアアッ!?」

「流石に自分の身体の一部ながら傷つくよなッ!」


 握り直した白楼と黒幻に聖闇の炎と闘気を流したスレイは、この竜を倒すために前へと進んでいく。


「喰らえッ!───聖闇・竜王の鋭刃ッ!」


 黒幻の切っ先を上へ白楼の切っ先を下へと向けたスレイは、間合いに入ったと同時に竜へと振り抜く。それを竜がうけとめようと振り抜かれる刃に手を伸ばす。

 刃に竜の手が触れたその時、金属同士がぶつかり合うような激しい音が響く。

 ギチギチッと、刃と竜の手が重なり合うさなか、聖闇の炎と宿した剣の刃がついに竜の鱗を溶かしその身体に刃を喰い込んだ。


「ウゥオオオオオオオォォォォォ―――――――――ッ!!」


 気合を入れる如くスレイが吠えると、それに合わせて喰い込んだ二振りの剣の刃が押し込まれようとする。


「グッ、ガァアアアアアアァァァァァッ!!」


 しかし負けじと竜も吠えながら押し込まれそうになる刃を押し返しながら、鋭い爪を持った竜の足がスレイの腹を蹴り飛ばすと同時にその鋭利な爪で斬り裂いた。


「グッ!?」


 苦悶の声を上げる龍の治癒能力で即座に傷は塞がるが、距離を取られたことに焦りを感じた。

 飛ばされたスレイは即座に斬りかかれるべく大勢を立て直そうとしたが、それよりも速く竜がブレスを放つ大勢を整える。撃たれるよりも速く技を決めるべく、飛び立ちながら白楼を握る腕を大きく引き絞った。


「撃たせるかッ!───聖闇の突撃ッ!」


 吹き出された白楼の切っ先が竜のブレスの魔法陣目掛けて突き出されようとしたその瞬間、一瞬速く竜のブレスが放たれた。

 ジュワッと水が蒸発するような音が耳に届く、左肩と背中、正確には疑似神経で繋がった翼が燃えるように熱い熱を帯びる。ゆっくりと向けられたスレイの視線の先では、肩から先が存在しない。

 光線のようなブレスがスレイの肩を居抜き、翼を焼き払ったのだと気づいた。やられた、そう思ったときにはもう遅い。


「グッ、ぅわあああああああ―――――――――ッ!?」


 翼の片側を失い、ブレスで焼かれた腕は空中に投げ出される。

 翼を失い飛ぶことができない身体がガクリと傾き、ゆっくりと落下を始める。腕と翼を失った痛みと、落下していく衝撃から悲鳴のような叫びを上げるスレイ。


「くっ、そっ!!」


 翼を失い飛ぶことができずに錐揉み状態で落下を始めるスレイの視線の先で、こちらを見下ろした竜は確実にとどめを刺すべくもう一撃を喰らわせようと竜がブレスを放とうとした。

 このままでは殺られると気づいたスレイは、どうにかしてブレスを防がなければと考える。

 竜翼の再生はしばらく時間を置かなければならない、遠距離系の技もバランスの取れない状態ではなっても意味はない、魔法も同様、空間転移も少なくとも数回刻まなければ届かない。

 一瞬でいい、あの竜の気を引く何かがあれば!最後のときがもうすぐで訪れる。それがわかっていてもなお、なにか出来ることがないかと探し続けるスレイは、自分の直ぐ側で落下していく白楼を見つけた。

 それを見たときにスレイは一か八か、たった一瞬の隙を作ることが出来るのではないかと考える。


「やってやるよッ!───エアロ・バーストッ!」


 翼を消し去り両足に風魔法を発動させたスレイは、風魔法によってバランスを取りながら落下する白楼の柄頭目掛けて蹴りつける。


「いっ、けぇえええええぇぇぇぇぇッ」


 蹴り上げられた白楼に両足に纏っていた風が移ると、嵐を纏った白楼が矢のように竜へと放たれる。

 仕方が登ってくる白楼の刃を見た竜は、ブレスを放つのをやめ爪で白楼を払い除けると、今度こそもう一度スレイへ向けてブレスを放とうとしたその時、そこにスレイの姿はなかった。


「この一瞬が欲しかったんだッ!」


 背後から聞こえる声に竜が振り返る。

 竜の背後、その更に奥へと空間転移で移動していたスレイはどうにか再生した翼を強く羽ばたかせると、竜に向かって残された黒幻の切っ先を突き出した。


「これで、終わらせるッ!──聖闇・竜皇激進撃ッ!」


 聖闇の炎と竜力で形作られた竜をその刃に乗せた重刺突、さらに翼の羽ばたきと高高度からの落下速度まで加わった一撃が竜に襲い来る。

 しかし竜もただではやられるはずもない。


「ガァアアアアアッ!!」


 今まで溜めていた膨大な魔力を宿したブレスをスレイに向かって放ったのだ。

 眩いブレスの光がスレイの視界を白く塗りつぶす。確実に決まった、そう竜が確信したその時、突き進むスレイの背後から黒い四つの球体が回転しながらスレイの前へと現れる。

 重力魔法によって作り出した虚無の球体"アヴィス・ルートゥー"がブレスを吸い尽くす。

 これはスレイが空間転移を繰り返したとき、並行して作り出していた最強の盾であり、最後の切り札でもあった。もしもまた仮に竜がブレスをレーザーのように放ちスレイの腕を吹き飛ばしたとき、この魔法で竜の身体を削り取るつもりでいた。

 だが竜はブレスを放ちスレイを消し去ろうとした。


 竜のブレスをすべて吸い込み消え去った重力球、その背後から聖闇の竜を宿した黒幻の切っ先が振り抜かれようとした。

 竜は両腕をクロスさせ鱗を楯のように広く、分厚くすることで受け止めようとした。

 スレイの黒幻と、竜の楯がぶつかり合い激しい火花を散らせながらせめぎ合う。


「ゥウォオオオオオオッ!!」

「ガアァァアアアアアッ!!」


 スレイと竜が吠える。

 永遠と続くかと思われた二人のせめぎ合い、しかし勝負のときは突然訪れた。

 黒幻の刃を受け止めている竜の楯にわずかにヒビが入り、そこから一気にヒビは広がっていく。


「ォオオオオオオオォォォォォ――――――――ッ!!」


 ここだとばかりに力を込め翼を強く羽ばたか出るスレイ。


「グッガァアアアアアアアァァァァァァ――――――――ッ!!」


 負けじと竜も吠えながら力を込めていた。しかし一度広がったヒビは止まらず、ついに腕を変化させて作られた楯が砕ける。

 守りを失った竜の胸元に黒幻の切っ先が刺さると、スレイはさらに翼を羽ばたかせ突き進んだ。そのとき、胸を貫かれた竜の目にはスレイの姿がまるで一匹の巨大な竜のように見えていた。


 ドォーンッと、激しい音と共に地面へと突き進んだスレイと竜は、地面に大きなクレーターを作り倒れていた。


「はぁ……はぁ……流石に、しぶといだろ………?」


 クレーターの中から起き上がった竜の胸には黒幻が突き刺さっている。

 心臓を貫いたと思ったが、どうやらギリギリのところでそれていたらしい。しかし竜は満身創痍、両腕は斬り裂かれ心臓付近には剣が刺さっている。

 対するスレイもかなりの深手を負っている。撃ち抜かれた左腕は回復できず、黒幻は竜の身体に残され、空中で空へと蹴り上げた白楼はどこかへと行ってしまった。


「もう、こいつしか残ってないか」


 氷で失った左手を作り出し空間収納から蒼い剣を抜き放つと、闘気と聖闇の炎を剣に宿す。


「これで終わらすぞ」

「ガァアアアアア―――――――――ッ!!」


 片腕を再生させた竜が駆け抜けると、聖闇の炎を纏った蒼い剣を振り抜く。


「喰らえッ!───聖闇の閃激ッ!!」


 肩に担ぐように構えられた蒼い剣と竜の腕がぶつかり合うと、スレイの闘気と聖闇の炎に耐えられなかった蒼い剣の刃が砕け散った。

 空中へと飛び散る刃のかけらを見ながらスレイはこの剣を打ってくれた友への謝罪の言葉を告げた。


「ごめんパックス、でもこれで近づけたッ!」


 残された柄を捨て懐へと潜り込んだスレイは竜の身体に残された剣を掴むと、黒幻に業火の炎と竜のオーラを宿す。


「終わっとけ───竜王煌刃激ッ!」


 振り抜かれた黒幻の刃が竜の身体を切り裂いた。

 今度こそ倒れた竜の亡骸を見たスレイは力尽き背中から倒れるのだった。

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