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紡がれる縁と虎狩り

 街への滞在が決まってから一夜明け、時間を持て余していたスレイたちは適当な依頼を受けるべくギルドに顔を出し、いつものように先輩冒険者の洗礼を受けていた。

 まぁこれまたいつものように撃退し、漫画みたいに倒した冒険者たちを積み上げた山を作ったスレイは、どこか遠いところを見ながらこんなことを呟いていた。


「うぅ~ん。なんかさぁ、こうして毎回新しいギルドに行く度に絡まれるのってボクに強者とか、実力者だけが持つようなオーラ?それとも威厳?みたいのがないからなのかな、って考えちゃうんだよね?」


 また何かわけの分からない事を言いだしたスレイに、リーフとライアは白けた目を向けている。


「……確かに、スレイってあんまり強そうに視えないよね。顔やさしいし、身体細いし」

「刺さること言わないでよ……顔は母さん似だし、体格は父さんの血が濃いのか全く育たないんだから」

「体格だけ見れば一般の方とそう変わりませんが、一番の理由は装備ではないでしょうか」


 落ち込むスレイをなだめながらリーフは、先程スレイが倒して無造作に積み上げた冒険者たちの格好を見る。

 彼らの装備をいるのは、この地域特有の魔物素材の鎧ではあったがその殆どが一級品、っとまでは行かずともそれなりに良い装備をしているようだ。

 大半はスレイの拳に耐えきれずきれいな跡を残して陥没しているが…………


「ランクでは分かりづらいその人の特徴といえば装備でしょう。スレイ殿は剣以外はすべて布の服ですから、お金のない新人冒険者とでも思われるではないかと」

「鎧着てれば偉いってわけじゃないんだし、何事も見た目だけで判断しちゃいけないと思うんだけどな」


 呆れたようにため息を吐きながら二人を連れて依頼書が張り出されたボードを確認したスレイ、流石に国が変わるだけあって魔法国では見ることのない魔物の討伐や、初めて見る薬草の納品依頼などがあった。

 その中でAランクの依頼の中でインペリアル・ライガーと呼ばれるトラ型の魔物の討伐依頼があった。

 初めて見るタイプの魔物という点と、今いる街からそう遠くないオアシスに住み着いていると書かれていることから、早く討伐しないと行商人や、オアシスを利用する人々が襲われてしまう。

 以上の点からスレイはこの依頼書を剥がした。


「ボクはこの依頼にしようかと思うんだけど、どうかな?」

「ふむ……いいと思いますが、距離的にも余裕がありますし、後いくつか受けておきたいですね」

「……ん。なら、これはどうかな。サンド・リザードマンの討伐」

「オアシスを根城にしたリザードマンの群れの討伐、そうですね。これにしましょうか」


 依頼の内容に納得したスレイたちは、この依頼を受けるためあの冒険者の山を崩していたギルドの職員に声をかけた。


「すみません、依頼を受けたいんですけど」

「あっ、はい!すぐに行きますのでカウンターでお待ち下さい」


 言われた通りカウンターの前で待っていると、すぐに職員がやってきた。


「お待たせいたしました。それではまずお受けになる依頼書をご提示ください」


 スレイは持ってきた依頼書を職員の女性に手渡すと、職員は渡された依頼書を確認してすぐに眉をひそめる。


「失礼ですが、こちらの依頼はどちらもAランクの依頼になりますので、少なくともAランクの冒険者の方が一名以上の参加が必要になりますが、ご理解はいただけていますでしょうか?」

「えぇ。わかっています。これ、ボクのギルドカードです」

「拝見いたします」


 職員はスレイから預かったギルドカードを確認し、そこに記載されたランクと名前を見て驚きのあまり目を大きく見開いたかと思うと、すぐに平静取り戻した。


「失礼いたしました。Aランク冒険者のアルファスタさまとはつゆ知らず。お噂はかねがね伺っております」

「それなら受けても大丈夫ですか?」

「はい。直ぐにでも手続きを───」

「ちょっと待ちな!」


 会話を遮って入ってきたのは巨大な戦斧を背負った偉丈夫だった。

 ひと目見ただけでスレイたちはこの男が強いと悟った。

 それは恵まれた体格のせいではない。この男に放つ圧倒的な強者のオーラはひと目見ただけで只者ではないと理解できる。

 男はスレイの方に近づくと、持っていた依頼書を一瞥しそしてリザードマンの依頼書をひったくった。


「悪いがこいつはダメだ」

「……なんで、横取りする気?」


 冒険者の依頼は早い物勝ち、こうして横から掻っ攫っていくのはマナー違反だとライアが怒るが、男はそれを否定した。


「この依頼だが、偶然オレが解決してしまってな。この通り、依頼主からの書状も預かっている」

「拝読いたします──これは、事実のようです。申し訳ありません」

「いえ、仕方がありませんよ。取り敢えず一つだけ受けて──」

「あぁ、ちょっとまってくれ」


 男がスレイの依頼を止めると、ジッとスレイたちのことを見てからニヤリと笑った。


「お前たち、なかなかに強い。ランクはいくつだ?」

「ボクがAランク、で二人はBランクとDランクです」

「ほぉ。なるほどな」


 にやりと口元を釣り上げる男にスレイはなんとなく嫌な予感がした。


「お前たち、オレの受けた依頼を一緒に受けないか?」

「すみません。前にその手の誘いを受けて犯罪者に付き纏われたことがあるのでご遠慮します」

「どういう事態だよそれ!?」


 初めて合うのに良いツッコミを入れてくれると思ったスレイは、念のために魔眼を使って確認してみたが至ってなにかしようと近づいて来たわけではないと分かるほど、この人の魂は清らかであった。

 しかし初めてあった人を信用して良いものかと、どことなくいままでの経験から卑屈になっているスレイが考えていると、職員がこっそりと教えてくれた。


「こちらの方は信用できますよ、なにせこの国のSランク冒険者ですから」

「……Sランク?スレイの父たちと同じ?」

「ちょっとお待ち下さい。この大陸にはSランクの冒険者は現状で三名……いえ、二名のみだと記憶していますが」

「それはオレがつい最近Sランクに昇格したからだ」


 男の言葉を聞いてスレイたちが一斉に職員の方を見ると、静かに肯定の意味で首を縦に振っていた。


「改めてSランク冒険者 戦血のイグルだ。よろしくな」

「Aランク冒険者のスレイ・アルファスタです。二つ名は幻楼です」

「改めましてBランク冒険者のリーフ・リュージュと申します。二つ名は翡翠の妖精です」

「……Dランクのライア、二つ名はない」

「なるほど、お前たちが噂の……むっ、確か噂では五人のパーティーと聞いたが?」

「今は別行動中でして……あと、今は七人パーティーです」

「そうか、噂の"千魔姫"の魔法を見てみたかったんだがな」


 改めて冒険者としてだいぶん有名になったことを自覚したスレイだったが、それでもなんであんなに因縁つけられるんだろうと思った瞬間、考えるのが嫌になった。


「スレイ殿、顔が死んでいますよ」

「ごめん。なんか、名前が売れても顔が売れなきゃなめられるんだなって思ったら、ちょっと疲れた」


 また変なことを考えていたのかと、リーフはもはやツッコまなかった。


「なぁさっきは断られたが、一度話を聞いてくれないか?」

「そうですね。身元もはっきりされていますし、話だけなら」

「聞いてくれるだけでも助かる……それで依頼の話なんだが、オレのパーティーが受けたSランクの依頼だ。どうだ?」


 Sランクの依頼と聞いてスレイたちの目の色が変わった。


「おっ、聞く気になってくれたな!そんじゃこれを見ろッ!」


 バンッ!ッとカウンターに一枚の依頼書を叩きつけるイグル。


「これは……クリムゾンドラゴンか?」

「老成期に入る前、成年期後期の個体だが、厄介なことにこいつは他の竜の力も持ち合わせている」

「強化種、いやこの場合は変異個体でしょうか?」

「よく知ってるな。だが、この場合は強化亜種だろうな」


 強化亜種という初めて聞く言葉に、いったいなにが違うのだろうかとリーフとライアが首を傾げる。


「変異個体は、元のなった魔物よりも上位の魔物を取り込んで生まれるものだから、この場合はあの強化種っていうのが正しいね」

「……じゃあ、亜種って?」

「強化種は普通の個体よりも巨大だったり、異様に強い魔物のことだけど今回のこいつは他の竜の力を持っている。だから亜種って呼ばれるんじゃないかな」

「そう。その通りだ。話は戻すが、こいつの討伐はすでに幾度も行われた。しかし、討伐に向かった冒険者はことごとく返り討ちに会った」

「それだけではないのですよね」

「あぁ。討伐に向かった冒険者の中にはAランク冒険者のパーティーも含まれる。その全てがやられ、つい最近Sランク認定されこの国を拠点にしていたオレが選ばれたってわけだ」


 そう答えるイグルだったが、スレイたちには疑問があった。


「……なぜ私たち誘うの?強いんでしょ?」

「おう。オレは強いぜ。少なくとも嬢ちゃんよりはな」

「ではなぜ?」

「ぶっちゃけると人手不足だ。最近、オレのパーティーの魔法使いが一人抜けてな。その穴埋めを探してたんだ」

「魔法使い、っとなると、ボクたちじゃなくてユフィがいたほうが良かったってわけですか」

「まぁそうだが、あとは噂のお前たちに興味があった。各国で起きたSランクの魔物の討伐、剣聖祭での活躍、お前たちの活躍は噂の的だ。そんな奴らが目の前にいるなら興味を惹かれないわけがないってわけさ」


 大変魅力的な話ではあったが、スレイたちはその話を受けるかどうか正直なところ迷ってしまった。

 今回ギルドに来たのはリーフの鎧が見つかるまでの滞在期間に受けられる依頼を探して来た。

 それがSランクの魔物の討伐ともなるとそれなりに時間もかかる。


「スレイ殿、今回は」

「そうだね。すみませんが、ボクたち明日の昼にはこの街を立つのであまり長期の依頼は受けられないんです」

「ならば仕方がない。どのみちここから数日かかる場所だ。断られる覚悟で誘ったさ。気にするな」


 申し訳無さそうに断ったスレイに対して気にするなと笑うイグルだった。


「……あの、一応聞くけどそのドラゴン、どこにいるの?」

「ん。あぁ。まだ言ってなかったな。ここから馬車で十日ほどの渓谷だ」

「えっ、そのドラゴン、渓谷にいるんですか!?」

「お前たちが知らぬのも当然か。渓谷の一つが太古よりドラゴンの暮らすコロニーになっているんだ。あと、噂じゃその近くに竜人の暮らす里があるとか──」


 話の遮るようにイグルに詰め寄ったスレイたちが一斉問いただした。


「イグルさん!その話詳しく!!」

「お願いします!我らにはその情報が必要なのです!」

「……キリキリ吐け。でないとボコす」

「待て待て待て!そういっぺんに詰め寄るな!あと、誰だ物騒なこと言ったやつ!?」


 スレイたちは困惑するイグルに自分たちが旅をしている目的を説明した。

 もちろん、神との戦いのことなど話せないことは隠し、竜人の里を探していることだけを伝える。


「なるほどな。ライアの嬢ちゃんを捨てた家族を探してここまでね」

「……ん。理由が知りたい。なんで捨てたのか」

「よし、わかった。っとくれば、受付の嬢ちゃん。こいつらの依頼受注と臨時のパーティー申請を頼む」

「すぐに」

「あと、こいつも頼む」


 もう一枚、先程スレイたちが持っていた依頼書を提出した。


「この依頼は、自分たちが受ける予定だった」

「オレのパーティーとお前たちで受けるが、報酬はお前たちにやる。それでいいか?」

「……どうして?」

「一緒に戦うならお前たちの戦い方を見ておかねぇと気がすまなくてな」


 それはそうだとスレイたちは納得し、共に依頼をうけることを了承した。



 イグルの仲間と合流するべく、彼らの泊まる宿屋に移動したスレイたちは途中でポーションの買い足しを行った。

 手持ちに余裕はあるものの此処から先、まともな調合ができる人がいないため予備はいくらあっても良いのだ。


「そういえばイグルさんのパーティーメンバーってどんな人たちなんですか?」

「気のいい奴らだぜ。まぁ、ちっとばかし偏屈なやつもいるから、まぁそこは我慢してくれよ」

「ある程度は覚悟しております」

「……ん。認められないなら認めさせるだけ」

「わぁー、うちの嫁ってかなり武闘派だな~」


 当たり前だがスレイもそちら側なので完全なブーメランだったりする。


「ここだ。下で待っててくれすぐに呼んでくるから」


 どうやらこの宿、一階が食堂で昼間はカフェスペースのようになっているらしい。

 何も注文せずに待っているわけにも行かず、アイスティーを注文して待っていると少ししてイグルが戻ってきた。


「すまん、時間かかっちまって」

「大丈夫ですよ。気にしませんので」


 スレイたちはイグルの後ろに控える人たちを見る。

 イグルの後ろからやってきたメンバーは様々な種族が入り混じっていた。

 釣り上がった三白眼に少し小柄な狼の獣人の少年に、打って変わって眠気眼に三角帽子を被った猫の獣人の魔法使いの少女、それと白いヒゲを蓄えたドワーフと筋肉隆々の巨人族の女性という、かなり変わったパーティーだった。


「こいつらがイグルが呼んだ助っ人かよ。随分と弱そうだが」

「…………みたこと、ある?」

「確かに、そこの白髪と緑髪はわしも覚えがある」

「どうでも良いだろそんなの。ようは足を引っ張らねぇかどうかが重要なんだぜ!」


 イグルのパーティーメンバーからダメ出しを食らったスレイたち、まぁ初対面なら仕方がないかと笑っていると、イグルが眉間にしわを寄せながら突っ込む。


「お前らなぁ!こっちの都合で呼んだ奴らにそんな事言うなっての!っと、言っても無駄だからお前たちの実力はこれから行く依頼で分からせてくれ」

「了解です」

「んじゃ簡単に紹介するぞ。そこの小生意気なチビ獣人はゼグルス」

「おいこらッ!」

「こっちの白髪のじいちゃんはドワーフのオルク」

「よろしくな」

「そんで筋肉ダルマの女は巨人族のセッテ」

「殴り潰すぞ」

「んで、この寝ぼけた猫っぽい魔法使いはアルフィス」

「…………よろ」


 自己紹介の要所要所で蹴り飛ばされたり殴り飛ばされたりしているイグル、依頼に行く前に血だらけになってポーションで回復していた。

 なんというか楽しい人たちだと思ったスレイだった。


「そんでこいつらがスレイ、リーフ、ライアだ」

「「よろしくお願いします」」

「……よろしく」


 スレイたちも簡単に挨拶を返し握手を求めるように手を差し出すと、先程スレイたちのことを弱そうだと語ったあの狼の獣人が手を払い除けた。


「認めてねぇ相手と馴れ合うつもりはねぇよ。俺たちと仲良くなりてぇってなら、実力を見せろよ三下」


 相手はSランク冒険者の率いる冒険者パーティーの一人、方や通常の冒険者パーティーのメンバーともなれば、こうなることは想定済みだスレイとリーフは伸ばした手を引いた。

 しかしライアは違った。


「……不満。私たち三下じゃない」

「うっせぇな。雑魚が粋なんな」


 ブチッとライアの何かが切れる音が聞こえる。

 素手の拳に竜鱗が現れたのを見て慌ててスレイが後ろを過羽交い締めにし、リーフが前に入って止める。


「……止めないで、こいつボコす。こいつ泣かす!」

「やめろライア!」

「落ち着いてくださいライア殿!」


 ライアの怒りは凄まじく押さえつけるスレイが力負け仕掛けていた。


「やめろ、ゼグルス!ライアもそこまでだ!」

「おいイグル。雑魚を庇う必要ないだろ!」

「口が過ぎるぞゼグルス!こいつらの実力はこれから分かる」

「はっ、もし俺が認める実力があるってわかったら、謝ってもいいぜ」

「……絶対殴る」


 対面早々火花を散らす二人はイグルに任せることにしたスレイは、イグルの方に向かって声をかけた。


「あの、時間も惜しいんでそろそろ出発しましょう」


 っというわけでイグルたちを含めた合同パーティーでの依頼が始まった。


 移動はいつものように空を飛んで移動しようとしたが、ゼグルスを含めた数人が飛べないらしく歩いての移動になるかと思ったが、そこはイグルが事前に用意していた馬車に乗っての移動になった。

 しかし元々定員が決まっていた馬車にスレイたちの座るスペースはなく、当初の予定通り空を飛んでいる。


「……あいつ、やっぱボコす」

「止めてください。まぁあの言い方は私もイラッとしましたが」

「ハハハッ」


 苦笑いをしているスレイは出発前の光景を思い出していた。

 まさか、ゼグルスの口から昔地球で見たあの有名な未来から来た青いネコ型のロボットが主人公のアニメに出てくる、前髪が特徴的な金持ちの少年がメガネの少年に言うような台詞を聞くことになるとは。


『悪いねぇ~の○太~これ三人用なんだよぉ~』


 っと、小憎たらしく行ってくる幻想が見えた。

 人生なにが有るかはわからないなっと思いながら地図を確認していたスレイは、もうそろそろかと思い下へ降りる指示を出す。


「二人共、そろそろ依頼の場所だ、一度降りよう」

「はい」

「……ん」


 三人が下へ降りると同時にイグルたちの乗る馬車も速度を落とすと、スレイは御者台に乗るイグルとオルクに話しかける。


「場所が近いです。馬車はここまでにしましょう」

「おう。お前ら下りろ」


 イグルの指示で他のメンバーが馬車を降りる。


「おい、イグル。馬車はどうする。このまま放置か?」

「そうだな、魔物に襲われねぇように護衛を立たせるか」

「ならボクが守りの結界でも描きましょうか」

「おっ、良いのか?」

「えぇ。それくらいなら何も問題はありませんから」

「じゃあ頼むわ」


 了解と答えてからスレイは懐から術式を刻んだ魔石を取り出し四方に配置し、地面に手を触れ魔力を流すと魔石を起点にして馬車と馬を覆うようにドームが形作られた。


「これでいいかな」

「おう。助かった──って、何してるんだアルフィス?」

「ん?」


 スレイの張った結界の側にいるの猫獣人のアルフィス。何をしているのかとスレイとイグルが見ていると、小さな声で魔法の詠唱を始めた。


「───ファイヤ・ボール」


 アルフィスの放った魔法が結界に当たり爆散した。

 もちろん結界は無事だったのだが、一体何の目的でこんなことをしたのかとイグルが問い詰る。


「おまっ、危ねぇだろ!」

「…………強度調べる、大事」

「やるにしても一言声をかけてからやれ!………んで、どうだった?」

「…………凄い。完璧。私じゃ破れない」

「だとよ。良かったな合格だってさ」


 一応合格と言われてどう反応すれば良いのかわからないスレイだった。



 少し歩き砂丘の上からオアシスの方を見ると、確かにそこに目的の魔物がいた。


「あれがインペリアル・タイガーですか」

「……どうする?」

「流石にオアシスの周りで戦闘は出来ないからな……ボクが誘導するから二人で倒して」


 オアシスに被害が出ないところにまで引き付けるとなると少し離れた方がいい。周りを伺いスレイは砂丘の方を指さした。


「二人はあそこで待機。良いね」

「了解です」

「……ん」


 空中に飛び上がり指定した場所に向かった二人を見送ったスレイは黒幻と白楼ではなく、魔道銃アルナイルを引き抜きついでに空間収納から液体の入った瓶を一本取り出す。

 瓶の中身は魔物の血、もしもうまく行かなかった場合の予備だ。

 準備が終わったスレイが行こうとしたところで、またしてもイオに止められた。


「おい白髪頭。お前、なぜ戦わない」

「なぜとは?」

「男が女の影に隠れていいと思ってんのかッ!!」


 またかとイグルが止めに入ろうとした。だが、それをスレイは止めた。


「別に、それは人それぞれですよ。男だから前に出ろとか、女だから後ろにいろなんてあなたの持論だ。ボクたちにはボクたちのやり方があるんです」

「んだと!こっちが下手に出てれば」

「それに、ボクはボクでやることがあります。それじゃあ」


 翼を羽ばたかせ空へと飛び立ったスレイにゼグルスは舌打ちをすると、そのそばにイグルがやってくる。


「あいつ、気付いたか」

「あぁ?何にだ?」

「それはすぐに分かる。それより、よく見てろよあいつらの戦いを」


 イグルが戦斧を置きスレイたちの向かう戦場を見つめる。

 それに続くようにゼグルスたちもそちらを見る。これからともに戦うに値するか否かを定めるために。



 オアシスの畔では巨大な虎が大きなあくびを一つしていた。

 この砂漠でこの虎に勝てるほどの敵は片手で数えるほどで足りる。故にいつ他の魔物に襲われるともわからないこの場所でこれほどまで余裕に過ごすことができる。

 しかし、それも今日までのことだ。


「お昼寝中、悪いね」


 短く告げられたその言葉とともに、虎は自分の首が何かで切り裂かれる幻想を見た。

 跳ね起きそして身を翻したインペリアル・タイガーは、そこにいる一人の人間を目視した。恐れることのないはずの弱くて小さい脆弱な生き物。

 この虎にとって人間など、今までに何匹も食い殺して生きた獲物に過ぎない……そのはずなのに、この虎は産まれて初めて人に怯えてしまったのだ。

 借りにも強者として矜持から虎は逃げることなく立ち向かおうとした……だが、その判断は間違いだった、最初に逃げていれば知らずに済んだ、後悔してももう遅かった。

 だって、知ってしまったから……濃厚なまでの死の薫りを、食い殺す側のはずの自分が食い殺される瞬間を、まだ何もされていない、何もしていなのに、動いたと同時に死んでしまう自分の姿を見てしまった。

 虎は逃げる。

 なりふり構わず、一目散に逃げ出す。あれは脆弱な人ではない、あれは人の皮を被った竜なのだと………。



 インペリアル・タイガーが逃げ去ったのを見送ったスレイは、少しやりすぎたかと思った。


「まぁ、リーフたちならどうにかするだろ……それよりも、ボクの相手はこっちだな」


 ザシュッと、砂を踏みしめる音に振り返ったスレイは、自分を見つめる巨大な白いトラを見上げていた。


「グルルルッ!」

「うわぁ、大きな。確かこいつは……白虎とか言ったかな?」


 威嚇をしている白いトラ、白虎の存在をスレイは予見していた。

 半分は感であったが畔で眠るインペリアル・タイガーの身体にあった無数の傷、そしてその周りにあった争った後を見て何者か別の魔物がこのオアシスを狙っているのではないかと仮説を立てた。

 向かい合う両者はお互いに動かずにに睨み合っていた。


 相手は幻獣の白虎の名を付けられた虎の魔物、注意すべきはスピードと雷撃、それに加えて四肢に生えた鋭い爪からくる一撃だ。

 あの殺気を受けて向かってきたこの白虎は確実に強い、向かってくるというのならこちらも真っ向から相手をしてやろうと魔道銃と剣を外して竜鱗を纏った拳を構えた。


「よし、行くぞッ!」

「ガァアアアアッ!」


 スレイと白虎の戦いが始まった時、ちょうどリーフとライアの戦いも始まっていた。



 作戦に先んじて予定の場所に待機していた二人は、凄まじい勢いでこちらに向かってくるインペリアル・タイガーを視認していた。


「あれは、スレイ殿がなにかやったのでしょうか?」

「……ん。多分そう。どうする?」

「自分が足止めしますので、動きが止まったところをお願いします」

「……ん。任された」


 翡翠を抜き放ったリーフは刀身に闘気を流し込むと、大きく後ろへと伸ばすように構えると虎が技の射程圏内に入ったと同時に振り抜いた。


「行きます──飛翔剣ッ!」


 リーフが後ろへと引き伸ばした腕を振るうと同時にライアが走り出した。

 放たれた闘気の斬撃が虎を襲うが、いち早く回避行動を取った虎が横に飛び着地しようとした瞬間、正面からが飛び込む。


「……待ってた───紅蓮拳・剛ッ!」


 真上からの落下と闘気による拳の強化、この二つを合わせて放たれたライアの一撃は当たれば確実に空いてを倒すことのできる一撃必殺の拳となる。

 だが相手はそう安々とやられてはくれない。

 ライアの拳が当たるよりも速く移動した虎にその拳は当たることはなく、相手を失った拳が地面を穿ち大量の砂を巻き上げる。


「大丈夫ですか、ライア殿!」


 虎の前に立ちはだかるようにたったリーフが砂の巻き上がる場所に向けて声をかけると、砂の中から出てきたライアが目尻に涙をためながら体中についた砂を落としていた。


「……ぺっ、ぺっ。うぅ~砂まみれだけど、平気」

「良かった。では、行きますよ!」


 前後をリーフとライアに遮られたインペリアル・タイガーは、二人のいる方向を確認する。

 ライアのいる方向は正しく虎自身が逃げてきた場所、故に後ろには引けないと判断した虎の逃げ道は前方にしかなく、リーフに向かって攻撃を仕掛ける。


「よほどひどい目にあったようですが、逃がすつもりはありません!」

「ガァアアアアッ!!」


 逃げる事ができないのならと向かっていく虎は、リーフに向かって爪を振り上げる。

 振り下ろされた虎の爪をかわしたリーフ、そこから続く連続での払い除けを全てかわし続ける。いくら攻撃を加えても倒せず、ついには猫のように飛びかかり捕まえようとしたがそれでも逃げられる。


「確かに速いですが、スレイ殿の速度を見慣れると遅いですね」


 相手の速度を見きったリーフが回避をやめて立ち止まると、それを勝機と見た虎がリーフを押しつぶすべく腕を振り上げる。


「グラァアアアアアァァァ―――――――ッ!!」


 渾身の力を乗せてリーフを押しつぶそうと振るわれたインペリアル・タイガーの前足の一撃はまさに重撃と言える。

 轟音とともに振り下ろされるインペリアル・タイガーの腕に対して、リーフは片手で握りしめた翡翠を頭上に構える。

 虎の手を翡翠が受け止めた。

 わずかに沈み込むリーフの足だったが、潰されることもなくそこに存在している。

 これでは殺せないと即座に逆の脚が払いのけと同時に、鋭い爪で切り裂こうと振るわれる。

 襲い来るが虎の爪がリーフに当たる直前、盾代わりの手甲を着けたリーフの左手がそれを止めた。


「流石はAランク、重い一撃ですね」

「グルルッ」

「ですが、これしきで揺らぐほど自分は弱くありませんッ!」


 横から払われた腕を払いのけ、翡翠で受け止めていた腕を押し返すと虎の身体が持ち上がった。


「今です、ライア殿ッ!」

「……ん。任された」


 リーフの背後から走り込んだライアが身体を浮かび上がらせたインペリアル・タイガーの真下滑り込んだ


「……私のとっておき、あげるね」


 握りしめられたライアの両手から闘気が溢れ出す。

 今のライアが扱える最大限の闘気を圧縮し拳に纏う。魔力の炎とも違う闘気の輝きが炎のように揺らめきながら、起き上がった虎の身体に向かって連撃を叩き込む。


「──紅蓮拳・皇ッ!」


 絶え間なく打ち続けられるライアの拳によりインペリアル・タイガーの身体は中へと浮かび上がった。ただそれだけ、耐えられないほどでもない。

 このまま二人まとめて喰らおうと、起こされた身体を引き戻そうとしたその時、拳が当たった場所にさらなる衝撃がインペリアル・タイガーを襲った。


「……この技は、衝撃を何段階にも分けて打ち込む。一撃目は闘気の衝撃が、そして二撃目が本当の拳の衝撃」


 先程よりも重い衝撃が幾度となくインペリアル・タイガーの身体を撃ち抜く。

 身体は完全に空中へ浮かび上がり、殴られた衝撃で身体の骨は砕け血を吐いたがまだ生きていた。


「グルル、グガァアアアアアアアア――――――――――ッ!!」


 生きることへの執着か、あるいは後ろにいる強者への逃避か、最後の力を振り絞り一矢報いようと身を翻すインペリアル・タイガーだったが、その目に最後に写ったのは美しい新緑の髪を揺らしながら、まるで妖精の羽ばたきの如き優雅に宙を舞ったリーフだった。


「これで終わりです───秘技・洸刃蒼翼閃」


 振るわれた翡翠の刃がインペリアル・タイガーの首を落とす。

 地面に着地したと同時にリーフのは以後にその巨体が落下した。剣をふるい刀身に付いた血を降って落としてから鞘に納めると、やってきたライアが手を上げたので、それに答えるようにリーフも片手を上げた。

 パァーンッと二人がハイタッチをする。


「……やったねリーフ」

「はい。お疲れ様です、ライア殿」


 強敵との戦いの勝利、その検討を称え合った二人は倒れたインペリアル・タイガーの亡骸を前にしばし話し込む。


「……リーフは、まだ迷ってる?」

「えっ………あぁ。はい。まだ迷っています。今のままで良いのか、強くなりたい」

「……リーフ、強いよ?」

「まだ足りません。あの人たちには程遠い」


 どこまでも広がる青空に手を伸ばしそっと握りしめるリーフの横顔は、とても寂しそうだった。

 直ぐ側にいる想い人の剣はどこまでも強く、その友人の剣はどこまでも鋭い。

 ある者の剣は美しく、またある者の剣は勇ましい。

 ならば自分の剣はどうだろう?剣技だけで見れば誰と比べての遜色はない、だが自分の剣には何があるのか分らない。

 国の騎士団式の剣術を修め、フリードの剣技を身に着けたそれらはすべて人から得た物にすぎない。自分で得た物はなにもない、借り物に過ぎないのだとリーフは思っていた。


 剣聖祭でのユキヤへの敗北、鬼の英雄"緋燐丸"への敗北。あの敗北から自分は何を学んだのか、リーフは自分に問い続け導いた答えは──何もなかったのだ。

 わかったのはどうあがいても勝つことの出来ない強者の存在と、自分自身の限界だった。

 限界を知っても、リーフは戦う道を選んびこうして旅に出た。

 この旅で何かを掴んでほしいというスレイの思いに応えたいと、心の底から強く願い前へと歩みだした。


「ライア殿」

「……なに?」

「私は強くなります。この旅で、今まで以上に強く」

「……ん。そだね」


 揺るがぬ意思と共に告げられた確かな思いを胸にリーフは前へと進む、そしてライアも大切な家族とともに前へと進んでいくためにこれから待ち受ける試練を乗り越えて進んでいこうと、改めて誓うのだった。



 新たな誓いを胸にスレイたちと合流したリーフとライアは、出迎えてくれたスレイとイグルたちを見つけた瞬間、その背後で行儀よく座って待っている巨大な白い虎をみて、唖然とするのであった。

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